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■春声(6)

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岩手から戻った週の月曜日、青葉は担任の小坂先生から、進路について尋ねられた。
 
「高校の選択というのは、結局どこの大学に行きたいかで選択しないといけないのよね。あなた成績優秀だし、やはり旧帝大クラス狙う?」
「旧六狙いで」
 
(旧帝大:旧帝国大学:東大・京大・東北大・九大・北大・阪大・名大) 
(旧六:旧官立医大:新潟大・岡山大・千葉大・金沢大・長崎大・熊本大 但しその医学部のみを指すという説が根強い) 
 
「ああ、やはり医学部狙う? あなた医学の知識凄いみたいだし」
「うーん。英文科とか考えているんですけどね」
「・・・・あなた今更、大学の英文科で習うような内容ある??」
小坂先生はマジでそう訊いた。
 
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「でも、気が変わるかも知れないし、東大・京大クラスを狙える高校に行きなよ」
「ただ、私の性別問題に対応してくれる所にしか行けないから」
「川上さんが行きたいと思う高校と、こちらでも交渉するよ。校長先生にも動いてもらうし」
「じゃ、やはり第1希望はT高校かな」
「うんうん」
 

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小坂先生は校長と連携しながら、青葉が第1希望と答えたT高校に連絡を取り、GIDの生徒がそちらに進学を希望しているが、戸籍上の性別ではなく本人の実態性別で受け入れてもらえないかということを打診した。
 
向こうでもそれまでの事例が無いことなので、生徒指導の先生や保健主事の先生なども含めて会議をしたりして対応を検討したようであるが、とにかく一度本人にも会いたいという話になった。
 
そこで6月中旬、青葉は母と小坂先生に付き添われてT高校を訪問した。模試などを受けていたらその成績が見たいと言われたので昨年夏と今年4月に受けた県下一斉模試の成績表を見せた。高校の校長先生が成績表を見て頷く。ここの高校の合格ラインは軽く上回っている筈である。
 
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「性同一性障害とのことでしたが、ふつうに女生徒にしか見えませんね」と校長。
 
「この子はそもそも男の子として通学したことが無いんです。幼稚園の時からずっと女の子扱いで。小学校でもずっと女の子の服を着て、女子トイレを使い、水泳では女子の水着を着て参加していて、昨年はずっと女子の制服で通学していますが、その前年、前の学校でもほとんどの時間を女子制服で過ごしていたんです」と母が説明する。
 
「これ、私の昔の写真です」と言って青葉は大船渡の友人たちからコピーさせてもらった、自分の幼稚園や小学校の頃の写真のアルバムを見せた。どの写真を見ても青葉はふつうの女の子として写真に収まっている。
 
「わあ、可愛い」と女性の教頭が声をあげた。
 
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「そのせいですかね。今見ても、とても自然ですね」と校長。
「これ、主治医の先生にあらためて書いてもらいました」
と言って、朋子は日本語で書かれたGIDの診断書(鞠村医師のもの)を校長に渡した。
 
「川上さんは全然他の女生徒と変わりません。うちの中学でもこの子を受け入れる時に、やはりあれこれ考慮してあげなきゃということで、随分話し合ったんですけどね。実際受け入れてみると、何も考慮する必要が無いんですよ。あまりにも完璧に女の子だったので。かなり拍子抜けしました」
と小坂先生は微笑みながら言った。
 
「そちら生徒手帳はどうしてます?」
「女子になっています」と言って青葉は自分の生徒手帳を見せた。
 
「分かりました。そちらの校長さんからも、ほんとにふつうの女生徒と何も変わりませんからとお聞きしたのですが、こんなに自然だとは私も思いませんでした」と校長。
 
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「声変わりしてないんですね?」と保健主事の先生。
「ええ。私自分で小学5年生の時に睾丸の機能を停めてしまいましたから」
と青葉は笑顔で話す。
「それから実物を見てもらった方がいいと思うので、私のヌードを見てもらえませんか?」
などというので、校長と生活指導の男性教諭が席を外し、保健主事と教頭先生だけ残ったところで、青葉は服を全部脱いで、裸になってしまった。
 
「完璧な女性体型ですね」
「胸が大きい」
「はい。Cカップあります」
「ウェストもくびれてるし」
 
「ホルモンですか?」
「ホルモン製剤は飲んでいません。これは自分で体内の女性ホルモンを活性化させて作ったものです」
「この子は、気功の達人で、小さい頃から他人の病気なんかも治療してきているんですよ。いわゆる霊感少女みたいなものですね」
「へー」
 
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「お股は・・・もう男性器は除去済みなんですか?」
「睾丸はもうありません。陰茎も来月手術して取ってしまいます。代わりに造膣をして、女性器の形に作り替えます。ですから陰茎はまだ存在しているのですが、今タックというものをしていて、外見上女性の股間に見えるようにしています。接着剤で留めているんですが、水泳などしても温泉に入っても崩れません」
 
「勃起はしないんですか?射精は?」
「少なくとも小学校に上がって以降、勃起の経験はありません。射精も1度もしていません。現在は海綿体組織がかなり退化しているので物理的にも勃起は不可能ですし、睾丸が無いので射精も原理的に不可能です」
 
「なるほど、これなら今でも女子生徒と一緒に着替えたりしても問題無いし、来月の手術が終わったら、もう完全な女性と思っていい状態になるんですね」
「はい。法律上、戸籍の性別は20歳まで変更できないのですが」
 
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青葉に服を着させて、それから校長と生活指導の教諭を呼び戻す。
 
その後であらためて、青葉の交友関係(友人の男女比など)、生活状況などについても色々尋ねられたが、青葉がしっかりとした受け答えをするので、かなり好感してもらえた感じであった。
 
コーラス部の部長をしていてソプラノを歌っており、昨年の大会ではソプラノソロを歌って全国大会まで行ったと言うと「そんなに高い声が出るんですか」と驚かれた。
 
「恋愛対象は男性ですか?」
「男性です。現在男性の恋人がいます」
「相手は同い年くらいの子?」
「今年大学に入りました。関東の大学に行っているのでずっと遠距離恋愛です」
「この子、その人とはもう3年付き合っているのですが、最初の数ヶ月以降はずっと遠距離恋愛なんですよ。なかなかデートできなくて寂しいみたいですが」
「3年続いているのは凄いですね」
 
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「私が大学に合格するまではお互い節度のある付き合い方しなきゃと言ってます」
「うんうん」
「この子が、こんなに女らしく育ったひとつの要因は彼氏とのお付き合いなんじゃないかと私は個人的に思っているんですけどね」と朋子。
「この子、お料理も得意ですし、休日にお友だちと一緒にお菓子作りとかしたりもしていますし」
 
高校側としても、これほど違和感が無ければ、受け入れに問題は無いだろうとその場で校長先生が言明してくれた。ただ、受け入れるとなると、一応の態勢作りなどもしたいので、高校側としても本人がこちらに入学するという前提で動きたいということで、他の高校を併願したりせずに推薦入学の形で処理する方向で検討しましょうということで話はまとまった。
 
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6月の下旬に、青葉は親しい友人のひとりで女子卓球部の部長をしている奈々美から声を掛けられた。昨年は同じクラスだったのだが、今年は別のクラスになってしまっていた。しかし気の合う友人のひとりなので、顔を合わせれば色々おしゃべりをしている。
 
「青葉さ、卓球わりとうまかったよね」
「うん。結構好きかな」
 
「実はさ、うちの卓球部の女子、こないだまで6人いたんだけど、ひとり急にやめちゃって」
「あら」
「それでさ、来月大会があるのに団体戦のメンツが足りないのよ」
「あぁ。。。。」
「青葉、コーラス部の方で忙しいだろうし練習には来なくてもいいから大会にだけ出てくれない?」
 
「あ、それはダメだよ。私、染色体が女じゃないから出場できない」
「あ、そうなんだっけ? でも青葉ほど女らしかったら、染色体とか関係無いと思うけどなあ」
「いや、女らしいとかそういう基準で決まるものではないから。女らしさを言い出したら、女子スポーツ界は出場禁止になる選手がぼろぼろいるよ」
「う・・・確かに。でも青葉おっぱいもあるし」
「おっぱいで出場できる訳じゃないと思うけどなあ」
 
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あまり奈々美が熱心に誘うので、顧問の先生に青葉が出場可能かどうか見解を聞いてみることにした。顧問の先生は
 
「オリンピックでは性転換してから何年かたった元男子選手は染色体の性に関わらず女子選手として出場できるんだよ」
と言い、県の体育連盟の方に問い合わせてくれた。体育連盟もそういうケースは過去に無かったようで、上部団体の方に照会して回答するという返事だった。翌日その連絡があった。
 
「中学生では過去に例が無いらしいのだけど、高校生では他県のテニスで昨年そういう事例があったらしくてね。欧米での対応事例などを参考にルールを決めたらしい。それで結論をいうと、去勢から1年経過している元男子選手は女子選手として出場可能」
と先生は言った。
 
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「青葉、いつ去勢したの?」
「実質去勢したのは小学5年生の時だけど睾丸が消失したのは去年の7月」
「7月何日?」
「実際に消えたのは7月11日だけど、診断書をもらったのは7月14日」
「だったら出れる。うちの大会は7月14日だよ」と奈々美。
 
「えっと・・・・私15日にコーラス部の県大会があるんだけど」
「うん。だから練習とか出なくて試合にだけ出ればいいから。会場はこの学校だもん。コーラス部の方で練習してていいよ。試合直前に呼びに行くから」
「あはははは」
 
「ちなみに私、18日に性転換手術受けるから、その後1ヶ月くらいは稼働不能になるよ」
「それは心配ない。うちの卓球部弱いから、県大会に進出することは無いから」
 
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コーラス部は、昨年全国大会に行き10位以内入賞したことから、今年は地区大会が免除となり、県大会からの出場となっていた。15日に県大会があり、3位以内に入れば29日の中部大会に進出。そこで3位以内になると、8月の全国大会に行ける。
 
「そういう訳で、私が18日に性転換手術を受けて、しばらくはとても歌えないんで、県大会は私がソロ歌うけど、中部大会では葛葉ちゃん歌って欲しいの」
 
と、青葉は職員室で、寺田先生のところに、美津穂・葛葉と3人で集まった場で言った。
 
「えー?よりによって中部大会ですか! 自信無いです。あ、川上先輩が中部大会の方を歌って、私は県大会の方というのではダメですか?」と葛葉。「いや。先に中部大会があれば、それできるけどね」と先生。
 
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「葛葉ちゃん、やれる、やれる。それに採点はソロだけでされる訳じゃないから。演奏の全体で評価される分がほとんどだから、他のみんなが頑張れば少しくらいソロがとちっても平気」と美津穂。
「うーん。じゃ、みんなの頑張りに期待しよう。私、本番に弱いんですよー」
 

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7月14日土曜日朝。千里がタイで性転換手術を受けるために成田空港から旅立った。手術日は4日後の18日で、夕方近くの予定である。青葉の方の手術も同じ18日の夕方の予定なので、おそらくほぼ前後して受けることになる。千里には桃香が付き添って一緒にタイに渡ったが、千里の妹さんも成田まで来て見送ってくれた。
 
「ちょうど東京に出てきたかったから、そのついでだけどね。この手術って死んだりはしないよね?」と妹さん。
「うーん。稀に死ぬ人もいるみたいだけど」と千里。
「じゃ、死なないように気をつけてね」
「ありがとう。お母ちゃんによろしく」
 
青葉は千里との霊的なコンタクトが取りやすいように愛用のローズクォーツの数珠を郵送して千里に持って行くように言った。元々千里に買ってもらった数珠なので、ふたりの間に強烈なリンクを張ることができる。
 
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「手術中は何も身体に装着できないだろうけど、手術が終わって病室に戻った所で、ちー姉の手首に巻いてあげて欲しいの」と青葉は桃香に頼んだ。
「おっけー。でもそちらも大事にね」
「うん」
 
「タイのおみやげは何がいい?」と桃香。
「そうだなあ・・・・タイは宝石加工が盛んだから、何かいい感じの宝石のイヤリングがあったら。あまり高くない範囲で」
「イヤリングね?」
「うん。ピアスの方が多いと思うけど、校則で禁止なのよ。数珠をちー姉に選んでもらったから、何か桃姉に選んでもらいたいと思ってたのよね」
と言うと桃香は
「よっしゃー」と張り切っていた。
 

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