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■春音(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2013-02-18
 
「呉羽〜、チアの練習に行くよ〜」
と青葉は呉羽を誘った。
 
一週間後の体育祭でチアをするメンツが足りないということで学級委員の紡希から青葉が誘われたのだが、ついでに呉羽に「ミニスカ穿いてボンボン持ってチアしない?」と誘ったら「楽しそう。やってみたい気分」などと言ったので「じゃ、やってもらおう」という話になってしまったのである。
 
「え〜?あれ冗談じゃ無かったの?」
などと本人は言うが、
 
「うん。みんな冗談だと思ってくれるから、おおっぴらにスカート穿けるよ」
などと世梨奈が言い、
「修学旅行の時の女子水着姿、違和感無かったよ。可愛くなれるんだから、可愛くなればいいんだよ」
と由希菜からも言われ、
「男女共同参画社会だから、男がチアしたって構わんよ」
などと他の男子からも言われて、
 
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「じゃ・・・やってみようかな」
などと少しやる気になった所を、男子数人で拉致して(男子)更衣室に連れて行き、チアの衣装を着せてしまった。
 
女子は廊下で様子を伺っていたが、呉羽は恥ずかしそうな顔をして男子更衣室から出てきた。
 
「こいつちゃんと足の毛剃ってたぜ」
「やはり、やる気満々だったのでは」
などと男子から言われているが、週末に東京に「女装旅行」してきたので、剃っていたことを知っているのは青葉だけである。
 
消え入りそうな顔をしている呉羽を、青葉や世梨奈は
「ささ、一緒に練習しようね〜」
と言って、手を取り体育館へと連れて行った。
 

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そんな呉羽も、体育館まで来て、準備運動を始めるあたりで開き直りが出来たようで、アキレス腱を伸ばしたり、手の関節を振る運動、身体を曲げたり回したりする運動などは、しっかりやっていた。その後、柔軟体操ということになるが、青葉が呉羽と組んで柔軟体操をした。
 
「川上、触った感触がほんとに女の子で、ちょっとドキドキしちゃう」
などと呉羽は言う。
「私は元々女の子だからね。でもこの一週間は、呉羽も女の子と同列だからさ、名前で呼び合わない?」
「あ、うん」
「じゃ、私のことは『青葉』って呼んでね。他のみんなもいいよね?」
と青葉が言うと、
 
世梨奈も由希菜も明日香も莉緒奈も「おっけー」と言う。それで呉羽も
「分かった。青葉、世梨奈、由希菜、明日香、莉緒奈」
とためらいがちに、ぎこちなく言った。
 
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「私たちは呉羽のこと何て呼べばいいの?呉羽、普段女の子してる時は何て名前使ってるの?」
 
「あ・・・いや、そんな普段女の子とかしてないけど」
「別に隠さなくたっていいじゃん、ねー」
「そうだ、そうだ」
「えっと・・・こないだ、バスの予約した時は苗字と名前をひっくり返して使った」
「へー」
 
「呉羽大政(くれは・ひろまさ)を、逆にして大政呉羽(おおまさ・くれは)ということにして」
「ああ、確かに呉羽は苗字にもあるけど、女の子の名前にも使えるからね」
 
などと言っていたら、青葉が何か考えている様子。
「どうしたの?青葉」
「今、画数を暗算で見てたんだけど、呉羽大政より、大政呉羽の方が画数が良いよ」
「へ?」
「呉羽大政だと、人格が9画で凶なんだけどね、大政呉羽なら人格は16で吉だよ」
 
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「あ、それならもう大政呉羽に改名しちゃったら?」
「えーー!?」
「あ、それいいね」
「そんな改名と言われても」
「私たちがそう呼んじゃえばいいんじゃない」
 
「で、結局、呉羽って呼べばいいの?」
「ま、そういうことだよね。呉羽は苗字じゃなくて名前ってことでね」
 
「了解〜」
 
ということで、呉羽は女子たちによって勝手に改名させられて、新たな名前で「呉羽」と呼ばれることになった。
 

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わずか1週間の練習でチアをやろうというので、あまり大それたフォーメーションはできない。とにかく初日は、腕をまっすぐ延ばして、ハイV(両手斜め上)、ローV(両手斜め下)、タッチダウンモーション(両手まっすぐ上)、ロータッチダウン(両手まっすぐ下)、真横に伸ばしてTモーション、をきちんとできるようにする練習をひたすらした。最後の方になってから、クラスプ・クラップと腕を胸の所に持ってくる動作を練習する。
 
「手がおっぱいの上のあたりに来るようにね」
「僕、おっぱい無い」
「あると思って。何ならバストパッド入れてくる?」
「いや、いい」
「ああ、呉羽はバストパッド持ってるよ」
「なーんだ。じゃ、明日から入れてきなさい」
「えー!?」」
 
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「そうだ。明日からは下着も女の子下着つけておいでよ」
「バストパッド使うには当然ブラも必須だよね
「ちょっと待って」
「ああ。持ってるなら、着けてくるように。下も女の子ショーツだよね」
「ミニスカの下に男物ブリーフなんて有り得ないよね」
「ああ、ブルマは私が貸してあげるよ」
 
「そうそう。今日は足を上げる動作はしなかったけど、明日はやるから、ブルマ必須だね」
「えーん」
 
呉羽は元々いじり甲斐のあるキャラなので、みんな楽しくいじっていた。呉羽も女装を唆されるのは悪くない感じで言葉では抵抗しても顔はワクワクした顔をしていた。
 
「この分だと一週間後には立派な女子中学生になってるかも」
などとまで言われていた。
 
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一方青葉は、コーラス部の方にも、お昼休みの練習に顔を出していた。体育祭は10月6-7日だが、半月後の10月20-21日には文化祭があり、青葉たちのコーラス部も出場する。3年生はこの文化祭で活動終了となる。歌う曲目は全国大会でも歌った『立山の春/五番・愛』と、親しみやすい曲でということでAKB48の『フライングゲット』を選んだ。各々ソロをフィーチャーし、青葉・葛葉・鈴葉の3人のソロシンガーにそれぞれ出番があるようにする。
 
「鈴葉もだいぶ高い声がきれいに出るようになってきたね」
「夏休みの特訓の成果でE6まで出るようになりましたから」
「F6間近だね」
「出る日もあるんですけどね〜。調子の悪い日は出ないんですよ」
「無理しないようにね。無理すると喉を潰すから」
「はい。無理しません。高い声出した後は、飴玉なめてます」
「うんうん」
 
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全国大会3位のご褒美に、コーラス部とブラスバンド部で共同で使える個室練習室が9月の間に、コーラス部の部室となっている音楽練習室の隣に完成していた。4人部屋が6つと8人部屋2つに、中央フロアは15人くらい並べるようになっていて、各々防音が施されており、各部屋には電子キーボードとICレコーダ/プレイヤーにも接続できるスピーカーを設置していた。
 
4人とか8人とかは楽器を持って入った時の人数なので、歌を歌う場合は、4人部屋に6人、8人部屋に12人、中央フロアは24人くらいまでは入る。
 
また2つの8人部屋の間には防音ドアが設置されていて、そのドアを解放すると結果的に1つの部屋に準じて使うことができる。それで、コーラス部ではしばしば、人数の多いソプラノが音楽練習室で、アルトが個室練習室の中央フロア、男子部員が8人部屋のドア開放モードで各々パート練習をしていた。狭い部屋に無理矢理入って寿司詰め状態で歌うのも、結構楽しい感じだった。
 
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その日もパートに別れて練習していたら、
「部長〜」
と2年男子の田代君に呼び止められる。
 
「何?」
「俺、だいぶ練習して凄く高い声出るようになったから聞いてください」
「うん、いいよ」
 
と言って4人部屋のひとつに一緒に入る。彼は去年、自分のバックアップソロシンガーを育てようという話が出た時に、最初に立候補した子である。当時は E5 までしか出ていなかったので、申し訳無いけどその音域では無理、ということになり、他薦で葛葉を育て始めたのであった。
 
部屋に設置されているキーボードで音程を取ってから、ユーリズミックスの『There must be an Angel』の先頭のスキャットの所を歌い出した。きれいなソプラノボイスである。
 
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青葉はパチパチと拍手をする。
 
「すごいね〜、田代君。D#6までちゃんと出てるじゃん」
「これD#6ですよね? D#5じゃないですよね?」
 
オクターブ離れた音というのは、結構聞き分けが難しいのである。
 
「うん。確かにD#6の音だよ。それに声質がちゃんとソプラノだよ」
「やった!」
「どうしたの?去勢した?」
「いや、去勢はしてないです。でも女声の発声を、本読んだり、ネットで調べたりもして、かなり練習しました。今音楽の時間とかコーラス部で歌う歌も、ソプラノ、アルト、テノール、バス、と全部歌って練習してます」
 
「凄い、凄い」
「でもこの上がなかなか出ないんですよ」
「ああ。だいたい人間の声ってEの付近とAの付近に壁があるんだよ。だからその上を出す時には声の『出し方』を変えないと、そのままでは上まで行けないんだよね。何かの拍子に出た時、その感覚を覚えておくようにしよう」
「ああ。やはり壁があるんですね」
「うん。換声点ってやつ」
「かんせいてん?」
「交換の換に声で、換声」
「ああ。声を換えるですか。性別を換えるじゃないですね」
「うん。性別を換えたくなったら、いろいろ教えてあげるよ。手術してくれる病院も紹介するよ」
 
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「いや、性別の方はやめときます。姉の服を借りてちょっと着てみたら気持ち悪いって言われたし」
「うーん。女装って開き直りだよ。女に見えるかどうかじゃなくて、本人が自分は女であると主張してればいいんだよ」
「いや〜、ハマったら怖そう」
「ハマっちゃえ、ハマっちゃえ」
「ああ・・・部長に言ったら、女装唆されそうな気はしたんですよね〜」
 
「ふふふ。でも歌でこれだけソプラノ出るなら、女声で話せるんじゃない?」
「それもちょっと練習してるんですけどね〜。話すのはまた別の要領が必要みたい」
「うんうん。でも歌声で出てれば、話し声でも出せるよ」
「練習してみます」
「女声で話せるようになったら、出会い系のサクラのバイトができるかもよ」
「あ・・・それいいな。割が良さそうだし」
 
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「最近は男の子でもファッションとしてスカート穿く子もいるしね。取り敢えずスカート1着買って部屋の中で着てみない?」
「ああ・・・それ自分が怖い」
 
田代君にはいろいろ唆しておいたが、本人もちょっと女装には興味がある様子だった。
 

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一方で青葉は、10月に入ってから取り敢えず週に2回、火曜と木曜の夕方に勉強会をすることにした。メンツはいつもの日香理・美由紀と、この2人と同様にT高校を狙っている美津穂、まだT高校かC高校か絞ってないけどもという明日香・星衣良の6人である。場所は持ち回りで各々の家ということにした。
 
「他にT高校受けそうなのは誰だろう?」
「紡希はT高校の合格圏内にいるみたい。勉強会にも誘ったんだけどね。ひとりで勉強する方が性に合ってるから御免、と言ってた」
「うん。紡希はそういう性格だよ」
「男子では15人くらいT高校志望がいるみたいね。最終的に受けるかどうかは1月くらいに決めるんだろうけど」
「あ、そうだ。男子か女子か微妙だけど、呉羽もT高校志望だよ」
「ああ。あの子は入学する時は男子だったとしても、卒業する時は女子高生になってるかもね」
「うんうん。たくさん女装唆してみたいな」
 
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どうも完全におもちゃにされているようである。
 
最初の勉強会の時は、とりあえず各自の実力を把握しようということで、昨年の公立高校の入試問題を2日間(火水:この週だけは勉強会は3日間)に分けて解いてみた。T高校は公立高校全部の共通問題になるので、基本的に問題は易しい。その易しい問題の中で高得点を取らないと合格できないので、易しい問題をきちんと解く力、苦手を作らないようにする勉強というのが必要である。
 
採点してみた結果は200点満点で、青葉が184点、日香理が188点、美津穂が176点、明日香は158点、星衣良162点、美由紀150点であった。
 
「美由紀〜、この点数じゃT高校は無理」
などと明日香に言われているが美由紀は
「これから追い込みで頑張るから」
などと言っている。
 
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「美由紀の点数は、国語・理科・社会は良いんだけど、数学と英語が問題だね」
「特に英語の点数が足を引っ張ってるよね」
「朝のラジオ英語講座を聴きなよ。聞いてるだけでもかなり勉強になるよ」
「ほんと?じゃテキスト買ってくるかなあ」
「あ、テキスト買わない方がいい」
「へ?」
「テキストがあると、文字に頼っちゃうんだよ。むしろテキスト無しで耳だけで聞いた方が勉強になる」
「ああ」
「試験にはヒアリングもあるからね」
 
今回はヒアリングの所は、今日は明日香の家でやっているので、明日香のお姉さんにお願いして問題文を読んでもらったのであった。
 
「耳を鍛えるのはいいね。ヒアリングの所は結構点差が出るんだ。ここを確実に取れば有利」
「よし。毎朝テキスト無しで聞いてみよう」
 
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「数学は直前になったら、色々公式を丸暗記したりとかが効くんだけど、今ならまだ基礎を鍛え直す時間が取れるよ。数式を展開する問題とか、連立方程式を解く問題とか、二次関数に関する問題とかを徹底的に鍛え直した方がいい」
 
「何かいい勉強方法あるかな?」
「取り敢えず、連立方程式は中2用の問題集をあげてみない?」
「よし頑張ってみよう。毎日どのくらい勉強したらいいんだろう?」
 
「まあ、入試合格まではテレビとネットは禁止にして、夜1時までかな」
「でも朝のラジオ英語講座は6時から始まるよ」
「えー?ってことは5時間しか眠れないってこと?」
「人間、1日3時間寝たら、身体はもつ」
「きゃー。でも頑張ってみる」
「よしよし」
 
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