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■春音(6)

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ああ。アナウンサーにならなかったら歌手になってもいいかも知れないな、なんて気もしてくる。でも歌手で霊能者ってことになるとマスコミに散々引っ張り回されてオーバーワークになりそうという気もする。歌手も霊能者とは両立できない仕事かもな。
 
ソロパートを歌いきった時、観客から拍手が湧き起こった。その拍手を聴きながら、青葉はたちは更に歌い続け、4分12秒の歌を歌い終えた。
 
指揮を終えた葛葉が少し昂揚した顔をしている。ソロも気持ちいいけど、指揮ってのも結構気持ちいいんだよね。
 

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2曲目『フライングゲット』が始まる。最初のNa Na Na の所は全員で歌い、その後のAメロ、Bメロを青葉と鈴葉の掛け合いで歌う。そしてサビはまた全員で合唱である。この掛け合いの部分は、誰かが急に休んだりした時のために、青葉・葛葉・鈴葉の3人で、どの2人の組合せでも歌えるように練習していた。
 
みんな良く知っている曲なのでこの歌を歌っている時は館内に手拍子が起きた。その手拍子に乗せて歌うのも、また独特の快感がある。会場がステージとひとつになる時間である。
 
気持ち良く歌い終えて、指揮者の葛葉が観客の方に向き直り、お辞儀をした時、それまでの手拍子がそのまま称讃の拍手になり、更にすぐアンコールの拍手になってしまった。
 
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青葉・葛葉、そして副部長の美津穂で顔を見合わせる。
 
その瞬間、青葉は悪戯心を起こしてしまった。3人でステージ上で集まるが、その時、ピアノ伴奏の子と、バスのパートの所に並んでいる田代君を呼ぶ。何だろう?という感じで田代君もその3人の所に寄ってくる。
 

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「みんな『BELIEVE』は歌えるよね?」
「シェネル?」
「いや、杉本竜一の」
「あ、そっちか」
「シェネルのビリーブもみんな知ってると思うけど、杉本竜一のビリーブも5月頃、かなり練習したから行けますよ」
 
「○○ちゃん伴奏できる?」
「キーは?」
「F」
「行けます」
「葛葉、指揮できる?」
「大丈夫だと思います」
 
「それで出だしのソロパートを田代君歌ってよ」
「え?田代君が歌うの?」と美津穂。
「うん」
「ちょっと待って下さい。Fのキーで歌う場合、出だしの音は?」と田代。
「A5」
「A5〜!? 男子はテノールの子でもA4かせいぜいC5が限界だよ」と美津穂。「ところが田代君はA5が出るんだな」と青葉。
「ほんとに?」
 
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「済みません。A5で歌い出したら最高音は?」と田代。
「D6」
「ひぇー」と葛葉。
「行けるよね?」
「行けます」と田代。
「ほんとに行けるの?」と驚いたように美津穂。
「田代君はD#6まで出るのよ」
「うっそー!」
 
「ということで、みんな頑張ってみよう」
 
あまり打ち合わせに時間も取れないので、みんな各々の位置に戻る。美津穂と青葉は隊列に、葛葉は指揮台に、伴奏の子はピアノの所に。ただ、田代君は青葉から「君はここ」と言われて、指揮台のそば、隊列から少し飛び出した所でセットした。
 

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葛葉の指揮棒に合わせてピアノ伴奏がスタートする。8小節の前奏に続いて、田代君が歌い出す。
 
美しいソプラノボイスだ。
 
隊列にいるコーラス部の面々も、指揮をしている葛葉も「へー!」という顔をしている。特に田代君がこのソロパートの最高音D6をしっかり出すと「おぉ」
という感じだ。
 
観客席の方は、学生服を着ている男子部員がソプラノソロを歌い出したので「えー!?」という感じの反応であった。
 
やがて全員で歌う部分に入ると、田代君は本来のバスパートを歌う。バスは人数が少ないので、田代君が抜けると辛いのである。
 
そして間奏を経て再びソプラノソロとなる。するとまた田代君が美しいソプラノボイスで8小節歌い、それから全員での合唱になると、またバスに切り替えである。バスとソプラノでは声の出し方自体が全く違うはずだが、さっと声区を切り替えられるところは、器用さも持っているようである。
 
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最後4パートが作り出す和音で終了。
 
観客席から割れるような拍手とともに「ヒュー」とか「すげー」といった歓声も出ていた。みんなで観客席に手を振って退場した。
 

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「いや、盛り上がったわね」
と音楽準備室に戻ってから、体育館ではステージ脇で見ていた寺田先生からも言われた。
 
「でも田代君のソプラノソロはびっくりした」
「彼、元々去年、川上さんに次ぐ2人目のソプラノソロを育てようという話になった時も立候補したもんね」
「ほんとにソプラノソロもやる?」
「ああ、ソプラノソロ歌える子は3〜4人いた方が、何かあった時に助かるし」
 
「いっそ通常の歌唱でもソプラノパートに来ない?」
「それも悪くないなあ。バスが手薄になるから、誰か補充メンバー捕まえて入部させないといけないけど」
 
「ソプラノに来るなら、女子制服着てよ」
「やはり、そうなる?」
「だって男子制服着た子が混じってたら変だし」
「女子制服、着たくない?」
 
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「うーん。ちょっと興味はあるけど、ハマったら怖い」
「ああ、ハマる、ハマる」
「1年後には立派な女子中学生になってたりして」
「それ、ありそうで怖い」
 
そういう冗談で盛り上がった後で、この文化祭で部活終了となる3年生が抜けるので、その後の部長・副部長を決めようということになる。
 
「部長は葛葉だよね〜」
「うん。問題なし」
という声があちこちから上がる。
 
「えー!?やっぱり、そういう展開?」
「当然」
 
しかしこれは葛葉もある程度覚悟していた感じであった。
 
「あ、副部長は田代君ってのは?」
「ああ、男子の副部長というのも面白いかもね」
「いや、田代君が女子中生になっちゃったら、従来通り、女子2人の組合せ」
「じゃ、女子制服を着てもらって副部長ということで」
 
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「ちょっと待って。女子制服は勘弁してよ。副部長は引き受けるから」
 
といったことで、新体制が決まった。青葉と美津穂が、葛葉と田代君と握手し、引き継ぎが行われた。
 

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文化祭の翌週の日曜日は模試があった。この後、模試は12月下旬にもう1度あるが、その段階では最後までどちらを受けるか迷っている人の最終判断要素ということになるので、大半の中3生にとっては、この模試で志望校をほぼ決めることになる。
 
公立高校に限っていえば基本的には志願できるのは1校1科のみだが、落ちた場合若干の募集がある二次募集に応募することはできる(その場合、既に受けた入試成績で合否判定され、新たな入学試験は行われないから、入試自体を失敗してしまった場合は救いようがない)。また、理数科・社文科のある高校の場合は例外的に同じ高校の普通科を併願できるので、理数科狙いだけど微妙などという子は併願をすることになる。
 
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日香理などは社文科志望だが普通科を併願するつもりだし、呉羽なども理数科を狙ってはいるものの、普通科併願である。
 
青葉たちのグループでやはり最大の問題は美由紀であった。
 
美由紀は夏休みに「かなーり勉強しなきゃ」というのを認識してから、本当に頑張った。まず両親に頼んで合格までテレビの電源を入れないことにし、実際美由紀のお母さんはテレビにカバーを掛けてしまった。また美由紀が使っていたパソコンと携帯も没収した。携帯は一時休止の手続きを取った。
 
夏休み中に進研ゼミの1,2年のテキストを仕上げ、10月までに3年生のその月までのテキストも制覇した。英語の勉強に毎朝ラジオの英語講座を聴き、英語の語彙が弱いということで、自作の単語帳を常時持ち歩いて友だちとおしゃべりしながらも、必死で単語を覚えた。また他にも数学で基礎力を付ける問題集を頑張ってやっている。おかげで2学期の中間テストはどの教科もほぼ満点で、先生にも大いに褒められたのである。
 
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しかし狭い範囲から出題される中間テストと違って、模試は中学の3年間全ての学習範囲から出題される。どうしても苦手な部分、あまりしっかり勉強していない部分を問う問題も出る。ある程度は論理思考でカバーできるものの最後は勘である。いわゆる「本番に強い人」には、この勘が良い人が多い。美由紀もわりと勘は良い方という感じだった。
 
「美由紀、どうだった?」
と日香理は自分のことより先に美由紀の点数を心配した。
 
「うん。今日の問題は苦手な所が全然出なくて、すごくスイスイ解けたよ」
「おお、良い顔をしている」
 
「でも美由紀、ここで気を抜いちゃダメだよ。これが出発点だよ」
「うん。ね、ね、勉強会を週に4回に増やさない?」
「4回?」
「今やってる火曜・木曜の他に、土日」
「ああ、いいんじゃない?出られる子だけ出るということで」
 
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その「出られる子」ではないのが青葉である。一応11月中旬から3月までは拝み屋さんの仕事はお休み、ということにはしているものの、今月もずっと北陸と岩手の双方で色々相談事を持ちかけられ、だいたい平均1日に1件のペースで対処していたし、何人か固定客のヒーリングもしていた。
 
10月半ばの岩手行きは、青葉自身の体調が万全では無かったので中止したが、11月上旬はまた岩手との往復である。ただ今回はいつもとルートが違っていた。
 
2日金曜日に6時間目の授業が終わったらすぐ、学校まで迎えに来てもらった母の車で富山空港まで走り、16:55のANA羽田行に乗る。18:00に着いたら1時間半の待合せで同じANAの19:30新千歳行きに乗る。この同じ便にスリファーズの春奈が乗っていて、一緒に千歳市内の一流ホテルに行き、その夜はヒーリングを施す(実際には機内でも、主として心理的なヒーリングをしている)。
 
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スリファーズが3日から全国ツアーを開始するので、その間、可能な範囲で青葉に春奈をサポートして欲しいという依頼がレコード会社の部長さんからあったのである。この日はツアー初日前夜にヒーリングしてもらって、疲れを取り、また8月に性転換手術を受けてまだ万全ではない女性器の調子や身体全体の分泌の状態を整えてもらって、本番に臨もうということだった。春奈には手術の直後から9月の中旬まで毎日ヒーリングをしていたので、すっかり顔なじみである。年齢もひとつ違いなので、気安い感じでおしゃべりを楽しみながらのヒーリングになった。
 

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その夜は同じホテルに(宿泊料レコード会社持ち)で泊まり、翌朝早朝にホテルを出発。7:30の花巻空港行きに乗る。ホテルが札幌ではなく千歳市内になったのは青葉の負担をできるだけ小さくするためである。花巻空港には慶子が迎えに来てくれていて、慶子の車で、その日最初の依頼のあった、遠野市に入った。
 
元々慶子の父が亡くなった後、慶子と青葉のコンビで処理する霊的な仕事は、青葉の家庭的な事情もあり、大船渡を中心に、南は陸前高田・気仙沼、そして内陸の住田町といった「気仙地方」にほぼ限定する形で応じていたのだが、震災後にたくさんの「遺体探索」で名前が知られてしまってから、そこからの口コミで、今までよりやや広い範囲からの依頼も結構持ち込まれるようになってきていた。釜石市では何度か仕事をしたことがあったものの、遠野市は今回が初めてである。
 
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遠野は民話の里なので、地域特有のものが絡んでいたら難しいなと思い、念のため『遠野物語』を再度通読して予習しておいた青葉であったが、実際の案件はクライアントに会ってみると、単純な健康問題で、霊的なものの絡みも無かったのでホッとした。
 
「これは病院に行きましょう」と青葉は言った。
「霊障とかではないんですね?」と50代の主婦。
「霊的な妨害とか作用とかは無いですよ。このお家もとても家相が良いです」
「ほんとですか。安心しました。でも私、病院嫌いで」
「病院に行かないと治りませんよ」
「内科ですかね?」
「そうですね。最初は婦人科を受診なさると良いでしょう。そこから具体的な症状については耳鼻科とか内科とかを紹介される場合もありますが。ホームグラウンドは婦人科に置いておくのが良いですよ」
 
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「ああ、これ更年期障害?」
「です」
「じゃホルモンとか補充すればいいのかしら?」
「それもお医者さんの指示に従った方がいいです。素人療法していると糖尿病とか誘発したりして、苦労しますよ」
「そっかー。仕方無いなあ。一度行ってみるか」
 
どうも本人が病院受診に消極的な雰囲気なので、青葉は同席していた娘さんにも強く病院に行かせるように言っておいた。
 

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