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■春歩(15)
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千里1は、その日、チームメイトのエマ(カナダ国籍)に誘われて、銃砲店に来た。エマ曰く
「コロナがまだ終息しそうにないから、銃は持ってないとダメだよ」
ということである。
このあたりのアメリカさんの感覚というのは、いまいちよく分からない。(2020年以降、アメリカでは弾丸の売上が急増しているらしい。アメリカでは弾丸はスーパーのワゴンに大袋に入って売られている)
しかしアメリカは国土が広く、911番(日本なら110番)掛けても警察が到着するまで数時間かかることもあるので銃による自衛は必須というのは理解する(でもさすがに最近の学校乱射事件とかを見ると、もう少し何とかならんかという気もする)。千里も以前は市街地のアパートに住んでいたが、感染確率の低い場所を求めて2020年にフィラデルバーグ郊外の1エーカー(1200坪)の土地を買い(アメリカでは、エーカーが土地売買の基本単位らしい)小さな家を建てて住んでいるので、自衛の必要性は感じていた。
「でも私グリーンカード持ってないよ」
「でも旅行者じゃないでしょ?」
「さすがにビザは取ってる」
「じゃ大丈夫だよ」
それで銃砲店に行くと、自分は永住者ではないと申告する。
「アメリカには何年住んでんの?」
「2017年の4月からですから5年になります。但し、ずっと住んでる訳じゃなくて、だいたい夏はアメリカ、冬はフランスに居るんですけどね」
「ああ、フランス人さん?」
「いえ、国籍は日本です」
「ふーん。色々複雑だね。ビザ見せて」
というので、千里がパスポートのビザ欄を見せると
「あんた凄いビザ持ってるね!全然問題なし!」
と店主さんに言われた。
「私にも見せて」
とエマからまで言われるので見せると
「オーグレイト!」
と感動していた。
実は以前はスポーツ選手に発行されるPビザを使っていたのだが、東京オリンピックで銀メダルを取り、個人成績でもスリーポイント女王になった。それでビザを更新しようとした時、身元を確認された上で、あなたなら“Oビザ”が取れますよと言われた。それで嘘でしょ?と思いながらも申請したら通ってしまったのである。それで千里は現在、トップアスリートのみに発行されるOビザ(有効期限3年)を持っているのである。
「ビクトリア、WNBAに行けるのでは?」
「それフランスリーグとシーズンがぶつかるから駄目」
「ああ、もったいない」
「それにどう考えても、WNBAに行くとあまり出場機会がもらえないから、それよりたくさん出場できるリーグがいい」
「それはあるよね〜」
それで銃を選ぶ。
店主さんは
「護身用なら絶対リボルバーですよ。オートマチックは日々メンテしてないといけないから、いざという時に故障で発射できなかったということがあるんです」
と言う。
「リボルバーだったら、まず故障することはありませんから。だから警官は昔はみんなリボルバーでした。最近は警察の仕事場がほとんど戦場化して、犯人が強力な銃持ってるから、警官はベレッタのオートになりましたけどね」
と店主さんは最後の方は怖いことを言っている。それでコルト・パイソン?を取り出してポンと叩いたら、いきなりバラバラになって落下した。店主さんが「オー、ヘル!」とか言って、足で蹴って!テーブルの下に隠す。
「ま、たまに壊れることもあるけど、めったに壊れませんよ」
などと言っている。
でもめったに使わないならリボルバーという意見には、千里も同意するのて。選択はリボルバーに限定する。
「エマも、リボルバー?」
「私は S&W M29」
と言って、大型のバッグから取りだして見せる。
「巨大だね!」
「.44マグナムだよ」
「恐ろしい!とてもそんな巨大な銃は持ちきれない」
と千里は言う。
「実際に使ったことある?」
「護身には使ったことあるよ」
「マジ?強盗か何か?」
「ボーイフレンドがさあ、今日は生理だからやめてと言ってるのに、無理矢理しようとするから、あそこに突きつけて、お股に穴開けて性別を変えてやろうか(*18) 穴が出来て、自分が入れられる側になると、よく分かるよと脅したら『ごめん』と言って謝ってた」
「恋人間でもレイプはよくないね」
「全く全く」
「でも、彼氏に銃を奪われたりしたら?」
「指紋認証の安全装置付けてるから大丈夫」
「ああ、これがそれか。万一彼も銃を持ってたら?」
「その時は銃撃戦だね」
「世界的に報道されるようなことはやめてね」
(*18) きっと映画『9時から5時まで』(1980)のドラリー(演:ドリー・パートン)のセリフ。原文は「I'm gonna change you from a rooster to a hen with one shot!」。字幕は「一発撃ち込んで性別を変えてやる」と出ていたが、直訳すると「一発撃ち込んで、あんたを雄鶏(おんどり)から雌鶏(めんどり)に変えてやる」。
「でもビクトリアは小さいのがいいの?」
「大きいと持ち歩くのも大変だもん。小さいバッグにも入る小型のかなあ」
「小型のリボルバーと言ったら、このあたりかなあ」
と言って、エマはJフレーム(*19) の拳銃 S&W bodyguard Model 38 を取ってくれた。
「軽いね!」
「アルミ製だからね」
「へー」
「14.2oz(約400g)ですよ」
と店主さん。
「試射してみます?」
「そうですね」
それでその銃を持って試射室に行く。弾丸を込めてもらい、耳保護用のヘッドホンを着けて、千里はその銃で5発撃ってみた。
「あぁん、やはり慣れてないから1発外しちゃった」
と千里は言ったが、エマも店主さんも無言である。
「ビクトリア、5発の内の4発が、ド真ん中に命中しているのだが」
「でも1発はひとつ外側の円に当たっちゃったよ」
「普通、的(まと)自体にもなかなか当たらないのに」
「え?そうなの?でも私、シューターだし」
と千里が言うと店主さんは
「シューター!?あなた射撃の選手ですか?道理で凄い腕だ。だったら、こんなちゃちな銃では不満でしょう。ぜひ、これをお持ちなさい」
と言う。それで渡されたのは同じJフレームであるが、 M60 というタイプである。
「さっきのより重い」
「そんなに重くないと思うけど」
「22.9oz(650g)ですよ。あなたの腕力なら大したことないでしょ」
さっきのM38はアルミニウム・ボディだったが、これはステンレス・ボディである。他に次のような違いがある。
弾丸
M38: .38スペシャルのみ。
M60; .38スペシャルと.357マグナムの両方が利用可能。(*20)
アクション
M38: ダブルアクションのみ
M60: シングルアクションとダブルアクションのどちらもできる(*21)
長さ
M38: 6.6in (18.8cm)
M60: 8.7in (22.1cm)
定価
M38 $449 (\57,472)
M60 $899 (\115,072)
価格はほぼ倍である!(むろん千里にとっては大したことない)
「試射してみましょう」
と言われて、試射場に行く。
弾丸(.357マグナム!)を込めてもらい、耳を保護するためのヘッドホンを付けて5発撃つ。
「ワンダホー!」
「ブラーヴァ!」
ということで5発全部、中心の円に命中した。
「やはりアルミは軽すぎて安定しないんですよ。鉄のほうがしっかり狙えますよ」
「さっきのが軽くていいのに〜」
「あれは素人向けの銃です」
「私素人ですぅー」
「全弾命中させる素人は存在しません」
ということで、千里は S&W(Smith & Wesson) Model 60 をお買い上げになったのであった。
これで強盗が来ても安心?
もっとも千里なら、強盗くらい素手で倒せるはずだが?
更にその前に眷属が何とかするだろう。アメリカで千里をガードしている<さくちゃん>は
「この館に銃とか持って入ってきた強盗は、明日の日の目は見られませんから」
などと言っていた!
あのぉ、殺さないよね?
(*19) スミス&ウェッソンのリボルバー(回転式拳銃)は、銃の基本構造部分のサイズにより、幾つかのフレーム(frame)に分類される。これは、小さい方から、I,J,K,L,M,N である。特殊なものとして X,Z,C もある。但し現在Iフレームの銃は製造されておらず、最小がJになっている。千里が買ったM60や、日本の警察官が所持している"SAKURA M360J"など、M36系の銃はJフレームである。エマが持っていたM29は最大サイズのNフレームである。
“ダーティー・ハリー”ことハリー・キャラハン警部(演:クリント・イーストウッド)が使用していたのが、この M-29 .44 Magnumである(初登場は1971年)。またその影響と思われるが、『太陽にほえろ』のブルース刑事(演:又野誠治/初登場は1983年)が使用していたのもこの M29である。また、コメディ映画だが『ポリス・アカデミー』シリーズ(1984-1994)のタックルベリー巡査部長(演:デヴィッド・グラフ)が使用していたのも、このM29である。
ダーティーハリーの時代には.44マグナムをぶっ放す警官は“荒っぽい”警官だったのかも知れないが、店主さんが言っていたように、その後、アメリカの犯罪はどんどん凶悪化し、最近は犯人がマシンガンを持っているので、へレッタの自動拳銃でも対抗できなくなりつつあるらしい。
(*20) .38スペシャル弾と.357マグナム弾は、直径が同じで長さが違うだけなので、ひとつの銃で両方撃つことが可能である。但し.357マグナムを装填できる弾倉の長さが必要。.38スペシャルのみに対応した銃はこの長さが足りない。
(*21) リボルバーを発射するには、撃鉄を上げてから引き金を引いて撃鉄を打ち降ろす、という2つのステップが必要だが、これを実際に2段階で行い、引き金は純粋に撃鉄を打ち降ろして発射させるためだけの役割として使うのをシングルアクション、引き金を引くだけで、撃鉄を起こしてそこから勢いよく打ち降ろし弾丸を発射するという2つの動作を連続して行なうことのできるものをダブルアクションという。
通常リボルバーはダブルアクションで使用するが、シングルアクションに比べて引き金を引くのに大きな力が必要である。またどうしても発射までのタイムラグが生じる。それで、シングルアクションができる銃の場合は、極めて危険度の高い状況にあるような場合(目の前に不審な男が立っているとかの状況)では、予め撃鉄を起こしておき、小さな力で素早く発射するという方法を採ることができる。
5月25-26, 28-29日.
日本水泳代表遠征組で、シェラネバダで合宿していたグループの一部が、バルセロナ(Barcelona)および、カネ・タン・ルシヨン (Canet-en-Roussillon フランス) で行われた水泳大会 Mare Nostrum に参加した。
バルセロナ大会のみに出た選手(全員が選手権代表)は近くのアンドラ公国に移動して後半の合宿をする。一方、カネ・タン・ルシヨン大会に出た選手はそのまま同地で後半の合宿をする。また大会に参加しなかった選手も、カネ・タン・ルシヨンの合宿地に移動した。
移動はムーランのA330を使用し、グラナダからバルセロナ空港に飛んで、そこから直接カネ・タン・ルシヨンに入る選手はバスで移動している。また両方の大会に参加した選手はバルセロナ大会後バスでカネ・タン・ルシヨンに移動した。
一方、グラナダ、マルセイユ、パリ、フランクルト及び個人的に分離合宿している選手はそのまま合宿を続けた。
グラナダ組は滞在が長期になっているので、気分転換にグラナダ市内の名所をマイクロバスに乗って循環するだけ!という観光をした。基本的にはバスから降りないが、アルハンブラ宮殿だけは少し歩いた。
またグラナダ名物の、アラビアン・マーケットの商人さん(英語が分かる女性で、ワクチン2回接種済みの人)に来てもらって(更に念のため入口で陰性検査させてもらって)、アラビアンなグッズやアクセサリーなど買い求めたりしていた。一部リクエストのあったもの(洋服など)は後日持って来てもらった。千里や青葉もかなり買っていた。
グラナダにしても、マルセイユにしても、髪を切りたい選手があった場合は、頼んでおいた日本語の分かる美容師さんに来てもらって髪を切っている。
腹痛などの場合はある程度の薬も用意しているが、ドーピングに引っかからないもので徹底している。万一症状が重い場合は病院に連れて行くが、これもドーピング対象薬物に詳しい医師を日本水連を通して契約してもらっている。代表選手は、うかつに病院にも掛かれないのである(実際には病院まで行くケースは無かった)。
「あと、美容整形とか性転換手術を受けたい方は、合宿終了後にして下さいと言われてますから」
「ヨーロッパは性転換手術のレベル高そうだなあ」
「おっぱいの大きな美少女に変身してから帰国する?」
「あら、素敵ね」
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