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■春春(28)
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春坂はこれは1人では手に負えないと判断した。同僚で親友の春川を呼び、彼女に宮坂さんに連絡を取ってもらうのと並行して、自分は岩手県の教育委員会に電話して、緊急に連絡を取りたいので、2004年に大船渡の○○小の校長をしていた山本先生の連絡先が分かったら教えて欲しいと言った。
向こうはこちらに来て身分証明書とかを確認しないと教えられないと言ったが、明日までに発表しなければならない、日本代表を決めるのにどうしても必要なことだと言うと、向こうから水連に電話を掛けると言って、いったん切った。そして向こうから水連に電話があり、春坂が出た。それで、当時の校長は山本学太郎さんという人で、現在は市会議員をしているということで、その事務所の電話番号を教えてくれた。
春坂はそれで事務所に電話した所、向こうの秘書さんが、教育委員会同様、水連に電話を掛け直してきて、それに春坂が出る。それで山本議員とつないでくれた。
「ああ、川上青葉さん、覚えてますよ。はいはい。保護者がこの子は女の子だと主張するので、だったら医学的な検査を受けてくれと学校は言って、検査を受けてもらったら中性という結果が出たんです。だからそれ以降、基本的には女子児童として扱うことにしました」
「その受診した病院は?」
「盛岡の****病院です」
「ありがとうございます!」
それで春坂はその病院に問い合わせたが、電話では話せないと言って一切話に応じてくれない。それで春坂は「今からそちらに行きます」と言い、バイク通勤している同僚に頼んで東京駅まで急ぎ運んでもらった。そして東北新幹線に飛び乗った、
春坂は23時近くにその病院に飛び込んだ。
病院の院長先生が待っていてくれた。
春坂が日本水泳連盟の身分証明書と医師免許状を提示する。それで院長先生は当時の川上青葉のカルテをモニターで見せてくれた。
確かに睾丸が無いと記載されている!それに陰茎が21mmってマイクロペニス?
診断書では、このような所見が書かれていた。
(1)体型が完全に女児の体型である。
(2)顔の目鼻の配置が女性の配置である。
(3)両手とも、人差指と薬指の長さがほとんど変わらない。これは女児の指である。
左手 2D/4D=43/44=0.98
右手 2D/4D=42/43=0.98
この指比、目鼻の配置、体型などを鑑みて、クライアントは子宮内であまりテストステロンに曝露されていないことが推測される。
(4)現在の性ホルモン量も女性ホルモンの方が男性ホルモンより高い。
(5)性染色体はXXのように思われるが、XYの可能性も排除できない。当病院の設備では精査困難なので、東京の大学病院での検査を勧めたい。
(6)心理検査の結果、クライアントは100%女性である。
以上を以て、陰核肥大の女児の可能性と、睾丸欠損の男児の可能性は半々である。陰核肥大ならテストステロンが高いのが普通なのに、クライアントはそれが小さい。それで、基本は男児であるが、睾丸が欠損していたため男性的発達が不全であった可能性が高いと思われるが、判断は保留したい。心理学的に女性であるのも、男性ホルモンが作用していないためと思われる。
基本的に性別は中性と考えて良い。
「ありがとうございます。これコピーとかを頂けないでしょうか」
「今は渡せない。患者本人の同意書を郵送してもらったら、日本水連宛に郵送してもいい。本人の同意があることは必須」
「それでお願いします!本人の同意書は取れると思います。この画面をスマホで撮影するとかは」
「そんなの、私が“見てたら”個人情報保護法違反だから即帰れと言って叩き出す」
と言ってから、院長は
「あ、ちょっとコーヒー買ってこよう」
と言って部屋を出た。
それで院長先生が部屋を出ている間に画面の写真を撮った。
23時半頃院長先生にお礼を言って診察室を出たが、春坂はすぐに春山に連絡して現在の川上選手の指の長さを測ってもらった。すると現在でも指比は高く女性の手であることが判明した。
それで春坂はS医学部長に連絡して、川上選手はペニス状のものがあったために男と判定されて出生届が出されたが、少なくとも7歳2ヶ月の時点で睾丸は無く、子宮内でも出生後も、そして現在に至るまで、男性ホルモンにはほとんど曝されていないと判断されると伝えた。そして自分の判断では女子選手としての参加資格に疑義は無いと思われると述べた。
それで青葉は女子日本代表にして問題無いという結論が出て、長時間の拘束から解放されたのである。
全くお疲れ様である!
実際は本人は寝ていたので、朝起きてから春山が長時間の拘束を謝罪し、スマホも返して、出て行った。青葉は
「どうも性別の疑いは晴れたみたいだな」
と思い、出羽山のほうに向かってお礼をする。これはきっと美鳳さんが助けてくれたんだ。
それで青葉はルームサービスで運び込まれてきた朝食をのんびりと食べてからホテルを出て、SCCのドライバーの車で熊谷に向かった(合宿に参加する)。
なお、宮坂美麗も春川からの問合せに、確かに青葉に女性ホルモン剤を渡していたことを証言した。
「彼女、明らかにホルモンニュートラル状態だったから、このままでは身体の成長によくないと思って女性ホルモン剤を渡すようにしたんですよ。それで身長が小学1年生くらいのままだったのが、少し伸びたみたいですね」
「彼女、睾丸は元々無かったのか、あるいは幼い頃に正規の医療ではない形で取っちゃったのだと思います。あの子の友だちから聞いたのでは幼稚園は女子制服で通園したらしいし、プール遊びの時とかも、水着姿が普通の女の子で、お股に膨らみとか無かったというから、もし手術したのなら、恐らく幼稚園に入る前だと思います。正確な所は、あまりにも小さい頃のことで、本人も覚えてないだろうけど」
などと彼女は言っていた。
(青葉は母が自分のちんちんを切ってくれた記憶があるが、ちんちんは性転換手術を受けるまでは付いていた(と思う)ので、本人としては夢か何かだろうと思っている)
翌日朝一番に、新医学部長のSは前医学部長のHと会い、川上青葉の性別の件に付いて確認した。それで青葉が、性転換者ではなく、特殊な半陰陽であること、彼女の骨格から判断して、男性ホルモンのシャワーに曝されていないことは明確だという医学的判断が昨年春の段階で出ていること。そしてその書類は川上青葉に関するフォルダにも入っていると指摘された。
「結局、川上さんは半陰陽だったんですか?」
「そうです。極めて希なケースなのてすが。詳しいことは**大学の朝倉教授に聴いて下さい」
(Sは実際、春坂と一緒に話を聞きに行った)
「要するに、川上さんの体内には極めて小さな卵巣や子宮があったものと思われます。でも未発達だった。ところが川上さんは小学生の頃から女性ホルモンを摂取し、中学生の時には性別再設定手術も受けて、機能的には完全に女性になった。するとその身体の中で未発達だった女性性腺が発達し始め、目に見えるサイズまで発達したと思われるんですよ」
「そんなことが起きるんですか」
「以前、アメリカで性転換手術で女性になった人が妊娠出産したというので騒ぎになったことがあります。その後調べた所、彼女がこのケースだったと思われます。身体が女性化したことで、眠っていた本物の女性器が発達して、妊娠出産も可能な状態に変化した、と」
「だったら元々女性じゃないですか」
「だと思いますよ。たまに女性なのに男性的な外見で生まれてくる人があるんですよ」
「なるほどー」
「とっくに結論が出てる問題をまた蒸し返されて、川上さん怒ってたでしょ」
「協力的でしたよ」
「そりゃ、水連と喧嘩する訳にはいかないからね。どこかから圧力があったんじゃないの?」
「いやそれは・・・」
とS部長が口を濁したので、ああ、やはり圧力があって再調査したのだろうとHは判断した。
春坂はそれまでアメリカの性転換選手リア・トーマスが男性的な体格なのに女子選手として扱われ、メダルを総舐めにしているのを苦々しく思っていた。実際、彼女については、あちこちから疑問の声があがっており、近く性転換選手の参加条件は厳しくなりそうだという空気が流れていた。
それで日本水連の一部(あくまで一部)は、現在日本国内に数十名居る性転換女子選手について参加資格の再調査ををして欲しいとS医学部長に持ちかけ、Sも調査自体は構わないとした。ここで問題になったのが、日本女子の長距離女王として活躍中の川上青葉だった。もし川上が近い内にFINAが出すと噂される新基準では女子として認められないということになれば、大変なことになる。
そんな時“ある方面”(後述)からの圧力もあり、緊急に川上の参加資格の再調査が行われたというのが内情だった。川上以外の性転換選手で問題にしたいほどの成績を上げている選手は居ない。みんな男子時代より大きく記録を落としている。また多くの選手が「筋力だけでなく精神力も落ちた」と言っている。筋力は短距離、精神力は長距離で効いてくる。
川上に関する調査のタイミングは本人に心理的な動揺を与えないように日本選手権の終了後でなければならないが、代表選手を渡欧させる5月5日の前日までに完了させたい。つまり実質3日間で終了させる必要があった。春坂はギリギリになるかも知れないと思っていたが1日の内に終了して安堵した。
春坂は、その“排除派”の中心付近に居た人物で、彼女は川上青葉について「性転換選手が天然女子選手と一緒に競技するのはアンフェアだ」と思っていた。しかし直接会ってみて、川上が背も低く、女としても華奢な体格だし、全然男性的でないのにあれ?と思った。そして調査を機にすっかり、青葉を応援する側になった。
それで結局春坂と親友の春川・春山(春春春トリオ)は排除派グループから離脱してしまったのである。
川上青葉の参加資格に疑義が無ければ、何といっても日本女子長距離のエースだし、長く世界レベルに遠かった日本女子長距離陣にあって世界でメダルを狙える貴重な選手である。彼女に刺激されて、同じ津幡組の金堂・竹下も伸びてきている。多分パリ五輪ではその(天然女子の)金堂と竹下がエースだ。
「元々睾丸が無かったか、遅くとも5歳頃までに取ったのなら、たとえ陰茎が存在していたとしても、女の子と同じでいいじゃん。男の娘はみんな3歳児健診か小学校入学前の健康診断で睾丸を取ってあげるべきよ」
(↑過激から過激に走るタイプ)
春坂はこの後、S部長と一緒に朝倉先生の話を聞きに行き、性別というものの深淵を感じた。朝倉先生は
「出生時に男性と判定されていた人で外性器も男にしか見えない状態だったのに妊娠出産した例が、日本でも5年前にありましたよ」
と言っていた(フェイのケース 2017.03)。
「凄いですね」
「川上さんの身体は私も診させて頂きましたが、彼女はその5年前のクライアントより、更に女性的です。川上さんは生理もあるので、競技引退して結婚したら、きっと赤ちゃんを産めますよ」
「生理があるなら、間違い無く女ですね!」
(↑青葉からも生理があると聞いているのに、話を全然聞いていない!)
なお、実は、青葉の睾丸が消滅したのは、小学1年生の5月である(小学校入学前と大差無いと思う)。
出羽の美鳳から「睾丸を失った男の子(実は彪志)がいるから、あんた睾丸要らないなら、その子にあげてもいい?」と言われ「はい、あげてください」と言って、取り外してもらったものである。
そしてこの盛岡での性別診断を受けたのが8月だったので、“その時点では”青葉には睾丸も卵巣も無かった。
後に青葉は、美鳳から『睾丸のお返しに』と言われて、彪志の夭折した姉の卵巣と子宮(H大神が時間を遡って採取してきた)を移植されている。この時青葉は「女の素」を注入された夢を見た。それで、将来青葉と彪志の間に子供ができるとそれは彪志の両親にとっても青葉の両親にとっても、遺伝子的な孫になる。
この卵巣のおかげで、青葉は4年生の最後の授業の日に初潮を経験するが、当初は生理間隔が不安定で、美麗から女性ホルモン剤をもらって飲むようになってから生理周期は安定するようになった。
美鳳は卵巣移植と同時に青葉の陰嚢にダミーの睾丸を放り込んだ。青葉が4-5年生の時に“魔法で機能停止させた”のは、実はこのダミー睾丸である。この睾丸はサイズも赤ちゃんサイズで、男性ホルモンはほとんど生産していなかったが、あらためて機能停止させられた上に体内の卵巣が生み出す女性ホルモンの影響を受けて、中学2年の時には自然消滅してしまった。
ともかくもこの大騒動と春坂の抜群の行動力の結果、5月2日、アジア大会代表が無事発表され、日本選手権で上位に入った選手はそのまま代表合宿に入った。
津幡組の代表にならなかったメンバーとスタッフは5月2日にG450で北陸に帰還した。
例によって、津幡組の長距離陣(青葉・金堂・竹下リル・筒石)は、「代表合宿では充分な量の練習ができないので」ということで、特に許可をもらって熊谷に移動し、同じ日程で練習を続けた。
短距離の希美・夏鈴は他の代表選手と一緒にJISSでの合宿に参加したが「練習時間が充分取れない」と苦情を言っていた。
「君たち普段はどのくらい練習してるの?」
と代表コーチが訊く。
「津幡でも熊谷でも専用レーンだから、毎日12-13時間は泳いでますよ」
「ひぇー!?津幡組が強い訳だ!」
とコーチが絶句していた。
「羨ましい」
と他の選手たちからも声が出る。
「代表合宿は、選手の人数分のレーンを用意して欲しいよね」
とアジア大会代表に滑り込んだ(南野に僅差で勝った)永井蒔恵が言っていた。彼女は津幡に来たことがあるので、その環境の良さを知っている。また彼女が所属するクラブは津幡組のように24時間とはいかないが、トップクラスは毎日2度、合計5時間ほどレーンを独占して使えるようになっている。
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