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■春歩(5)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-11-25
ビスクドール展・最終日は18時でクローズする。邦生・双葉・遙佳・歩夢の4人で、1930年以前に作られたアンティークドールおよびそのリプロダクション、またそれ以外にも特に貴重なドールたちを丁寧に梱包する。一体一体発泡スチロールの箱に入れクッション材を詰める。名前を書き、駐車場に駐めている千里さんのXC-40、および館長のミラージュに運んだ。車を2台使うのは、万一事故が起きた場合の全滅を避けるためである。
車には、お留守番として、瑞穂と、この日の午前中に出て来た珠望が待機している。
19時頃、これらの“VIPドール”を載せて、XC-40には、真珠と明恵、ミラージュには初海と幸花が乗って、交代で運転してS市に向かった(このため、4人は14時頃から仮眠していた)。
他の人形たちは明日、〒〒テレビが手配した業者さんの手で運ばれる予定だが、残ったメンツで人形の梱包作業をした。作業したのは、VIPドールの梱包をした4人+真珠の友人の男の娘マリアとルチカ(どちらも女子にしか見えない)、それに薫館長の合計7名である(珠望と瑞穂は仮眠している/それに瑞穂は荒っぽい性格なので参加させない)。
お人形は全部で300体ほどある。1体の梱包には1分以上掛かるが、7人がかり、1時間ほどで、全部のお人形の梱包と箱詰めが完了した。
「お疲れ様でしたー!」
それで、遙佳、歩夢、薫館長は、珠望が運転するインサイトに乗ってS市に帰って行った(“金沢事務局”で受け付けた20体の人形はこの車に乗せて持ち帰った)。
帰りの車の中で歩夢は訊いた。
「ねえ、お姉ちゃん。お人形さんたちの中にさ“ピエール・ビエジュ”とかいう名前の人形居る?」
「さあ、私は記憶無いなあ」
と遙佳は言う。
「私も記憶無い」
と祖母は言ったが付け加えた。
「でもそれ、多分“ピエール・ビエジュ”じゃなくて“プリエール・ヴィエルジュ”だと思う」
と薫。
「あ、そうかも」
「それだと“乙女の祈り”という意味だよ」
「わぁ」
それって、一言主神社で自分がフルートで吹いた曲じゃん!
だったら、やはり一言主神社、あの夢、そして玉が無くなったことは連動してるんだろうなあ、と歩夢は思った。
でも玉が無くなったことは、お母ちゃんには秘密にしておこう、と歩夢は思う。勝手に闇の手術受けたのでは?とか疑われて叱られそうだもん。
遙佳たちが帰った後、もうお店の営業も終わり、周囲の灯りも落ちている会場に残ったのは、邦生・瑞穂・双葉の3人と、真珠の友人2名である。邦生は真珠の友人2人に「ありがとね。これ気持ち」と言って、2000円チャージしたケンタッキーのカードを1枚ずつあげたら喜んでいた。それで2人は各々自分のバイクで帰って行った(男の娘仲間+バイク仲間らしい:美少年を見たら、女装してみない?とか勧誘するらしい!?−男の娘育成計画)。
「双葉ちゃんちに送っていくね」
「ありがとうございます」
それで(梱包作戦に参加してないので疲れてない)瑞穂が真珠のスペーシアを運転して、まずは双葉を家に送り届ける。邦生が放送局の人の代わりに、お母さんに挨拶した。それから邦生と瑞穂の2人でマンションに帰還した。
「お腹空いたぁ。今日の晩御飯は何かな」
などと瑞穂が言っているので、邦生は
「この子、嫁に行けるか?」
と疑問を感じながらも豚肉の生姜焼きを作り、冷凍御飯をチンして夕食とした。瑞穂はチューハイを飲みながら御飯を食べ終わると
「今日は疲れたぁ」
と言って、茶碗はテーブルの上に放置して、自分の部屋に入った。
邦生は本当に妹の行く末を心配した。
人形を運んだ真珠たち4人は、館長の家に一晩泊めてもらい、翌日の午前中、運んできたドールたちを取り出して美術館に並べた。薫館長が
「ここまでして頂いてありがとうございます」
と感謝していた。
「でも人形が無事で良かったです」
「ほんとにホッとしましたね」
「残りの人形たちも今日の午後には到着すると思いますので」
「その子たちを並べるのは来週にしよう」
などと館長は言っていた!
真珠たちは美術館を出た後、桜坂さんがリニューアルオープンさせた料理店“琥珀”に寄ってみた。金曜日(4/22) にオープンしていたようである。
幸花が代表して挨拶し、編集部一同からの御祝儀、金沢ドイルから頼まれた御祝儀を渡した。そしてこのお店で、お弁当とお茶のペットボトルを4人前買って出た。お弁当は、近くの道の駅で食べた。隣にコンビニがあるので、そこで、おやつなども買ってきた。
「とてもあの場では言えなかったけど、お店の雰囲気が暗いのが気になった」
と初海が言った。
「古い店舗を無理矢理改修して使っているからね。昔の建物だから、採光があまり良くないのよ。照明も古い蛍光灯だし」
と幸花は言う。
「あの数の蛍光灯をLEDに交換するには工事費も入れて100万掛かるかもね」
「店が大きいからなあ」
「そういう工事すると、天井が崩壊しないか不安らしい」
「やはり建て直すべきでは?」
「換気も微妙な気がしました」
と明恵。
「それも古いから仕方ない。取り敢えずテーブルと椅子は新しいものに入れ換えたらしい。清掃消毒しやすいように、表面がツルツルのステンレス、椅子もビニール張りのに。以前は木製だったから、食べ物の汁とかがこぼれると掃除が大変だったらしいんだよ。ステンレスにしたのは、木とかプラスチックの表面ではコロナウィルスは2週間近く生きてるけど、金属表面では数時間で死んでしまうから」
「ステンレスには理由があったのか」
「でもそれだけでもかなりの費用ですね」
「どうもそのあたりで改装費用を使い果たした気もする」
「でもこのお弁当は美味しいですよ」
と真珠。
「お弁当屋さんとして繁盛したりしてね」
「その方向性なら、あの駐車場は広すぎますね」
「そういう気はする。あの4分の1でいい。あの広さだと閑散としている印象になるし、道路からお店が引っ込みすぎている感じになって、人が入りにくい」
「青葉さんが言ってました。間口の広さより長いアクセスの所に建っている家は来訪者を拒否する感じになるんだって」
「あの店舗は明らかに間口の広さより遠い所にある」
真珠はこのメンツにも、とても言えなかったが、料理長の井原さんについて、3月30日に会った時にも“影が薄い”感じがしていたのが、ますます薄くなっているのに気がついていた。ひょっとしてこの人、何か持病を抱えているのでは?と真珠は思った。
「レストランなら、2時間とか滞在する客のことを考えると、駐車場はあの広さが必要なんでしょうけどね」
「昔はあそこ、団体さんのお食事場所とかになって、何台も大型バスが駐まっていたらしいよ」
「それであの広さを確保したのかね〜」
「コロナでその手のツアーも激減してますね」
「レストランとして再度流行ることかできるかは、このままコロナが落ち着くか、第七波が来るか次第かもね」
「コロナも、そろそろ落ち着いて欲しいね」
「お弁当屋さん路線を主軸にするなら、ロケーション問題も出てくるんだよね〜。あそこは大型バスでやってくる観光客を当て込んで、S道路沿いに建っている。市街地の中心からは少し離れてるから、他所から来るには便利だけど、地元の人は行きにくい」
「色々問題があるなあ」
優子は夏樹に訊いた。
「ね、あのバス、バッテリーが上がって、ドアが開かなくなったりしたらやばいから、時々でもエンジン掛けたほうがいいよね」
「中に入っている時にバッテリーが上がると奏音は手動ではドアを開けられないかも知れないよね。確かに時々エンジン掛けたほうがいい」
「それでガソリン切れたらどうする?」
「うーん・・・・」
それで優子は千里に電話してみた。
「あれ?バスもう戻したんだ?」
千里さんは知らなかったのか!
「ユニットハウスをどけたから、もういいだろうと徳部さんが。でも奏音がバスで遊んでるから、まあいいかなと思って」
「ああ、子供には楽しい遊び場かもね」
「それで心配なんだけど」
と言って、優子は、バッテリーあがり問題・ガス欠問題を訊いてみた。
「了解。何とかさせる」
「ありがとう」
すると、翌日には徳部がやってきて、このような工作をしてくれた。
・バスの屋根に小型の太陽光パネルを載せ、そこからバスのバッテリーに充電するようにした。
・優子が「そうだ。エアコンがひとつ余ってるんですけど、バスに取り付けられませんよね?」と言ったら「ああ、そんなのがあるなら取り付けましょう」と言って、取り付けてくれた。これでバスのエンジンを掛けなくても、車内を快適な温度に保てる。
・バスの給油口のそばにポリタンクを載せられる台(高さ10cm)を置き、そこから給油口に電動ポンプ(乾電池式)で給油できるようにした。これで燃料はポリタンクで買ってきて、ここに置き、タンクのふたを外してポンプの端を入れた上で、ポンプのスイッチを押せば簡単かつ安全に給油できるようになった。
「ガソリンって、ポリタンクで買えるんでしたっけ?」
「このバスはディーゼルですから、軽油はポリタンクで買えますよ。緑色のポリタンク使って下さいね」
「ディーゼルだったんですか!」
「ガソリン入れたら壊れますよ」
「知らないと、やりかねないところだった」
「ちなみに灯油でも動きますけどね」
「いいこと聞いた」
「灯油を入れて“公道を走ったら”違反ですから気を付けて下さい」
「なるほどー。やはり、いいこと聞いた」
灯油なら、ボイラー用のストックが転用できるじゃん!
「この作業代はお幾らくらい払えばいいですか??」
「私の趣味の工作だから要りませんよ。太陽光パネルも余ってた1世代前のだし」
と言って、徳部は楽しそうに作業していた。ほんとにこの手の工作をするのが好きなようである。
優子は、徳部に、
「おやつにでも」
と言って、牛肉を2kg、保冷バッグに入れてあげたら喜んでいた。
「長期間エンジン掛けないと、システムが傷むので月に1度くらいはエンジン掛けてください。あと真夏にはエアコンだけでは冷やしきれないかも知れないから、その時もバスのエンジンを掛けてください」
「分かりました!」
4月25日(月).
歩夢は明け方また夢を見ていた。歩夢はパーティーに招かれていて、釣り鐘みたいな形の白いドレスを着ていた。テーブルに就き、ウェイターがクロッシュ(*7) をかぶせた料理を運んで来る。どんな料理だろうと思ってわくわくする。
でも、ふたが取られると、その中にあったのは、お皿に載った2個の卵だった。
卵なの〜〜!?絶対ステーキかシチューが出てくると思ったのに〜。
と思った所で目が覚めた。
平日なので、学校に行かなければならない。歩夢は溜息をついて、トイレに行く。
便器に座っておしっこをしている時、下腹部が何だか温かいような気がした。
お腹が冷える感じは問題だけど、暖かいのは問題無いよね?
(*7) クロッシュ(cloche)とは、レストランで料理の上にかぶせられている銀色の金属のふたのこと。元々clocheとは“鐘”のことで、それと形が似ているから。歩夢は父のレストランのお手伝いをしているので、こういう言葉を知っている。
4月25日(月).
春貴は、昨日の春季バスケットボール大会の結果を横田先生と一緒に教頭に報告した。教頭は
「男子も女子も頑張ったね」
と喜んでくれた。
春貴は練習場所について要望を出してみた。
「考えていたんですが、例えば、早朝とかお昼休みにサブ体育館でもいいので、使わせてもらえないでしょうか」
「今どこで練習してるんだっけ?」
「校舎の裏で、古いバスケットゴールの前で練習しています」
「まさか屋外なの!?」
「はい」
「それはさすがに気の毒だね。雨や雪が降ったら練習できないじゃん」
と教頭。
「それで女子バスケット部は梅雨の間や冬季はほぼ自動的に活動休止になっていたんですよ」
と横田先生も口添えしてくれる。
「だってバスケットって冬のスポーツなのに」
「そうなんですよね」
「その件はちょっと話し合ってみる」
「すみません。お願いします」
でも今回2勝をあげることができたから、検討してもらえることになったんだろうな、と春貴は思った。
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