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■春声(8)

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その日の夜遅く、千葉から彪志が到着した。母が富山駅まで迎えに行ってくれて、そのまま病院に連れてくる。本来は面会時間をすぎていたが、遠くから来たからということで病室に入れてもらい、1時間ほど話した。
 
「もし気が変わって手術やめる、と思ったら今しか逃げるチャンスは無いよ。一緒に逃げてあげてもいいよ」
と彪志。
 
「逃げたりしないよ。せっかく手術受けられることになったんだから。この病院の性転換手術だって、本来は18歳以上が条件なんだよ。それを特例中の特例で15歳で手術してもらうんだもん」と青葉。
 
「怖くない?」
「怖いよ」
「でも受けるんだね」
「もちろん。あ、キスしてくれると少し不安がなくなるかな」
 
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母が微笑んで「ちょっとジュース買ってくる」と言って病室を出る。
 
彪志は少しかがみ込み、ベッドの上半分を20度ほど起こして身体を斜めにしている青葉にしっかりとキスをした。舌を絡め合い、濃厚に愛を伝え合う。
 
「ね・・・・最後に青葉、おちんちん見せてくれない?」
「やだ。私は最初から最後まで、彪志の前では女の子でいたいから」
「しょうがないなあ・・・」
 
「パジャマの上から触るだけならいいよ」
「え?」
青葉は彪志の手を取り、自分の股間に触らせた。
「お願い、キスして」
「うん」
彪志は青葉の股間の感触を確かめながら、青葉の唇にキスした。そのまま30秒ほど、また舌を絡め合う。
 
カチャッという音がする。ふたりは離れた。しかしドアはすぐには開かない。たぶん母が時間の余裕をくれているのだろう。
 
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「彪志、私を捨てるなら、できたら今捨てて。それを考えてもらうために、今触ってもらったの。私は生まれながらの女の子じゃないし、逆に男の子としても振る舞えないから、あるいは彪志の期待に副えないかも知れない。でも、私、手術が終わった直後とかに捨てられたらショックで死ぬかも知れない。だから捨てるなら今捨てて欲しいの」
と青葉は小さい声で言った。
 
「捨てたりしないよ。青葉のこと好きだもん。そして青葉が男の子として生まれたということ、そして女の子になっちゃうということも承知の上で青葉のこと好きになったんだから」と彪志。
 
母は室内に入ってきたが、彪志は構わず再度青葉の唇にキスをした。
 
母はふたりがキスしたのは黙殺して「今日の天気は良いんだか悪いんだか分からない天気だったわねえ」などと言いながら、自分と青葉と彪志の分のジュースを並べる。それを飲みながら3人はふつうの会話をした。
 
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「へー、卓球の大会に女子選手として出場したんだ?」
「去年タマが消滅した時に、何となく診断書まで書いてもらってたのが役に立った」
「でも青葉って着々と、女子としての実績を重ねてるね。コーラス部でソプラノを歌って、卓球の試合には女子選手として出て。これで女子高にでも進学したら完璧だね」
「それはさすがに受け入れてくれないだろうなあ。そもそも今、富山県にも隣の石川県にも、もう女子高は無いんだよ」
 
「あ、そうなんだ。そういえば、進学する高校も決まったんだったね」
「うん。霊能者の仕事の方も抱えてるから、ゆるい学校の方がいいかな、とも思ったんだけど、気が変わるかも知れないし、ハイレベルの大学狙える高校を選んだ方がいいと言われて。毎年東大に20人くらい入ってる超進学校。でも大学の選択に関しては確かにそうかも知れないなあと思って」
 
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「そうそう3年の間に気が変わることもある」
「でも勉強が忙しくなると霊能者の方の仕事をセーブしないといけないかも」
 
「私はむしろ、大学出るくらいまでは基本的に学業優先にさせてもらった方がいいよ、と強く言ってるんですよ」と母。
「俺もそれに賛成だね」と彪志。
「最低料金とか作って、少し仕事を選んだ方がいいよ。どんどん仕事入ってきたら身が持たない」
 
「うん。それと、この仕事って、やれるペースに限界がある。マスコミとかに出て有名になった霊能者の多くが、それで仕事やりすぎてスポイルしちゃってるよね。竹田さんなんかは例外中の例外。あの人は化け物だよ」
 
「で、大学はどこ狙うの?」
「旧六クラス考えてるんだけどね」
「旧六って、俺の行ってる大学?」
「あそこも旧六だけど、今考えているのは地元の旧六」
「そっちか」
「自宅から通えるもん」
「自宅から通うのはさすがに遠くない?」
「大丈夫。朝早く出ればOK。新幹線が開通したら新幹線通学しようかなあ」
「新高岡駅、ここから遠いから、そこまで行く間に金沢に着く気がする」
「うん。それはそんな気もする。あの道いつも渋滞してるもんなあ」
 
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「学部は? 医学部?」
「英文科とか言ったら、担任の先生から今更英文科に行く意味無いと言われた」
「同感。青葉みたいな学生に来られたら先生が困るよ。教えること無くて」
「ということで今考えてるのは法学部」
「弁護士になる?」
「ならない、ならない。祈祷師と医者の兼業もありえないけど、祈祷師と弁護士の兼業もあり得ないよ」
 
彪志はその日、青葉の家に泊まった。そして手術当日も朋子と一緒に病院に来た。
 

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タイの病院でその日の夜、もう面会時間があと1時間くらいになった所で桃香はあらためて千里に言う。
 
「いよいよだね」
「うん。昨日くらいまではドキドキしてたんだけど、今は心の中が澄み切った感じで、明鏡止水の境地ってのかな、それに近い感じ」
「20年間付き合ったおちんちんとお別れする感想は?」
「特に無いかな」
 
「千里、去年の去勢手術の時も感想は無いって言ったね」
「うん。よくMTFの人には間違って付いていたものを取ってもらうんだとか感想言う人もいるけど、それって一種の言い訳じゃないかな、なんて思ったりする。私は自分で決めて体を改造することにしたわけだから、決めた通り進むだけ」
「それでいいと思うよ」
 
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「ねえ千里、夕方も言ったけどさ、明日は女の子になっちゃうんだから、最後の記念に1回セックスさせてよ」
「無理だよ。どうやっても立たないから」と千里。
「ほんとに無理?」
「触ってみてよ。立たないでしょ?」
 
「残念だなあ。立つ内にやはりレイプしておくべきだった」
「何かほとんどレイプに近いこと、数回された記憶あるんだけど」と千里。
「気のせいよ。結局まともにやったのって成人式の翌日だけだよね」
「うん」と言って千里は少し優しい顔をした。
 
「仕方ないなあ。じゃフェラしていい?」
「うん、それなら。っていつもしてる癖に」
「でも、もうできなくなるからなあ」
 
桃香は千里の病院着のズボンを少し降ろすと、優しく舐めてあげた。それはもう性感帯でもなくなっているので、舐められて快感がある訳ではない。しかし桃香の愛が伝わってくる。千里は舐められながら、桃香が前方に伸ばした腕をずっと撫でていた。
 
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面会時刻終了のアナウンスが流れる。桃香は名残惜しそうにフェラをやめた。
 
「でも。これで千里のおちんちんは永遠に私の物。だってこれ明日には無くなっちゃうんだから、これを舐めたのは私が最後になるもん」
 
「最後でなくても桃香以外に舐めた人はいないけど・・・でも舐めると自分のものになるの?」と笑いながら千里が言う。
「だって『つばを付ける』というしね。そうだ!これ私の物になったことだし、先生に言ったら、明日の手術で切り取った後、私もらえるかな?」
 
「桃香持って帰るつもり?」
「うん。去年摘出した、千里のタマタマもまだ冷凍保存してるよ」
「いいけど」千里は苦笑した。
 

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翌日は前の人の手術がずれ込み、15時開始予定が16時(日本時間18時)の開始になった。手術室に運び込まれていく千里を見送り、桃香は青葉のローズクォーツの数珠を握り、目を瞑って千里の無事を祈った。唯物論者の桃香が「祈る」などということをしたのは、おそらくそれが初めてであった。
 
青葉の手術も既に始まっていることを母から連絡受けていた。このふたり本当に縁が深いみたいだけど、手術の時間までぶつからなくてもいいのに、と桃香は思った。
 
病室でじっと待つ。やがて母からの連絡で青葉の方の手術が無事終わったことを聞く。そちらも気になっていたのでホッとする。桃香は病室で千里が読んでいた雑誌を開き読み始めるが中身は全然頭に入らない。そしてやがて千里は病室に戻って来た。先生から手術の成功を聞き安心する。その件を母と、千里の妹さんに連絡する。
 
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千里は麻酔で眠っているのでじっとそのまま待つ。医師から「これ頼まれたもの」
と言って、丸いプラスチックケースに入った物体をもらう。千里から切り取った男性器の残骸である。
「コップクン・マーク・カー(ありがとうございます)」
と桃香は医師に謝意を表した。
 
やがて千里が意識を回復する。
「千里、女の子になれたよ。おめでとう」と桃香。
「ありがとう。嬉しい。でも痛い・・・・」と千里。
 
千里はかなり痛がっている。桃香がナースコールして見てもらい、痛み止めを処方してもらったものの、そんなものでは効かないようである。
 
「苦しそう。大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃないかも」と千里。
桃香は千里の手を握ってやる。うーん。青葉がいてくれたらヒーリングさせるのにと思うが、今青葉自身も千里と同様の痛みに耐えているところだろう。せめて数日ずれていたらと思う。
 
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この時千里はほんとに自分がこのまま死んでしまうかも知れないという気がした。少し血糖値が高かったのだが、このくらいなら大丈夫でしょうと言って手術してもらったのであるが、やはりそれがまずかったかなあ、もっと節制して、血糖値を下げてから手術を受けるべきだったか?などとも思うが今更である。
 
千里はほんとうに苦しくて、これは遺書でも書かなければいけないだろうか、というのまで考え始めていた。ただ、桃香が手を握ってくれて、身体をさすってくれているので、自分も頑張らなきゃと思って身体のバランスがばらばらになりそうな中、何とかそれをまとめようとし、アドレナリンを大量放出させていた。「頑張れ、私。せっかく女の子になれたんだぞ。これから自分の人生は始まるんだぞ」。千里は必死で自分にそう言い聞かせていた。
 
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その時、桃香の携帯が鳴る。
「はい。青葉!? もう大丈夫なの?」
「桃姉、ちー姉の様子は?」と青葉。
「かなり苦しんでる」
「数珠、手に付けてくれた?」
「あ、忘れてた! ごめん。自分の腕に巻いたままだった」
と言って桃香は、青葉の数珠を千里の左手に巻き付ける。
 
「ヒーリングするよ。ちー姉」
「青葉・・・あんたこそ、大丈夫なの?」と千里。
「私は元気だよ。ハンズフリーにして、子宮の上に置いて」
「子宮の上ね。OK」
と桃香は言って、携帯を千里の「仮想子宮」の上に置いた。
 
青葉のヒーリングが始まる。桃香は初めて青葉の強烈なパワーを肌で感じた。何か見えないものが携帯から流れ出してきて、千里の身体に吸収されていくような感じだ。何かの錯覚だと桃香は思ったが、この際、錯覚でも幻覚でもいいから、千里の回復に寄与してくれたらいい。
 
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「千里、どう?」と桃香。
「まだ痛い・・・・でもさっきよりはマシ」と千里。
その顔は明らかにさっきより生気を帯びている。
 
「青葉、まだヒーリング行ける? でもあんたは無理してないよね?」と桃香。
 
「うん。こちらもまだまだ痛いし、さっき鎮静剤も留め置いてるカテーテルから入れてもらった。でも、基本的な自分のヒーリングは完了したから。このまま30分くらい続けるよ」
「うん。お願い」
 
手術の傷は、膣の部分、大陰唇・小陰唇の部分、尿道口の部分、陰核の部分と広範囲にわたるが、どうも青葉が膣部分の傷を優先して治しているようだというのを桃香は感じた。たしかにそこがいちばんきついだろう。身体の表面に近い部分はまだ何とかなるはずだ。
 
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青葉は30分と言っていたが、実際のヒーリングは1時間ほど続いた。桃香は時計を見た。桃香は面倒なので時計を日本時間のままにしている。1時だ。タイでは23時。桃香はさすがに青葉の体調を心配する。
 
「青葉、もう遅いよ。今日は無理しちゃだめ。千里はかなり楽になっているからこの後しばらくは自分の身体を治して」
「うん。そうしようかな。自分の身体を治せば、またその分パワーが出るから、また明日朝からちー姉のヒーリングやるよ」
「うん。無理しないでね」
 
「おやすみ」を言って電話を切る。桃香はまだまだ苦しげな表情の千里のお腹をずっと撫でてあげていた。
 
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