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■春声(12)

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「川上さん、ソロ歌える?」
「私が歌うしかないですよね」と青葉は答える。
 
「体力が足りないんです。ソロのところまで私、しゃがんでいます。歌い終わったら、またしゃがみます」
「うん。それでいい」
 
進行係の人にお詫びをし、その後会場に向かっても先生がお詫びの言葉を言ってから演奏を開始することにする。混乱があったので、副部長の美津穂がステージに並んでいる人数を再度数えて35人であることを確認した。万一人数が規定外になっていたら失格になる。
 
美津穂が「確かに35人です」と報告したのを聞いて寺田先生はピアノの子に合図を送り、指揮を始めた。むろん寺田先生もちゃんと人数を数えたのだが、こういう時は複数の人間で確認した方がいい。青葉が最前列でしゃがんでいるので、少し会場にざわめきがある。しかし部員たちは非常事態が起きたおかげでかえって適度の緊張ができたようで、しっかりと歌を歌っていった。
 
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(入れ替えは予定通り12人交替したのだが、葛葉の代りに青葉が入ったので過不足は生じてないのであるが、みんなそこまで考える余裕はさすがに無かった。なお交替人数は念のため15人と届けていたので13人の交替は問題無い)
 
やがてソロパートが近づいてくる。青葉はようやく立ち上がり、精神を集中した。ソロを歌う1分48秒の間だけ歌うための体力が出ればいい。そう青葉は考えた。
 
自分の出番だ。青葉は全力で声を出した。うん。調子良い。ぴたりと音程もリズムも合ってる。実際問題として声を出したのは手術を受ける前日、17日以来12日ぶりだったので、さすがの青葉も少し不安があったのだが、ちゃんと歌えている。
 
ソロパートはみんなの歌唱と調和しながらどんどんクライマックスへと進んで行く。そして青葉の歌は最高音の F6 に到達する。その音を聞いて会場から「わぁ」
という感じの溜息のような反応。F6 を 3回出して、ソロパートは終わりに向かう。
 
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歌いきった! 青葉はそう思ったとたん、倒れてしまった。さすがに寺田先生がびっくりするが、青葉は倒れたまま、先生やみんなに笑顔で手を振る。みんなも一瞬ビクっとしたものの、青葉が笑顔なので、そのまま歌い続ける。ソロ部分が終わってから1分半ほどで演奏は終了した。
 
会場に挨拶した上で、美津穂や日香理たちが青葉のそばにより、抱えるようにして退場した。
 
「大丈夫?」
「うん。何とか」
「でも、青葉の歌、今日はすごい調子良かったね。高音がのびのびと出てたもん」
と日香理。
「ほんと?今日はさすがに自分でもどう歌ってるか分からなかったよ。でもそんなに高音出たのは、やっぱり女の子の身体になったからかな」と青葉。「ああ、それはあるかもね」と日香理も笑顔で言った。
 
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青葉は1-2分休んだだけですぐに体力を回復し立ち上がることができた。青葉が大丈夫そうなので寺田先生と副部長の美津穂は一緒に葛葉の方を見に走って行った。
 
結局葛葉の腹痛の原因は不明であった。精神的なものでしょうかねぇ? と医師も言っていたが、20分ほど医務室のベッドで寝ていたら回復し、立ち上がることができるようになった。「ほんとに、みんなごめんなさい」と申し訳ないという顔で謝っていた。
 
青葉たちの演奏から1時間弱ほどして、全ての学校の演奏が終わった。10分ほどの休憩の後、成績発表となる。
 
3位は△▽中学であった。昨年1位となったものの在校生ではない子が歌っていたとして涙の辞退となった中学であったが、見事に昨年のリベンジを果たした。
 
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2位は今年中部大会に初参加となった**中学が射止めた。物凄い歓声があがりなかなか止まらないので、係の人に注意される。青葉たちはふと去年の自分たちにその姿を重ねて微笑んだ。
 
そして1位。青葉たちの◎◎中学の名前が呼ばれた。青葉は隣にいた日香理、美津穂と抱き合い、後ろの席にいた葛葉の頭をゴシゴシとした上で握手した。
 
表彰式になる。3位の学校から表彰される。昨年は府中さんが最初に表彰の台に上がったんだった。青葉はそれを微笑んで見守った。次に2位の学校。代表の子がもう120%の笑顔をしている。こういう顔を見るのは気持ちいい。そして自分たちの学校の名前が「優勝」という単語とともに呼ばれる。
 
青葉はステージにあがり、理事さんから1位の表彰状を受け取った。表彰状を渡した時に理事さんが小声で「大変だったみたいだけど頑張ったね」と言った。「ありがとうございます」と笑顔で言って青葉はステージを降りた。
 
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青葉はホールを出たところで少し隅の方に行き「こちら中部大会1位通過」と椿妃・柚女にメールをした。すると椿妃からは「東北大会2位通過」、柚女からは「東北大会3位通過」という返事が来た。「おめでとう。来月東京で」とお互いにメール交換する。
 
携帯の電源を切って、みんなが集まっている方に行ったら、日香理から「椿妃たちは東北大会2位だったって」と言われた。「うん。私も今椿妃とそれメール交換した」と言って微笑んだ。
 
「だけど、川上さんも凄かったね。今日の歌はちょっと神がかってたよ」と先生。「そんなに凄かったんですか?」と青葉。
「高音ののびがグレードアップしてた」と美津穂も言う。
「あれかな。共鳴孔がひとつ増えたせいじゃない?」と三年の男子が言い、隣に居た女子からパンチを食らう。
 
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名古屋までコーラス部のメンバーと一緒に来てくれていて、昨年はみんなに自腹でアクエリアスをおごってくれた教頭先生は、今年はみんなにハンバーガーとコーヒーのセットをおごってくれた。
 
「先生、お金大丈夫ですか?」と2年生の子が教頭に言うが
「優勝だからね。奮発しなきゃ。もし全国大会で5位以内に入ったらみんなにステーキを御馳走するよ」
と教頭は言う。
「先生、それ言ったことを後悔しますよ」と3年生の子。
「構わん、構わん、うちの母ちゃんから僕が責められるようにしてくれ」
と教頭は笑顔で言っていた。
 
(去年は教頭先生は全国大会10位以内だったというので、みんなにケンタッキーをおごってくれたのである)
 

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中部大会が終わってJRの特急で高岡に帰還、駅からは母の車で深夜に帰宅した青葉は、自宅で意外な人物の姿を見た。
 
「菊枝!」
 
母が紅茶を入れてくれて、3人で菊枝が持って来てくれた高知のお菓子を頂く。千里と桃香はもう寝ている。
 
「わあ、中部大会優勝なんだ。おめでとう」
「私の代わりにソロ歌う予定だった子が倒れた時はもうどうしよう?と思ったよ」
「よく青葉歌えたね。見た感じまだ体調20%くらいでしょ?」
 
「そんなもの。まだお腹に力が入らない。神がかってたとか言われたけど、自分では無我夢中で、どう歌ったかも分からない。歌いきった所で倒れたし」
「その状態だから、青葉のフルパワーが歯止め無しに出たんだよ。倒れたというのはほんとに全力使い切ったんだね。青葉のパワーをそんな短時間に集中して出したら、そりゃ神にもなるよ」
 
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「でも葛葉、何とかしないと。来年は頑張ってもらわないといけないからなあ」
「本番に弱い子っているのよね。青葉は逆に本番に強い子だもん」
「うん。精神的なものだよね」
「心のヒーリングが必要って感じだね」
「でも、そういうのは本人から希望されない限り、勝手にできないし」
「場慣れさせるしかないね。経験積むことで、自信も出てくる」
「そうだよね」
 
母が思い出したように、先日和実からもらった東京のお菓子も出して来た。青葉は今日はさすがに疲れていたので、甘い物がどんどん進む。
 
「でも、こちらに来るの、すっかり遅くなっちゃった。すぐお見舞いに来ようと思ってたんだけどね。色々抱えてたからすぐは来れなかったのよ」と菊枝。「ありがとう。手術当日も菊枝のおかげで急速ヒーリングできたし」と青葉。
 
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「お母さんから手術の時刻は聞いてたから、終わって麻酔から覚めただろうと思う頃合いに念を送り始めたんだけど、最初全然反応無かったのよね」
「あ、私は麻酔は下半身麻酔だけでやったから。全麻じゃなかったんだ」
「はあ?」
 
菊枝もその件は初耳だったようで、手術の様子を自分で見たいと言って下半身麻酔にしてもらったと青葉が説明すると
「私だって、そんなことできないよ。よく自分が切り刻まれるの見てて平気だったね」と呆れた様子。
 
「血見るのは平気だし」
「負けた〜。私、初めて青葉に負けたと思った」と菊枝。
「でも菊枝は性転換手術は受けないだろうし」
「そうだね。私は女やめる気無いし」
 
「でも、やはり手術直後は凄まじくパワーが低下してたよ。だから菊枝に呼びかけられても反応できなかったんだろうね」
「ああ、そうだろうね」
 
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「彪志が手を握ってくれたら、彼からパワーが流れ込んできて。それで菊枝の念を受信できるところまで回復させられたんだ」
「あんたたち良いコンビみたいだもん」
「彪志がAPU(航空機の始動エンジン)になってくれて、菊枝がメインエンジンになってくれて、あの日のヒーリングはできたという感じだった」
 
3人で30分ほどおしゃべりしてから、もう寝ましょうということになる。菊枝は青葉の部屋に泊めることにしていた。母が先に布団をふたつ敷いてくれている。
 
「菊枝はどこに行くのにも車で行ってるね」
「うん。のんびり車中泊の旅。疲れたら疲れた所で寝ればいいから楽だよ。ホテル予約してたら、そこまで到達しなきゃいけないじゃん。結果的に無理しちゃうもん」
「確かにそれあるなあ。私も免許取ったら車中泊の旅しようかな」
「彼氏に会いに行くのにね?」
「えへへ」
 
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「じゃ、そろそろ寝ようか」
「青葉、裸になりなさい」
「うん」
 
青葉は素直に服を脱ぎ、下着も脱いで、完全に裸になった。
 
「きれいに女の子になれたね」
と言って、菊枝は青葉のお股をのぞき込み、指で触ったりもしている。
 
「でも切っちゃう前の青葉のおちんちんを見たのは、私と彪志君だけかもね」
「あ、彪志には見せてない。2度触らせたけど」
「見せてあげれば良かったのに」
「好きな人にそんなの見せられない」
「ふふふ。ヴァギナの感じはどう?」
 
「うん。感激。でもまだ詰め物してるの」
「私は男じゃないから、そこは使わないから大丈夫」
と言って、菊枝も服を脱いでしまう。
 
わあ、まぶしいと思う。でも今は自分もこれと同じような身体になれた。
 
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「さ、青葉ちゃん、今夜は私と甘ーい時間を過ごそうね」
「お手柔らかに」
と青葉は微笑んで布団の中に入る。菊枝も同じ布団に入り、しっかり青葉を抱きしめた。身体を抱きしめられるのと同時に菊枝のオーラでも包まれる。とても心地よい。一瞬で疲れが取れていく感じだ。菊枝が小声でささやく。
 
「青葉、かなり無理してるだろ? だめじゃない。自分がまだこんなに弱ってるのに。他人のヒーリングどころじゃないよ、この身体では」
「ごめん・・・」
「今夜は、やれる範囲のヒーリングしてあげるから」
「ありがとう」
「寝てるといいよ。その間にずっと癒やしてあげる」
「うん。寝る」
 
「いい夢見れるといいね」
「彼氏の夢見ちゃおうかなあ」
「今日は私が青葉を独占してるから、彼氏の所には行けないねー」
 
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「ああ、私まだまだ菊枝にパワーで負けてるからなあ」
「私に追いつけるくらい頑張りなさい」
「うん。頑張る」
「でも今日はゆっくりおやすみ」
「うん。おやすみ」
 
青葉はとても優しい菊枝のヒーリング波動に包まれながら、すやすやと眠りの世界に落ち込んでいった。
 
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