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ところで、お稽古の時は、舞の稽古や、弓矢の練習などを除いては、御帳の中で聞いていますので、そこに実は2人居ても、先生には気付かれずに済んでいました。
しかし秋姫は桜君の乳母および女房の伊勢、更に話の分かりそうな春姫の女房・清原を巻き込んで、様々な学問や芸事のお稽古をする場所を、東の対や西の対ではなく、主殿の部屋を使うようにしていきました。
その方が、桜君・橘姫の双方が出席しやすいからです。そもそも本来は桜君と橘姫の間に交流などは無いはずの所を2人はうまく他の人にはあまり見られないように、相互行き来していたのですが、不審に思う人が出てくると、いつか殿の耳に入らないとも限りません。主殿なら、桜君も橘姫も、どちらもそこにいて不思議ではありません。
桜君が橘姫のふりをして受けている舞のお稽古、橘姫が桜君のふりをして受けている弓矢のお稽古などは、各々1人で受けていることが多いのですが、本人が御帳の中に隠れて様子を眺めていることもありました。
さて、賀茂祭が行われたのは4月中旬ですが、それから少しした5月初旬(今の暦では6月初旬くらい)、舞の先生が来た時に、年配の女性が一緒にやってきました。
誰だろう?と思いながら橘姫のふりをした桜君は舞っていたのですが、お稽古が終わった所で、その年配の女性が言いました。
「お美事な舞ですね。あなたおいくつかしら?」
「今年9歳にてございます」
「それなら、まだ早いか!せめて後2年くらい経ったら行けるんだけど」
と何か惜しんでいる様子。
「何か?」
「いえね。とても素敵な舞を舞う女の子がいると聞いて、それも大将様の御姫様と聞いて、今年の新嘗祭(にいなめさい)の五節舞(ごせちのまい)の舞姫にどうかしらと思ったのだけど、さすがに9歳では無理よね」
とその女性は言いました。
五節舞?さすがにそれはやばいよね、と桜君は思いました。
「済みません。まだ未熟者ですので、どうかもっと年上のお姉様方をお誘いください」
と桜姫は笑顔で答えました。
一応この件は公式筋からも大将に打診してみるということで、お稽古に同伴していた女房・伊勢も秋姫を通して大将に伝えておきますと言った。
先生が帰ってから、お稽古を受けた桜君、御帳の中から見学していた橘姫はそのことで少しお話しました。
「少しくらい幼くても舞がうまければ、お話、受けてもよかったんじゃないの?」
と橘姫は言いますが、
「だって、五節舞を舞った姫は、そのまま宮中に仕えることになるからさ。うちの父上の姫であれば、帝の女御か別当にってことになるかも知れないよ」
とその方面の知識が少しはある桜君は言います。
「いいんじゃない?女御とか別当って、帝の奥さんでしょ?そんなのになったら、いい暮らしができそうだし」
「それ、僕と橘のどちらがなるのさ?」
「あ・・・」
「僕は男だから、さすがに天皇の奥さんにはなれないよ。でも橘にできる?」
「無理な気がする。私が帝の奥さんとかになったら、顰蹙買いまくり」
「だからそういう話にはならないように、うまく話は潰さないといけないんだよ」
「めんどくさいね〜」
「ところで帝の奥さんって何するんだっけ?」
と橘姫は訊いた。
「よく分からないけど、帝の赤ちゃん産むんじゃないの?」
と桜君。
「赤ちゃん産むのって女にしかできないんだっけ?」
と橘姫。
「男が赤ちゃん産んだという話は聞いたこと無い」
と桜君。
「赤ちゃんってどこから出てくるんだっけ?」
「僕もよく分からない」
「考えてみたんだけど、出て来られそうな所は、おへそか、お尻か、お口か」
などと橘姫は言います。
「口から出てくるのは無理な気がする。間違って食べちゃったら大変だよ」
と桜君。
「やっぱり、おへそかなあ」
と橘姫は悩んでいます。
「さあ。おへそから赤ちゃん出すのは痛そうだね」
「でも赤ちゃん産むの凄く痛いというし。伊勢に訊いてみたんだけど、笑って教えてくれないんだよ」
「それって多分大人の秘密なんだよ」
「どうも大人にならないと教えてもらえないことってあるみたいだよね」
なお、正式に宮中の然るべき部署から大将に五節舞の舞姫、あるいはそれを補助する童女を務めてもらえないかという打診はあったものの、やはり舞姫をするにはさすがに幼すぎるし、童女を務めると帝の御前にも、また多くの人の前にも顔を出すことになってしまうので、当時大将としては、橘姫はいづれ帝の女御にと考えたこともあり、お断りしたのでした。
すると今度は松尾神社(まつのおじんじゃ・現在の松尾大社)で行われる秋の秘祭で舞を舞ってくれないかという話が飛び込んで来たのです。
この秘祭は女性だけで執り行われる風鎮めの祭で、境内奥深くにある風祈社神殿で、深夜に行われる行事というのです。
出席するのは、神社の未婚の巫女5名、15歳以下の、まだ裳着をしていない童女10名と、介添役の神社ゆかりの女性(元巫女)5名のみ。神社の男性神職も参列できない、男子禁制の行事で、祭次第も、舞や祝詞の内容も、部外秘というものなのだそうです。練習の場所にも男性は近寄れません。
大将は、他の男性の前に顔を曝さないのであれば問題無いのではないかと考え秋姫に打診してみました。秋姫は一瞬腕を組んで考え込んだものの、お受けしましょうという返事をしました。
「男子禁制って、そんな所に僕が行っていいんですか?」
と驚いた桜君は秋姫に訊きました。
「それとも桔梗がお引き受けする?」
と秋姫は自分の娘に言います。
「絶対無理〜」
「だって、青龍さん、ほんとに女らしく舞えるもの。大丈夫よ」
「でも僕男の子なんですけどー」
「あら、あなたくらい女らしくできたら、神様も女の子の一種と思って下さるわよ」
「そうですか〜?」
それで桜君は橘姫として、この秘祭の舞の練習に辰の日ごとに、つまり12日に1回通うことになったのです。しょっちゅう外出している橘姫と違い、ほとんど家の中に籠もっていて、外出するのは年に数回しかない桜君としても、お出かけできるのは悪くはないかもと思いました。
一方、橘姫の方は祗園祭りの行事に参加することになりました。
今のような山鉾が作られるようになったのは室町時代からで、この頃の祗園祭は、祇園社(今の八坂神社)の神輿を神泉苑まで運行するのがメインの行事でした。
その中で稚児として神と一体化し、神輿に乗って祇園社から神泉苑まで行く役としては、霊媒的な素養のある男の子が選ばれているのですが、その神輿が出発する前に公卿の男子が20名ほど集まって、儀式を行うことになっているのです。また実際に御輿が動き出したら、その先駆けを務めることになります。
これをしてくれないかという打診が大将の所にあり、大将は最近“桜君”が元気に弓だの馬だのしていると思い込んでいるので、春姫にも相談せず、承諾する返事をしてしまいました。
その話を聞いて“桜君”について少し疑義を持つ春姫は不安を感じたのですが、本人に尋ねてみると
「うん。僕やるよ」
と明るい顔で返事をしたので、大丈夫かな?と思いました。
実際には桜君はすぐに橘姫にその話をしました。
「やるよね?」
「やるやる。そういうの大好き」
「衣裳は褌(ふんどし)なんだけど」
と桜君が言うと、さすがに橘姫はゴホンゴホンと咳き込んだものの、右手を高く挙げて
「やる」
と言いました。
立ち会っていた双方の乳母が笑っていました。
「つまり上半身裸になるんだっけ?」
と橘姫は確認します。
「そうだけど、嫌?」
と桜君は訊きます。
「大きくなったらできそうにないから、今のうちにやっとく」
「そうだね。おっぱいが大きくなったら、さすがにできないね」
それで橘姫は褌を締めてもらった上で(これに異様に喜んでいた)、その上にふつうの単(ひとえ)を着、そして半裾と袴を穿き、桜君付きの男性従者を伴って馬に乗って祇園社に練習に行きました。
一方桜君は朝から沐浴をして身体をきれいにしてから、白い小袖に普通の濃紫の袴を穿き、細長を着て、少納言の君とふたりで牛車に乗って松尾(まつのお)神社まで行きました。神社の参集殿にいったん入りますが、少納言の君が付き添うのはここまでです。
練習に参加する童女12人だけが指導役の女性(介添え役の元巫女)に連れられて風祈社に向かいます。12人参加するのは、本番までの間に初潮が来てしまった子は外さなければならないからだと説明されましたが、桜姫も含めて“初潮”って何だろう?と思った子も多かったようです。
「ここに結界線があります。ここから先は男子禁制です。万一この中に男の子が居たら、今すぐここから帰ること」
などと元巫女さんは言っています。
「もし男の子がこの先に入ったらどうなるんですか?」
と訊いている女子が居ます。
「すぐ死んでしまうか、女の子の身体に変わってしまうそうですよ」
と巫女さんが答えると、童女たちは互いに顔を見合わせています。
「死ぬ人と、女の子に変わってしまう人の差は?」
という質問がありますが、
「神様の思し召し次第でしょうね」
と元巫女さんは答えてから
「元々女の子になってもいいような人は女の子に変えられ、女の子にはなれそうもない人は死んでしまうのかも」
などと言いました。
それで結界線を越えますが、桜姫は『僕死んじゃうかな?』などと少し不安を感じながら越えます。幸いにも死ぬことは無かったようです。12人の童女たちも、取り敢えず死者は出ませんでした。
風祈社の手前にある潔斎所と書かれた、小さな建物の中にいったん入ります。ここに介添え役の元巫女さんがあと4人いました。
「ここで全員裸になってもらいます」
とここまで童女たちを連れてきた元巫女さんが言います。
「え〜〜!?」
「風祈社の前にある乙女川は服を着たまま通ることはできませんので」
それでみんな服を脱ぎますが、お嬢様揃いなので自分で脱ぐことのできない子もいます。そういう子は元巫女さんたちが脱がせてあげていました。桜姫はもちろん自分で服を脱いで裸になりました。
12人の内、少しおっぱいが膨らみ始めている子が1人いましたが、他の子はまだです。元巫女さんたちは20歳くらいということで、ちゃんとおっぱいがあります。
「おっぱい大きくていいなあ」
などという声に
「みんなもこれから大きくなるよ」
と元巫女さんは答えていました。
それで全員裸のまま潔斎所を出て、乙女川と呼ばれる小さな川を渡りました。桜姫は、おちんちんを隠していて良かったぁと思いました。でも他の子のお股にはできるだけ視線が行かないように気をつけていました。
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男の娘とりかえばや物語(6)