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■男の娘とりかえばや物語(8)

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七月七日(今の暦では8月)は五節句のひとつ七夕(しちせき*4)です。
 
宮中では乞巧奠(きこうでん)と言い、女性の手芸の技術向上を祈る行事が行われます。清涼殿の庭に机4脚、灯台9本を立て、果物などの供物を供えて空薫物(そらだきもの)と呼ばれる調合したお香を焚き、帝が織女と牽牛が無事逢えることを祈願します。灯明とお香は一晩中焚かれます。
 
民間でも各々のお邸で似たような形式の行事が行われました。
 
(*4)一般に「七夕」と書いて「たなばた」と読んでいるが、これは元々中国から伝わった「七夕」の行事と、日本に元からあった「たなばた」が同時期に行われていたために両者が合体してしまったもの。
 
なお五節句は1月7日人日、3月3日上巳(じょうし)、5月5日端午(たんご)、7日7日(しちせき)、9月9日重陽(ちょうよう)である。中国では奇数を尊ぶ習慣があったので、それが重なる日を祝った。1月だけ7日なのは1月1日は元旦であるため。
 
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この日、大将の家では、大将本人は宮中の行事に出ていて不在ではあったものの、留守を預かる良光様と、春姫の女房・越前、秋姫の女房・中将の君らで取り仕切って準備を進めました。
 
本殿の庭にやはり机を並べて供物を献げ、家族や家人(けにん)たちに願い事を梶の葉に書かせて一緒に献げました。
 
大将の願い事は「家運隆盛」、春姫は「ごくらくおうじょう」、桜君は「子孫繁栄」、秋姫は「よきこときたらん」、橘姫は「ごこくほうじょう」と書いて供えました。でも実は桜君と橘姫はお互いの梶の葉を交換しています!
 
桜君も少しは漢字が書けるようになったとはいえ、そもそも筆跡がほとんど女性の筆跡に見えますし、橘姫の筆跡は男の筆跡にしか見えません!
 
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この日は様々なお料理も用意され、客人を招いて宴なども催しており、春姫の箏、秋姫の和琴が披露され、更に若君の笛、姫君の和琴も、各々御簾の中で、姿は見せないまま演奏されました。
 
もっとも実際には“若君の笛”は、桜君ではなく橘姫、“姫君の和琴”は橘姫ではなく桜君が演奏しています。御簾の中で姿を曝さないことから、入れ替わって演奏していました(今日は男装・女装していない)、
 
「今日の橘は、ずいぶん優雅な服だね」
と桜君はその日の夜遅く、密かに会った時に言いました。
 
「なんか着せられちゃったぁ。まあたまにはこういう服もいいよ」
と今日は少し素直な橘姫が言います。
 
「まあ毎日でなければいいかもね」
「そうそう。毎日面倒な服を着るのは嫌だ」
「でも橘は、いづれは帝と結婚しないといけないかもよ。そしたら毎日面倒な服を着ることになるよ」
 
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「面倒くさいなあ。やはりそれ兄上が代わってくれない?」
「僕じゃ世継を産めないからね」
「だったら産むのだけ私がやるから、ふだんは兄上が帝の女御を演じてくれるとか」
「無理っぽい気がする」
 
「ねね、合奏しない?」
「それ同じ場所から音が聞こえたらまずい」
「だったら各々の部屋で」
「それならいいかな」
 

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そういう訳で桜君は“西の対”に行き、橘姫は“東の対”に行って、桜君の和琴と橘姫の笛で合奏をしたのでした。
 
「おお、これは若君の笛と姫君の和琴だ」
 
東の対から笛の音が聞こえてきて、西の対から和琴の調べが聞こえてくるので、本殿の宴席に居た人たちはみんな、笛を吹いているのが若君、和琴を弾いているのが姫君と思っています。
 
「凄い。合わせておられる!」
「美しい調べですね〜」
 
とまだ宴席に残っていた客人たちが、若君と姫君の合奏を楽しんだのでした。
 

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八月十四日。中秋の名月の前夜。
 
“桜姫”は、午後に湯殿で、きれいに身体を洗った上で正装して少納言の君と一緒に牛車に乗り、松尾神社(まつのおじんじゃ)に向かいました。いつもの練習の時と同様に参集殿に習合し、ここからは秘祭の参加者だけが、潔斎所に向かい、ここで裸になって乙女川を越え、風祈社に入ります。
 
真夜中ですが、月明かりがあるので暗くはありません。しかしお互いの顔はあまりよく見えない程度の明るさです。その中、桜姫たちは無言で白い衣裳を身につけ、所定の位置に並びます。
 
この舞の練習を始めた時は12人居たのですが、その内3人に月の物が来てしまったのでリタイアして、1人追加されています。結果的に昨年の経験者は1人だけ。トップで舞う人で、その直後の2列目に桜姫と右大臣の四の君の2人が並び、その後ろに3人、その後ろに4人の合計10人です。最後に加わった子は最終列の左端で舞います。
 
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巫女さんの鈴と笛が演奏され、それに合わせて10人は美しく舞いました。
 

やがて舞が終わると、全員着ていた衣装を脱ぎます。風祈社の前で松の枝を盛ったものに火が点けられます。そして舞姫たちが着ていた衣装をその火で全部燃やしてしまいました。
 
燃え尽きた所で水が掛けられ、月明かりの中、全員で乙女川を戻って潔斎所に戻り、元から着ていた服を身につけました。例によって四の君は自分では着られないので介添え役さんに着せてもらっていました。
 
そして参集殿に戻りますが、ここでやっと言葉を出していいことになります。みんなホッとしたように、各々のお付きの人たちと色々話していました。
 
「どうでした?」
と少納言の君に訊かれて春姫は
「凄く美しかった!感動した!」
と答えました。
 
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参集殿を出てから二時(4時間)ほどが経っていました。各々のお付きの人たちも仮眠していたようです。各々のお付きの人に付き添われて牛車で家に戻りますが、春姫が戻ってきたのはもう明け方でした。
 
「だけど、私ここ数ヶ月、何度も乙女川を越えたけど、今の所女の子になったりはしてないけど、大丈夫なのかなあ」
と春姫は道中、不安そうに少納言の君に言いました。
 
「それはこれから女の子になるのか、あるいは」
「あるいは?」
「姫様は既に女の子になっているのかも。実際、最近姫様、そういう感じの服を着て、西の対に居る時間の方が、東の対に居る時間より長くありません?姫様、もう既に女の子なのですよ」
 
「うーん・・・・」
と悩んでから、桜姫は言いました。
 
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「僕、月の物とか来ちゃったらどうしよう?」
 
すると少納言の君はおかしそうにして
「そうですね。姫様なら、月の物が来るかも知れませんね。その時は私でも伊勢でも、ちゃんと対処出来ますから大丈夫ですよ」
と言いました。
 
「じゃ、その時はお願いね」
と桜姫は不安そうに言いました。
 

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桜君と橘姫が10歳の春。
 
父君が桜君に言いました。
 
「東山にお参りをしてこようと思う。馬での行程になるが、お前、馬もかなりうまくなっているよな。一緒に行くか?」
 
「はい、行きます、父上」
と桜君は笑顔で答えました。
 

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もちろん当日、実際に馬に乗って外出するのは“橘君”です。一行は、父君と橘君(父は桜君と思っている)に随身2人を加えて4人で早朝から出発しました。
 
東山(*5)は広く捉えると稲荷山から比叡山まで、平安京の東側にある山を指しますが、狭義では、後に「大文字の送り火」が行われるようになった如意ヶ嶽より南の山々を指します。その中でその如意ヶ嶽が東山の最高峰(主峰472m, 副峰465m)です。
 
(*5)本当は「東山」という言葉が使われるようになったのは室町時代頃からだが、ここではその問題は目をつぶる。なお如意ヶ嶽の主峰と副峰は昔は特に分けて考えられていなかったが、近年では送り火が行われる西側の副峰を大文字山、東側の主峰を如意ヶ嶽と呼び分けるようになっている。この主峰は京都市街地からは見えない。
 
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この時期、如意ヶ嶽には三井寺の系統の寺院などが多数展開しており、大将はここにお参りしてこようということだったのです。
 
一行は平安京の中は普通に通りを行き、やがて坂道になると、揺れも激しくなってくるものの、橘君はしっかりと馬を御しながら歩んでいきました。
 
「おお、しっかり進ませているな。感心感心」
と後ろを歩んでいる父から言われます。
 
一行は随身−橘君−大将−随身という順序で歩んでいました。
 
途中何度か川を渡る所もありますが、橘君は川底の様子を見極めながら、しっかりと歩いて行きました。
 
やがて寺院群に辿り着き、ひとつひとつお参りしていきます。この時期、大将の父の左大臣(大殿)がずっと体調優れない状態であったので、その病気平癒祈願もあったのです。
 
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お昼前からお参りを始めて、そろそろ日が傾いてくるかという時間になるので下山します。
 

「ほんとにお前、逞しくなったなあ。これなら後3年もしたら出仕できるぞ」
 
と父は嬉しそうに言っていますが、橘君は、その話はちょっとヤバい気がすると思っていました。兄上は身体も弱いし、漢籍も全然覚えないし、馬にも乗れないしなあ。自分が本当に男なら、兄上に代わって出仕してもいいんだけど、などとも考えていました。
 
そしてかなり山を下りてきて、あと少しで麓まで来るという時のことでした。
 
「あ、雨が」
と随身の1人が言います。
 
「これはいかん。少し急ごうか」
と大将。
 
少し雨が当たってきたのです。今は小降りですが、その内もっと降ってくるかも知れません。
 
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「夕立でしょうか」
「でもあと一刻(30分)もあれば麓まで辿り着きますよ」
 
それで一行は雨がパラパラと落ちてくる中、馬を少しだけ急がせて山道を降りて行きました。
 
そして川を渡ります。この川を渡ればもう後は大きな川はありません。
 

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橘君は慎重に馬を進めていました。
 
ところが、ちょっと危なそうな所を避けさせたつもりが、そのせいで少し不自然な体勢になった時、急に強い風が吹いてきて、身体の軽い橘君はその風に煽られてバランスを崩してしまったのです。
 
「あっ」
と言った時は遅く、橘の君は落馬して川の中に落ちてしまいました。
 
「大丈夫か?」
「大丈夫ですか?」
と父と随身たちが声を掛けます。
 
随身が2人ともすぐ下馬して近寄りますが、橘君は
「大丈夫、大丈夫」
と言って、自分で起き上がります。
 
父も馬を下りて近寄ってきました。
 
「怪我したりはしてないか?」
「はい。大丈夫です。不覚でした。ご心配掛けて申し訳ありません」
「無事ならばよい」
 
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「どこか打ってないか、ちょっと服を脱いで見てみましょう」
と随身が言います。
 
「うむ、それがいい」
と父上。
 
服を脱ぐ?それちょっとやばいんですけど。
 
「いや、大丈夫だよ」
「もし骨にヒビが入っていたりしたら、すぐ固定しないと大変なことになりますから」
と随身。
 
「いや、ちょっと服を脱ぐのは」
と橘君は言いますが
 
「男同士、何を恥ずかしがっている?」
などと父上は言います。
 
それで、橘君は袴を脱がされてしまったのです。
 

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「え!?」
と随身2人も父上も固まってしまいます。
 
「お前、ちんちんはどうしたのだ!?」
「あははは、ちんちんは無いかも」
「まさか切ってしまったのか?」
「最初から無かったかも」
 
「へ!?」
「ごめんなさい。父上、私、橘です」
「何だと〜〜!?」
 
照れ笑いする橘君に対して、父・大将は頭の中がパニックになっていました。
 
 
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