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■春声(1)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-05-19
2012年4月。青葉は中学3年生になった。始業式の日から女子制服を着て出席したのはこの年が初めてである。中学1年の時は制服を親に買ってもらえなかったので私服のポロシャツとスカート姿で出て行った。昨年はどこの中学に行けるのかも定まらない状態で、佐賀から千葉へ移動していた。そしてこの中学には4月の下旬から参加した。
クラス替えが行われて新しいクラスになるが、仲良しの美由紀・日香理・明日香とは同じクラスになったので、少しホッとした。美由紀曰く「青葉は自分で壁を作ってしまうから」友人はたくさん作るものの、あまり親しい友人はできにくい。担任も2年の時の小坂先生が持ち上がりだったので安心感があった。自分の生態について、やはり先生によって完全に受け入れてくれている先生と、必ずしもそうではない先生との、温度差があることを青葉は感じ取っていた。
この新しいクラスで仲良くなった子のひとりが世梨奈である。
「わあ、私、青葉ちゃんと同じクラスになりたいと思ってた。色々話したくて」
などと初日いきなり言ってきた。
「クラス違ってても話しかけてもらって良かったんだけど」
「いや、それがなかなか」
「青葉って、けっこう自分でも無意識のうちに周囲にバリア張ってるもんね」
などと美由紀が笑って言う。
世梨奈は少し生理不順と立ちくらみしやすい性質を抱えているということで、早速それを青葉にヒーリングしてもらい「調子よくなった」と喜んでいた。
「立ちくらみは凄く困ってたのよ。去年も朝礼の時に10回以上倒れたのよね。お医者さんに行って、鉄分補給の薬とかもらったらジンマシン出て中止したし。私それまで薬でトラブル起きたことなかったのに、その薬だけダメだった」
「思春期の女の子には立ちくらみ多いよ。鉄分はあまり関係無い。病院に行っても自律神経失調症とか言われて、なんか適当に処理されちゃう感じだしね。実際精神的なものが大きいんだけど、ちゃんと効く薬を処方できる先生は少ないんだ」
「これ薬でも治るの?」
「薬でも治るけど、私は気功で治しちゃう」
青葉が実際に効果のある薬の名前を言うので世梨奈は「何か難しい名前だ」と言う。
「青葉は薬剤師の国家試験受けたら通ると思う」などと美由紀が言うが「薬学部に6年通わないと、それ受けられないからね」と青葉は答える。
「でも青葉、医学とか薬の知識物凄いよね。医学部か薬学部行く?」と日香理。
「それ、小坂先生にも言われたんだけどさ。私の本職はあくまで祈祷師で、医学・薬学の知識は、祈祷じゃなくて医者の所に行かせるべきクライアントに遭遇した時のために持ってるのよ。でも、医者や薬剤師が裏家業で祈祷師をしているってのは、色々誤解を招くじゃん。だから、私は医師とか薬剤師にはなれないと思ってる」
「へー。でももったいないなあ。お医者さんになっても凄く腕のいいお医者さんになりそうなのに」
「でも、お医者さんとこに行って、そのお医者さんが『これは霊障です』と言って、印を結んで真言唱え始めたら、患者は引くよ」
「確かに!」
始業式のあった週の週末、青葉は夜の高速バスに乗ったが、行き先はいつもの仙台ではなく東京であった。彪志とのデートのためである。
青葉は彪志の合格祝いと家族の一周忌を兼ねた3月上旬の岩手行きの後、3月下旬にもまた岩手に行ったのだが、この時は向こうでの仕事が溜まっていたのと彪志の方も大学入学の準備で忙しかったので、会えなかった。それで4月に入ってから千葉で会おうと約束したのである。
池袋に土曜日の朝5時半に着き、山手線で東京駅まで行って京葉線に乗り換える。そして葛西臨海公園駅で降りた。この駅のすぐそば、高架下のマクドナルドに入る。ここで彪志と7時に待ち合わせだったのだが、彪志はまだ来ていないようだ。「寝てるかな?」と思いながら、朝マックのパンケーキを頼み、席でホットティーを飲みながらしばし待つ。時計を見たら7:05だ。私も少し休もう。青葉はそう思い、身体と頭の95%くらいを休眠させる。
青葉は子供の頃から、その時必要な器官以外を休眠させるすべを覚えていた。お掃除をしていても、掃除に必要な部分だけを動かし、それ以外の部分は休ませている。学校で授業を受けている時は、先生の話を聞き、ノートを取るのに必要な部分だけ動かして、それ以外の部分は休ませている。
修行を積んだ禅僧などはこの技術を身につけているが、青葉はこれが誰にも教えられる前からできていた(曾祖母と一緒に修行をするようになる前からしていた)。青葉がふだん少食なのはこの技術のおかげで身体の燃費がとても良いからである。
7:20になってから《ごめん。寝過ごした。直接入口前で会おう》というメールが入る。青葉は微笑んで、パンケーキをゆっくり食べてから、マックグリドルのセットをテイクアウトで頼み、それを持って電車で舞浜駅に移動。TDLの入場ゲートに行った。彪志の波動はすぐ見つかった。
「おはよう」
「おはよう。ごめんねー」
「ううん。私もお店の中で少し身体休ませてきたから。はい、これ朝ご飯」
と言って、マックグリドルの包みを渡す。
「助かる。もう何も食べずに飛び出してきた」
と言って、彪志はソーセージ&エッグチーズのマックグリドルを頬張る。
「美味しい美味しい。マック大好き。毎日は食べられないけど」
「ふふ。自炊できてる?」
「毎日はなかなかできない。学食のある日はもうそれ頼り」
「それでいいと思うよ。学食安いし」
「でも2人前くらい食べないとお腹空くからお金がかかる」
「じゃ、やはり自炊頑張らなきゃ」
「でも料理作る時ってさ、1人前で作ると全然足りないのね」
「料理の本に書いてある1人前って、私みたいな少食な女の子1人分って感じだよ。普通の女の子でも2人前、男の子なら3〜4人前でちょうどいいと思う」
「ああ、そうなんだ! 良かった。俺も4人前くらい作らないと足りないから、俺そんなに大食漢だっけ?と思ってた所だよ」
やがて開場時刻になる。青葉たちは事前にネットで取得してプリントしておいたeチケットで入場。すぐにアストロブラスターのファストパスを発行。入場可能な時刻を確認してから最初、プーさんのハニーハントに行く。朝一番なのでスムーズに入場することができた。青葉は1年前にも母につれられてTDLに来たのだが、その時はここはあまりにも列が長かったので諦めて入っていなかった。
可愛い童話の世界で青葉は思わず心がほころんだ。彪志の方はそれほどでもない感じだが、青葉が「きゃー」とか「可愛い!」とか声をあげるので微笑んでいる。時々突然ハニーポットが予測不能な動きをするので青葉も彪志も「わっ」という声も出してしまったが、酔うほどの動きでは無かった。
そこを出てからファストパスを持ってアストロブラスターに行った。こちらはシューティングなので彪志が張り切って、たくさん敵を撃って楽しんでいた。青葉は害の無いものを攻撃するのが嫌いなので、最初撃つのをためらっていたが、後半乗って来て結構当てて、彪志から「うまいじゃん」と褒められていた。
ここを出てからモンスターズインクのファストパスを取ったら既に17時の指定である。じゃ、それが最後だね、ということにして、スペースマウンテンに行く。まだ朝早い時間なので20分ほど並ぶだけで入場することができた。ここは昨年来た時も乗っているのだが、気持ち良かったのでぜひまた乗りたかったアトラクションであった。
暗闇の中を走るジェットコースター。普通のジェットコースターに比べると動きは小さいし、見えない分、恐怖感のようなものが希薄なのでふたりは身を寄せ合って、しばし純粋に「宇宙の旅」を楽しんだ。どさくさにまぎれてキスも2度した。
スペースマウンテンの次はホーンテッド・マンションに行く。ここも20分ほどで入ることができた。ここも昨年入って楽しんだところである。
「これハーフミラー使った映像だと思うけど、センス良いよね」
「TDLってのはハイテクの使い方がうまいよね。凄いことしてるのに、それを感じさせずにエンタテイメントに徹してる」
ふたりは「これはどういう仕組みかな」などというのを小声で話しながら、このアトラクションを楽しんだ。
青葉たちは午前中に人気アトラクションを攻めて、お昼はイーストサイドカフェでパスタのコースを食べた。プライオリティー・シーティングを取っておいたのだが、それでも少し待ってから席に案内された。
「小学生の時にTDLに親と一緒に来た時はさ、俺がここ入る!とか言ったんだけど『ここは高いから他の所にしようね』と言われてカレー屋さんに行ったよ」
と彪志が言う。
「確かにデートじゃなかったら、私ももう少し安い店に行くだろうね」
「いや、青葉はきっと何も食べない。お金がもったいないとか言って」
「う・・・・読まれてる」
「青葉って、霞食べて生きてるんじゃないかと思うことあるし」
「それはうちの師匠だよ!」
「青葉はきっと誰かと一緒でないと御飯食べないんだな。未雨ちゃんって存在が無かったら、きっと青葉何日も御飯食べずに過ごしたりしてたんじゃない?」
と彪志が言う。
「それはあるなあ。姉ちゃんに何か食べさせないといけないと思うと、毎日御飯を作ったり調達したりしていたから。自分ひとりなら5日くらい食べなくても平気だし」
「今はお母ちゃんと一緒に暮らしているから、ちゃんと食べてる」と彪志。
「うん。お料理とか習ってるしね」
「青葉ってだから絶対ひとり暮らしさせられない。でもずっとお母ちゃんと一緒って訳にはいかないだろ? だから俺が青葉とずっと一緒に暮らしてあげるから、ちゃんと御飯食べようね」
青葉は微笑んで素直に「ありがとう」と言った。
午後はあまり並ばずに行けるところを中心に回っていった。午前中最後にファストパスを取っておいたピッグサンダーマウンテンが15時の指定だったので、これが午後からのアトラクションのエポック的な存在になった。
ビッグサンダーマウンテンの後は特にアトラクションには乗らずにのんびりとパーク内を散歩して、おしゃべりをしながら過ごした。ああ、TDLでデートってのはこういう展開だよな、などと思う。
やがて時間になったのでモンスターズインクに行く。青葉はこの映画を知らなかったのだが、事前にガイドブックを見ていて青葉が「モンスターズインクって怪獣のインクという意味?」などと母の前で発言したので、母がツタヤでDVDを借りてきてくれた。おかげでちゃんと予習できていたので、このアトラクションをたっぷり楽しむことができた。サリーやマイクたちの仕草を見て「可愛い!」
などと青葉が叫ぶので彪志は少し当惑気味に一緒に笑っていた。
「だけど、俺、女の子の言う『可愛い』の基準がいまいち分からない」
とアトラクションを出てから彪志が言う。
「うーん。純粋な褒め言葉だよ」と青葉。
「プーさんやミッキーの『可愛い』は理解できるが、サリーやマイクを可愛いというのは男の感覚では理解不能」
「うん。まあ、女の子感覚はそういうものよ」と青葉は笑っている。
「女の子が可愛い子紹介してあげると言ったら、絶対可愛くない女の子が来る、という説もある」
「ああ、それも何となく状況が想像付く」と青葉はおかしくてたまらない風であった。
モンスターズインクの後は、少し散歩してからブルーバイユー・レストランで夕食にした。ここもプライオリティー・シーティングを取っておいた。今回は行くとすぐに席に案内された。
「俺たちが結婚して・・・・もし子供が出来たりして、その子を連れてまたTDLに来ても、このレストランには入らないよな」
「たぶん。カレー屋さんとかハンバーガー屋さんだよ」
「すると一生に一度かも知れないな。味わって食べよう」
「大げさな! でも全ての物事は一期一会(いちごいちえ)だよ」と青葉。
「確かにそうだよな」
「また今度にしよう、ってのは多分実現しない」
「物事はワンチャンスをモノにしないといけない」と彪志。
「このあたりの価値観、私たち一致してるね」
「うん。全てが一度限りの出来事だから、そのひとつひとつを大切に生きていける」
「人との出会い・別れ、そして全ての喜び・悲しみも」
「でも俺と青葉の愛はずっと続いていくものであって欲しいね」
「うん。ずっと仲良くしていきたいね」
ふたりはテーブルの下で手を握り合って微笑んだ。
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