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■春歌(9)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-05-18
2月14日バレンタイン。青葉はクラスメイトの女子たちと盛んに友チョコを交換した。コーラス部では1日前に告知して当日の昼休み「友チョコ交換大会」
をした。大きな袋に各自1個ずつチョコを入れる。そして全員入れ終わった所でその袋から1個ずつ取っていくのである。
「俺たちも入れるのか!?」と言っていた男子たちにも入れさせた。
「みんなチロルチョコとかブラックサンダーとかだけど、寺田先生がスペシャルで少しいいチョコを何個か混ぜてくれているから、それに当たった人はラッキーね」
「青葉は本命チョコはやはり彪志君に贈ったの?」
と教室に戻ると美由紀から訊かれた。
「もちろん。昨日くらいに着くように郵送したよ」と青葉。
「ラン君には贈らなかったの?」と日香理。
「贈ったよ」
「へー」
「ランには1000円のチョコ。定形外で送料140円。彪志のは3000円のチョコ。同じく定形外で送料240円」
「ほほお」
「ランからは一生取っとくなんて電話掛かってきたけど、食べた方がいいと言った」
「そりゃ食べた方がいいよね」
「彪志君の反応は?」
「えっと。。。。今夜電話する」
「おお、チョコより甘い時間を過ごすのね」
「日香理も彼に渡すんでしょ?」
「うん。まあ。学校終わってからちょこっとだけ会う約束」
「ちょこっと会ってチョコ渡すのか」
「何を親父ギャグ的なことを・・・」
「ああ、私も誰かに本命チョコあげちゃおうかな」と美由紀。
「好きな男の子いたら、渡せばいいのに。いい機会だもん」
「そうそう、頑張れ」
「そうだなあ・・・・」
「N君のこと好きなんでしょ?美由紀」と日香理。
「ちょーっ。なぜそのイニシャルが出てくる?」
「見てれば分かるよね」と青葉。
「そうだ。青葉には私が彼とデートしてる夢を見られていた」
「いや、夢見なくてもふだんの態度で分かるって」と青葉。
「彼も美由紀の気持ちには気づいてるよね」と日香理。
「同意」
「うーん・・・・」
「チョコ買うの付き合ってあげようか?」
「・・・いや実は買ったんだけど・・・」
「じゃ、渡せばいい」
「その勇気が無くて」
「玉砕してもいいじゃん。渡して告白しなよ」
「うーん・・・・」
「ところで青葉って、去年まではバレンタインしたこと無かったの?」と美由紀。
「うーん。。。。随分昔、男の子にあげたことあったよ」
「へー、その子とは何かその後あった?」
「ううん。別に。戸惑ってた感じだったけど、笑顔でありがとうって言われた。それだけで終わり」
「青葉さ、女の子からバレンタインもらったことは無かったの?」と日香理。
「あ、えっと・・・・あはは、あはは」
と珍しく青葉が焦る。
日香理と美由紀は思わず顔を見合わせた。
2月23日木曜日、東京に住んでいる和実が富山にやってきた。
青葉がこちらに新しくオープンした病院で性転換手術を受けられることになったと聞いて、和実は「いいな、いいな、私も受けたい」などと言った。それで青葉が「何なら、こちらで診察受けてみる?」などと言ったので、和実もその気になり、病院の予約を取ってやってきたのである。
和実は実はもう今年手術することに決めて先月末にタイの病院に予約も入れたところだったらしいが、もし国内で手術できるなら、多少費用が高くなってもいいから、こちらにしたいなどと言っていた。
和実も既に2枚のGID診断書をもらっている。それを見せた上で、こちらでは初めてなので、一応簡単な診察をしましょうということになり、血液検査、心電図、MRIなどを1日掛けて取った。
診察台に横になった和美を見ながら松井医師は
「あなた、でもほんとに可愛いわね。あなたみたいな子に、こんなものが付いてるなんて犯罪だわ。もう今すぐ手術室に運び込んで、切り落としてあげたい」
などと言って、左手で和美のおちんちんの先を持ち、右手の人差指と中指でおちんちんの根元を挟むようにし、ハサミで切り落とすような仕草をした。
「えっと、私も今すぐ切り落として欲しいのはやまやまですが、今手術すると学業と仕事に差し障りがあるので7月にお願いできれば、と」
「仕方ないね。今日、タマだけでも抜いていかない?手術、すぐ終わるよ」
「いえ、7月におちんちん切る時に一緒でお願いします」
和美は去勢はしてもいいかなというのも一瞬思ったが、この先生どうも危ない感じなので、去勢だけのつもりが麻酔から覚めたらおちんちんも無くなっていたということになりかねん、と思い断った。
「仕方ないなあ」
「松井先生、自粛、自粛」と鞠村先生が注意する。
しかし、MRIの映像を見た松井医師は顔をしかめて言った。
「工藤さん、あなた子宮と卵巣があるね。膣も」
「あの・・・それ何かの間違いだと思います。以前もそれ他の病院で言われたことがあったので、そんな馬鹿なと言って再検査してもらったら、何も写っていなかったので」
それであらためて再度MRIを撮った。確かに子宮や卵巣らしきものは写っていない。普通の医師なら、これで「やはり間違いだったみたいですね」と言うところだが、松井医師は違った。
「でもこの新しい方の画像が間違いで、最初に撮った方が本当かも知れないわよ」
「えっと・・・」
「工藤さん、あなた声変わり、してないわよね?」
「ええ、そうですね」
「陰茎は勃起しますか?」
「高校1年の年末頃までは立っていましたが、その後あまり自慰をしないようになって。最後に射精を経験したのは高校2年の夏ですが、その時は実は勃起はせずに射精だけ起きました。今は常時タックしていることもあって、全く勃起はしませんし射精も起きません」
「ああ、一応その頃までは男性機能はあったのね」
「ええ」
「バストはかなり発達していますが、女性ホルモンを飲んでおられますか?」
「いえ。これはヒーリングなんです。実は元々特殊な方法で高校時代にBカップ弱サイズのバストを作り上げたのですが、こちらの病院を紹介してくれた川上さんのヒーリングを受けて、このサイズまで発達しました」
「ああ、川上さんのヒーリングですか。あれは面白いですね。誰かに習わせたいですよ。実践医療的に興味があります」
この医師はそういうオカルト的なものにも理解があるようである。
医師は和実の染色体も再度検査した。最初の血液検査の時は確かにXYだったのだが、再検査してみると XX という結果が出る。それで和実がそれは変なのでもう一度検査して欲しいというので、再々検査すると今度は XY になった。
「工藤さん、あなたやはり半陰陽の一種だと思う」と医師は言った。
「えー!?」
「ただ、あなたの身体自体に不思議な揺らぎがあって、完全な男性として反応する場合と、女性として反応する場合があるんですよ」
「うーん。。。。」
「とても特殊なケースのようなので、こちらの病院で定期的に検査をさせてもらえませんか? こちらの興味でお願いしたいので、検査分は無料にしますし、交通費も出しますよ。性別適合手術(性転換手術の正式名称)はもちろんOKです。そちらは普通の料金になりますが。学生さんでしたら、夏休みあたりにしましょうか?」
「ええ、お願いします。診察は月1回くらいでいいですか?」
「いいですよ。学業やバイトにあまり影響が出ないように、無理せず受診してください。後ででもいいので事務の方に口座番号を連絡してもらえますか?往復の航空券代・市内交通費を振り込みますので」
「はい」
「それであなたの新しい膣を作る時にはMRIで映った膣が存在していた筈の場所に完全に重なる位置に設置します。するとその膣は本物の膣のように機能する可能性があります。どのくらい機能するかは未知数ですが」
「わあ。。。。」
ということで、和実もこの病院で手術を受けることになり(日程はどうも青葉の少し後になりそうであった)、また毎月1回、交通費病院持ちで、富山に来て診察を受けることになった。
病院の診察が終わってから、青葉の家に行き、診察結果を話すと青葉は納得したかのように頷いて言った。
「和実って、何か特殊な状態のような気がしていたのよね。たぶん、固有の周期を持っていて、たとえば9秒間男性の状態が続いたあと1秒間、女性になってるんだよ。だから女性になった瞬間にMRI撮られると子宮や卵巣が写るし、その瞬間に採取した染色体を検査すると XX になるんだな。あるいは常に両方存在していてシュレディンガーの猫みたいな状態なのかも」
「でも、そんな不思議な身体だったら、それを子供の頃に指摘されていた気がするし、もっと女性的な身体発達をしていてもおかしくない気がするよ」
「和実、高2の春に急激に太って急激に痩せてバスト作ったというけど、それでバストができちゃったのは、そもそも和実が女の子だからかもね」
「あ・・・・・」
「あるいは、その頃まで和実の女体部分というのは休眠していたのかもよ。それが高2の時に目覚めちゃった。おちんちんが立たなくなったのもその頃って言ってなかった?」
「確かにそうかも」
「でも今の和実はその女体部分がもっと活性化している気もする。何かきっかけとか無かったかな? ここ1年くらいで」
しばらく和実は考えていたが、やがて言った。
「ここ1年くらいで、私の心理状態を大きく変えたのは震災だよ。私、あの時、男の子の自分が津波に飲まれて死んじゃって、女の子の自分が生き残ったような感覚だったんだけど・・・・」
「それ多分事実。男の子の和実は死んじゃったんだよ。今いるのは女の子の和実なんだよ」
「そうだったのか・・・・」
和実は遠くを見つめるような目をした。あれ?似たようなことを高校時代にも誰かから言われなかったっけ??と和実は思う。
青葉もしばらく考えているようであったが、やがて普段と少し違う口調で言った。
「だからきっと、和実が女の子になった瞬間、卵巣が出現した瞬間に卵子を採取すると、その卵子と淳さんの精子を受精させて、ふたりの子供ができる」
「う・・・・それ挑戦してみたいかも」
そして青葉は更に何か考えている風だった。
「でもね。。。。この女体側の活性化はたぶん震災のショックによる一時的な現象だよ。何年か経つと自然に収まっていって、また高校生頃の状態に戻ると思う。卵子の採取に挑戦するなら、5年とか6年とか先じゃなくて2-3年以内がいい。もっとも性転換手術した後でないと原理的に採取不能だろうけどね」
「・・・私、母子手帳もらえると思う?」
「戸籍が既に女になってたらもらえるかもね」
と青葉は普段の口調に戻り、笑顔で言った。
2月24日金曜日。彪志は明日から大学の入試なので、一ノ関から新幹線で東京に出てきた。午後2時半の新幹線に乗り、東京に5時半に到着する。新幹線の中ではずっと問題集をしていたが、勉強に集中していても、ついつい青葉のことを考えてしまう。その青葉とは今朝も電話で話して「頑張ってね」と言ってもらった。
青葉と最後に会ったのは10月24日だった。もう4ヶ月も会っていない。無理すれば会えたと思うが、自分の受検勉強の妨げになってはいけないからと言って自粛していた。例の「夢」の中では何度も会って、セックスも月に1度くらいしてきたのだが、でもリアルでも会いたいという思いはつのるばかりだ。明日試験だから集中したいのに、どうしても青葉のことで気が散る。何してる、頑張れ自分!と発破を掛けるが、集中が長持ちしない。
半月後の合格発表の日には会うことにしているじゃん。それを楽しみに頑張ろう。そう言い聞かせながら、彪志は新幹線を降りた。改札口の方に向かう。
その時だった。
「彪志」
という声を聞いて、そちらを振り向くと、青葉の姿があった。
最初彪志は幻でも見ているかと思った。あんまり青葉のことが気になって、とうとう幻覚でも見てしまったのだろうか。
でもその「幻覚」の青葉は笑顔で走ってきて、彪志に抱きついた。
「青葉・・・・本物?」
「本物って、私の偽物があるの?」
「ほんとうの青葉?」
「ほんとの私だよ」
彪志は場所も忘れて、青葉にキスした。
「やっぱり受験生を邪魔しちゃったかなあ」などと青葉は言っている。
「どうしてここにいるの?」
「彪志を激励に来た」
「それだけ?」
「そうだよ」
「そのために、わざわざ富山から?」
「うん」
「お金かかるのに」
「いいの。ちょっと友達から唆されたからね」
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