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■春歩(14)
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フランクフルト(実際にはハーン)まて選手たちを運んだA330だが、翌日、フランクフルト・ハーン空港からグラナダに回送。機体はここにしばらく駐機させてもらう。パイロットとフライトアテンダントの8人は、グラナダ郊外の千里の自宅に運び、ここで6月6日まで待機してもらう。
クルーの待機地として最初候補に挙がったのは、千里の自宅があるグラナダとマルセイユ、若葉の自宅(夫:紺野吉博の自宅)があるシュトゥットガルトであった。しかしマルセイユ空港もシュトゥットガルト空港も発着便が多く、駐機料も高い。また大きな都市はそれだけ感染確率が高くなる。それで地方空港で便数も少なく、人口も少ないグラナダを選択した。
(シュトゥットガルト 63万 マルセイユ 86万 グラナダ 23万)
千里のグラナダの自宅は元々10ベッドルーム(メイド部屋を覗く)の仕様である。1階にリビングと応接室、千里の自室、青葉(に割り当てた)部屋、2階に客室が8個ある。
↓グラナダの千里邸宅略図
(マルセイユの自宅もほぼ同じ仕様。選手宿舎の居室・寝室の区切りはアコーデオンカーテン。宿舎の窓は(自殺防止のため)填め殺しで開かない)
この2階の客室にフライトアテンダントの6人を泊めた。パイロット2人は、別棟1階に急遽部屋を2つ増築して家具を運び込み、宿泊できるようにした。この作業は播磨工務店の清川をスペインに送り込んで整備させた。客室が8個あるのだからパイロットもそこに泊めても良さそうなものだが、閉鎖環境で半月も暮らすと“うっかり不倫”してしまう危険があるので男女分離した。男性の部屋には選手同様テンガを配布したが「癖になったらどうしよう?」と言っていた。
待機期間中、感染防止のため、クルーも外出禁止である。でも庭でテニスやアーチェリーをしたり、体育館で卓球したり、部屋でゲームをしたり、フライトシミュレーターで操縦の練習をしたり(*17), プールの監視室で選手たちの練習を見たり、して過ごしていたようである。選手たちがひたすら練習しているのを見て「よくあんなにずっと泳いでられますね」と驚いていた。
グラナダでもマルセイユでも、コーチ役の人は、このレベルの選手たちには今更特に教えるようなことは無い。選手たちを見守るのが主な仕事になっているようであった。どちらも、自分でもかなり泳いでいた。
(*17) ムーランエアーはパイロットの資格を取りたい社員は、内部試験に合格すれば、年間最大2名まで、アメリカでライセンスを取ってくる研修制度がある。現在も2名(男1女1)派遣されている。
クルーは選手たちの練習を見学するのは自由だが、プールサイドには行かず、監視室から見学するように言っている。ひとりのフライトアテンダントさんが千里に尋ねた。この時、青葉もそばに居た。
「1階から2階にあがる階段と、地下に降りる階段が別の場所にあるのはなぜですか?」
「それは非常時に地下から階段を登って避難してきた人が、せっかく1階に辿り着いたのに、うっかりそのまま2階まであがってしまう危険を防ぐためです」
「やりそう!」
「ついでに、1階から2階や地下に行く時は階段は時計回り(右回り)、逆に2階や地下から1階に行く時は反時計回り(左回り)になるように作っています」
「あ、それ、なんで1階を境に逆になるんだろうと思ってました」
「人間は焦っている時は左に行くのが安心するんです。だから緊急時に避難する場合に、安心できる方角に移動できるようにしてるんですよ」
「なるほどー」
とフライトアテンダントさん。
「それで、そうなってたのか」
と青葉。
千里は青葉を見て言った。
「元々、西洋のお城とかは、2階・3階に行く階段は右回りに作られている。これは城を攻めてくる敵が右手に持った槍や剣を使いにくいようにするため」
「ああ」
と2人とも感心していた。
フライトアテンダントさんが地下に降りて行ってから、青葉は千里に尋ねた。
「昨日気付いたんだけど、私の部屋のお風呂って、部屋の枠組みから飛び出している気がするんだけど」
「ああ、それは面積を揃えるためだよ」
と千里は言った。
「揃える?」
「元々青葉の部屋は、私の部屋と同じ広さがある。専有面積12半間×6半間=72H
2で浴室などを除いた居室の広さは10半間×6半間の60H
2= 30畳。これに対して、選手を泊めている宿舎の部屋は、専有面積が7半間×9半間=63H
2で居室は5x5+7x4=25+28=12.5畳+14畳=26.5畳」
「えっと・・・」
「だから本来の青葉の部屋は30畳あって他の選手の26.5畳より広い。でも私の妹だけ他の選手より広かったからアンフェアじゃん。だから仮設の壁を設置して居室を半間分・面積で5畳削った」
↓左側のオレンジ色で表示した部分が仮設壁で除外したエリア
(面積が、主人の部屋>選手の部屋>来客用の部屋>メイドの部屋となるように作られている。急遽作ったパイロットの部屋はフライトアテンダントを泊めた部屋と同じ広さ)
「これで青葉の部屋の居室面積は25畳になり、他の選手より1.5畳少なくなる。完全に同じにするのは難しいけど、妹の分が少ないのはいいだろうということにする。浴室は他の選手より少しだけ広いけどね。合宿が終わったら仮設壁は撤去する」
青葉は千里姉が図面をパソコンに表示させて説明するのを聞いて呆れた。
「ちー姉って、ほんとに“アンフェア”というのが嫌いだよね!」
「青葉はまた性別の再調査をされたみたいだけど、青葉は4歳、私は3歳で女の子になってるし、元々お母さんの胎内であまり男性ホルモンのシャワーを浴びてないから、許容範囲だよね。天然女子でも明らかに私たちよりたくさん男性ホルモンのシャワー浴びてる人たちが居る。顔見れば分かる」
と千里は言った。
青葉は後半は聞かなかったことにした。
「ちー姉って、3歳で女の子になったんだっけ?」
「3歳の七五三で女の子の和服着てお参りしたら、あら?変なの付いてますねと言われて、神社の人が、ちんちんを取って割れ目ちゃん作ってくれたよ(←ほぼ事実を言っている。但し“神社の人”は神職さんではなく神様!)。青葉は幼稚園に入る時の面接で、女の子として通園するなら、ちゃんと女の子になって下さいと言われて幼稚園の校医さんが性転換手術してくれたんでしょ?」
「2ヶ月後には、その説を若葉さんが人に言いふらしてそうな気がする」
「その話は、青葉の古いお友達の菊池(旧姓:小沼)早紀ちゃんから聞いたんだけど」
「え〜〜〜!?」
「だから青葉の古い友だちはみんな知ってるはず」
「うーん・・・」
「まあ若葉は、普通のことに関しては口が硬いのに、性別の件ではあれこれ勝手な噂をばらまいている」
「思う!」
5月21日(土).
この日から高校バスケット、インターハイの富山県予選が始まった。
H南高校女子バスケット部は“5月22日(日)”、朝から春貴の運転するキャラバンで、春季大会と同じ、福野体育館に向かった。今回、横田先生のアドバイスで、愛佳のお母さんをアシスタントコーチの名目でベンチに座らせることにし、それで一緒に体育館館内に入れることが出来た。
晃は、
「ぼく出場しないから背番号無しでいいのでは?」
と言ったものの
「マネージャーということにするんだったら、女子制服着てね」
と姉から言われて、結局背番号を付けたユニフォームでベンチに座ることにした。むろん今朝までに性転換手術は受けていないので、オンコートはできない!
代表者会議の時点で提出された選手登録簿では、晃は普通に選手として登録しているので、大会会場で頒布されたパンフレットにはH南高校の11番として高田晃の名前は掲載されている。
しかし春貴は今回、ちゃんと晃をマネージャーとして登録したエントリーシートを21日朝、大会本部に提出したので晃は実際オンコートできない(代表者会議後でも、選手とマネージャーの入れ換えは可能。選手追加は不可)。春貴は晃に予備の背番号の入っていないユニフォームを渡して着替えさせた。舞花と五月が悔しがっていた!
さて今回の大会の参加校は、女子では春より2校増えて34校である。
日程は、このようになっている。
21日 1回戦 6試合
22日 2回戦12試合
28日 3回戦 8試合
29日 準々決勝4
6/4 準決勝2試合
6/5 北信越大会出場順位決定戦+決勝
1回戦から出場:12チーム
2回戦から出場:18チーム
3回戦から出場:4チーム
そしてH南高校は、今回は1回線免除で2回戦からになったのである。
「1回戦免除って信じられない」
「春の大会でBEST16になったおかげだよ」
「春の大会より負荷が小さいから優勝を目指そう」
「頑張りましょう!」
そういう訳で、21日は朝の開会式に出る春貴とキャプテンの愛佳のみで行き、他の選手は21日はお休みで(特に許可をもらって体育館で練習していた)22日になって会場に向かったのである。
会場の更衣室は混むので、事前にユニフォームを着て、会場に入っている。
今日の対戦相手は1回戦を勝ち上がってきたチームだが、選手が6人しか居ない。
「うちと似たようなもんだ」
と夏生が言っていた。
しかし6人だけと言ってもさすが1回戦を勝ち上がってきただけあり、その6人が全員しっかりプレイする。
「向こうは明らかにうちよりたくさん練習してるな」
と舞花が言っていた。
勢いは向こうにあった気もするが、シュートの正確性でこちらが上回っていた、そして52-64で勝つことができた。
少人数チーム同士という親近感もあり、いい試合だったこともあって試合後はお互い握手して
「またやりましょう」
と声を掛け合った。
続きは来週である。
なお男子も今日の2回戦に勝って3回戦に進出した。
どちらもBEST16である!
「2大会連続でBEST16って、私たちわりと凄い?」
「うん。君たちは強い。頑張って優勝しよう」
「讃岐うどんですね!」
5月23日(月).
昨日の大会の結果を横田先生と一緒に教頭に報告したのだが、その時、そばに卓球部顧問の阪口先生が居た。
「女子バスケ部は練習場所が無いんですって?」
と阪口先生が言う。
「はい。でも旧美術室を今使わせてもらってるんですよ」
「ボールが天井にぶつかりません?」
「ぶつかります」
「今週いっぱいだけで良ければ卓球部の練習場所を半分貸しましょうか」
「え〜?いいんですか?」
「うちは団体戦敗退しちゃったんですよ。再来週に個人戦がありますけど、今週だけ・半分だけなら貸してもいいですよ」
「嬉しいです。貸して下さい」
と春貴は言った。
「阪口先生、旧美術室に卓球台並べる?」
と横田先生が言う。
「あ、それもいいね。男子は1回戦で負けたから、男子を旧美術室に放り込もう」
と阪口先生は笑顔で言った。
男子は1回戦敗退、女子は3回戦敗退だったらしい。
現在H南高校の体育館は、部活でこのように使用している。
卓球部は現在、第2体育館の約3分の2を使用しているが、その半分、端側を1週間だけ貸してくれるという話なのである。端側には折りたたみ式のバスケットゴールがあるので、それを引き出すと約18m×12mくらいのエリアでバスケットの練習ができる。偶然にも旧美術室の面積とほぼ同じである。ただし天井は10mほどある。
そしてそこに通常置いている卓球台3組をこの1週間は旧美術室に持ち込み、卓球部の男子たちが使うことになった。
これは先生同士の話し合いで決まったのだが、愛佳と舞花は、卓球部の男子部長さんの所に挨拶に行った。
「ああ、ええよ、ええよ。俺たちはまだ個人戦まで2週間あるしぃ、今週は狭いところで調整するわ」
「すみませーん」
しかし津幡まで行かなくても校内の体育館で練習ができるというのは嬉しかった。
それで女子バスケット部員は、この1週間は、ミドルシュート練習/ドリブル走/1on1という3組を10分交替で回して練習したのであった(美奈子と夏生は旧美術室の外でロングシュート練習をしている)。非常に満ち足りた1週間だった。
「あんたたち休まんの?」
と卓球部員女子が声を掛けたが
「折角練習場を借りたのに休むなんてもったいないです」
と言って、熱心に練習していた。
5月17,20,23日。
フランスLFBのプレイオフ準決勝が行われた。
千里が所属するマルセイユは、初戦を落としたものの2戦目を勝って勝負は3戦目にもつれこんだ。
しかし第3戦を激戦の末落としてしまい、今季千里たちのチームは3位で終了した。
これで千里2Bの今季のフランスでの活動は終了するが、2Bとしてはそのままフランスに留まるつもりである。
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