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■春声(11)

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「弁天様って、えっと・・・・」
「宮島というか厳島(いつくしま)神社に祭られているのは、宗像(むなかた)の三女神といって、それが仏教の弁天様と同一視されている」と青葉。
「ああ。それは聞いたことあるような」
 
「三大弁天というのは、宮城県の金華山の黄金山(こがねやま)神社、琵琶湖の中に浮かんでいる竹生島(ちくぶじま)の都久夫須麻(つくぶすまじんじゃ)神社、そして広島の宮島にある厳島神社。3つとも船で渡らないといけないんだよね」
「へー」
 
「それと弁天様というか、宗像三女神の元締めは福岡県の宗像大社だから、そこにも行った方がいい。政子さんとの結婚の報告なんでしょ?」
と青葉は言った。
 
「ちょっと!なんで知ってるのさ?」と冬子は驚いて言った。
「部屋に入ってきた時、『マーサと結婚したことは黙ってよう』という心の声が聞こえたよ」
 
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「もう。。。。青葉には絶対嘘つけないんだな」
「クライアントの秘密は守秘義務があるから大丈夫だよ。その腕に付けてるブレスレットが、結婚指輪代わりなのね?」
「そこまで分かるなんて。そう。これおそろいのを買ったんだよ」
 
「おそろいのか・・・・・私もそういうの欲しいな」
「ふつうに結婚指輪すればいいじゃん。私と政子は結婚指輪できないから、これにしたけど」
「私と彪志は、結婚できるの10年先だもん」
 
「10年か・・・・私も正望の方とは結婚できるのたぶん10年以上先」
「弁護士もお医者さんも、資格取ってまともに活動できるようになるまでに掛かる時間が長すぎるよね」
「ほんとだよね。でも10年待つのが辛かったら、婚約の印をふたりで持てばいいのよ」
 
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「うん。エンゲージリングとかはふだん付けていられるものじゃないから、もっと日常使えるものがいいよね。冬子さんも正望さんと、そういう品を何か持ったら?」
「あ、それは考えてみたい」
 

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退院する予定の24日。和実がその翌日に性転換手術を受けるために入院してきて、青葉の隣の部屋に入った。早速お見舞いに行く。淳と胡桃も来ていた。
 
「いよいよだね。でも、手術しちゃったら、とっても調子よくなるから頑張ってね」
「うん。まだ少しどきどきしてる」と和実。
「私は今日で退院だけど、明日も夕方からこちらに来て、手術終わったらすぐヒーリングしてあげるから」
「それ、期待してる。私、退院した後の予定が詰まってるから」
「今度は店長さんだもんね。頑張ってね」
「うん」
 
「だけど一週間前に青葉自身が性転換したばかりだと、とてもヒーリングしてくれるまでの余力無いかとも思ってたんだけど、元気そう」
「自分をしっかりヒーリングしたもん」
「やっぱり青葉は超人だよ」
 
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「でも不思議だよね−。結局あの後、和実の子宮って一度も透過映像に写らないんでしょ」
「そうなんだよね。もっと頻繁に写るものかと思ってたんだけど」
「やはり女体化のタイミングって、凄くわずかの時間なんだろうね」
「それかやはり子宮があるように見えるのは間違いなのか」
 
「間違いで3回も写真に写ったりしないよ」
「そうかなあ・・・・」
 

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25日は朝から学校に出て行き1学期の通知簿を小坂先生から受け取った後、コーラス部の部室に顔を出した。
 
「わあ、退院おめでとうございます」
「歌える?」
「さすがに今日は無理! まだお腹に力が入らないし」と青葉。
 
「川上さん、あなたの名前は一応メンバー表には入れてるからね。部長だし。名古屋までは行く?休んでる?」と寺田先生。
 
「一応付いて行きますね。そのくらいの体力はありそうなので」
「じゃ、表彰台で全国行きの切符を受け取ってね」
「ええ、そのつもりで行きますから、みんな頑張ってね」
 
歌唱に参加する人数は35人だが、課題曲と自由曲で15人まで入れ替えることが可能になっている。つまり最大50人まで連れて行くことができるので、先生としてはその枠の中に青葉を入れておいて、実際の歌唱に参加させるかどうかはその時の青葉の体調を見て決めようと考えていた。
 
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「葛葉〜、ソロの仕上がりはどう?」と青葉。
「先輩。自信無いです〜」と葛葉。
 
しかし実際に練習を聴いてみると、葛葉はソロパートをほんとにしっかりと歌っている。これなら大丈夫だな、と青葉は安心した。
 

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25日はタイのほうで千里も病院を退院した。桃香が付き添ってその日の飛行機で帰国する。そして成田からそのまま富山に連れて来た。
 
千葉のアパートで休ませてもいいのだが、どうせ大学も夏休みだし、青葉のいる富山の方が、千里の体力回復も速いだろうということで、8月いっぱいはこちらで過ごさせることにしたのである。
 
「ちー姉、思ったより顔色がいい」
「青葉のおかげだよ。でもタイからここまでの旅はしんどかった」
「今日は取り敢えずゆっくり寝るといいよ。明日からヒーリングしてあげるから」
「ありがとう。青葉の方は調子どう?」
「私はいたって元気」
「でも無理しないでね」
「うん。岩手行きも8月いっぱいは休止。今さすがに霊障相談までやる体力は無いよ」
「青葉もゆっくり休まなきゃ」
 
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「そうそう。これタイのおみやげね」といって桃香がイヤリングを取り出した。「わあ、きれーい」と青葉が声をあげる。
 
それは青い石を三日月型にカットしたものが、銀色の小さい星形のプレートにぶらさがっている、大人っぽいイヤリングであった。三日月の下には赤い小さな丸い石もおまけのように付いている。
 
「中学生に贈るなら、もっと可愛いのがいいかとも思ったんだけど、青葉ならむしろ大人っぽいのがいいかなという気がして」と桃香。
「うん。こういうの好き。ありがとう」
 
「プレートが星、本体が月、そして下の赤い石が太陽で日月星の組合せだという口上で。確かにそんな気もしたから、神秘的な物の好きな青葉に合うかなとも思って。石の名前は分からん。売ってた店の人は青い石はブルースピネルで赤い石はルビーだと言ってたんだけど、スピネルにルビーなら、もう少し値段が高い気がしたんだ」と桃香。
「青い月の形の石はブルークォーツだよ」と青葉。
 
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「ああ。クォーツか」
「ブルークォーツは熱処理で青を発色させたものが多いんだけど、これは珍しい天然のブルークォーツっぽい」
「へー。それでか。いや、クォーツにしては少し高めだと思ったんだが、天然物だから高かったのか」
 
「うん。スピネルは普通この形にはカットしないよね。もったいないもん」
「ああ、それは私も思ったんだ」
 
「小さい方がスピネルだよ。レッドスピネル」
「ああ、そちらがスピネルであったか」
「でもきれいな色合いだよね。これも熱処理されてない」
「スピネルって熱処理するんだっけ?」
「昔は熱処理されてるのがルビー、されてないのがスピネルって言ってたんだけど、最近はスピネルでもやるんだよねー。オレンジ色のスピネルがきれいな赤に変身する。でも熱処理されてる石は、私にはすぐ分かる」
「ほほお」
 
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「桃姉だって、着色されたニンジンとされてないニンジンの差は分かるでしょ?」
「あ、私は分からん。千里は分かるみたいだが」
少しきつそうな顔で横になって会話を聞いていた千里が吹き出した。
 
青葉はしばし石の美しさを堪能した上で、イヤリングを自分の耳に取り付けた。
 
「うん。大人っぽい」
「お母ちゃん、写真撮って」
「はいはい」と朋子は笑顔で青葉の携帯で写真を撮った。
 

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千里を休ませてから、母の車で病院に行き、和実のお見舞いをする。青葉が行った時は、ちょうど手術が終わり、病室に戻ってきてすぐで、まだ和実は麻酔で寝ているところであった。
 
青葉はさっそくヒーリングを始めた。ヒーリングしながら、淳や胡桃と話していた所に松井医師が見に来てくれた。
 
「おっ。ヒーリングやってるね。でも自分がヒーリングしてもらわなきゃなくなるほど無理しないでね」と松井。
「自分自身のヒーリングと交替でしてます」と笑顔の青葉。
 
「今寝ているからいいけど、目が覚めたらたぶんかなり痛いと言うだろうから鎮静剤を処方してもらうから」
「お願いします」
「和実ちゃんの手術も凄く楽しかったよ」
「そうですか」
「青葉ちゃんの手術ほどじゃなかったけどね。青葉ちゃんの手術みたいなのは私も二度と経験できないだろうな」
 
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「手術されてる患者と執刀医が楽しくおしゃべりしながらとか、普通あり得ないですよね」
「全く。もう一回青葉ちゃんのおちんちん切ってあげたいくらい」
「残念ながら、おちんちん無くなっちゃったので、もう切れないです」
「ほんと残念。あ、淳さん、あなたもおちんちん切ってあげようか?今9月なら予約入れられるよ」
と松井医師は淳に声を掛ける。
 
「あ、済みません。今大きな仕事を抱えてるんで、それが片付かないと、手術受けて休んでいられないので」と淳は慌てたように言う。
「女性のSEさんにお願いしますと言われて、女装で仕事してるって件ですよね?」
「そうそう。それで私、会社にも女装で出て行くようになって完全フルタイムになっちゃった。タックも常時になったし。バストももう男装できないようなサイズにしちゃったし」
 
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「おお、それはめでたい。じゃ、その仕事が完成したら、お祝いに手術してあげようか?そしたら結果的に本当の女性SEさんがした仕事になる」と松井。
「えっと、片付いてから改めて考えさせてください」
「あら、考えてたら、すぐ次の仕事が始まっちゃうわよ」
「うーん。。。」
松井は本当に手術がしたくてたまらない感じだ。
 
「和実ちゃんとの間に子供作りたいなら、精子は冷凍しとけばいいじゃん」
「あ、その冷凍はお願いできますか?私の手術の方は置いといて」
「あ、いいよ。何なら明日にでも取り敢えず1本取ろうか? 今夜タック外してたら、たぶん明日は採取できる」
「あ、じゃ外します」
と言って、淳は部屋付属のトイレに入る。
 
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青葉はふと思い出したように松井医師に尋ねた。
「そうだ。私と同じ日にタイで義理の姉がSRS受けたのですが、彼女のメンテこちらでお願いできますか? 8月いっぱいは富山にいるので」
「いいよ。いつでも連れておいで。お姉さんのSRSって、MからF? FからM?」
「MからFです。20歳過ぎてるから、すぐ法的な性別変更できるんですよね。それだけが羨ましい」
「ほんと、青葉ちゃんはそれだけは5年我慢しないといけないからね」
 

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7月26日から28日までの3日間は、青葉はコーラス部に出てはいったものの、実際の練習には参加せず、見学していた。学校の後、母の車で病院に行き和実のヒーリングをする。そして自宅に戻ると、千里のヒーリングをした。
 
「あんた結局忙しい生活になるんだね」と朋子。
「忙しくしてないと落ち着かないのよね。貧乏性なんだと思う」と青葉。
「あんた自身の調子はどうなの?」
「あ、いたって元気」
「ほんとに〜?」
 
母はそういう青葉の言葉は100%は信じてない感じであった。
 

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29日は朝からコーラス部のみんなと一緒に名古屋に行き、合唱コンクールの中部大会に参加する。ソロを歌う葛葉は会場に着いてもまだ不安がっていたが、会場裏の広場で1度練習し「ちゃんとできてる」とみんなから言われると、何とか頑張ろうと言っていた。
 
去年も思ったが、やはり中部大会ともなると参加校のレベルが高い。みんなも会場内の座席に座り「うまいねー」「すごいねー」などと言いながら他の学校の演奏を聴いていたが、こちらもやはり昨年全国まで行った自負があるので、精神的には余裕があった。ただひとり葛葉を除いては!
 
そしてやがて出番になる。青葉は結局歌唱への参加は見送ることにしたが、ステージ脇までは付いていく。まずは課題曲を歌うメンバーがステージに上がり、2年の子のピアノ、寺田先生の指揮で歌唱が始まる。葛葉ももちろんソプラノのメンツの中に入り、みんなと同じ旋律で歌う。ソロで歌うのは自由曲である。
 
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やがて課題曲を歌い終わって、自由曲とのメンバー入れ替えで10人ほどの部員が下がろうとした時のことであった。
 
突然ソプラノのいちばん前の列に立っていた葛葉が崩れるようにして倒れた。え!?
 
指揮台の所にいた寺田先生が慌てて駆け寄る。反射的に青葉もステージ脇から飛び出して、葛葉のそばに寄った。
 
「おなか・・・・痛い」と葛葉は苦しそうにしている。
青葉は葛葉の腸の付近を大至急ヒーリングする。ちょっと炎症が起きている感じだ。食当たりなどの類ではないようだが、10秒で治りそうにも思えない。
 
進行係の人が心配そうに近づいてくる。
「どうですか?」
緊急事態なので係の人も待ってくれているが、さすがに何分も進行を止める訳には行かない。寺田先生は決断を迫られた。
 
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「○○さん、○○さん、○○さん、松本さんを医務室に運んでくれない?」
と、課題曲を歌ったあと交替で下がることになっていた2年生部員3人に頼む。
「分かりました」
3人が寄ってきて葛葉を抱えて舞台袖に下がる。
 
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