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■春歩(4)
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会場に戻る。
「ごめんねー、遅くなって」
と真珠は明恵に声を掛けたが
「もっとゆっくりしてきても良かったのに。20分くらいしか経ってないじゃん」
「嘘!?」
スマホで時刻を確認すると、13:05である。会場を離れる時に時刻を見た時、12:45だった記憶があるので、本当に20分しか経っていない。
真珠はあまり深く考えないことにした。
23日の夜、薫・遙佳・歩夢は金沢駅近くのビジネスホテルに泊まった。3人なので2部屋取り、薫で1部屋、遙佳と歩夢で1部屋である。医学的な性別でいうなら、遙佳と薫/歩夢と分けるところだが、祖母は
「私、いびきが酷いから、あんたたち“姉妹”でツインを使いなさいよ」
と言って、このような部屋分けになった。
遙佳はお風呂からあがった後、わざわざ裸のままバスルームから出て来て、パンティも穿かずに自分のベッドで横になってスマホをしている。
「お姉ちゃん、せめてパンツくらい穿いたら?」
「女の子の身体をあんたに見せつけてるだけ」
「まあいいけどね」
でもさすがに歩夢は姉の裸はできるだけ見ないようにした。
「羨ましいでしょう。早く性転換手術受けられるといいね」
「18歳になったら手術受けさせてあげるよと、お母ちゃんは言ってる」
「あんた誕生日が3月だから、高校卒業後になっちゃね」
「うん。でも実際18歳未満ではどこも手術してくれないみたい」
「私が手術してあげようか。切り落とすのはできそうな気がするけど。私、鶏さばけるし」
父のレストランを手伝ってるから、鶏をさばくのもお魚をさばくのも得意だ。
「止血できるの〜?」
「やってみなければ分からない」
「怖いなあ。お風呂入ってくる」
「うん」
それで歩夢は、セーラー服の上下を脱いで下着姿になってから、替えの下着に花柄のパジャマを持って浴室に行く。
下着を脱いでから、シャワーでまず髪を洗い、コンディショナーを掛けてから身体を洗う。首筋を洗い、微かに膨らんでいる胸を洗う。
ドキドキする。
「もっと大きくなるといいなあ」
などと思いながら腕を洗い、お腹を洗う。お股をタックを解除せずにそのまま洗うと、まるで全部無くなっているようで、これも少しドキドキする。
むだ毛など生えていない足を洗う。歩夢の白い手足は、クラスメイトの女子たちから
「ほんと白いよね。羨ましい」
などと言われる。
足の指先までマッサージするように洗う。そしてコンディショナーを洗い流し、顔を洗ってから、バスタブに浸かる。少し湯温が冷めているので、お湯を出して温度をあげる。
バスタブに浸かりながら、今日連れて行ってもらった、一言主神社のことを思い出していた。
「ほんとに願いがかなうといいなあ」
と歩夢は思った。
「一言主神社が撮影できたんだ!」
と明恵は驚いたように言った。
この日は初海が自分のミラで、午後になって出て来た双葉と一緒に、明恵と真珠を“宿泊所”に送り、結局そのまま車は近くの時間貸し駐車場に駐めて、4人で宿泊所に入っている。
邦生・瑞穂と一緒に6人で食事を取った後、瑞穂と双葉に席を外してもらい、他の4人でそのビデオを見た。ビデオは午後の内に自分のパソコンにコピーしておいた。瑞穂は奥の自分の部屋に、双葉は真ん中の部屋に入っている。
「取り敢えず見て」
と言って動画を見せる。
「ちゃんと映ってるね」
「やはり実在するんだね」
「どんなに探しても見付からなかったのに」
「恐らく強い願いを持っている人だけが辿り着けるんだよ。今日は千里さんと私は歩夢ちゃんの付き添い」
「何か願い事があったんだ。どんな?」
「個人情報なので、お答え出来ません」
「そうだよね。ごめんごめん」
「撮影はまこちゃんをモデルにして撮ったのか。やはり一般人の顔を映すのは問題あるから?」
「撮影は、歩夢ちゃんが吹いてる所を私が、私が吹く真似している所を歩夢ちゃんが撮影した。でも歩夢ちゃんが吹いている所を撮影したものはデータとして残っていなかった」
と真珠は言う。
「嘘?なんで?」
と初海が訊くが
「まこが吹く真似している所だけでも残してくれたのは、神様の親切心だと思う」
と明恵は言った。
「神社で色々撮影していると、撮影したはずのものが映ってないことよくあるよね」
と真珠。
「そうそう。神様が撮影を許可してくれなかったものは撮影しても残らない」
と明恵。
「なんでそうなるの〜〜!?」
「神様の思し召し(おぼしめし)」
「うーん・・・」
「でも歩夢ちゃんのフルートは上手かったよ」
「へー」
「千里さんは、東京とかの音大に行ったら?と勧めてた」
「横笛の第一人者が言うのなら、見込みあるかもね」
願い事の紙を投入する所を見る。これも真珠が投入する真似をした所しか残っておらず、歩夢の映像は無かった。
「しかしこの願い事の箱は鬼だな」
「ちなみに今回は天狗様だったけど、私が3年前に行ったときは、鬼だった」
「ほんとに鬼だったんだ!」
「時々模様替えしてるのかもね」
「次はカッパになってたりして」
「ありそう、ありそう」
「これ番組に流す?」
「流そうよ」
「流していいのかなあ」
「撮影したビデオが消えてないということは、神様が許可してくれたんだと思う。だよね?」
と真珠は明恵に確認する。
「うん。映してはいけないものは、カメラのスイッチが入らなかったりして撮せない。撮影したつもりでもデータとして残っていない。歩夢ちゃんの映像のように」
と明恵も言う。
「どうせ、視聴者は、どこかよその地区の神社で撮影したもので、天狗の箱とかはセットだろうと思うよ。願い事の紙に1000円も取るとか深夜番組の無茶振り企画にありがちだし」
と真珠が言うと
「最近、まこちゃん、発想が幸花さんに似てきた」
と初海が指摘する。
「あはは」
この日は、初海は先に双葉に入ってもらった真ん中の部屋で寝て、明恵は真珠・邦生と同じ部屋に寝た。
「私気にしないから、セックスしててもいいよ〜」
と明恵は言う。
「セックスしてる所を、瑞穂にも随分見られた」
と、邦生が言っている。
「瑞穂ちゃんが部屋に入って来たの?」
「いや、ダイニングでしてたら」
「そんな所でするほうが悪い」
「見られたの、全部俺が下になってる所ばかりだったから、瑞穂は俺がネコだと思っているかも」
「実際、そうなんでしょ?まこがハズバンドで、くにちゃんがワイフだよね?」
「うん、くーにんは、ぼくの可愛い奥さん」
「うーん・・・やはり俺が妻なのか」
「赤ちゃんも、くーにんに産んでもらう」
「勘弁して〜」
「ところで、まこが3年前に願ったのは、歩夢ちゃんが今日願ったのと同じこと?」
「正解。やはり、あきも歩夢ちゃんのことは気付いてたか」
「気付く人は凄く少ないと思う」
「歩夢ちゃん、何かあるの?」
「気にしなくていいよ」
「金剛(たかし)さんは何を願ったの?」
「朝、ちゃんと起きれるようになりますようにって」
「へー」
「当時、うちの家は、ぼく以外全員朝が弱くて、兄ちゃんは就職したばかりだったけど、入社1ヶ月で2度も遅刻して『次遅刻したら、もう会社出てこなくていい』と言われていた」
「それは深刻だ」
「でもその後は1度も遅刻しなくなったから、上司さんから褒められたみたい」
「それは大きいね」
「兄ちゃんはそれで人生変わったと思う。ま、今は兄ちゃんが家族全員を起こす」
「たいへんそうだ」
歩夢は夢を見ていた。
夢の中にビスクドールが出て来た。
「私はプリエール・ヴィエルジュ。私の女の子の身体をあゆちゃんにあげるね」
「え?」
ビスクドールは服を脱いで裸になった。女の子の裸体がまぶしい。私もこんな身体になりたいと思う。おっぱいも、割れ目ちゃんも羨ましい。ちんちんとか要らないよぉ。
そして人形は輝く光に包まれると、歩夢の身体に飛び込んだ。そしてひとつになった。
そこで歩夢は目が覚めた。
頭の中に人形が名乗った“プリエール・ヴィエルジュ”という名前が何度も反響していた。
4月24日(日)朝、歩夢は姉に
「私少し遅れて行くから、お姉ちゃん先に行ってて」
と言って1人部屋に残った。
遙佳は色々男の娘には“お支度”が必要なのだろうなと思って先に出た。
そして残った歩夢は窓を開けると、タックの修正を始めた。
昨日は朝早く出たから、タックは金曜日の晩に調整してから34時間ほど経っている。しかも昨夜お風呂に入っているので、かなり崩れている。歩夢は、やり直したほうがいいと判断して、除光液と小型のハサミを使ってタックをいったん解除した。
バスルームに行き、きれいに洗う。
その時気がついた。
玉が降りてこない!?
タック中は、玉は体内に入ったままだが、解除すると体内の圧力に押されて降りてくるのが普通である。歩夢はバスタブ内に座って、指でまさぐってみた。
見当たらない!?
なんでー!?と思ってから、ハッとした。
これって、一言主神社でお願いしたのが叶ったのでは!?さすがに女の子に変えるのは難しいけど、玉を消してくれたのでは?
嬉しいー!
神様、ありがとうございます!
歩夢はとても楽しい気分になり、バスルームから出ると「女の子に生まれたんだから♪」と、佐々木彩夏の『Girls Meeting』を歌いながらタックをした。玉が無いと、タック作業が物凄く楽だった。
「よし今日の割れ目ちゃんは凄くきれいに出来た」
などと、思わず独り言を言ってから、歩夢はショーツを着け、ブラジャーを着け、キャミソールを着る。ブラウスを着て、セーラー服を身に付け、リボンを結んだ。
自分の荷物をまとめ、忘れ物が無いか確認。姉のベッドに落ちていたブラシも持ち、歩夢は鍵を持って部屋を出た。
遙佳のほうは9時半頃、会場に入った。
最終日(4/24)なので、神谷内さんと幸花さん、それに邦生さんも来ていた。邦生さんって、いつも男みたいな格好してるけど、今日はパンツルックではあるけど、わりと女っぽい雰囲気にまとめてるな、と遙佳は思った。その邦生さんが、左手薬指に真珠さんと同じプラチナの指輪をしているのを見て、遙佳は尋ねた。
「もしかして邦生さんと真珠さんで結婚したということは?」
「そうだよ」
「すごーい!あらためておめでとうございます」
と遙佳は言った。
ビアンもいいなあ、などと思う。私ってバイかも?中学生の時、下級生の女子からラブレターもらったこともあるし。
最終日は昨日にも増して人が多かった。遙佳たちは10人以上の人から美術館の場所を尋ねられ、パンフレットを渡して説明した。
お昼頃、今日も千里さんが来た。
「凄い人出だね」
「盛況です」
「君たち、お昼は?」
「半分ずつ食べに行きましょうよ」
「じゃ、私がまこちゃん、歩夢ちゃん、くにちゃんとで待機してるから、明恵ちゃん、遙佳ちゃん、初海ちゃんで先に行って来なよ」
と千里さんは言った。
真珠は唐突に思った。
“この”千里さんは、いつもの千里さんのような気がする。根拠は無いけど、
「お弁当代わりにケンタッキー買っといたから。駐車場のB386に駐めてる白い CX-5. ナンバーは****」
と言って千里さんは明恵に、駐車枠番号と車のナンバーを書いた紙、そして車のキーを渡した。
なるほどー。“千里さん”が違うと、きっと車も違うんだ。だったら、何の車を使ってるかで、どの“千里さん”か見分けられるのかな?と真珠は思った(←甘い!)。それに、昨日は、かまどやのお弁当だったけど、今日はケンタッキーなんだ!
明恵たちが食事に行ってから、歩夢が千里に言った。
「昨日は一言主(ひとことぬし)神社に連れて行って下さってありがとうございます。おかげでもう願いが叶ったんですよ」
真珠はもう効果が出たか。自分や明恵は数日かかったけど、と思った。
ところが千里は言った。
「一言主神社って何だっけ?」
「は?」
真珠は言った。
「千里さんって10人くらい居るみたいなんだよ。多分、昨日の千里さんは千里8号で、今日の千里さんは千里4号」
(↑今日の千里の番号を言い当てているのが凄い)
「え〜〜?そんなに居るんですか?」
「よく分からないけど、自分が複数居るのではと思うことがある。でも君の言葉は、昨日の千里に伝えておくよ」
と千里さんは言っていた。
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