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■春歌(1)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-05-16
彪志との足掛け5日間に渡る「ロングデート」を終えて、2011年8月9日、青葉は羽田発・富山行きの飛行機で地元に帰還した。富山空港まで母(朋子)が迎えに来ていてくれたので、その車の助手席に座り、岩手で友人たちと会ったこと、彪志とのこと、彪志の両親のこと、また東京で親切にしてくれた冬子(ケイ)のことなどを楽しく母に語った。
「結局彪志さんと何時間一緒にいたんだっけ?」
「4日の13時に高岡駅で彪志と落ち合って、いったん6日朝8時すぎに仙台駅前で別れたから、この間が43時間。7日夜23時すぎに彪志の家に行って、8日夜22時前に福島駅で別れたから、この間が22時間半。合計65時間半かな」
「楽しかった?」
「うん。でも、この後10月24日までデートできないんだよね。一応9月11日には彪志の高校の学園祭に顔出すことにはしているけど」
「寂しい?」
「うん。昨日の夜、彪志と別れたあと、東京に戻る新幹線の中で凄く寂しいって気分になった」
「変だよね。あんたたち2年近く会ってない時期もあったのに」
「そうなのよ! その頃は別に平気だったのに」
「それが恋ってものよ」
「そっかー」
青葉は400kmの彼方にいる彪志に思いを寄せていた。その頃、彪志も青葉のことが気になって集中が乱れるのを、頑張って勉強に集中しようと努力していた。
翌10日の午前中、青葉が少しボーっとしていたら、美由紀から電話が掛かってきた。
「ね、ね、**飯店の御食事券が当たっちゃったのよ。一緒に行かない?」
「あ・・・・えっと・・・・」
美由紀の言葉はしばしば状況説明無しで省略されすぎて返答に困る場合がある。さすがに説明不足だったかと思ったようで美由紀が追加説明する。
「この御食事券、女性限定で4人まで行けるのよね。それで、私とうちの母ちゃんと、青葉と日香理との4人で行けないかなと思って」
「服装は適当で良いの?」
「うん。適当。あまり上等なの着て来て、食事で汚したらいけないから、普段着のほうがいいと思うよ」
会社に出ている母に連絡して承諾をもらい、念のためにお財布に少しお金を入れて待ち合わせの場所まで行った。
「こんにちは。お世話になります」と美由紀のお母さんに挨拶する。何度か、美由紀の家にお泊まりしたこともあるので、すっかり顔なじみである。
「こんにちは、青葉ちゃん、可愛いの着て来たわね」
「ありがとうございます。でも美由紀のマリンルックも可愛い」
「でも最近、青葉って結構可愛い服を着るようになったよね」
「そ、そうかな?」
「こちらに着たばかりの頃は、色気も何も無い服ばかりだったのに」
「そうだね。可愛いのを着るのに心が慣れてなかったからかなあ」
「青葉ちゃん、かなり表情が豊かになってきたよね」とお母さんまで言う。
「すみません。未だにまだ、かなり無表情で」
「でもかなり顔がほぐれて来てるもん。少しずつ慣れていけばいいよね」
「はい」
やがて日香理も来たので、一緒に中華料理屋さんへ向かった。
「私、外食って、ミスドとかマックとか、せいぜいファミレスくらいしか入ったことなくて、マナーとか全然分からないんで、変な事したらごめんなさい」
と青葉は言うが
「大丈夫よ。中華料理屋さんなんて、そんな難しいマナー無いから」
とお母さんは笑顔で言う。
招待券を出すと回転卓の席に案内された。
「何?このテーブル、どうなってんの?」
と青葉が半ば戸惑いながら言っている間に、各自のところに皿と箸が配られ、茉莉花茶が蛍焼きの磁器の湯飲みに入れられ置かれていく。
「お料理をこの回転する所に置くのよ。それを回して自分の好きなの取って食べればいいの。お料理来たらすぐ分かるわよ」
などとお母さんが説明するうちに前菜の冷製蒸し鶏のサラダが出てくる。
お母さんが
「ほら、こうやって自分の前に回してきて、自分が食べる分取ればいいのよ」
と言って、やってみせると、美由紀が
「他の人の分まで取り分けてあげたりしなくていいからね。自分の分を取るのよ」
と付け加える。青葉は他人のことを考えすぎるので、言っておかないと大変だ。
「中華料理自体は『青葉鑑賞会』でも食べたけど、回転卓は初めてだよね」
と日香理も言う。
「うん。これ何だか面白い」
と青葉は本気で面白がっている。
続けて湯菜のフカヒレスープ、海老料理で海老チリソース、海鮮料理でホタテとイカの炒め物、肉料理で古老肉(酢豚)と続く。
青葉がひとつひとつの料理に感嘆の声をあげ、そして更に食べながら「これはこうやって作ったのかな?」などと調理法を推測しながら楽しそうに話すので、みんなそれを興味深そうに聞いていた。ホタテとイカの炒め物の調味料が分からないなあ、などと言っていたら、お店の人が「お客様、それはXO醤炒めでございます」と教えてくれた。お店の人も青葉の反応に微笑んでいる。
美由紀のお母さんが「ちょっとごめん」と言って席を立った時、日香理が訊いた。
「ところで、青葉彼氏と会ってたんでしょ?」
「えへへ。4日に彼氏がこちらに来て。向こうに帰るのと私が向こうに仕事に行くのとがシンクロしたから、途中仙台まで一緒に帰った」
「で、仕事が終わってからまたデートしたのね」
「うん、まあ。彼が東京まで付いてきてくれたから」
「すっごく長いデートだね」
「うん。でも次にデートできるのは10月24日なんだよね」
「ああ、遠距離恋愛って、そういうものだよね」と美由紀。
「それと受験生だから、あまり誘い出す訳にもいかないしね」
「彼としたの?」と日香理。
「した」と答える時の青葉の表情が恥じかんでいる。
「何回?」
「あ・・・えっと、リアルで2回と夢の中で1回かな」
「やりまくりだなあ」
「うん。私ってふしだらだなと思う。一応月にリアル1回、夢1回以内にしようって約束したんだけどね。彼が勉強頑張ってたし、ご褒美にもう1回した」
「夢って例の相手も同じ夢見ているって夢だよね」と美由紀。
「あれはリアルと同じレベルだよね」と日香理。
「うん。でも、日香理にはHまだ早いみたいに言っといて、ごめーん」
「ま、いいんじゃない。カップルそれぞれだもん」と美由紀。
「うん。私はまだHする勇気が出ないもんなあ」と日香理。
「無理してすることないし。我慢させとけばいいのよ。お互いの信頼関係を育てていかないとね。身体だけの関係になっちゃったら楽しくないよ」
「だよねー」
会話はお母さんが戻ると、自動的にふつうの話題に移行してしまう。友人の噂話や芸能界の話題などで盛り上がっていった。
料理の方はやがて揚物の春巻き、野菜で麻婆豆腐、そして麺飯物は五目焼きビーフンで締めて、点心に小龍包、デザートに杏仁豆腐が出てきてコース終了である。
女性4人で食べるにはけっこうなボリュームだったが、日香理がけっこう頑張って食べたので、ほぼ完食することができた。最後微妙に残っているものは全部青葉が食べた。
「だって残すなんてもったいない」と言ってせっせと食べている。
「こういう時に収まる場所を別腹って言うんだっけ?」と青葉。
「別腹ってのはおやつが入る場所だね」と日香理。
「ああ、じゃ杏仁豆腐が別腹に入ったのかな?」
「そうそう」
「あ、でも私、別腹でもうひとつくらいデザート入るかも」
などと美由紀が言うので、メニューを出してもらって、別会計で頼む。「じゃ、これの分は割り勘にしましょう」と日香理。
「うんうん」
美由紀は桃饅、日香理はマンゴープリン、青葉は豆腐プリン、美由紀のお母さんはココナッツミルクを注文した。更には4個入りごま団子をとって1人1個ずつ分けて食べた。
「別腹もおなかいっぱい!」
「私も!」
ということで全員満腹となった。
「でも美味しい料理だったなあ」と青葉。
「ここは美味しいし、けっこう安いのよね。今日のコース、料金払った場合はいくらくらいか分かる?」
「うーんと。。。。4人で12000円くらい?」と日香理。
「それが8000円なのよね。1人あたり2000円」
「安い!」
「ね」
「デザートも1つ300円だったしね」
青葉はそもそも外食をあまりしないので値段の相場が高い安いもよく分からなかったが、変に堅苦しくなくていい店だったなと思った。
中華料理店の後、美由紀のお母さんが「おごるからお茶飲んでこう」と言って、近くのスタバに入る。
「そういえば、青葉ちゃんって霊感少女だって言ってたっけ」とお母さん。「青葉は、むしろ霊能者だよ」と美由紀。
「私、何かそのあたりの違いがよく分からないわ。いや、昨日うちの姉が誰かそういう方面に強い人知らない?とか言ってたものでね」
「何かあったんですか?」
「姉が引越を考えてるんだけどね。10年くらい前に開発された新興住宅街で売りに出ていた家を買おうかと思って、現地に行ってみたらしいんだけど、何か変な感じがしたというのよ。それでそこ買っていいかどうか悩んでるというもので」
「変な感じがしたというのは十中八九、やばいです」と青葉。
「やっぱり、そうよね」
「何でしたら、行って見てみましょうか?」
「ほんと?助かるわ」
翌日、青葉は営業用の巫女衣装(白い小袖に緋袴・千早)を着て、清めの塩も振ってから美由紀の家に行った。
「おお。インパクトがある」と美由紀。
「これは戦闘服なんだよね。万一とんでもないものがいたりした場合、この服のほうがパワーを出しやすいんだ」と青葉は説明する。念のためお母さんと美由紀にも清めの塩を振った。
お母さんの車で、お姉さんの家に向かう。都古さんというそのお姉さんは底抜けに明るい感じの人だった。このタイプの人にはしばしば表裏の激しい人が多いのだが、この人の場合は裏がなくて本当の明るい性格のようである。そこから都古さんの夫の車で問題の住宅街に連れて行ってもらう。美由紀のお母さんは留守番して、都古さん夫婦と、青葉と怖い物見たさの美由紀とで行く。
「どうですか?」
「ひょっとして、そこの杉の木の右側の家ってことありませんよね?」
「ぴんぽーん」と都古さん。
「やっぱり問題ありますか?」と都古さんの夫。
「霊道が2本クロスして通ってます。死にたくなかったらやめときましょう」
「やっぱりそうか」
「霊道なら動かせないの?」と美由紀。
「動かせるけど、風水的にも問題が多い。ここは湿気がたまりやすい場所なのよ。霊道をいったん動かしても数年で元に戻ると思うな。それに、この付近の土地自体の気があまり良くないんだよね」
「よし。ここは止め。他の所にしよう」と都古さんの夫
「ねね、幾つか他にも候補に考えていたところがあるんだけど、ついでに見てくれない?」と都古さん。
「いいですよ」と青葉は笑顔で答えた。
車に戻ろうとした時「おーい」と呼ぶ声がする。黒いクラウンに乗った男性が運転席の窓を開けて、こちらに声を掛けている。
「あら」
「青葉ちゃん、ここでお仕事?」
それは旧知の霊能者で神戸在住の竹田宗聖さんだった。
「竹田さんもですか?」
「うん。家の中で幽霊見たってんで、応急処置してきた。でもこの住宅街はどの家でも出るよね」
「出てもおかしくないですね」
「霊道がかすってたんで、とりあえず家から離してきたけど、命に関わるからできるだけ早く引っ越した方がいいと言ってきた」
「ですね。これは防御したり風水改善したりして何とかなる類じゃないです」
「青葉ちゃんも何かした?」
こちらが何かしていたら、その影響で自分の方の仕事も再調整が必要になると思って尋ねたのであろう。
「何もしていません。まだ買う前でしたので、やめときましょうと言った所」
「うん。買う前にこの手の問題が分かる人にチェックしてもらえたら、絶対ここは買わないよね」
「全くです。でも少し勘の強い人なら、ここに来て変な感じしたり頭が痛くなったりして買うのやめると思う」
「ここは何人もの霊能者が仕事してるよね」
「です。あちこちに霊道を動かした跡があります。でもここまでひどいともうパズルですよね」
「そうなんだよ。僕が動かした霊道も2年くらいは大丈夫とは思うんだけど、その間に他の霊能者が何かすると、2年もたない可能性もある」
「私はここは関わりたくないです」
「ほんと、ほんと。じゃ、また会おう」と言って竹田さんは車で去って行った。
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