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■春空(3)
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車内でぐっすり寝て13:13に一ノ関に着く。駅を出て、タクシーに乗ろうと少し歩きかけたところで後ろから呼び掛けられた。
「青葉〜!」
青葉は振り替える。
「冬子さん、政子さん」
と言って笑顔になり、ふたりの所へ歩いて行く。
「お仕事?」
とお互いに言ってまた笑顔になる。
「私たちはプライベートな旅行。これからレンタカーを借りて陸前高田まで」
「私は緊急に大船渡まで。陸前高田に行くなら、そこまで乗せてくれません?タクシーで行こうかと思ってた」
「タクシーで大船渡まで行ったら2〜3万掛かるんじゃない?私たちは自由スケジュールだから、大船渡まで乗せてってあげるよ」
「すみません。助かります!」
そういう訳で、青葉は冬子の運転する車に同乗させてもらい、大船渡まで行った。冬子たちは陸前高田で「ゲリラライブ」をしに行く所だったらしい。
「ゲリラライブですか!?」
「実は震災直後の5月から毎月東北のどこかでしてたんだ」
「へー!!」
政子は、震災の直後から、何か自分たちにできることはないかと考えていて、こういうことを思いついたのだと言っていた。自分たちが東北で普通にライブをしようとすると、どうしても関東圏とかから観客が押し寄せる。それは商業的には成功するだろうけど、自分たちは東北で今打ちひしがれている人の心を癒やし、頑張っている人たちを応援したいと思ったと言った。
「詩人」的な政子が、こういう長い文章をしゃべるのは珍しいなと青葉は思った。
「そういえばローズクォーツの方でも避難所絨毯爆撃ライブやりましたね」
「あれも名前名乗らない、持ち歌歌わない、物を売らない、とやったけどね」
「あの月だけはローズ+リリーのゲリラライブはやってない。さすがにやる時間が無かった」
「でしょうね」
「今日が19回目なんだよね。来月3月11日に石巻で20回目のゲリラライブして打ち上げにしようと思ってる」
「なるほど」
「これまでマスコミとかにバレずにやれてきたこと自体が半ば奇跡みたいなもんだけど、バレると、なんかずっとしなきゃいけないみたいになるし、それに多分東北以外から見に来る客が増えて、趣旨が変わってしまうし」
「そうですね。潮時かも知れませんね」
青葉は佐竹家から100mほど離れた場所に車を停めてもらい、巫女衣装で現場に向かった。慶子に声を掛けると
「わあ、助かった! よろしく」
と言っていた。
家の東北に回る。犬が死んでいる。そばに穴が掘られていて、地面の上に繻子の袋に入れられた宝玉が転がっていた。青葉はやれやれと思い、その袋を手に取るとほこりを払い、持参した新しい袋に古い袋ごと入れてから穴の中に埋め戻した。封印の呪文を唱える。結界が再起動したのを確認し、慶子の家に入った。
「無事、処理を終えました」
「助かった! これで買物に行ける」
「犬の死体は市役所に泣きついてみてください。野良犬が勝手に入り込んできて死んでしまったけど、女ひとりでは怖くて触れませんとか」
「泣きついてみます」
「しかし考えてみると物理的なものに対する防御がなさ過ぎたかも知れないですね」
「何か手はありますかね?」
「トゲトゲの出てるネコダメシートとかはどうかな?100円ショップで売ってます。あと、酢を撒いておくとか」
「酢ですか?」
「ただ、雨とかで流れちゃうから長持ちしませんけどね」
「うーん。超音波出す奴とかはどうでしょう?」
「それやると、本来の結界に穴を開けてしまうので」
「それは問題です! でも青葉さんが対応できないような時にこういうことが起きたらどうしましょう?」
「今度会った時に、真穂さんに件(くだん)の修法、伝えておきます」
「真穂ができるんですか?」
「こちらに来る途中考えていたんですが、あの修法を学べる条件を真穂さんは偶然にもクリアしてるんですよ」
「へー」
「真穂さん、自分は絶対拝み屋さんはしない、なんて言ってるけど、何にでも興味を持つタイプだから、これまでも結構色々なものを教えてきてますし」
「あの子、結局大学で友だちとかから、霊的な相談受けて、色々してあげてるみたい。学生アパートとか寮には怪談がつきものなのよね」
「ああ、そうみたいですね」
10分近く話して、慶子の家を出る。冬子の車に戻る。
「終わりました」
「お疲れ様」
政子から「処理の内容」について訊かれたので簡単に説明する。
「うーん。私たちは触らぬ神に祟り無しだな」
「それがいいです」
と青葉はにこやかに言った。
その時、政子が唐突に思いついたように言った。
「ねえ、せっかくここまで来たし、今日のゲリラライブは、大船渡・陸前高田・気仙沼の三連チャンにしない?」
「ああ。いいね。青葉も一緒に歌う?」
「あ、はい!」
「そういえば、気仙って言ったら、私は気仙沼のことかと思ってたんだけど、大船渡や陸前高田も気仙なのね?」
と冬子から訊かれる。
「そうです。元々は、このあたり一帯を気仙郡と言ったんですよ。今の行政区画だと、大船渡市・住田町・陸前高田市・気仙沼市ですね。岩手県と宮城県に分かれてはいますが、文化的にも経済的にも一体化してます」
「へー」
「あと『気仙沼』っていうけど、そういう名前の沼らしきものは無いよね?」
「ええ。結構そういう名前の沼があるものと思い込んでいる人はいますね。諸説ありますが、気仙沼湾の奥が深いので、まるで沼のように見えたからではとも言います」
「ああ」
そういう訳で、青葉は冬子たちのゲリラライブに付き合うことになり、まずは大船渡市内のサンシャイン公園に行った。震災直後はここもがれきの山になっていたが、きれいに整備が終わっている。ここで冬子はフルート、政子はヴァイオリンを取り出して『G線上のアリア』を演奏し始める。
青葉はてっきりローズ+リリーの曲を歌うのかと思っていたので戸惑ったが、取り敢えず「ラララ」で歌い始め、その内適当に歌詞を付けながら歌う。
「人は小さな存在だけど、みんなで手を取り合って、力を合わせて
頑張れば、たくさんのことができる」
青葉の美しいソプラノボイスが響くと、通行人がひとり足を停め、ふたり足を停めする。そんな中に何と椿妃がいて手を振ったので、こちらも手を振り返した。
ある程度歌った所で、冬子が突然吹いていたフルートを青葉に手渡し、気仙甚句を唄い始めた。さっき話題になった気仙地方で歌われている民謡である。フルートを押しつけられた青葉はえっと?と一瞬困ったものの、押しつけられたら吹くしかない!ということで適当に吹き出した。冬子が甚句を唄っているのでこちらはお囃子を入れるような感じにする。青葉はファイフは吹くものの、フルートの指使いはかなり怪しかったのだが、何とか根性で吹いた。政子は胡弓を弾くかのようにヴァイオリンを和音階で奏でている。なるほど。フレットの無い楽器はこういう使い方もあるんだな、と青葉は感心した。
その後は、お互いに楽器を交換しながら、楽器を持っていない人が歌う、というので回していった。
全部で7曲歌って演奏を終了する。観客から大きな拍手が来る。青葉は椿妃とハグしあった。
「何?こちらに戻って来てたの?」
「さっき緊急の用件で来たんだけど、すぐまた帰る。ごめーん」
「そうか。入試まだだよね?」
「うん。推薦なんだけど、13日に面接がある」
「おお頑張ってね」
「ありがとう。椿妃は?」
「5日に願書出した。試験は来月の7日」
「わあ。じゃ今追い込みだね。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
ふたりは手を振って別れた。
陸前高田に移動する車の中で冬子が言う。
「結局さ、ヴァイオリンは私とマーサが弾けて、フルートは私と青葉が吹けるみたいだから、
・私が歌う時はマーサがヴァイオリン、青葉がフルート、
・青葉が歌う時はマーサがヴァイオリン、私がフルート、
・マーサが歌う時は私がヴァイオリン、青葉がフルート
ってことにすればいいんだよ」
と冬子はまとめた。すると
「まあ、適当に楽器回せばいいってことね」
と政子が言って分からなくしてしまう。青葉はつい吹き出した。そんな論理的思考は政子には無理である。彼女は思考せずに直観で結論を導き出すタイプだ。
しかし陸前高田で歌った時は、弾けない楽器を手に困惑して楽器を振り回すパフォーマンスをする、などということにはならないようにうまく回った。多分冬子がきちんとコントロールしていたのだろう。
陸前高田で7曲、気仙沼で7曲歌ってから、車で一ノ関まで戻る。
「遅くなっちゃったね。もう富山に戻れないよね。うちに泊まる?」
と冬子が言うので
「あ、じゃ泊めてください」
と言うと冬子は更に
「彼氏を千葉から呼んで一緒に泊まってもいいよ」
などと言い出す。
「えー?どうしよう?」
とは言ったものの、青葉は彪志にメールしてみた。
「すぐ行く!」
という返事。
「済みません。じゃふたりで泊めてください」
「おっけー、おっけー。夜は楽しんでね。私たちも楽しむから」と政子。冬子は笑っていた。
東京駅の新幹線改札のところで、彪志は待っていた。
4人で一緒に中央線に行く。
「あれ? 新宿区のマンションじゃないんですか?」
冬子のマンションに行く場合は、東京駅と一体化している大手町駅に移動してそこから東西線である。
「うん。政子の実家に行く」
「へー」
政子の家の最寄り駅で降りて、タクシーで家まで行った。
「こちら初めて来ました」と青葉。
「よほどの親友しかこちらには呼ばないからね」
「向こうは仕事場、こちらはおうちって感じね」
「へー」
「私たちの住民票はこちらにあるんだけどね」
「へー!」
何でも政子の両親が5年ぶりに帰国することになったということで、大掃除の真っ最中なのだそうである。
「手錠とか鞭とか注射器とか蝋燭とか亀甲ロープとか尿道カテーテルとか、だいたい親に見られたらやばいものは発見して処分したんだけどね」
と政子。
「ちょっと、マーサ。中学生の前でそういう話しない」
「あ、いえ。だいたいは分かります」
「今時の中学生は亀甲縛りとかもするのか?」
「しませんよ〜」
と言って青葉は苦笑する。彪志が戸惑うような顔をしていた。
冬子と青葉で協力して晩御飯のスパゲティ・ミートソースが出来上がる。その量を見て彪志が困ったように言う。
「さすがにこんなには俺入りませんけど・・・」
「あ、心配しないで。政子が食べるから」
「えーーー!?」
「あ、私、ギャル曽根の2代目と言われてるから」
「ひぇー!」
彪志もたくさん食べたが、政子が凄い勢いで食べるので、山のようなスパゲティがあっという間に無くなってしまう。青葉は1皿、冬子も2皿しか食べていない。
「ほとんど下宿屋さんの食卓ですね」と彪志が感心したように言う。
「まあ似たようなもんだね」
「私、子供7〜8人作ろうかなあ」と政子。
「そんなに作ったら、私はもう食堂のおばちゃんだな」と冬子。
「でも8人も子供産むの大変ですよ。24歳から1年おきに産んでも最後の子が38歳の時」と青葉。「大丈夫。冬に半分産んでもらうから」と政子。
「産めないよぉ」
「受精卵をお腹の中に移植しちゃえば何とかなるんじゃない?」
と政子が言う。
「それで妊娠維持できるのは、多分青葉くらいだよ」と冬子が言うと
青葉は一瞬考え込んだ。
「ん?青葉産む気になった?」
「あ、産みたいですけど、まだ中学生なので」
「そうだな。大学出た後で産むといい。私も27歳くらいで最初の子を産むつもりだ」
と政子。
「でもさっき一瞬ですね」
「うん?」
「冬子さんと政子さんがたくさんの子供に取り囲まれて御飯食べているビジョンが見えたんです」
「へー」
「で、その一瞬見たビジョンの中にいた子供の数を数えたら8人いました」
「おお」
「しかしそうすると、私と冬は一緒に子供を育てるのかな」
「あ、それはそうだと思いますし、そのつもりなんでしょ?」
「うん、そのつもり。私は結婚はするかも知れないが子供は冬と育てる」
と政子が言うと
「なんで〜?」
と冬子は笑っていた。
「政子さんの遺伝子上の子供は4人、冬子さんの遺伝子上の子供も4人だと思います」
「ああ、ということはやはり私と冬が半分ずつ産むんだ」と政子。
「いや私は産めないって」と冬子は笑っている。
「ね、青葉。8人の子供の中に、私の彼氏の子供もいる?」と冬子が訊く。青葉は「いますよ」と即答した。
「私の彼氏の子供は?」と政子が訊く。
青葉は一瞬考えてから「いますよ」と意味ありげに答えた。政子がドキっとした顔をした。
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