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■春春(17)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-11-11
「お姉ちゃん、琥珀ちゃんを貸して」
「いいけど、なんで?」
「コンビニまでおやつ買ってくる」
「いいけど、その格好は寒い。ウォームタイツ履いてきなよ」
「私の洗濯中で」
「だったら私の貸したげるよ」
「ありがとう」
「ついでに、私の分の石窯パリジャンサンドも買ってきて」
と言って100円玉を3枚渡した。
それで歩夢は、遙佳の発熱タイツを履き、琥珀のペンダントも借りて首から下げ、ダウンコートを着て、毛糸の帽子もかぶって、出掛けた。
男がほろ酔い気分で左ハンドルの外車を運転していたら(←飲酒運転者は死すべし)、行く手に女の子が歩いている。雰囲気的に女子中生か女子高生という感じである。
追い越してから車を停め運転席の窓を開けて振り返って見ると、物凄く可愛い。やはり中学生っぽい。
(こんな可愛い子が女の子のはずがない!)
「ね、君」
「はい?」
「こんな夜遅く、ひとりで歩いていたら危ないよ(←いや、お前が危ない)。僕が家まで送っていこうか?」
「結構です」
「だって不用心だよ」
と言って、男は車を降りて女子中生の前に立つ形になった。
「どいて下さい」
「だから送ってあげるって」
と言っていた時、男はなぜか突然ぶるぶると寒気が来た。この子、何か怖い!?
「いや、ごめん。またね。気をつけてね」
と言って、男は運転席に戻ると、車を発進させた。そして慌てていたので、その少し先の電柱にぶつけてしまったが、構わず走り去った。
『琥珀ちゃん、ありがとね』
『どういたしまして。夜は変なのが出ることよくあるから、ガードくらいはしてあげるよ』
『お母ちゃんも、お姉ちゃんが出掛けると言ったら心配するのに、私には何も言わないんだよねー』
『あはは、男女差別だね』
『私、女の子になりたいなぁ』
『もう既に3割くらいは女の子になってる気もするけど』
『そうかな?』
『あのさ、ビスクドール展が4月24日の日曜日まででしょ』
『うん』
『23日か24日にもお母ちゃんやお姉ちゃん、金沢に行くよね?』
『たぶん』
『その時、一緒に連れてってもらいなよ』
『ふーん・・・』
区画整理に掛かっていた、高園家の旧宅であるが、3月31日付けで事業側がここの土地・家屋を買収し、補償金として約200万円が、土地家屋の所有者であった朋子に支払われた。朋子はこれを全額青葉に渡そうとしたが、
「お母ちゃんのお小遣いに取っておきなよ」
と青葉は言ったので、ありがたくそうさせてもらうことにした。朋子はその一部で、自分が死んだ時の葬祭費用が出る共済に加入したようである。
「ところでそれ税金は掛からないんだっけ?」
と桃香が言ったので、朋子は慌てて青葉に訊いてみた。
「区画整理の場合は、2000万円までは無税」
「だったら問題無いね!」
さて、桃香は朋子から「何か仕事をしなさい」と言われて、中高生向け通信講座の添削の仕事に申し込んでみることにした。志望者多そうだし、そう簡単には採用されないのではと思ったのだが、桃香の理学修士という学位が好感してもらえ、課された試験には国語の現代文で1問間違った他は、全科目全問正解だった(←「鎌倉幕府は“いい小屋作ろう”だったっけ?」と言っていた人がよく日本史も全問正解したものだ)ので、取り敢えず数学・物理・化学をお願いしますということになった。
取り敢えず3月中は実力試験などの採点をすることになる。
採点の作業は、いつやってもいいのだが、朋子は、規則正しい生活をして毎日一定の作業をすることを要求した。それで監視役の緩菜!が毎朝8時に桃香を起こす。緩菜は容赦無い。布団を剥がし、服まで剥がされ、それでも起きないと氷の袋を着けられたりして、強引に起こされた。
「風邪引く〜」
「起きないのが悪い。まず深夜にゲームするのはやめるべき」
緩菜の中身は“小春”である。小さい頃、とっても適当な性格の千里と付き合ってきた経験があるので、とっても厳しい。当時もなかなか起きない千里を強引に起こしていた。
「今日は心臓が停まるかと思った」
「その時は蘇生してあげるから」
「お前、3歳に見えん」
「私はお母ちゃん(千里)より1つ年上だもん」
「本当にそうかも知れん気がする」
ともかくも、桃香は強制的に生活のリズムを作られ、それで向こうから来た指示に、迅速に対応することができた。
基本的にはネット上に登録されている生徒の解答を採点していく。セキュリティ上、この仕事専用のWindows PCが必要だが、青葉の依頼で、伊勢真珠が富士通製の新品カスタムメイド・パソコンを調達して基本設定してくれたので、桃香はそれを使用している。(むろん桃香自身でも設定できるが、桃香に任せていると仕事をしたくないばかりに、いつまでたっても設定が終わらない)
実際には、この3月にやった実力試験の採点で、桃香自身が評価されたようであった。それで4月からは具体的に
「高校1年・2年の数学・情報・物理・化学・地学・英語をお願いします」
と言われて、生徒用のテキストと模範解答集が送られてきた。
そういう訳で、こちらの桃香は、由美の誕生以来、3年ぶりにお仕事をすることになったのであった。これはオンラインでできる仕事なので、高岡でも浦和でも作業が出来る。
2022年4月7日(木・ひらく).
鹿児島県薩摩川内市の山中に“イムタ飛行場”が開港した。
ムーラン・エアー3つ目の飛行場である。
開港1番機として、ミューズ飛行場から253人乗りのAirbus A330-200 (*27) が飛来したので、オープニング式典に招待されていた地元政治家・商工関係者は仰天したようである。彼らは「技術者の往来に使う小さな飛行場ですので」と聞いていたので、7-8人乗りの小型機が飛んでくるかと思っていたようである。
夢紗蒼依は福井県小浜市と鹿児島県薩摩川内市に夢紗蒼依のシステムを動かすスーパーコンピューターを所有しているが、両者間のスタッフの往復が結構たいへんだった。だいたい鹿児島空港に飛んで、そこから移動するが、空港から1時間以上掛かる。特に2020年春のコロナ以降ではかなり苦労するようになっていた。それで若葉が
「200億円くらいで出来ちゃうみたいだし“意外に安いから”空港1個作っちゃお」
と言って、作っちゃったのである。
(*27) ムーラン建設の所有機である。定員は253人だが、コロナが終息するまでは半分の126人しか乗せない。若葉はわざわざ地元で雇った技術者(実際には福岡都市圏から引っ越して来る予定の人が半数を占める)を佐賀空港からCRJ900を2往復させて運んだ上で、このA330に乗せて連れ戻した。入社記念旅行?(社員たちは琵琶湖・三方五湖と若狭湾の観光を楽しんだようである)
A330-200の滑走距離は2220mで、結構降りられる飛行場は多い。中古で40億円“しか”しなかったらしい。若葉は似たようなサイズで四発機の A340-200 にも興味を持ったが、着陸距離が2990m 必要なので諦めた。降りられる空港が極端に少なくなり、機動性が落ちる。ミューズ飛行場・郷愁飛行場(2250m)にも降りられない。
“イムタ”の名前は当地の有名な湖沼“藺牟田池(いむた・いけ)”にちなむもので、現地の市議会からの要請で命名したが、実際の藺牟田池からはかなり離れている。そんな貴重な自然のそばに作ったりはしない。
「ぜひ旅客便の就航を」
という地元商工関係者からの声には
「ムーランエアーは旅客運送業をするつもりはないので、他社で運航するのでしたら、飛行場は自由にお使いください」
と言ったところ、地元で色々動いているようである。
なお郷愁飛行場やミューズ飛行場と同様、警察・消防・海上保安庁の飛行機やヘリコプター・ドローンは受け入れている。
2022年4月8日(金).
奥村春貴はスカートスーツを着て、H南高校に出勤して行った。
コロナの折なので、午前中の始業式は校長と2〜3年生だけで15分で終わり、午後の入学式も、校長と新入生にPTA会長だけで30分で終わり、どちらも校歌などは録音で流されたし、新入生の名前も呼ばずに「新入生○○名」で済ませてしまった。春貴は始業式では新任の先生として名前だけ紹介され、入学式でも1年3組の副担任ととして名前だけ紹介されて、挨拶などは無しであった。
入学式の後各教室に入り、ここで担任の先生が生徒の名前を呼び、呼ばれた人は黙って手を挙げる。そして最後に担任の広多先生が簡単に自己紹介をし、その後、副担任の春貴がやはり簡単に自己紹介をした。
それで初日は終了であった!
職員会議でも、新任の先生のプロフと事前に提出していた挨拶文をまとめたものが配られただけで、校長・教頭・教務主任・生活指導などから簡単な挨拶があっただけで終了した。
その後、1年3組の広多先生と30分くらい打合せ、数学教師だけで30分くらいの打合せがあった。また各部活の顧問と部長の顔合わせの時間が取られていたので、バスケット部は、男女とも化学実験室で顔合わせをした。
男子の顧問は横田先生、男子の部長は坂下君、女子の部長は谷口さんと言った。
春貴は横田先生に
「バスケットは未経験なんですが、勉強しますのでよろしくお願いします」
と言い、横田先生は
「あぁ、はいはい」
と言っていた。どうも何も期待していないようなので、気楽だ!
その後、谷口さんと話す。
「女子部員は何人くらい居るの?」
「今3年生2人と2年生が2人なんです」
「ということは・・・」
「1年生が最低1人は入ってくれないと、23日の春季大会に出られません」
と谷口さんは言ったが、春貴は訂正した。
「1年生を入れないと“23日・24日・29日・30日”の春季大会に出られないね」
谷口さんは一瞬考えたが
「そうですね!大会日程は30日までですよね!」
「そうだよ。4日間6試合を勝ち抜いて優勝を目指そう」
「はい!頑張りましょう!」
と谷口さんは言い、春貴は彼女と握手をした。
横田先生と坂下君は呆れたように見ていた。
春貴が「今居る4人のプレイを見たい」と言ったので、女子部員を招集して練習を見ることにする。
が・・・
「あれ?体育館じゃないの?」
「私たち弱いから体育館をもらえないんです」
「じゃどこで練習してるの?」
などと言いながら来たのは校舎の裏手である。そこに錆び付いたバスケット・ゴールがひとつある。ネットも破けかけている!
「この付近でパスとかドリブルの練習したり、シュートの練習してます」
「雨の日はどうすんの?」
「お休みです!」
春貴は腕を組んで考える。そこにちょうど他の3人も来た。春貴はまずは自分の自己紹介をした上で4人の自己紹介も聞いた。
谷口愛佳(あいか)3年
高田舞花(まいか)3年
山口夏生(なつお)2年
竹田松夜(まつよ)2年
「君たちコートネームは?」
と春貴が訊くと、4人は顔を見合わせている。
「すみません、“コードネーム”ってなんですか?」
どうも全く知らないようである。
「うーん。。。じゃ、君たち試合中にお互いをどう呼び合ってるの?」
「夏生(なつお)ちゃんとか松夜(まつよ)ちゃんとか」
「愛佳(あいか)先輩とか舞花(まいか)先輩とか」
「それ聞き違えない?」
「よく聞き違えるんです!」
「苗字で呼んでも、谷口と山口、高田と竹田が紛らわしいんですよねー」
「コートネームというのはね。各々の選手にだいたい2音程度の呼び名を決めておいて、コートの上では、先輩後輩の関係無く、その名前で呼び捨てするんたよ」
「へー!」
「昔、日紡(にちぼう)という、女子バスケット・女子バレーの強いところがあってね。もう60年くらい前の話だけど、当時は女子バスケット・女子バレーでは、もうこの日紡のチームがイコール日本代表だったんだよ」
「すごーい」
「コートネームというのはそこで生まれた、日本の女子バスケット・女子バレー独特の習慣。昔のそういうチームって、先輩後輩間の礼儀とか厳しいじゃん」
「恐そう!」
「挨拶忘れただけで殴られそう」
「でも試合中に○○先輩とか呼んでたら発音に時間も掛かって効率が悪い。だから試合中コートの中ではコートネームの呼び捨てにして無礼講にする」
「ブレイコーって何でしたっけ?」
「えっと、礼儀とか無しで全員お友だち扱いにするという意味ね」
「なるほどー」
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