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■春春(27)
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4月27日(水)、
神奈川県の横浜国際プールで、水泳の日本選手権が始まる。ただし、27日は練習日で競技は明日28日からである。
日本選手権は通常は4月上旬に開催されるのだが、今年は様々な事情で何度も日程が変更された。
2020年の東京五輪が2021に延期
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2021夏予定の福岡世界水泳が2022年春に延期
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2022の日本選手権は代表決定には遅すぎるので3月に代表選考会を行い、日本選手権は世界水泳後の6月に延期
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福岡水泳は更に2023夏に延期、代わりに2022年6月にブダペストで世界水泳をする。
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6月に日本選手権をすると世界水泳代表が出られない!遅くすると9月のアジア大会の代表が決められない。
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日本選手権は4月下旬に繰り上げ。辰巳が使えないので会場は横浜国際に。
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大きな大会の日程がずれまくりの玉突きが起きており、その日程変更費用も莫大なものだし、振り回されている選手たちは本当に可哀想である。
日本選手権は例によって、予選を午前中に行い、午後は休み(プールが開放されるので練習してもよい)、夕方からB決勝→決勝が行われる。女子の1500m, 男子の800m はタイム決勝で、最終組を決勝時間帯に行う。
各々の出場種目は下記である。
川上 400 400iM 800 1500
南野 400 400iM 800 1500
金堂 400 400iM 800 1500 200iM
リル 400 400iM 800 1500 200iM
ハネ 400 400iM 800 1500
福山 400 400iM 200 200iM 100 50
広島 200 200iM 100 50
筒石(男子) 400 800 1500
先月の代表選考会では↓が代表に決定している。
1500 川上・竹下
800 川上・金堂
400 竹下・金堂
400iM 金堂・川上
男子の筒石は400,1500で代表になっている。
各々は前回2位以内になれなかった種目でアジア大会の代表を目指す。
代表選考会でも津幡組はドーピング検査が異様とも思えるほど厳しかったが、今回も物凄い厳しさだった。津幡組を敵対視しているのではと思うくらいである。むろんみんな食事にしろ、風邪薬などにしてろ、充分注意しているので、検査に引っかかったりすることはないはず。
青葉の日程はこのようであった。
4/28(木)
10:00 400予選
16:17 400決勝
4/29(金)
10:22 400iM 予選
11:35 800予選
17:35 400iM 決勝
4/30(土)
16:58 800決勝
5/1(日)
15:50 1500 Time決勝
29日は800mの後で400iMの予選なら辛いが(それでも決勝進出できる程度の成績は出せる)、逆なので楽勝だった。
400mでは今回2位に食い込んだ。優勝はリルである。しかし800mで金堂に1位を奪われ、こちらも2位であった。また400m個人メドレーでは1位を奪還した。
ということで、青葉、金堂、竹下リルの三つ巴の戦いが続いている感じである。
今回この手の大会に初めて参加した竹下ハネは、出場した4種目全てで決勝に進出(1500は午前中の1組目で出たが最終組下位の成績を上回った)。メダルには届かなかったものの、賞状を4枚もらって大喜びしていた。
短距離で、福山希美が200mで2位、広島夏鈴が100mで2位、に入り、いづれもアジア大会の代表を確実にした。また男子の筒石は800mで優勝(前回は3位)して、こちらもアジア大会の代表を確実にした。
そういう訳で、青葉は世界水泳の代表を逃した種目でもアジア大会では代表となり、結局長距離4種目に出ることになる。また福山希美・広島夏鈴の2人もアジア大会の日本代表として強化日程に参加することになる。
青葉は最終日5月1日(日)の15:50からの1500mタイム決勝で美事優勝を収め、金メダルを手にした。その後、ドーピング検査を受けてから、更衣室で水着を脱ぎ、ジャージの上下に着替えていたら、水連の腕章を付けた女性が入ってくる。そして恐い顔(!?)で
「日本水連の春山と申します、川上青葉さん、ちょっと水連までおいでください」
と言われた。
青葉は「何?何?」と思いながら、その春山さんに付いていく。そして車に乗せられ、新宿区のJOCの入っているビル内の、水連事務局に連れて行かれた。
面談室に通される。白衣を着けた女性が入ってきた。
良くない傾向だなと思った。私ドーピング検査に引っかかったのかなあ。何か変な物食べたり飲んだりしたっけ?と考える。
白衣を着た女性は《日本水泳連盟・医学委員・春坂黍子》という名刺をくれた。
ぎゃー!やはり私、ドーピング検査に引っかかったんだ!!
と思うがここはポーカーフェイスである。
「川上さんに教えて頂きたいのですが」
「はい」
「あなたは出生時には男性でしたよね」
「はい、そうです」
あれ??
「でも性別再設定手術を受けて女性になった」
また、その話かい!と思い、まずは概略を話す。
「その件は東京オリンピック前の昨年4月にJOC医学部会の鐘本さん、および、水連のH医学部長、T強化部長の前でもお話ししたのですが、私は中学3年生の時に確かに性別再設定手術を受けて機能的な女性になり、20歳の誕生日が来てすぐ、法的な性別の変更を行いました。ところが2019年に突然身体に変調が来て、完全な女性に変化してしまったんですよ。だから現在私は、卵巣・子宮もあり、毎月生理が来ている完全な女性です」
「そのようなことがあったんですか。ではその話はあとでH“前部長”に再確認しますが、あなたが女性ホルモンを摂取し始めたのはいつですか」
ああ。医学部長が交代してたのか。しかし引き継ぎとかしてないのか!?それに、この人は今自分がした説明を全然聞いてないし。性別移行自体に相当の疑いを持っているようだと感じる。それで青葉はこれまで誰にも言っていなかったことを正直に話すことにした。
「その件は、他人に迷惑を掛けるので、あまり話したくないのですが」
という前提を置く。
「ここで聞いた話は絶対に他言しませんので、本当のことを教えてください」
「小学5年生の時から、知り合いの宮坂美麗さんという人から女性ホルモンをもらって飲んでいました」
「5年生の時からですか」
と驚いたような顔をする。どうもそんなに早く女性ホルモンを取り始めたというのは想定外だったようだ。
「それはどういう人ですか?」
「私が入っていた将棋部の部長さんのお姉さんなんですよ」
「その人は医療関係者か何かですか」
「違いますが、女性ホルモン剤を入手できる立場にあったんです」
「その宮坂さんの連絡先は?」
「震災の後の混乱で、お姉さんとも、弟さんとも現在は音信不通なんですよ」
「その人と連絡が取れそうな人を知りませんか?」
青葉は少し考えた。
「私の商売敵なんですけどね。花巻市に住んでいる、木村登夜香なら分かるかも知れません」
「商売敵(しょうばいがたき)?」
「私は霊的な相談事をよくされています。いわゆる霊能者というものですね。彼女も同様の仕事をしているのですが、お互いにライバルなんですよ、だから仕事によっては協力することもありますが、敵対したり、客を奪い合うこともあります」
「なるほど。その人の連絡先は?」
「スマホに入っています。ちょっと待ってください」
と言って、青葉はスマホをアンロックし、アドレス帳を開く。カ行の所に木村登夜香の登録がある。
「連絡取ってみますね」
と言って、青葉は彼女に電話しようとしたのだが停められる。
「待ってください。私が電話します」
と言って、春坂さんは、青葉のスマホを取り上げて!、部屋の外に出ちゃった!
そして代わりに、青葉を会場からここに連れてきた春山さんが入ってくる。
「申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」
などと言われる。暇つぶしにと雑誌を数冊渡された。
どうも口裏合わせなどをされないよう、青葉を隔離した状態で連絡を取りたいのだろう。
青葉は結局30分ほどした所で
「時間がかかりそうなので、ホテルにご案内します。そこで待機して下さい」
と言われて、近隣のホテルに案内された。
何だか高そうなホテルだなと思った。
ツインの部屋に入る。かなり広い。春山さんは
「お食事まだでしたよね」
と言って、春山はルームサービスでディナーを持って来させた。
「これ美味しい」
と春山さんが言うので、こちらも少しリラックスして
「役得ですね」
と笑顔で言った。
春山は実は青葉を2時間ほど観察していて「この子、性転換者とは雰囲気が違う」と思ってしまった。普通の女の子にしか見えない!声もソプラノボイスだし。それで春山はこの子が男だったなんて間違いでは?と思い始めたのである。
食事の後は少し音楽の話をした。
「作曲家としてもご活躍なんでしょう。凄いですね」
などと言われ、結構アクアの話で盛り上がった。
青葉が少し眠くなって、あくびが出たので
「ごめんなさい。寝てて下さい。もしかしたら途中で起こすかも知れませんが」
などと言われる。
それで遠慮無く寝た。
大会の後なので、熟睡していたが、その内起こされて
「大変申し訳ありません。指の長さを測らせてもらえませんか」
と言われる。
「自由に測って下さい。私寝てていいですか」
「はい、もちろん」
と言われたので、トイレに行かせてもらってから再度寝た。
「凄く小さな手ですね」
「私、身長も低いし、手も小さいから、水泳選手として絶対的に不利らしいです。実際、私は短距離なら国体にも出られませんよ」
「ああ」
「長距離を泳げるのは小さい頃、曾祖母に言われて、湾内横断とかを毎週やらされていたお陰なんですよ」
「湾内横断!それ何メートルあるんですか」
「往復2kmですね。潮流があるから実際に泳ぐ距離はもっと長いです」
「じゃ、元々オープンウォーターがお得意だったんですね」
「得意というか、船の上から水中に放り込まれるから、泳がないと死ぬし」
「・・・あのぉ、それ何歳頃の話ですか?」
「物心付く頃からやらされてましたよ」
「もしかして虐待ということは?」
「両親から受けた壮絶な虐待に比べたら、こんなの大したことないです」
「何か聞いてはいけないとを聞いてしまったかも」
「そうですね。私もあまり思い出したくないです」
「ごめんなさい!」
春山は、青葉の両手の人差指・薬指の長さを測定した。彼女は医師免許は持っているので、このようなことをすることの違法性は低い。また、春坂がなぜそのようなものを測定させるのかの意味も推察できた。
左人差62 薬64 (指比0.97)
右人差60 薬61 (指比0.98)
「これは完全に女性の指だ。性転換者なら男性の指のはず。この人は性転換者ではない。元々女性なんだ」
と春山は思った。
(指だけで性別判定するなら、龍虎は間違い無く女性!)
ところで、青葉のスマホを取り上げた春坂は、春山に交替で青葉に付き添ってもらい(監視役)、部屋を出ると、別の部屋に入り、木村登夜香に電話を掛けた。
自分の身分を名乗った上で、川上青葉の女子選手としての参加資格を再確認していると趣旨を説明する。そして昔のことについて知っている人物として、宮坂美麗さんあるいはその弟さんで小学校の時に将棋部長をしていた宮坂昭次さんの連絡先を知らないかと尋ねた。
すると登夜香は
「川上青葉の性別のことなら、私の方がよほどよく知ってます」
と言った。
「美麗さんから女性ホルモンもらっていたのは確かです。川上さんがホルモン剤を持っていたので、当時彼女に催眠術を掛けて入手先を聞き出しましたから」
「催眠術ですか!?」
「あの子は口が硬いんです。他人に迷惑が掛かることはよほどのことがない限り絶対に口を割りませんから」
「はあ」
「霊能者をしてると、物凄く重大な秘密を知ることもあります。それを絶対に口外しないことで、霊能者は信頼されています」
「確かにそうでしょうね!」
「だから川上さんにしても、私にしても“使えん”とよく言われてました」
「使えん?」
「他人の情報を絶対に聞き出せないから」
「なるほどー!」
「でもそもそも、それ以前に、川上は、小学校に入った頃には既に睾丸がありませんでしたよ」
「なんですって!?」
「あの子が戸籍上は男子なのに、女の子の格好で通学していることが小学校で問題になったんです。お母さんが呼ばれたけど、この子は女だと主張するから、だったら医学的な検査を受けてくれと言われて病院に掛かったんです。するとこの子は卵巣も睾丸も無いから中性であるという診断が出たんです。中性なら女の子の格好をしていてもいいだろうということで、スカート穿いて通学することを認めてもらったんですよ。だからそれ以降は基本的に女子扱いでした。まあ中学に進学する時にまた少し揉めたんですけどね」
「その診察はどこで受けたかとかは分かりませんか」
「私は知らないですけど、当時の担任とかに聞けば分かると思いますよ」
「その先生の名前と連絡先は?」
「担任の連絡先とか分かりませんけど、当時の校長先生は山本先生です。2004年に大船渡の○○小の校長をしていた人というので、教育委員会に照会すれば分かるのではないでしょうか」
「ありがとうございます。確認してみます。また後で木村さんにご連絡するかも知れませんがいいですか?」
「どうぞどうぞ。川上さんが活躍してるの見るとむかつきますけど、無理に引きずりおろすのは良心が許さないし。私は夜中1時頃までは起きてますから」
「ありがとうございます!」
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春春(27)