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■春音(9)

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(c)Eriko Kawaguchi 2013-02-25
 
春奈のヒーリングを終えた後、自分の部屋に戻り、お風呂に入ってベッドでまどろんでいたら、冬子から電話が掛かってくる。
 
「青葉〜、エステ行かない?」
「エステですか?」
 
そんなもの受けたこと無いので、ちょっと興味を覚えて下に降りて行く。
 
「ここ私たちが沖縄に来る時は常宿になってるんだけどね、毎回ここのエステが楽しみなのよ」
「へー」
 
150分のボディ&フェイシャルコース3名で予約されていた。料金が27000円というのを見てひぇーと思うが、冬子のおごりらしい(宿泊料は昨夜の分は冬子が、今夜の分はレコード会社が負担するらしい。交通費はレコード会社持ちで座席はプレミアムクラスであった)。控室で少し待ち、その間にスタッフさんがコースについての説明をしてくれる。ハーブティーを頂いて飲む。美味しい!
 
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予約されていたコースは「女性のお客様のみ」と書かれていて、ちょっとだけドキっとする。すると、その表情を見透かしたように冬子が言う。
 
「私も青葉も女の子になったおかげで、これをしてもらえるね」
「そうですね!」
 

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隣り合うベッドに、青葉・冬子・政子の順に並んで寝てエステを受ける。わあこういうマッサージも気持ちいいなと青葉は思う。自分がしているヒーリングにも、こんな感じのを取り入れられないかなと考えてみた。
 
エステティッシャンの人に揉みほぐされていて、ああ・・・そのあたりに疲れが溜まっていたか、というのを意識する。そういう部分はちゃんとエステティッシャンも分かるようで、重点的にマッサージしてくれていた。リンパも刺激されるが、心地よい。けっこう体液も滞っていた部分があったようである。
 
「青葉、かなり疲れが溜まってるでしょう?」
「そうみたいです」
「私もマーサもそんなに溜まってない感じ。青葉が日々ヒーリングしてくれているおかげかな」
「あ、はい」
「でもそれで青葉自身の負担が大きくなってるんじゃないかと気になってたからね。青葉を引っ張り回している張本人の私が言うのも何だけど」
 
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「でも冬子さんも他の人の心配ばかりしてる」
「まあ、そういう性分だから。青葉とその点は似てるかもね」
 
青葉は疲れがホントにたまっていたのでエステされながら眠ってしまった。終わったところで冬子に起こされて自分の部屋に戻ったが、部屋に戻るなりベッドに吸い寄せられるように潜り込んで、ぐっすりと朝まで寝た。
 
起きた時、物凄く爽快だった。
 

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翌24日はお昼頃に羽田に着く便で東京に戻り、お昼を食べた後、都内某所で春奈のヒーリングを1時間ほどしてから、いったん別れて、青葉は千葉に向かった。彪志の誕生日が今月15日だったのだが、その直後に岩手に行って現地で彪志と会うつもりでいたのが、春奈のバックアップで疲れが溜まっているから禁止と母に通告され、代わりにこの日、彪志と会うことにしたのである。
 
「誕生日遅ればせながら、おめでとう」
と言って唇にキスする。
「ありがとう」
 
「はい、これ沖縄のお土産」
「ハンバーガー?」
「A&Wのハンバーガー。沖縄を知る人には人気なんだよね。これ。冷めちゃったけど」
「ううん。冷めてるの問題無い。よくマック買っといてそのまま放置して翌日食べたりしてるし・・・美味い!」
 
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「美味しいよね〜。なんか癖になりそう。タコライスとゴーヤチャンプルとジューシーもあるよ」
と言って、フードパックを荷物から出す。
 
「沖縄か。いいなあ。うちは小さい頃から転勤を重ねたけど、東北ばかりで、沖縄なんて行ったことないし」
「新婚旅行で行くのもいいかもね」
「新婚・・・・」
 
と言ったなり彪志が食べていたハンバーガーを喉に詰まらせてしまったので、背中を叩いてあげる。
 
「どうしたの?」
「あ、いや、その・・・・今夜はできるんだっけ?」
「ふふふ。どうかしら。約束では受験が終わってからだったんだけどなあ。その話は夜になってからね」
 
「夜になってからか・・・・」
「5ヶ月くらい我慢したんだから、あと数時間我慢しよう」
「いや・・・ステーキを目の前にしてお預け食わされてる気分だから」
「今夜は気持ち良くしてあげるね」
「気持ち良くってヒーリングじゃないよね?」
「ふふふ。どうかしら」
 
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青葉はあくまでそのことについては確約しなかった。
 

その日は彪志の部屋で、ハンバーガー、タコライス、ゴーヤチャンブル、ジューシーを食べてから少し散歩しようということで、千葉ポートタワーに出かけた。
 
ここは地上にある「1階」と高層にある「2〜4階」から成っているが、観覧順序としては、1階からエレベータで高層にある4階にあがり、それから階段でひとつずつ2階まで降りてくるシステムになっている。4階で展望を楽しみ、それから2階まで降りてきた時。
 
「恋人の聖地、愛のプロムナードって書いてあるよ」
「ああ。夜景を見ながら、どさくさに紛れてキスとかする感じかな」
「キス・・・・」
と言ったまま、彪志が何か悩んでる様子。
「ふふ。これだけ周囲の目がある所じゃ、さすがにできないよね」
「そ、そうだね」
と何だか焦っている雰囲気。青葉はそういう彪志の反応を楽しんだ。
 
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愛の南京錠などというのがあるのでいったん3階に戻ってショップで買ってきて、ふたりの名前を書いて取り付ける。
 
「たわいもないお遊びだと思うけど、愛っていつも確認してないと不安になったりするからね」
「そうだね・・・・」
「そのためにキスがあるのよ」
「あ・・・うん」
 
どうも彪志はさきほどから周囲の人が途切れたらキスしたいような雰囲気。でも休日だけあって人は途切れない。どちらかというと長期戦っぽいカップルが多い。青葉は彪志の意図に気付かない振りをしながら、おしゃべりを続けた。
 
やがてそろそろ市街に戻って食事でもしようか、ということでエレベータで下まで降りる。その時、別のカップルと一緒になったが、向こうはゴンドラの中で人目を気にせず抱き合ってキスを始めた。彪志も青葉も「ひゃーっ」
と思う。彪志が目で誘う。まいっか、と青葉は心の中で微笑み、こちらも抱き合ってキスをした。
 
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夕食は市内の焼肉屋さんに入った。
 
「あれ?ここ前回ちー姉たちと来た所だっけ?」
「そそ」
「システム変わったのかな?」
「うん。食べ放題コースとセットコースに別れたんだよ。しかも食べ放題コースは男女同一料金になった」
「へー」
「青葉みたいに少食な女の子にとっては損だよなあ」
「うん。でも女の子でもたくさん食べる子いるからね」
「確かにね。特にここは学生客多いから、食べ盛りの子が多いし」
 
ふたりで「カップルセット3980円」を注文する。
 
「ここは私のおごりね。ヒーリング代金、たくさんもらえるから」
「たくさんもらわなくちゃ。凄いハードスケジュールみたいだし」
「うん。クライアントにしても私にしてもね」
と言って青葉は笑った。
 
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「私、あまり食べないから、彪志たくさん食べてよね」
「うん。それは任しといて」
「おお、頼もしい」
 
楽しく会話しながらお肉を食べていたが、青葉はふと近くの席で大学生グループがビールの大ジョッキを飲んでいるのを見る。
 
「あ、ごめーん気付かなかった。彪志ビール飲んでもいいよ」
「いや、やめとく。未成年だし」
「えらーい。みんな18過ぎたらアルコールは飲んでいいものと思ってる感じなのに」
「あ、いや、コンパとかでは飲んでるよ」
「ふーん」
「でもこれから青葉とデート本番という時に酔いつぶれたりしたらもったいない」
「ふふ。本番できるといいね」
「できないの?」
「どうだろうね」
と言って青葉は悪戯っぽい笑みを見せる。
 
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カップルセットのお肉をきれいに食べて(彪志がだいたい8割食べた)しまってから、デザートに杏仁豆腐を頼み、それもきれいに食べてお店を出た。
 
コンビニに寄って、食糧・おやつを少し調達した後で、彪志のアパートに戻る。
 
「あ、でも焼肉食べた後で、更に食糧調達というの、俺は思いつかなかった」
「ああ、男の子はだいたいそうらしいよ。食事した後で、次の食糧を確保しようとするのは、女の特性だって」
「常に保険を掛けておくってことかな。人間の生存能力って女の方が強いのかもね」
「あ。それはそうだと思う。男は特攻的な面があるよね」
 

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彪志が紅茶を入れてくれて、それを飲みながら少しおしゃべりした後、青葉が
 
「ああ、汗掻いちゃった。シャワー借りていい?」
と訊く。
「あ、11月だし、シャワーじゃ寒いよ。お湯を溜める」
と言って、彪志は浴室に行き、浴槽を洗った上でお湯を出した。
 
「溜まったら止まるから音で分かるよ」
「便利ね」
 
「そういえば俺、昔旅行先で泊まったビジネスホテルでさ」
「うん」
「お風呂に入ろうと思って、お湯を出して、しばらく部屋の中で漫画読んでたんだけど」
「うんうん」
 
「なんか5分もしない内にお湯が止まっちゃうんだよね」
「へー」
 
「部屋の中誰もいないしさ。もちろんお湯はまだ底の方に少ししか溜まってない」
「うん」
「その時、読んでたのが寺尾玲子さんの心霊相談漫画で」
「おお!」
「俺、ちょっとゾゾっとしたよ」
「何か霊でもいたの?」
 
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「それがね、そのお風呂は予めお湯の水位を蛇口のひねり方で決める方式になってたの」
「ああ」
「俺が、勢いよく出ると音が凄いから、急がないしと思って、ちょっとだけ蛇口をひねってたんで、ちょっとだけお湯が溜まった時点で自動的に止まってしまったのね」
 
「なるほど、そういうシステムだと知らないと、一瞬戸惑うよね」
「しかも読んでた漫画が漫画だったから、怖くなっちゃって」
「あはは。でも寺尾玲子さんの本は『鍵』を絶対描かないから安全だよ」
「ああ・・・」
「描かれなかった鍵を『想像』したりしない限りはね」
「それやっちゃう人もいそう」
「うん。霊感体質の人には時々そういう自分で危ない所に首を突っ込んでしまうタイプもいる」
「俺なんかは基本的には君子危うきに近寄らずがモットー」
 
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「それが長生きのコツだよ。でも心霊漫画の中には、多分漫画家さんがそういうのに詳しくないからだろうけど、まともに鍵を描いちゃってるのもあってさ、こらー、心霊現象を全国にバラまくつもりか? って思うものもあるよ」
 
「ああ、それは逆に霊能者の人が監修してあげないと、その辺りは分からないよ」
「そうかもね」
「でもまともに『鍵』が描いてあったのを読んじゃったらどうするの?」
「見なかったことにする。忘れる」
「ふむふむ」
 
「それから、この漫画家はやばいぞと思ったら、怪しそうなページは見ない。台詞を読まない」
「あ、それは俺もやってる。恐怖感を無理に水増ししてる雰囲気の漫画家とか、話を都合良く作ってる人とか、無関係の事にこじつけが多い漫画家は警戒する」
 
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「実際、これ心霊現象じゃないでしょ?と思うものも多いよね」
「ほんとほんと。これはただの不注意だろってのが多い」
「そうなのよ。私の所に来る心霊相談でも実際問題として9割は心霊と無関係」
「ああ、そんなものだろうね」
 

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何だか心霊漫画の話で盛り上がっている内にお湯が溜まって給湯が止まったので「お先に〜」と言って青葉はバスタオルを出してもらってそれを持ち、お風呂に入った。
 
しかし彪志にも言われたけど、我ながら今月はハードスケジュールだよなと思う。先週は菊枝にカバーしてもらったが、週末の度に北海道、大阪、沖縄と出かけるのは、若い青葉にとっても、なかなかの体力的負担である。しかしアイドルの春奈はそれを年中やってるのだから凄い。アイドルって体力勝負の仕事だなと思った。しかも自分の仕事などもそうだが疲れているからと言って、そんなそぶりを客に見せる訳にはいかない。いつも元気いっぱいの自分を見せておかなければならない。霊能者の所に相談に来て、その霊能者本人が暗い顔をしていたら、客は逃げてしまう。
 
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政子さんがそんな生活を4ヶ月やったので消耗して、そこから浮上するのに3年の月日が必要だったのも無理ないという気がしてきた。冬子さんの方は自分と似たタイプで、パワーがあって切り替えが速いけど、政子さんはデリケートな精密機械だから、あまり無理させられないタイプだ。
 
冬子さんは「複雑すぎて自分でも仕組みが良く分かってない」というローズ+リリーの運営資金や報酬の流れを一度説明してくれたが、結果的に自分たちのペースで仕事をすることができる体制になったのは良いことだと青葉は思った。
 
ただローズ+リリーの方は良いのだが、ここ1年ほど政子さんがローズクォーツの方にも(音源製作のみではあるが)引っ張り出されているのは負担になっているのではという気もする。今度ケイさんだけと会った時に言っておいた方がいいかもと思った。
 
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