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■春春(30)
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試合は競っていく。抜きつ抜かれつのシーソーゲームが展開する。第3クォーターまで終わって 62-62 とイーヴンである。向こうとしては実力でも勢いでも勝っているのに、こんなに食いついてこられるのは不本意だろうなと思った。
最終クォーターになって相手は超攻撃的な作戦で来た。多少点数を取られてもいいから、どんどん点を取るぞという戦略である。これで点差が開き始め、78-72 と6点差になる。春貴も「ここまでかなあ」と諦めかけたのだが、ここで思わぬことが起きる。
河世のシュートを相手6番(この試合、ずっと河世とお互いマッチアップしていた)がブロックしようとしてファウルをおかし、5ファウルで退場になってしまったのである。
元々この試合では相手のファウルがひじょうに多かった。通常制限エリアに進入してシュートを撃つと、向こうのブロッキングが取られることもあるが、こちらのチャージングが取られることも多い。つまりファウル発生率は半々である。
ところが実力差があって、こちらは制限エリアにそもそも入れない。それでこちらがミドルシュートを撃とうとしている所を向こうが止めにきて接触が生じれば、まず相手ファウルになる。こちらはあまりファウルは取られず、向こうのファウルばかり、かさんでいた。
普通なら中核選手が4ファアルになると退場回避のためいったんベンチに下げるのだが、向こうは今日はとても彼女を下げる余裕が無かったのである。
そしてこの6番(正センター)さんの退場で、ゲームバランスが崩れてしまった。
相手の最大の点取り屋さんで、リバウンドもほとんどこの人が取っていたので、向こうの得点力が明らかに落ちる。そこにこちらが必死で攻撃する。リバウンドも半分くらい河世が取る。それで82-82まで追いついてしまった。
向こうのボールである。残り30秒あった。相手はゆっくりと攻めあがってきた。自分たちが得点した後、こちらに攻撃時間をできるだけ残さないためである。もはや弱小相手の戦略ではない。向こうはこちらを対等なチームと思っている。
そして残り10秒で相手5番さん(SFで多分いちばんシュートが上手い人)がシュート。これが決まって84-82となる。こちらに残された時間はわずか8秒である。この8秒の測り方というのは、こちらのゴール下からのスローインがどちらのチームでもいいから、誰かに触れた瞬間から測られる。
むろん相手チームがボールを取れば、向こうは残り時間ドリブルかパス回しをしていればいいので、こちらの敗戦が、ほぼ確定する。だから絶対にボールを奪われてはならない。
愛佳がセンターライン付近に居る夏生に向けて思い切ってスローインした。一瞬相手プレイヤーとの取り合いになるが、ボールハンドリングの上手い夏生は、何とかボールを確保した。体勢を崩しながら、先行している河世にパスする。向こうは2人がかりでガードする。
残りはもう3秒である。河世は自分の後ろから「キュー」と声を掛けてきた美奈子にノールックでパスした。
そして、美奈子はそこからスリーを撃った。相手が2人河世の前に居たので、美奈子は一時的にフリーになっていたのである。また結果的に美奈子は河世に守られた状態で撃つことができた。
そして美奈子の手からボールが離れた瞬間、試合終了のブザーが鳴った。
全員がボールの行方を見守る。
ボールはダイレクトにゴールリングを通過した。
「やったぁ!」
舞花が美奈子に飛び付く。河世も2人に抱きつく。愛佳と夏生も走り寄って
「よくやった」
と美奈子の背中を叩くので
「痛いですー」
と本人は言っていた。
整列する。
「85対84で、H南高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
お互いに握手した上でハグしあう。泣いている子もいたが、激戦の健闘を称えあった。
そういう訳で、H南高校はこの大会2勝目を上げて2日目の3回戦に進出したのである。
BEST 16 である!(全部で32チームしかないけど)
横田先生にメールで連絡したら
「ほんとによくやりましね〜」
と驚いていた。なお、男子も2回戦に勝利して明日の3回戦に進出したらしい。
女子選手たちが着替えている間に愛佳のお母さんと晃に飲み物と、適当な食べ物(ハンバーガーやサンドイッチなど)におやつを買ってきてもらった。買ってきたものを車に置き、晃は女子たちが来る前に、車内でユニフォームからジャージに着替えた。
やがて着替え終わった女子たちが来て、みんなで買ってきてもらったものを食べるが、ハンバーガー類もおやつも、みんなあっという間に食べてしまい
「まだいっぱい入る気がする」
などと言っていた。
「あまり寄り道しててその途中で事故でも起きたらいけないから。また今度ね」
と春貴は言っておいた。
帰りは愛佳のお母さんが運転してくれたので、春貴も少し眠らせてもらった。
(座席は例によって晃が助手席。2列目に3年生の2人、3列目に2年生の2人と春貴、4列目に1年女子3人である)
4月24日(日).
今日も選手たちは7時半に集合し、福野に向けて出発した。今日は女子の試合は3回戦の8試合が行われるが、福野ではその内の4試合が行われる。H南高校の試合は第2試合で10時からの予定である。
8時過ぎに到着する。今日はエントリーシートは出す必要が無い。2日目以降のオーダー変更は原則として不可である。玄関の受付で全員バスケット協会の会員証を提示して名簿と照合してもらいながら入場した。ベンチ入りメンバーとして登録されている人だけが入場できる。
第1試合を観戦した後、フロアに降りる。相手は高岡C高校という所である。
そして試合に臨んだが・・・・120対45 で負けてしまった。完敗だった。
選手たちはみんな泣いていたが
「1ヶ月鍛えて、来月のインターハイ予選で頑張ろう」
と春貴は彼女たちを激励した。
「でもみんな頑張ったよ。高岡C高校相手に45点も取ったんだから」
とキャプテンの愛佳が言う。
「強い所?」
「過去にインターハイ本戦に出たり、皇后杯の富山県代表にもなったことありますよ」
「そんな強い所だったんだ!」
春貴は素人の悲しさで、そのあたりの強さの感覚がよく分からない。
「皇后杯の県代表になるには、社会人や大学生のチームに勝たないといけないからね」
「よく勝つね〜」
「もっとも今日は4〜9番は全くコートインしませんでしたけどね」
「あぁ」
横田先生にメールで報告したが
「いや、それでも何年も1度も勝てなかったチームを1ヶ月で2勝できる所まで成長させた奥村先生は凄いですよ」
と何だか褒められた。
男子は厳しい戦いだったものの3点差で辛勝して来週の準々決勝に進出したらしい。
「おめでとうございます!」
「こちらも準々決勝は、少なくとも過去5年くらい経験してないらしいです。今年は女子も男子も充実してますね」
と横田先生は言っていた。
試合が終わって、着替えてから更衣室を出た所で、1人の女性が近づいてきた。
「高岡C高校の監督さん?」
「矢作と申します。先生は、もしかして今年初めてバスケットボール部の指導者になられました?」
「奥村です。すみませーん。素人で。学校を出て、今年教師になったばかりなんですよ。今日は胸を借りるつもりで対戦させて頂きました」
「いえ、初めてお顔を拝見した気がしたので。でも結構強いと思いましたよ。中核選手にハーフタイムにウォーミングアップさせておきましたから。でもどうして11番の選手を使わなかったんですか?」
「ああ、あの子は男なので」
「まあ、ご冗談がうまいですね。まだバスケット覚えたてなのかな。先生ご自身はバスケットは学生時代とかは?」
「中学高校の体育の時間にしかやってないです。今必死に勉強してる所です」
「未経験ですか!でも上手い采配だと思いました」
「そうですか?」
「ところで、呉西(呉羽山の西という意味で、富山県西部)の女性教員で作っている“ゴーセイジョー”というバスケットボールチームがあるんですが、興味ありません?今富山県リーグに所属しているんですが」
何か戦隊物か何かにそういう名前無かったっけ?(ゴセイジャーならある)
「名前は“呉西(ごせい)”と“女性(じょせい)”のカバン語なんですけどね」
カバン語って何だったっけ?などと春貴は考えている。
「ごめんなさい。県リーグって何でしたっけ?」
「バスケットボール協会の改革で、2018年にそれまでの乱立していた組織(*45)が改革されましてね。トップのプロリーグの下に全国を3ブロックに分けた地域リーグが作られ、地域リーグの下位に都道府県単位のリーグがあるんですよ」
「なるほどー」
(*45) 企業チーム、自主的な集まりであるクラブチーム、教員チーム、家庭婦人チーム(“ママさんバスケット”)という4つの種類のチームを統括する組織が各々あったのが統合されて、地域リーグ・都道府県リーグというピラミッド状の組織に再編された。元々はスペインのバスケットリーグがお手本になっている。
この改革の背景には、不況で企業チームが維持できなくなり、クラブチームに移行する所が相次いだのと、女性の結婚率が低くなり“家庭婦人(既婚女性)”という枠組みではチームが維持できなくなってしまった所が相次いだのがある
そこにFIBAから、JBAには日本のバスケットボール界を統率する能力が無いと指摘され改革を求められて、文部科学省の指導の下、既存組織を全破壊しリビルドする革命的改革が断行された。この改革において最も困難だったbjリーグとの和解に尽力したのが、境田正樹氏であった。
矢作さんは説明した。
「地域リーグの下位と都道府県リーグの上位で入れ替え戦やりますし、地域リーグの上位からプロリーグに昇格する場合もあります」
「面白いシステムですね」
「やりません?」
「でも私、素人ですよ」
「実は頭数が足りないんです。休む人が出ると、5人ぎりぎりの時もあって。メンツが欲しいんですよ。今加入したらもれなくロースターです」
「それ女子のチームですか」
「もちろんです!女教師だけで作っています。だからメンツが少ないんですけどね」
春貴は考えた。私、女子選手としての参加資格あるのかなあ。でも私、女子の水泳選手として登録されて、インカレや国体にも出てたんだから、バスケットでも女子選手になれるよね?
「良かったら入れてください。私自身の実戦経験がなくて、生徒たちに指導するにも不安があるんです」
「歓迎歓迎」
と言って、矢作先生は春貴と握手した。
負けたので、第4試合のテーブル・オフィシャルを頼まれた。これは1年生はまだ信頼できないので、2〜3年の4人にやってもらうことにした。4人は、ユニフォームから学校の制服に着替えて、その作業をした。スコアラー舞花、24秒計愛佳、アシスタントスコアラー夏生、タイムキーパー松夜である。
1年生4人はジャージに着替えて春貴・愛佳の母とともに、車で待機した。
今日は全員お弁当を持って来ているので、それを食べながら今日の試合のことを話していた。
「でも練習頑張ろう」
「私、家に帰ってから毎日腹筋しよう」
「私、早朝ジョギングしようかな」
「ジョギングとかする子は必ずお姉さんかお兄さんなどと一緒にね。1人でジョギングとかしてて、痴漢とか出たらやばいから」
と春貴は注意しておいた。
「熊も怖いですね」
「うん。早朝ジョギングは特に熊に遭遇しやすい。熊の活動時間って、朝と夕方だから」
「夜行性じゃなかったのか!」
「ジョギングって、朝やる人、夕方やる人が多いですよね?」
「熊もきっと運動したい時間帯、薄明薄暮性と言うんだよ。ネコ目の動物にはこれが多い。家でネコを飼っている人は、ネコちゃんが元気になる時間帯を考えると、だいたい分かる」
「うちの猫ちゃんたちは、午前3時からと午後3時から運動会する」
「熊もその時間から運動を始めて朝夕の9時頃には寝るんだよ」
「じゃ、ジョギングは、いっそ深夜がいいですかね?」
「それ交通事故が怖いから、反射タスキ掛けて、必ず2人以上で。防犯ブザーも持って」
「熊は出なくても変態が出るな」
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