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■春音(2)

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チアの練習は2日目は初日の基本的な動作に加えて、左右の手が違う動きになる、ダイアグナル(左手斜め左上・右手斜め右下、またはその逆)・Kモーション(左手斜め左上・右手斜め左下またはその逆)、パンチアップ(右手まっすぐ上、左手腰)を練習した後、今度は足の動きも加えて
リーダーの世梨奈の動きに合わせて動く練習をした。これがタイミングが揃うようにするのが、けっこう大変だった。チアは全員がきちんと揃わないと美しくない。呉羽は体育の成績はあまり良くないものの(明日香的見解では女子の体力・運動能力しかないから男子として評価されると点数が低くなる)、こういうのの運動神経は比較的良い感じで、しっかり付いてきていた。
 
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3日目になると、2人組んでひとつの形になるものを練習する。ダイアグナルを2人組で逆方向にして大きなΛの形を作ったり、左の子が左手をまっすぐ横、右の子が右手をまっすぐ横に伸ばした、2人T字、などの形である。だいたいこのくらいで基本動作が固まった。
 
「1週間だし、スタンツは無理だね」
「スタンツって?」
「組み体操。ふたり組んで、その肩の上に乗ったりとか」
「ああ、無理無理」
「そんなことやったら確実に落っこちるよ」
「いや、多分落っこちる前に肩に登れない」
 
基本的な動作がだいたいできるようになると、曲を流して、それに合わせて一連の動作をしていく練習をする。曲は NICO Touches the Wallsの
『夏の大三角形』。振り付けは2年生の子が考えたものらしい。
 
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「やっぱり組んでダイアグナルやT字作るところが、なかなか揃わないね」
「一昨日から始めたばかりだからね」
「駄目だ〜、と思ったら何も考えずに隣の人と同じ動きにしちゃおう」
「スマイルだけは忘れずにね」
「そうそう。チアでいちばん大事なのはスマイルだよ!」
 

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チアの練習は木曜日には1年生,2年生と一緒になり合同練習となった。時間に余裕のある1,2年と違って3年生は受験を控えてあまり長時間の練習をしていないので、少し足を引っ張る感じにはなったものの、何とかあまり乱れない範囲で付いていくことができた。
 
その日の練習が終わってから着替えて帰宅する。
 
青葉たちが玄関を出ようとしていたら、ちょうど呉羽も着替え終わって玄関まで来た所だった。
 
「いや、参った参った」
「どうしたの?」
「チアの衣装で男子更衣室に入っていくとギョッとされて」
「ああ、されるだろうね」
「衣装脱いでも女物の下着つけてるから、更にギョッとされて」
「あはは」
「性転換したの?とか言われた」
「ああ、いっそ性転換する?」
「いや、その気は無いから」
 
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「いっそ女子更衣室で着替える?」
「それはさすがにまずいかと」
「私、女の子になります!とか宣言しちゃうと、女子更衣室に受け入れてくれるよ、きっと」
「えー? 今の所まだその気は無いし」
「全然無いの?」
「あ・・・・ちょっとはあるかな」
「やはり」
 
「女の子になっちゃいなよ。呉羽、可愛い女の子になれるよ」
「う・・・う・・・なんか3年後の自分が怖い気がしてる」
 
「あ、そうだ」と青葉は言った。
「呉羽さ、T高校志望だよね。今、T高校志望の女子で集まって勉強会してるんだけど、呉羽も来ない?」
「へー。勉強会?」
「女子だけだけど、呉羽なら構わないよ」
「ああ、行ってみようかな」
「女装もさせてあげるよ」
「いや、女装はいいから」
 
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その日の勉強会の会場は日香理の家であったが、青葉と明日香が呉羽を連れて行くと、日香理のお母さんは
 
「あら、男の子もいるのね」
と言ったが、青葉が
「あ、この子は半分女の子なので」
と言うと
「あら、青葉ちゃんの同類?」
などと言われる。
「そうです、そうです」
と言って青葉は笑っていたが、呉羽は恥ずかしそうな顔をしていた。しかし、またそういう雰囲気が「女の子っぽい」と思われた感じもあった。
 
勉強会が始まってからも、みんなに言われる。
 
「実際、呉羽さあ、日常的な仕草を見てると、けっこう女の子っぽい仕草が多いよね」
「そうかな?」
「あ、今の仕草もかなり女の子っぽい」
 
「きっと、小さい頃から女の子してたんじゃない?」
「えー? そんなことないけど」
「小さい頃からスカートとか穿いてなかったの?」
 
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「うーん。。。。スカートとか持ってなかったから、バスタオルを腰に巻き付けたりしてたかな」
「ああ」
「あとパンツを前後ろ逆に穿いてみたりとか」
「なるほど、なるほど」
「胸の所にテニスボール入れてみたりとか」
「うんうん」
 
「今は普通に女の子の服、持ってるんでしょ?」
「ちょっとだけね。スカート3枚、女の子仕様のポロシャツ4枚、ブラジャー5枚、女の子ショーツ20枚くらいかな」
「結構持ってるじゃん」
 
「ショーツ私より多い」
「えー?女の子ってショーツは50〜60枚持ってるもんじゃないの?」
「そんな子もいるかも知れないけどレアだね」
「私12〜13枚しか持ってない」
「私たぶん7〜8枚」
「それはさすがに少なすぎない?」
「古くなったのはどんどん捨てちゃうからかな」
「ああ、僕はあまり穿かないから痛まないんで溜まっちゃったのかなあ」
 
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「呉羽自分のこと『僕』って言うの?女の子の格好してる時も」
「なかなか『私』って言えなくて」
「それは慣れの問題だよ。最初は自分で『私』って言って違和感があっても、ずっと使っていればその内、それが自然になるよ」
「この勉強会にいる間だけでも『私』って言わない」
「そ・・そうだなあ、言ってみようかな」
「ほらほら」
「うん、私言ってみる」
と呉羽は言ったものの、かぁっと赤くなってしまい、それがまたみんなから
「可愛い!」
などと言われていた。
 

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その日、青葉が自宅に帰ると、母から
「冬子さんから電話があったよ」
と言われる。
 
「伝言とか無かった?」
と訊くと
「レコーディング中だから、また掛けるって言ってた」
ということだった。
 
冬子からの電話は夜22時頃に掛かってきた。
 
「忙しい時にごめんね」
「いや、忙しいのは冬子さんの方のはず」
「まあね。それでね。来月、スリファーズのツアーに帯同して全国を飛び回ることになったんだけど、11月23日に沖縄に行くのよね」
「はい」
「それで、もし青葉、都合が付いたらいっしょに沖縄まで来て欲しいんだけど」
「何か『お仕事』ですか?」
 
「うん。実は沖縄にいるローズ+リリーのファンで数年前から難病と闘っている女の子がいて」
「ああ、『神様お願い』の人ですね」
「そうそう」
「その人を青葉、ちょっと見てあげてくれないかと思って」
「私は医者じゃないですよ〜」
 
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「うん。でも医者じゃないから見えるものがあるかも知れないからさ」
「そうですね。見るだけなら構いませんが」
「時間は取れる?」
「取れます。それとお役に立てなくても出張料は頂きますよ」
「もちろん、もちろん」
 
「あ、そうだ。沖縄に知り合いのユタさんがいるのですが、彼女にも見させましょうか」
「ああ、それは心強い。そちらにも、もし何もできなかったとしても、充分な謝礼は払うから」
「了解です。あ、彼女の名前と生年月日、分かったら出生時刻、それと出生場所、それから診断されている病名を教えて下さい」
 
「病名はね○○○○症候群というの」
「○○○○症候群」
青葉は病名を書き留めた。
 
「知ってる?」
「いえ、聞いたことないです」
「凄く珍しい病気らしいんだよね。実は名前が付いたのも4年前で、彼女の症状が悪化して緊急入院した時点では、まだ病名が無かったんだよ」
「ああ」
 
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「出生時刻は訊いてそちらにメールする」
「はい、お願いします」
 

冬子からのメールは30分後に来た。青葉は患者のホロスコープを作成してみたが「うーん。。。」とうなる。また医学情報サイトにつなぎ、○○○○症候群に関する情報を再確認した。
 
「あの人なら、まだ起きてるかな・・・・」
と呟くと、青葉は知人の医師で、そちら方面に詳しそうな人にメールをしてみた。九大医学部教授の肩書きを持っている。彼から電話が掛かってきたので青葉は彼と少し話し、少し気になったことを何点か訊いてみた。
 
「それ、もしかして患者は沖縄の○○大学病院に入院している子じゃないよね?」
 
この症例の患者は国内に10人もいないらしい。それで青葉が冬子から聞いている範囲で気になったことを投げてみたのだが、その話で向こうはその患者の見当が付いてしまったようだ。
 
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ちなみに、こういう患者数が極端に少ない「希少難病」の最大の問題点は、医学者も製薬会社もまともに研究してくれないことである。製薬会社にしてもその病気の治療薬を何十億と費用を掛けて開発しても投与できる患者が数十人程度では全く採算が取れない。医学者にしても同様で、もっと患者数の多い病気の研究をしろと言われてしまう。そのような、研究者が相手にしてくれない「希少難病」が7000種類はあると言われている。
 
「えっと済みません。守秘義務でお答えできませんが、こちらで頼まれたクライアントに役立つかも知れない情報でしたら、そちらも守秘義務に反しない範囲で教えて頂くと助かります」
 
「ああ、図星っぽいな。あの患者の場合はちょっと特殊なんだよ」
「へー」
 
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彼はけっこう色々その患者について聞いたことを話してくれる。
 
「つまり他の同様の症例ならもっと病気が進行する所が、彼女の場合は停止してるんですか」
「そうなんだよ。むしろ症状が軽減して行ってる。こんな症例は他に無いんだよね。みんな病気が進行して、だいたい発病後2〜3年以内に死亡しているのに。この患者は病気が進行したのは最初の1年くらいだけで、その後は一進一退の状態を続けて、特にここ1年ほどは快方に向かっている。それでこの患者は今世界中から注目されているんだよ」
「なるほど」
 
「この患者がもし退院できる所まで回復したら凄いことだし、治療方法に道が開ける可能性もある。今まで彼女に投与した薬、特に快方に向かいだした頃に使った薬が、他の病院でも試されているんだよね」
 
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「ああ」
 
青葉は更にその病気の症状の出方、患者の病変細胞を分析した結果などについても話を聞いていた。すると、そういう話を聞いている内に、頭の中に漠然とひとつのストーリーが出来てきた。
 
「○○さん、患者が快方に向かい始めた頃に投与した薬のリストありませんか?『治療と関係無く投与した薬』を含めて」
 
「・・・・なるほど。それは考えなかった。照会してみる」
「はい」
 

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金曜日はT高校に呼ばれて午後から顔を出してきた。
 
高校側も来年度に向けて色々予算獲得などにも動き出すので、再度入学の意志を確認するのと、前回は校長室で面談をしただけであったので、学校の様子を見学していってくださいという趣旨であった。小坂先生と保護者の朋子に同伴してもらって高校まで行く。青葉の中学からT高校までは電車で10分の距離である。
 
「ああ、それではもう性転換手術を受けられたのですね」
「はい。7月に受けました。これが証明書です」
 
と言って、青葉は松井医師に書いてもらった、性別適合手術完了済の診断書を提出する。治療の内容:陰茎切断・膣形成・陰核形成・小陰唇形成・大陰唇形成。他に睾丸は手術前の治療段階で自然消滅済み。乳房の発達、乳頭・乳輪の発達が認められ、髭は無く体毛も少ない。体脂肪の分布も女性型である、と書かれた上で『患者に男性の機能は既に無く、男性としての義務や制限から解放される。患者は完全に女性であり、女性としての全ての権利を受けられることを証明する』
と書かれている。
 
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校長は診断書を読み、頷いて受け取った。
「性転換手術というのは大変な手術と聞いていますが、もう体調は大丈夫なんですか?」
「ええ。とても経過が良くて。手術の10日後には、私、コーラス部の中部大会で名古屋で歌いましたし、その後8月の全国大会でも東京で歌いましたし、もうプールや温泉にも入って良いという診断を受けまして、先月は修学旅行で京都・徳島まで行って、実際神戸近郊の温泉にも浸かってきました」
 
「ほほお、それは回復が速いですね。随分軽く済んだんですね」
と校長は感心している。朋子は少々異論を言いたい気分だったがやめておいた。
 
「それで志望学科は社文科ということで良かったですね?」
「はい。それでお願いします」
 
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