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■春声(7)
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青葉自身は明日コーラス部の県大会なので、当然今日は練習に出ていくのだが、体操服の上下を着て出かける。(一応制服も持って行く)この日、青葉たちの中学の体育館を会場に行われる卓球の地区大会に助っ人で出るためである。
青葉の出場資格に関しては、昨年7月14日にMRIまで取って睾丸の消失を確認してもらった時の診断書があったので、それを本人が県の体育連盟の事務局を訪問して提示し、理事の人からいろいろ質問もされ、また本人が女生徒として生活している実態を付き添いの担任の先生と保護者に証言してもらった結果、今年の7月14日以降は女子選手として大会に出場可能であるという確認書を事前に交付してもらっていた。
「だけど、あなたが男の子だったということ自体、言われなければ誰も想像付きませんね。あなた女の子にしか見えないもん」
と最後に理事さんから言われた。
「ばっくれて出てもバレないよとかも言われたのですが、後でバレたら、よけい騒動が大きくなって嫌ですし。私、新聞とかに自分の性別のこととか書かれたくないですもん」と青葉。
「ですよね」
弱小卓球部なので、ユニフォームなどもなく全員授業の時の体操服である。青葉は大会のゼッケンをもらい、自分の服に安全ピンで留めてもらってから、コーラス部の部室に行き、明日の大会に向けて練習に励んだ。
11時頃、卓球部の部員のひとりがコーラス部の部室に来て、青葉を呼び出す。
コーラス部は、昨年は古いアップライトピアノが置かれた理科室で練習していたのだが、全国大会で入賞した結果、学校側が音楽室に隣接していた音楽準備室(とは名ばかりで実質ただの倉庫になっていたもの)を改装し、防音板を壁や天井に貼り、新しくグランドピアノも設置してくれたので、そこが新しい部室になっていた。
「みんな、ごめーん。練習しててね」と言って体育館に行く。
卓球の団体戦は、シングルス、シングルス、ダブルス、シングルス、シングルス、と5試合やり、3勝した方の勝ちというルールになっている。6人必要なので人数が足りないとその分が不戦敗になり圧倒的に不利なのだ。とにかく頭数だけでも揃えたいというので、助っ人に出ることになっていた。
「え?私が2番目なの?」
「うん。6人の内2人が先月無理矢理勧誘した1年生でふたりとも卓球ほとんどやったことないっていう子で、この2人にダブルスをやらせる」
と奈々美。どうもかなり泥縄のチームのようだ。
青葉が行った時は先頭の子が試合をしていた。結構うまい。
「うまいね」
「うん。うちの卓球部でいちばんうまい。最後までもつれたら絶対勝てないから先に実力者を並べる作戦」
「それで私が2番目でいいの?」
「まともに卓球できるのは今試合してる子と私だけなのよ」
「なるほど」
最初の子が勝ち、青葉の番になる。奈々美が持っているシェークハンドのラケットを借りて卓球台の前に行く。挨拶して試合を始める。正直青葉はルールもよく分かってない。サーブ権もよく分かってないので、なんとなく雰囲気に合わせてプレイした。そして1セット目を11-3で取った。
「あれー。勝てた」と青葉。
「青葉、やっぱりうまいよ」と奈々美。
「私、ルールもよく分かってないんだけど」
「来た玉を返してれば、その内相手がミスして勝つから」
「うん、それしか分からない」
2セット目は11-8で負けたが、3セット目はまた11-2で勝てた。3セット目は、ほとんど相手の自滅という感じだった。
「落ち着いて、落ち着いて」
「OK」
そして4セット目はデュースにもつれたが16-14で勝ち、チームに2勝目をもたらした。
「悪いけど、戻っていい?」と青葉。
「うん。もしまた出番が来たら呼びに行くね」と奈々美。
結局、この試合は1年生の初心者2人でやったダブルスも運良くフルセットで勝ち、3勝で青葉たちの中学は2回戦に進むことが出来た。コーラス部の方ではお昼で休憩をしてお弁当を食べていた時に「青葉〜、またお願い」と呼びに来た。
2回戦の相手は初戦で戦ったチームとは段違いだった。かなり強い。1戦目は歯が立たない感じでストレート負けをくらった。「あちゃー」と奈々美が言っている。「私も負ける。ごめんねー」と言って青葉は出て行ったが、青葉の相手は確かに強い!と思うのだが、その強さが空回りしている感じで、1セット目は11-2,2セット目は11-1で青葉が勝ってしまった。
「凄い、凄い、行ける行ける」と奈々美が興奮して言う。
「いやあ、向こうが自滅してるだけだから、立ち直ったら負ける」
と青葉は言ったのだが、結局3セット目も相手はサーブミスしたりスマッシュgがことごとくアウトになるなど自滅状態を続けて、11-4で青葉が勝ってしまった。
「私、ほとんど何もしてなーい。部室に戻るね」
と言って青葉はコーラス部に戻る。結局、その後は呼びに来られることもなく、15時過ぎにコーラス部の練習を終えて解散した。
体育館に一応寄ってみた。
「どうだった?」
「2回戦はあの後ダブルスはさすがにストレート負け。次のシングルスで私が何とか勝ったけど、5戦目は相手がもう強すぎて1ポイントも取れずにストレートで負けた。今個人戦の準決勝やってるけど、5戦目に出てきた子がさっき決勝に進んだところ」
「それは相手が悪すぎたね。うちの個人戦は?」
「全員2回戦までに敗退」
「まあ、今の1,2年生に来年以降頑張ってもらうしかないね」と青葉。
「そうそう。でも今の1,2年生は初心者ばかりで教える人もいないけど」と奈々美。
「ゼロからのスタートと思えば」
「実は今も既にゼロなんじゃないかという気もする」
卓球の大会の翌日、7月15日はコーラス部の県大会であった。青葉たちは富山市まで出かけ、今年の課題曲、そして自由曲の『合唱組曲・立山の春/五番・愛』
を歌った。例によって青葉のソプラノ・ソロをフィーチャーした編曲になっている。当初バックアップのソロである葛葉が E6 の音までしか出ないので最高音が E6 になるように半音下げて練習していたが、そのうち葛葉が F6 も安定して出せるようになったので、先月からは本来の調に戻して最高音が F6 になるアレンジとした。
また1年生に入ってきた子で、鈴葉(すずよ)という子がピュアな声質で高い声が出るので3人目のソロシンガーとして育て始めたが、彼女はまだ C#6 までしか安定的には出ないので、この歌のソロを歌うことはできない。
「しかしうちのコーラス部のソロって『葉』が付かないといけないのかな?」
「そんなことない筈だけど。偶然だよね」と青葉。
「3人とも『葉』の字の読みが違いますよね。青葉(あおば)・葛葉(くずは)・鈴葉(すずよ)」と葛葉。
今回の出場者は昨年の大会を経験している2,3年が多いのでみな落ち着いて歌うことが出来た。出番は出場校中のラストだったが、無難にこなす。そして青葉たちの中学はこの県大会を1位で通過した。
「じゃ、葛葉、29日はよろしくねー」と青葉が笑顔で言うが
「私、自身無ーい」と葛葉はまだ言っている。
青葉は16日は自宅で入院の準備などをし、17日は学校を休ませてもらって、手術を受ける病院に入院した。この日の昼以降はもう何も食べても飲んでもいけないということだったので、朝御飯は味わって食べた。
「今日から私付いてようか?」と朋子は言ったが、青葉は
「今日は手術する訳じゃないから大丈夫だよ。明日は付いてて」と笑顔で言う。
それで朋子はその日はふつうに会社に行き、明日・明後日を休むことにした。
「あ・お・ば・ちゃーん、いよいよ明日は女の子になれるね☆」
と病室に来て診察してくれた松井医師が楽しそうに言う。タックも外し、剃毛が済んだ青葉の男性器をもてあそんでいる。何だかそれをとうとう切断できるのが楽しみで仕方ないといった表情である。どちらかというと今すぐ切りたい雰囲気。青葉はこの病院ちゃんと存続していけるかしら、と少し不安を感じてしまった。
「ね、ね、あなた医学用語とかに凄く詳しいよね」と小声で松井医師は言う。「そうですね。興味持って勉強してたので」と青葉。
「ひょっとして普通のお医者さんレベルの医学知識持ってない?」
「あはは、それは時々言われます」
「将来、お医者さんになりたいとか思わないの?」
「なりたいような気持ちもあるんですけどね。私は祈祷師なので。患者さんが病院に来て、私が診察して、これは悪霊に憑依されてると判断して、おもむろに大麻(おおぬさ)とか取り出して、祝詞(のりと)唱え始めたら、患者さん逃げちゃいますよ」
「うーん。それは確かに私が患者でも逃げる」
「私の医学知識は、自分とこに来たクライアントが本来祈祷師じゃなくて医者の所に行くべきでは、とかいうのを判断するためのものなんです。ですから、私は医者になってはいけないと思ってます」
松井医師は頷く。
「そういうしっかりした定見持った祈祷師さんとは逆にこちらが組みたいね。正直、これは医者の仕事じゃないと思う患者も時々いるんだよね」
「きっと、昔は医者と祈祷師はそうやってお互いに補完し合ってたんじゃないでしょうか」
「たぶんね。今はちょっとお互いに不幸な時代だし、そのため迷子の患者も出ている気がするね」
「もし、青葉ちゃんがお医者さんになりたいんだったら、青葉ちゃん自身を手術しているところを見せてあげたいくらいだと思ったんだけどね」
「あ、私を手術しているところを写真とか動画とかに撮影できません?後で見てみたいです」
「ふーん。そういうの見るの平気?」
「それは全然平気です」
「青葉ちゃんのケースはとっても特殊だからね。記録が残ると、こちらも好都合だよ。誰かに撮影させよう」
「お願いします。もういっそリアルタイムで見ていたいくらいです」
「・・・・何なら下半身だけの部分麻酔で手術してあげようか?」
「え?いいんですか。嬉しい!それでずっと見ていたい」
「よし、それでやろうか」
松井医師はその件を鞠村医師と病院専属の麻酔科医とに相談した。
「性転換手術を下半身麻酔のみでなんて聞いたことありません」と鞠村。「反対です。患者が耐えられる訳無いです」と麻酔科医。
「でも、あの子の精神力はハンパじゃないよ。もし少しでも血圧や脈拍に異常が見られたら即刻全身麻酔に切り替えるというのはどう?」
「うーん・・・・」
青葉に再度確認すると、ぜひ見たいし自分は絶対大丈夫だと主張する。そこで硬膜外カテーテルを入れて下半身麻酔でスタートするものの、もし少しでも体調に変化が認められたら即刻全身麻酔に切り替えることにした。
「どっちみち術後の鎮静剤投与もあるし、硬膜外カテーテルはするからね。って、硬膜外カテーテルってのは分かる?」と松井先生。
「はい。寸止めして留め置きですよね。脊椎の硬膜の中まで針を入れずにその外側の所まで差し込んで留め置いたカテーテルから麻酔薬を注入する」
「さすがよく知ってるね。青葉ちゃん自身が麻酔を打ったことは無いの?」
と松井先生。
「あ、えっと硬膜外に打ったことはないです」
「ほほお。硬膜内なら打ったことあったりして」
「あまり追求しないでください。患者は助けましたから」
「ま、いいや」と松井医師は笑っている。
夕方は携帯でタイにいる桃香・千里と話した。タイとは時差が2時間ある。青葉は明日日本時間で16時からの手術の予定であるが、千里はタイ時刻で15時(日本時間で17時)の手術予定になっている。ただ、どちらも前の患者さんの手術の遅延などにより多少の変動が発生する可能性もある。
「青葉〜、おちんちん切られる覚悟はできたか?」と桃香。
「そんなのとっくに出来てるよ」と青葉は笑っていう。
「取っちゃう前に彼氏にニギニギしてもらう?」
「やだ。そんなもの見せたくない」
「千里〜、明日取っちゃう前にセックスしようよ」
などと桃香はこちらにも聞こえるように電話口で言っている。
「無理。これ、もう立たないもん」と千里。
「青葉、これが一時的に立つようにできる?」と桃香。
「それはできるけど・・・・」
「いや、絶対そんなの」と千里が言う。
「本人が嫌がってるからしない」と青葉は言った。
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