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■春歌(12)
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翌日10日は実は青葉の家族の一周忌の法要を行った。本当は3月11日が一周忌だが、3月11日が一周忌というところが、あまりにも多いので1日ずらすことにしたのである。しかし同様に10日に一周忌をするところも多数あった。そのため、お経をあげるのをお願いした££寺の住職も「必ず行くけど、何時に行くというのは確約できない」などと言う始末であった。
会場は幸いにも市内の貸しホールを押さえることができていた(実は昨年の7月に「本葬儀」をした時、同時に押さえていた)。そこに慶子が10日朝から仏式の祭壇を設置してくれていた。青葉は彪志、彪志の両親とともに早朝一ノ関を出発して8時頃会場に入った。
早紀と椿妃が各々のお母さんを伴い9時頃来てくれた。八戸の咲良はお母さんと一緒に早朝の新幹線で盛岡まで来て、そこで慶子の娘さんの真穂さんの車でやってきた。盛岡からは母(礼子)の友人だった人も1人同乗させてきた。
早紀が出席すると聞いた美由紀は「自分も絶対行く」と言い、最近椿妃とメル友になっていた日香理も「椿妃とも会いたいし付いていく」と言い、ふたりは青葉の母(朋子)と一緒に早朝の「はくたか」に乗り、新幹線を乗り継いで11:37に仙台に到着。ちょうど同じ頃北海道から飛行機でやってきた舞花と一緒にレンタカーを使って大船渡までやってきた。
直美・民雄夫妻は9日夜のサンライズで東京に出てきて、新幹線に乗り継ぎ9:13に仙台に到着した。千里と桃香が一足早い新幹線で仙台に来てレンタカーを借りていたので、直美夫妻を乗せて大船渡に入った。
和美と淳は前日石巻に来ていたのだが、そこから今日のお昼すぎにこちらへ来てくれるということだった。彼女らは顔を出したらまた石巻にとんぼ返りという忙しいスケジュールである。
父の友人だった白石さんも友人の一周忌が何本もあるので時刻は分からないが、夕方くらいにこちらに顔を出すということだった。
姉・未雨の同級生だった鵜浦さんは午前中に別の友人の一周忌に顔を出した後で午後くらいにこちらに来てくれるということだった。
そして菊枝は自分の車で高知からやってきた。8日の朝出発して「のんびり」
走ってきたということで会場に10日朝9時に到着した。
仕事で九州に行っている冬子・政子、公演中で動けない嵐太郎からはお花が届いていた。あきら・小夜子は、赤ちゃんが騒ぐと迷惑だろうから遠慮しておくということで、御仏前を和美に託していた。他、青葉の知り合いの多数の霊能者さんから御仏前が郵送されてきていた。
午前中は祭壇の前でみんなであれこれ話をしていた。
「お坊さん、何時頃になるのか全然見当が付かないの?」
「そうなのよ。たぶん午後だろうということだったけど」
「じゃさ、お経が無いのも寂しいし、私たちで交替で阿弥陀経でも読もうか?」
「そうだね」
ということで、菊枝と直美と青葉が交替で阿弥陀経を読誦することにした。
「あ、いけない。お布施用意しておかなくちゃ」
と言って、封筒に青葉が現金を入れる。
「あれ、私、ペン入れどこに置いたかな?」
「あ、これ使うといいよ」と菊枝が筆ペンを貸してくれた。
「何この筆ペン。異様に書きやすい」
「うん。それ凄く書きやすいよね。気に入ったら青葉にあげるよ。それ四国でしか売ってないんだよね。私また買っとくから。」
「ほんと? もらっちゃおう」
頼んでいた仕出しが11時頃来たが、参列者は12時少し前頃からぼちぼちと現れた。この時間帯に寄ってくれたのは、比較的近所に住む、祖父母の知り合いたちである。
お弁当は短時間で帰る人にはそのままお渡しし、ゆっくり居てくれる人とは、14時から少し休憩時間を作って一緒に会食することにした。母と美由紀・日香理・舞花はちょうどこの会食の時間に到着した。和美・淳も14時少し過ぎに到着したので、この会食を一緒にできた。
結局££寺の住職は15時半頃やってきたが、時間が無いので申し訳ないと言って般若心経と観音経を唱えて、次の法要へと慌ただしく去って行った。
柚女・歌里や他数人の元クラスメイトなどが、ちょうど住職の来たタイミングで来てくれた。祖父母の友人の老人たちが住職と入れ替わりくらいでやってきた。
和美・淳は住職が去った後、菊枝が阿弥陀経を読んだのまで聞いてから石巻に帰還した。そのタイミングで、盛岡から来た礼子のお友達も帰るということだったので真穂が送って行った。鵜浦さんも帰った。この帰った人たちと入れ替わりになる感じで白石さんが来た。
結局その後も菊枝・直美・青葉の3人交替で阿弥陀経を読み続け、夕方18時にいったん締め。会場の撤去作業をした上で、市内の料理店に移動して会食をした。(これも7月に既に予約しておいた:その時点ではこの店は再開していなかったのだが、再開を信じ、復興資金の足しになるよう半額前金で渡しておいた)
夕食の参加者は、青葉・朋子・桃香・千里、彪志・彪志の両親、早紀・椿妃・咲良と各々の母、美由紀・日香理、舞花、直美・民雄、慶子、白石、そして菊枝の合計21人である。
「何か1年たったというのが信じられないね」と早紀。
「でも青葉は凄く元気になったし、表情も物凄く豊かになった」と咲良。「今日はたくさん泣いたけどね」と青葉。
「そして青葉はとっても女らしくなった」と椿妃が言う。
「その女らしくなった最大の要因という噂の彪志さん、一言どうぞ」と日香理。突然の指名で慌てる彪志だが
「まあ、青葉は元々可愛い女の子。俺はその封印を解いただけ」などと言う。友人たち、そして菊枝、桃香たちも頷いている。
「青葉は自分が女だということを主張するけど、主張する前に既に女としてしか見られていないことに気づいていない」と桃香が指摘すると、それも友人たちが頷いている。
夕食の後、白石、慶子、早紀と椿妃の母が帰宅する。残りの17人で旅館に入った。早紀と椿妃本人たちも自宅に戻っていいのだが、青葉とはもちろん、咲良や美由紀・日香理との交流もしたいので旅館に泊まり込むのである。
部屋割りは、早紀・椿妃・咲良、美由紀と日香理、彪志の両親、直美夫妻、千里と桃香、咲良の母と朋子、菊枝と舞花、そして彪志と青葉になっていた。
「たいへん大きな質問があります」と美由紀。
「私も質問があります」と早紀。
ふたりは一瞬睨み合ったが、同じ質問のようだということで一緒に言う。
「青葉と彪志さんが同室なのはなぜですか?」
それに対して青葉は「はい。ラブラブだからです」とぬけぬけと言った。
「きゃー」と早紀・椿妃・咲良・美由紀・日香理。
桃香や菊枝がニヤニヤしている。
「あのぉ、今夜ふたりはやるんでしょうか?」と美由紀。
「はい、します」と青葉。
彪志は頭を掻いている。彪志の両親や朋子は笑っている。
「じゃ、ふたりがやる前に疲れて眠ってしまうように、今夜はふたりをじっくり質問攻めにしよう」と早紀。
「さ、青葉、彪志さん、いらっしゃーい」
という訳で、青葉と彪志は、早紀たちの部屋に拉致され、そこに当然美由紀と日香理も合流して、夜遅くまで、その部屋からは笑い声が響いていた。
「さて、青葉に負けずに、私たちもやろう」と桃香が千里に言うが、千里は「一緒に寝るだけね」などという。
「好きにしていい?」と桃香。
「私、寝る」と千里。
「じゃ、寝てる千里を好きにしちゃう」と言って桃香は千里を引っ張り部屋に入っていった。
「何かふしだらな娘たちばかりでお恥ずかしい」と朋子が言うが菊枝が
「どちらも一見不毛なカップルに見えるけど、桃香さんとこにも、青葉のとこにも、ずっと先だけど孫ができますよ」
と言った。朋子も頷く。「そんな気がします」
彪志の両親が「へー」という顔をしていた。
翌日は大船渡市では午前10時から市主催の東日本大震災追悼式があったので、青葉たちもその式典に参列した。またあらたに涙が出てくる。
お昼を一緒に食べてから、直美夫妻が帰るのを千里・桃香で仙台空港まで送っていき(直美たちは伊丹経由で出雲に帰還)、千里たちはレンタカーを返却して新幹線で東京に戻る。彪志親子が自分たちの車に咲良親子を一緒に乗せて一ノ関に行き、咲良親子は新幹線で八戸に帰還する。菊枝が自分の車で舞花を仙台空港まで送っていき、菊枝はそのまま高知に向かって走って行く。
残りの6人(青葉・椿妃・早紀・美由紀・日香理・青葉の母)は椿妃の家にお邪魔した。年末にやっと新しい家ができて、仮設住宅から引っ越したのである。柚女と歌里、他数人元クラスメイトやコーラス部で一緒だった子もやってきた。多人数になったが、椿妃の家の居間とキッチンをぶちぬいてテーブルを並べ、おやつをつまんだ。14:46にサイレンが鳴る。みんなで黙祷を捧げた。
「そういえば青葉、この夏に性転換しちゃうんだって?」と咲良。
「えー!?凄い」と初耳だった子たち。
「うん。最初アメリカで手術してくれる所が見つかって。診察・審査も受けてきたんだけど、その審査OKの書類をもらったおかげで、そういう許可が出ているなら、うちででも手術できますよ、というところが国内で見つかったのよね」
「良かったね」と早紀。
「アメリカならタイより言葉の壁が小さくていいなと思ってたんだけど、国内で受けられたら、言葉も楽だし、アフターフォローの問題が助かるから」
「アフターフォロー?」
「あれって手術したら終わりじゃなくて、特に最初の1年くらいは結構メンテが必要な場合もあるし、あと私みたいな低年齢で手術した場合、20歳頃までに調整の手術が必要になる可能性もあるのよね。費用はタイとかで受けるのに比べてけっこう高めだけど。アメリカにしても日本にしても」
「いや、お金の問題より安心感だよ、やはり」と美由紀。
「でも高校に行く前に手術できるって、凄く大きなことなのでは?」と椿妃。
「そうなんだよね。法的な性別は20歳まで変更できないけど、肉体的に女になっているというのは、高校に入る時に考慮してもらえる内容が段違いだと思うんだよね」
「完全に女子として受け入れてもらえるんじゃない?」とひとりの子が言うが「今でも完全に女子生徒している気がする」と早紀。
「うん、完全に女子生徒だよ」と美由紀。
「女子トイレを堂々と使えるよね」と別の子。
「青葉は女子トイレしか使ってないよね?」と早紀。
「そうそう」と美由紀。
「女子更衣室で堂々と着換えられる?」とまた別の子。
「多分、今でも女子更衣室で着換えてない?」と早紀。
「着換えてる」と美由紀。
「身体測定とかは?」
「今も女子と一緒だよね」「うん。前後の子と胸囲とか測りっこしてるし」
「あ、修学旅行で女湯に入れるかな」と歌里が思いついたように言うが
「青葉は小学校の修学旅行でも女湯に入ったし、中1の時は一緒に温泉に行ったんだよ」と早紀が言う。
「私たちもいつも青葉と一緒に温泉に入ってるね」と美由紀・日香理。
「じゃ、何も変わらないのでは?」と柚女。
「そんな気もするなあ・・・」と青葉は頭を掻きながら答えた。
椿妃の家で少しゆっくりさせてもらった後で、朋子が青葉・美由紀・日香理を乗せ仙台まで行きレンタカーを返還。新幹線と特急を乗り継ぎ、深夜に高岡に帰還した。駅近くの駐車場に自分の車を止めていた朋子がそのまま美由紀と日香理をそれぞれの自宅に送り届け、青葉と一緒に自分たちの家に戻る。その日はさすがの青葉も熟睡し、翌日朝4時のジョギングはできなかった。
結局6時に起きて慌てて朝ご飯を作り、母と一緒に食べて、学校に出て行く。
「学校もあと少しで終わりだね」とまだあくびをしている美由紀が言う。青葉が学校に持ってきたゴマすり団子を数人の女生徒でつまんでいる。
「今年は私にとっては女生徒元年だった」と青葉が言うが
「いや、椿妃たちの話を聞いた結果、青葉はずっと前から女生徒だったという結論に達した」と日香理。
椿妃と日香理は葬儀の時と合唱の全国大会の時に遭遇したので夏頃から携帯のメールで情報交換?しているようである。
「去年1年間にしても、大半の時間、青葉は女子の制服を着ていたらしいし」
「うん、まあ・・・・」
「本来は授業中は男子制服を着ていて、放課後は女子制服ということだったはずが、実際には授業中も女子制服を着ていることが多かったって椿妃の話なんだよね」
「あはは・・・・いや、先生によってそのあたり黙認してくれる人とうるさく言う人がいてさぁ」
「まあ、青葉は周囲に恵まれてると思うよ。理解してくれない人ばかりって子も、きっとたくさんいるんじゃないかな」
「そういう状況だと辛いよね。私みたいな子の死亡率の多分トップは自殺だよ」
「ああ、そうなんだろうね」
「体育の時間に見学する時だって、大抵女子制服着ていたのに、震災の時はなぜか男子制服を着ていたって言ってたけど」
「あれは・・・スキーだから、スカートじゃ寒いと思ったのよ。身体動かすならいいけど、見学だと雪の中でじっとしてないといけないし」
「そういうことだったのか!」
「でも女子制服の状態で被災していたら、千里姉ちゃんと関わりが出来てなかった気がするし、結果的に私、今ここにいないよね。でも私を保護してくれるような人って存在してなかったから、私、どうなってたのか見当も付かない」
「いろんな運命の糸が絡み合ってるのよね、この世の中って」
「青葉って、やはり運の強い子なんだよ」
「そうかもね」と青葉は言って、空になってしまったお菓子の箱を解体してバッグの中にしまった。始業の鐘がなる。さて、今日も1日頑張ろう、と青葉は1時間目の教科書を取り出した。
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