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■男の娘とりかえばや物語(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-06-30

 
いつの頃のことであったか、権大納言(ごんだいなごん)で大将(だいしょう)も兼ねる藤原重治という人がおられました。容貌も良ければ学問にも優れ、人柄も素晴らしい。世間の評判も良く、何も不満など無さそうなのに、実は人知れぬ悩みがあったのでした。
 
権大納言には奥様が2人おられました。
 
お一人は春姫とおっしゃる方で、源宰相の娘。お屋敷の東の対(たい *3)に住んでおられます。もうひとりの奥様は秋姫とおっしゃって、藤中納言の娘。お屋敷の西の対(たい)に住んでおられます。権大納言はふたつの対の間にある寝殿に住み、東西の対に1日交替で通って、ふたりの奥方を等しく大事にしていました。
 
ある年の春、春姫との間に玉のような男の子が生まれ“桜の君”と呼ばれました。同じ年の秋には秋姫との間にも元気な女の子が生まれ、春姫の方が桜なので、こちらは“橘の姫”と呼ばれました。
 
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桜の君と橘の姫は、母親が違うのにたいそう顔が似ていました。兄の桜君は上品かつ優美で、妹の橘姫は華麗で元気でした。
 
兄君は極端な恥ずかしがり屋さんで、いつも御帳の中に隠れています。絵を描いたり、人形遊びや貝覆い(二枚貝を使った神経衰弱のような遊び)などをしていました。母や乳母(めのと)・女童(めのわらわ)など以外にはまず会おうとしません。
 
一方妹君はまず部屋の中にいることがありませんでした。男の子たちと一緒に蹴鞠(けまり)や小弓(弓で的を射て遊ぶもの)で遊んでいます。髪も短くしていたので、それを見た人は「女の子だと勘違いしてました。男の子でしたね」などと言ったりしていました。
 
そのふたりの様子を見て父君は「兄と妹をとりかえばや(取り替えたい *1)」と悩んでいたのでした。
 
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(*1)「ばや」は未然形に付いて希望を表す終助詞。「取り替ふ」は下二段活用。取り替へず・取り替へたり・取り替ふ・取り替ふる時・取り替ふれども・取り替へよ。
 
※野暮な解説
 
主人公の男女が入れ替わって生活するという設定は、今でこそ代表的な萌えシチュエーションとして多数の作品(*2)を生み出していますが、ごくごく現代に至るまでは「荒唐無稽」とか「低俗」と言われて、この作品は極めて低い評価を与えられてきました。
 
なお「とりかへばや物語」は当初11世紀末頃に書かれたものの、12世紀末頃に誰かの手により大幅な改変が加えられ、現在の形になったとされています。元の物語を「古とりかへばや」「古本」、改変版を「今とりかへばや」「今本」と言いますが、元の物語は散逸して現在は伝わっていません。ただ元の物語にあった無理すぎる展開やグロテスク?な描写などが改善され、物語の展開も自然になり、また登場人物の心理描写などが加えられて、非常に良質の物語になったという批評が「無名草子」(1201頃)に書かれています。
 
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原作者の性別は不明ですが、改変版での女性の心理描写がひじょうによく出来ていることから、川端康成は改変者は女性ではないかと推察しています。私はひょっとすると大本の原作者は女装男性だったかもとも思います。
 

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(*2)主人公の男女が入れ替わる物語の例
 
・サトウハチロウ「あべこべ玉」1932(中2の兄と小6の妹が入れ替わる。戦前の作品だというのが凄い)
→河目悌二による漫画化作品(少女倶楽部1933)もあるが、この本は多分入手困難。 
→TBSによるドラマ化「へんしん!ポンポコ玉」1973(友人の2人が10分間入れ替わる) 
 
・まるやま佳「ちゃお!ユキとケイ」1979(男女の双子でケイは女性的・ユキは男性的な性格。ユキはズボンを穿くがこの当時ズボンを穿く女子は少数だった。ケイは性格が女性的なだけであって女の子になりたい訳でもないし女装趣味がある訳でもないが、ユキとの入れ替わりの結果、しばしば女装させられてしまう。「いくらぼくでもスカート穿くなんて・・・」と言って恥ずかしがっている。2人1役で入れ替わりながらデートしたり、なりゆきで女湯に入ることになってしまうシーンも!) 
 
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・山中恒「おれがあいつであいつがおれで」1979(親友2人がお地蔵様の前でぶつかったら「中身」が入れ替わっちゃった!) 
→大林宣彦監督の映画「転校生」1982(階段を落ちて入れ替わる設定に変更) 
この映画は当初尾美としのりに女装させ、小林聡美に男装させて撮影する予定だったが、外見そのままで演技力だけで人格交換を演じるという手法に転じたことで名作になった。
 
・遠藤海成「まりあ†ほりっく」2006(男女の双子が入れ替わって女子校・男子校へ) 
 
・連載物の中に一部入れ替わりエピソードのあるものもある。
−松本零士「銀河鉄道999」の「二重惑星のラーラ」で鉄郎はラーラと人格交換されてしまう。トイレに行った鉄郎(身体はラーラ)は、ちんちんが無くなっていたことで「世も末だ」と言う。
−藤子F不二雄「ドラえもん」には“いれかえロープ”など入れ替わりネタは多い。
 
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※弓月光「ボクの初体験」1975は、人格スワップならぬ、人格ドミノである。人浦春奈の身体に宮田英太郎の脳が移植され、宮田英太郎の身体に冴木みちるの脳が移植されてしまう。英太郎の脳が入った春奈は、トイレに行くのを恥ずかしがって漏らす寸前に。更に、した後、拭くのにも一苦労する。みちるの脳が入った英太郎はちんちんに触るのを恥ずかしがり、トイレで春奈(中身は本物の英太郎)にちんちんを握ってもらって立ち小便をする。英太郎の脳の春奈は出産までしてしまう。
 
※1972年のMary Rogers「Freaky Friday」(後にディズニー映画にもなった)は人格入れ替わり作品ブームの原点とも言われるが、これは男女ではなく母と娘の人格が入れ替わっている。なおMary Rogers(1931-2014)は同名の殺人事件の被害者(?-1841)とは別人。
 
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※男女でなくてもよければマーク・トウェイン「王子と乞食」(1881)、エーリッヒ・ケストナー「ふたりのロッテ」(1949)も古典的な入れ替わり作品である。
 
※手塚治虫の「双子の騎士」では双子の姫が男装して兄の代理をするが、兄は別に女装はしない。
 

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(*3)寝殿造りというのは、母屋(おもや)の周囲に廂(ひさし)を巡らし、その更に周囲に濡れ縁が付いた構造の家屋を言う。基本的にこの廂の部分までが屋内であり、夜間には廂と濡れ縁の間に跳ね上げ式の蔀(しとみ:格子を組んだ間に板を挟んだもの。単に格子とも)を下ろす。その特徴は塗籠(ぬりごめ)と呼ばれる特殊な部屋を除いては壁が無く、屏風・衝立・襖・帳・御簾などで区切るだけで、必要に応じて自由に空間を組み替えて使用できることである。
 
そのようなパーティションで部屋を作り出すことを「室礼(しつらえ)」と言う。
 
今日の純日本風の住宅でも、壁を作らず、襖や障子で部屋を区切るだけであり、宴会などをする場合はそれを全部とっぱらって広い空間を作り出せるような構造のものがあるが、これが寝殿造りの考え方を伝えている。
 
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大規模な寝殿造りになると「対(たい)」と呼ばれる別棟が付属しており、その各々の対がまた寝殿作りである。しばしば複数の妻を一緒に住まわせるために複数の対を建築した。対はその方角により、東の対・西の対・北の対などと呼ばれる。
 
一時期、中心の寝殿の東西に東の対・西の対があり、南側には池があるというのが寝殿造りの特徴であるという主張が行われたが、現在では否定されている。それは寝殿造りのひとつの例にすぎない。但しこの物語の大将(左大臣)宅はそのような構造になっている。
 
塗籠(ぬりごめ)は初期の頃は、神様を祀るのに使用されたが、その内夫婦の寝室として使用されるようになり、後には単なる物置と化した。奥様に子供がいる場合は対の母屋の中がパーティションで区切られて奥様のスペース、各々の子供のスペースが作られていたものと思われる。女房(にょうぼう)や従者(ずさ)などの使用人は廂部分に控えていたり、また別途寝泊まりするための部屋が別棟に作られていたケースもある。廂部分には応接室なども設定された。
 
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★この物語の主な登場人物
 
藤原重治 権大納言・大将→左大臣・関白
春姫 重治の妻 東の対に住む。花子(花久)の母。
藤原花子 春姫の息子。“桜の君”。後に東宮の内侍(宣耀殿)。 
秋姫 重治の妻 西の対に住む。涼道(鈴子)の母。
藤原涼道 秋姫の娘。“橘の姫”。後に三位中将・権中納言。 
 
藤原博宗 重治の兄。右大臣。
一の君 睦子 朱雀院の女御
二の君 虹子 今上(朱雀院の弟)の女御
三の君 充子
四の君 萌子 涼道の妻
 
仲満親王 朱雀院の伯父 式部卿宮
仲昌王 仲満親王の息子 宰相中将 朱雀院の従弟 ★トリックスター 
 
東宮 雪子(梨壺) 朱雀院の皇女。母はこの物語開始時点で亡くなっている。
 
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道潟親王 先帝の第三皇子(朱雀院・今上帝の弟)
一の君 海子
二の君 浜子
 
※お断り。
 
古い時代の小説には、宇津保物語や竹取物語のように登場人物の個人名を出すものと、源氏物語のように地位や役職名のみで押し通すものがあり、このとりかへばや物語は源氏物語同様、個人名を出さない書き方であり、“中納言”“中将”のように役名や“一の宮”“二の君”のように親族関係などのみで登場人物を表しています。
 
しかし親族関係は誰の一の君なのかといったことが分からなくなりがちですし、役職名は物語の途中でどんどん出世して変わっていくので、集中して読んでいないと誰が誰やら分からなくなる問題があります。
 
そこで今回の翻案にあたっては、登場人物に仮の個人名を付けることによって読者の混乱をできるだけ防ぐように努めました。但し安定して書かれている、左大臣(主人公たちの父)、右大臣(その弟)、中納言および内侍(主人公たち)、宰相中将などは原作の雰囲気をできるだけ伝えるためにそのまま使用している箇所も多いです。
 
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なおここで使用している個人名は全て架空のものであり、実在の個人名とは無関係です。
 

平安時代の子供はだいたい3歳(現在の2歳)までは男女とも坊主頭です。3歳になった頃に「髪置きの儀」をして髪を伸ばし始め、長くなってくると男子は角髪(みずら。美豆良とも書く)に結い、女子はそのまま振り分け髪にしていました。
 
現代では「琴(こと)」というと、箏を指しますが、平安時代には次の4種類の楽器の総称として「琴(こと)」という言葉が使用されていました。
 
●箏(そう)十三弦。琴柱で音程を調整する。現代の箏とほぼ同じ。
●琵琶(びわ)現代の琵琶とだいたい似ている。ルーツは中央アジアのバルバットという楽器とされ、西洋に伝わったものはリュート、後にギターなどに発展した。 
●琴(きん)七弦の長方形の楽器で、指で押さえて音の高さを決める。 
●和琴(わごん)六弦の長方形の楽器で琴柱で音程を調整する。
 
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また当時は男女によってたしなむ楽器が異なっていました。一般に女子は箏・和琴を弾き、男子は琴(きん)・琵琶を弾きました。また笛(単に笛というと多くは龍笛)などの管楽器や打楽器は男性に好まれました。むろんそういう性別にとらわれずに演奏した人もあり、岡野玲子『陰陽師』で有名になった源博雅は龍笛・琵琶の他に、和琴の名手でもありました。
 
平安時代の貴族の子供の服装は男子は狩衣の後ろ身頃を短くした半裾(はんきょ。通称半尻)、女子は袿(うちき:内着)に似た、細長(ほそなが)という、左右の身頃を前でカーディガンのように合わせる服を着ていました。下半身には男女とも袴を穿きます(男子は白・女子は濃紫)。女子が裳(も。スカート)を穿くのは成人式(御裳着)以降です。
 
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