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■春声(10)

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青葉はゴールデンウィークの修行のお陰で、パワーアップし、ヒーリング能力自体も実は少しだけ進化していた。そして菊枝から分けてもらっているパワー。それを使って青葉は少しずつ傷の修復作業をしていった。
 
『やはり、4月のあの事件は私にとっても意味があったんだなあ。これだけのヒーリングができるようになったのは結果的には美由紀のお陰だよ』
と青葉は思う。
 
以前の青葉なら、そういう傷の周囲の気の流れを直すまでしかできなかったのだが、今の青葉はパワーを少し上げると実際の組織の中の物質的な流れもきちんと直すことができる。ただし神経1本、リンパの流れ1つ、といったものを1個ずつ把握しながら修復するので、物凄く時間がかかるしエネルギーも消費する。
 
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新しいヴァギナの周囲の傷が何といっても面積が広いので、その表面の中で大きな血管や体液の流れ、また神経などのある部分を優先して修復していく。
 
でも凄いなあ。これ。ヴァギナって面白い器官だなあと思いながら作業を進める。これが自分のものになっちゃったなんて、本当に嬉しい!
 
しかし結局ヴァギナの表面のおおまかな修復だけで1時間掛かってしまった。
 
彪志が1時間たったので「手を握ってもいい?」と聞いてくる。青葉は微笑んで「じゃ、右手握ってくれる?」と頼んだ。右手側にあまりパワーが漏れないように調整する。
 
ヴァギナの次はクリトリスに集中する。ここは手術中に自らリクエストして設置する位置を調整してもらったので神経がつなぎやすい。面白いようにどんどんつながっていく。これも回復したら揉まれるのが楽しみと思って彪志の方を見る。彪志がドキっとしたようにこちらを見た。
 
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クリトリスの後は、小陰唇・大陰唇の付近の大きな傷の部分を治していく。
 
その時、どこか「遠い場所」に青葉は痛みを感じた。これ何だ? と少し考えてみたら、千里の痛みではないかということに思い至る。わあ、ちー姉ったら、かなり痛みで苦しんでいるなと思う。
 
青葉はいったん自分の傷の修復を中断した。代わりに身体全体のバランスが崩れているのを直す。アドレナリンを大量に出して軽い興奮状態にする。まずは傷の直接の痛みを何とかしないとバランスも何もあったものではなかったので傷の修復を優先してきたのだが、ここまで傷を治せばバランスの回復もできる。青葉は30分ほど掛けて態勢を整えた。
 
「お母ちゃん、電話ちょうだい」
「どうするの?」
「ちー姉のヒーリングする」
「だって、お前・・・・」
「私はもう大丈夫だよ」と言って笑顔を作ってみせるが、母は
「だめだめ。お前の笑顔には騙されないんだから。まだ大丈夫じゃないでしょ?」
と言う。全て見透かされている。
 
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「じゃ、30分後に電話する」
「分かった。先に自分自身を治しなさい」
「けっこう治したんだけどなあ」
 

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30分後、やっと母は電話を掛けることを許してくれた。
 
「はい」と桃香の声。
「やっほー」と青葉。
「青葉!? もう大丈夫なの?」と桃香。
 
「桃姉、ちー姉の様子は?」と青葉。
「かなり苦しんでる」
「数珠、手に付けてくれた?」
 
「あ、忘れてた! ごめん。自分の腕に巻いたままだった」
と言って桃香が青葉の数珠を千里の左手に巻き付けた。青葉は向こうの「受信機」
がきちんとセットされた感触を得た。
 
「ヒーリングするよ。ちー姉」と青葉
「青葉・・・あんたこそ、大丈夫なの?」と千里が苦しそうな声で言う。
 
「私は元気だよ。ハンズフリーにして、子宮の上に置いて」と青葉は言った。
「子宮の上ね。OK」
と桃香は言って、携帯を千里の「仮想子宮」の上に置いた。
 
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よし。この位置がいちばんヒーリングしやすい。青葉は千里の新しいヴァギナの位置を探すと、そこに向けて気を流し込み、傷の修復作業を始めた。
 

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※ この日のタイムライン(日本時間:タイ時間はこの2時間遅れ)
 
16時 青葉手術start 
18時 千里手術start 
19時 青葉手術end 
21時 千里手術end 
21時 青葉目が覚める 
23時 千里意識回復 激しい痛み 
0時 青葉が千里に電話してくる 
 

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1時過ぎに青葉は千里のおおまかなヒーリングを終えて電話を切った。さすがに疲れたし、まだまだ痛いので寝なくちゃ。
 
「私寝るね。お母ちゃん、彪志、おやすみー」
と言うと、青葉は深い睡眠に落ちていった。
 
夢の中で男の子がひとり、向こうの方へ歩いて行っていた。そこに昨年睾丸が消失した時、夢の中で立ち去って行った男の子が迎えに来た。そしてふたりでバイバイして遠くに行ってしまった。そしてそれと入れ替わりにひとりの女の子がやってきて、青葉に向かってニコっと笑った。
 

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翌朝、青葉は爽快に目を覚ました。かなり体力は回復している。母がベッドのそばで寝ていた。彪志はいったん帰ったということで、朝また出てくるのだときく。8時頃、松井医師がやってきて声を掛けてくれた。
 
「痛い?」
「はい。痛いです。これで痛くなかったら神経が切れてますね」
「うんうん。痛くて当然。でも平気そう」
「昨夜自分でかなりヒーリングしましたから」
「ほほお」
 
と言って医師はガーゼを外して傷の状態を確認する。
「・・・・これ普通の人なら3日くらいたった状態」
「普通じゃないもので」
「呆れた。でも一週間は入院してもらうからね」
「はい。おとなしくしてます」
「どういう、おとなしくだか」と言って医師は笑っている。
 
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9時すぎに彪志が出てきてくれた。
 
「彪志、眠れた?」
「うん。ぐっすり。7時くらいに起きるつもりだったけど寝過ごした」
「別に誰も文句言わないから、ゆっくり寝てていいよ」
「でもそれが問題でさ。ひとり暮らししてると、そういうのも自分で戒めないと、どんどん怠惰になっちゃう」
「それが独立の第1歩ということだよね」
「そして青葉は女の子としての第1歩だね。昨日言いそびれたけど、おめでとう」
「ありがとう」
 
「しかし結局切っちゃう前に、青葉のおちんちん見られなかった」
「ふふふ。好きな人にそんなもの見せたくなかったしね」
 
「でもゆうべは凄いパワーを操ってたね」
「菊枝からパワーを分けてもらったんだよ。菊枝かなりパワーアップしてる」
「凄いのだけは分かった。俺はあまり役に立てなくてごめん」
 
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「違うよ。彪志からパワーをもらえたから菊枝と交信できるレベルまで自分を回復できたんだよ」
「ああ、そうだったのか」
「彪志がいなかったら、昨夜はまだ菊枝と通信できなかったよ。朝になったと思う。あの時、ちー姉が凄く苦しんでたから、ちー姉を助けられたのも彪志のお陰だよ」
 
「じゃ、俺も役に立ったんだね」
「うん。物凄く助かった」
「良かった」
 
その日ずっと彪志と母で青葉のそばに付いていて「青葉が無茶しないように」
監視しつつ、あれこれおしゃべりしていたが、青葉がとても元気なので彪志はいったん帰ることにする。夕方のはくたかで帰ることにし、朋子が駅まで送っていった。
 

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その日、青葉は自分のヒーリングを少し進めると、携帯で桃香に掛け、千里のお腹の上に携帯を置いてもらって千里のヒーリングも進めた。だいたい自分を1時間ヒーリングしたら、30分休んでから千里を1時間ヒーリングし、1〜2時間休む、くらいのサイクルで作業を続けた。千里の方も回復が速いというので、向こうの医師に驚かれているということであった。
 

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午後5時頃になって、美由紀と日香理が美由紀のお母さんと一緒にお見舞いにやってきた。ちょうど彪志と入れ替わりになった。
 
「やっほー」と青葉が元気そうに手を振ると
「もう大丈夫なの?」と訊く。
 
「うん。痛みはまだかなり凄いけど、私は元気」
「大手術の後だから、まだ苦しんでるかと思ったよ」
 
「彪志君は?」
「ちょうどさっき帰ったんだよ。あ、そこの引き出しの中に彪志から美由紀たちへのお土産の東京ばな奈入ってるから、持ち帰って明日学校で分けて」
「わあ、ありがとう。気が利く彼氏だねえ」
 
「ごめんね、私が取ってあげられたらいいんだけど、さすがにまだ身体が動かないから」
「いや、青葉なら手術の直後にひとりで歩いて病室まで戻ったりしないだろうか、なんて話もしてたんだけどね」
「私も、さすがにそこまで化け物じゃないよ」
 
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「でも、とうとう女の子の身体になれたね。おめでとう」
「ありがとう」
「やっぱ、嬉しい?」
「とっても嬉しい」
 
「でも手術中麻酔掛けられて寝ている間とか、何か夢見た?」
「あ・・・・私、手術の様子を見たいってわがまま言って、下半身麻酔でやってもらって、ずっと手術の進行を見てたのよ。執刀医の先生とおしゃべりしながら」
「はあ・・・?」
「こんな大手術を下半身麻酔だけ??全身麻酔じゃなかったの?」
「うん」
「で、自分が手術されるところを見てたの?」
「うん。鏡設置してもらって」
 
「信じられない!」
「やっぱり青葉は化け物だよ」
「自分の身体が切り刻まれていくの見てて、気分悪くなったりしないの?」
「私、血見るの平気だし。麻酔掛かってたら切られても痛くないから、ほとんど他人の身体見てるみたいなもんだし」
「あり得なーい」
 
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「じゃ、おちんちん切り落とされる瞬間とかも見てたの?」
「うん。やったーって叫んじゃったよ」
「私、青葉のこと理解してるつもりだったけど、さすがの私にもその感覚は理解できない」
 
「だって私を15年間苦しませたものが無くなったんだもん。感激の瞬間だよ」
「確かにねぇ。青葉にとっては、おちんちんって、できものとかイボとかに近い感覚だったのかなあ」
 
「ああ、近いかもね。むしろ目の前のたんこぶ。ただの邪魔物だったもん。それよりやっかいなのは、そんなものが付いてたことで、私しばしば男とみなされてたからね。なんで〜、私は女の子なのにって、そういうストレスと15年間戦ってきたから」
「ああ、それは辛かったよね」
 
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「でもこれで私も完全に女の子になれたから、のびのびと生きるんだ」と青葉。「既にのびのびと女の子してたよね」と日香理。
「うん、してた」と美由紀。
「そうだったかな?」
 
学校が夏休みに入った21日には大勢のクラスメイト(大半が女子だが一部男子も)がお見舞いに来てくれて、賑やかな病室となった。あまり騒いでいて、婦長さんから注意されるほどだった。
 

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青葉の回復がひじょうに速いので、退院は予定を1日繰り上げて7月24日と決まった。その前日、23日に冬子がわざわざ富山までお見舞いに来てくれた。
 
「元気そうで安心した」と冬子。
「昨日あたりから暇なんで、けっこうベッド抜け出して病院の中を散歩してたんだけど、取り敢えず寝ておこうかって注意された」と青葉。
 
「私は去年性転換手術した時、退院の日が来ても、立つのがやっとって感じだったよ。手術の後、数日痛みに苦しんだしね」
「まあ、ふつうはそうだよね。政子さんが付いてってくれたんでしょ」
「そうそう。こういう時、恋人がそばに付いててくれるのは心強いよね」
「うん。私も彪志のおかげで凄く助かった」
 
「でも性転換した後、それまでの恋人と別れちゃう人って、凄まじく多くない?」
と冬子。
 
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「それは仕方ないよ。結局、男の身体のその人が好きだったんだから、身体が女になっちゃって、愛し続けられる人は少ないよ。政子さんはそういう意味で冬子さんにとって、とても素敵な存在だったね」
「うん。政子の場合は元々ビアンの傾向があったから、男の私より女の私の方が好きだったんだ」
 
「うちのちー姉と桃姉もそういう関係だから、たぶんあの2人は手術後も別れないだろうと思ってるんだけどね」
「彪志君はどうだろうね?」
「捨てられたらその時だけど、私は捨てられないことを信じている」
「私も信じてるよ」
「ありがとう。体力回復したら、愛の女神様にお礼参りに行ってこなくちゃ」
 
「神様にお礼参りか・・・・そうそう。政子と3月に九州に行った時、宮島がもう暗くなっててお参りできなくて、再訪する約束をしてね。来月の新曲キャンペーンで全国回る時に、広島の後に時間を作れるようにしてもらって、行ってこようと思ってるの」
 
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「ああ、それなら、宮島だけじゃなくて三大弁天様と弁天様の元締めの所にも行くといい」
と青葉は言った。
 
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