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(C)Eriko Kawaguchi 2014-01-19
「婚約者って・・・、あんたそういう人がいるのに女になっちゃったの?」
「うん」
「私、有華から聞いてびっくりしてさ。あんた、女になりたかったの? そんな感じは全然無かったから」
「うん。まあ、あまり表には出してなかったかな」
と里子は答える。実際自分でも思ってもみなかったしねー。
「でもあんた・・・・結構美人じゃん」と母。
「里子さんは、充分美人の部類に入ると思います」と紀恵。
「さとこ?」
「あ、うん。女で里太郎という訳にもいかないし、里子と名乗ることにした」
「ふーん。まあいいか。でも紀恵さん? この子がこんなになっちゃってもいいんですか?」
「私もびっくりしましたけど、私が好きなのは、さとちゃん本人だから性別は気にしません」
と紀恵。
「あんた、良い人を見つけたね!」
と母。
「ふたりともウェディングドレス着て、結婚式なんてのもいいかなとか言ってるんです。分かってくれる人だけ招いて」
「ああ、そういうのもいいかもね。紀恵さんはどちらのご出身ですか?」
「青森なんですけど、両親は私が大学生の時に事故で亡くなっちゃったんです。だから天涯孤独の身なんですよ」
「あら、そしたら学費なども大変だったでしょう?」
「それで彼女はクラブとかスナックで夜バイトして学費を稼ぐようになったんだよ。昼間のバイトだと学業と掛け持ちできないから」
「それは苦労したのね!」
「まあ、住めば都です」
「彼女の御両親は八戸で会社を経営していて、当時は羽振りが良かったんだよ。それでこちらの○○○大学に入ったんだけど」
「わぁ!お嬢様大学だ」
「うん。だから学費も高額で。でも両親が亡くなると会社も倒産して大変で。とてもそこの学費は払いきれないから、編入試験受けて***大学に移ったんだよ」
「***大学に入れるって、頭いいんだね!」
「この子、私より頭がいいよ。両親や会社名義で莫大な借金があったけど、とても払いきれないから、やむを得ず相続拒否して借金が掛かってくるのは防げたんだけど、生活に突然困った従業員さんからも債権のある取引会社とかからも、かなり泣かれたらしい。泣かれても個人的な資産は何も無いからどうにもしてあげられなかったんだけど。会社の土地とかは全部銀行に取られたし」
「ほんとに苦労したのね! それで、そのバイトは・・・」
「今でも続けてます。こちらその営業用の名刺です」
と言って、紀恵はピンクの名刺を見せる。
「へー! カオルさんなの?」
「仕事場では」
「紀恵さんというのが本名?」
「はい、そうです」
と言って、紀恵は運転免許証をバッグから取り出して母に見せた。
「なるほどねえ」
母は彼女の生年月日の所を見て年齢を計算している雰囲気。
里子は大事な点を言っておく。
「でもそういうバイトしてても、この子身持ちが堅くて。私と知り合うまでヴァージンだったんだよ」
「はい、里子さんにヴァージン捧げました」
「あんた、本当にそういう人がいて女になっちゃうのは無責任だよ!」
「うん。ごめん」
「でも、里子さんはたぶん女として生きる運命だったんだと思います。私はそんな所まで含めて里子さんを好きになったから、その決断を認めてあげることにしました」
と紀恵。
母の前ではさすがに福引きで性転換手術が当たったなんて話はできない。自分の意志で性転換したことにせざるを得ないだろう。話を複雑にするだけだし、だいたい福引きで性転換なんて話を誰が信じるだろう?
「あんた、仕事はどうするの?」
と母は里子に訊く。
「今まで通り勤めるよ。手術のあとは無理がきかないから一応9月末まで休職。その間は保険から給与の3分の2の額が支給されてる。他に貯金もあるから休職中の生活費は問題無いし」
「女になっても同じ仕事できるの?」
「問題無いと思うけどね。まあヒゲ課長の名前は返上せざるを得ないから、代わりにピンクの服を着て行ってピンク課長とでも呼んでもらおうかな」
「ふーん」
冗談で言ったのに、マジに取られている気がする。本当にピンクの服で現場に出かけて行こうか。
その日は自宅で3時間ほど母と話した上で、外に出て紀恵お勧めの割烹で夕飯を食べた。母は里子が女子トイレに入るので
「あんた女トイレでいいの?」
などと訊くが
「もう男子トイレには入れない身体になったしね」
などと里子は笑顔で答えた。
母はその日はホテルに泊まって、翌日は里子たちと一緒に遊園地に行ったあとデパートで買物したりして過ごし、夕方郷里に帰って行った。
里子が退院してから1ヶ月少し経った9月の初め。
郵便物を見ていた紀恵が
「あれ?裁判所から手紙が来てるよ」
と言って里子に渡す。
「裁判所?誰か金返せとかいう裁判でも起こしたとか?」
「さとちゃん、お金借りてるの?」
「ううん。私はお金は人にも貸さないし、自分でも借りない主義。まあクレカは付き合いで作ったけど、携帯代を払うのとか通販の支払いにしか使ってないな」
そんなことを言いながら開封したが、中身を見て首をひねる。
「なんだろ?これ」
「ん?私が見ていいの?」
と言いながら紀恵もその書類を見た。
中に2枚の書類が入っている。1枚の書類には
《申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する》
と書かれており、もう1枚には
《申立人の名「里太郎」を「里子」と変更することを許可する》
と書かれていた。
「さとちゃん、戸籍の変更を申請したんだ?」
と紀恵は訊いたが
「これ、戸籍の変更なの?」
と里子は訊き直した。
「こちらは戸籍上の性別を男から女に変更するという意味。こちらは戸籍上の名前を里太郎から里子に変更するという意味。いつ申請したの?」
「こんなの知らない・・・・あっ」
「ん?」
「病院を退院する日に、何か申立書とかいうのに署名して病院に出した」
「じゃ、病院からこれ裁判所に送られたんだ!?」
「そうかも」
「なんて親切な病院というか、余計なお世話というか」
と紀恵はほとんど呆れている。
「じゃ・・・私、戸籍の上でも女になっちゃうの?」
と里子は戸惑うような顔をする。
「まあ、そうだね。実態が女なんだから、その方がいいんじゃない?」
と言いながら紀恵は少し渋い顔をしている。
「そっかぁ・・・」
と里子は事態を充分把握できないまま少し考えている。
そうしたら紀恵が気を取り直したようにして
「おめでとう」
と笑顔で言った。
「おめでたい・・・のかな?」
「だって、実態が女なのに、戸籍が男だったら、あれこれ面倒だよ。選挙の投票に行っても『これ違いますよ』と言われたり、海外旅行した時に入出国審査で揉めたりするよ」
「そうだよねー。じゃこれでいいのかな」
と里子は少し考えていたが、重大な問題に気付く。
「大変だ!これだと、私、のんちゃんと結婚できない」
日本ではたぶん、女同士では結婚できないはずだ。
「うーん。そうだなあ」
と紀恵は少し考えていたが
「別に戸籍なんて、どうでもいいじゃん。私とさとちゃんが夫婦であると思っていたら、それで私たちは夫婦なんだよ」
「いいの?」
「まあ、ふつうの結婚にはならないなというのは、さとちゃんの性転換を知った時点で覚悟してたよ」
と紀恵は笑顔で言った。
それで田舎の母と連絡を取り、いっそ休職中に結婚式を挙げてしまうことにした。自分で田舎に行って父に直接自分の性別のことを話したかったが、その件を母に言うと「まだ静養中なんでしょ。無理しない方がいい」と言って、父と一緒に一度上京してきてくれた。妹も一緒だ。
父は最初里子を、里子の婚約者かと思い込んだものの、すぐに自分の息子と分かると「信じられん!」と言った。いきなり「こんな奴はもう息子じゃない」などと言うが、母と妹が「まあ息子じゃないよね。娘だよね」と言うと、「娘だと!?」
などと言う。
それで里子は服を脱いで、裸になってみせた。
「ちんこ・・・・無くなったのか?」
と父。
「そりゃ、女の子におちんちんが付いてたら変だよね」
と妹。
「うーん・・・」と悩んでいる父。
「私はこの人のことを好きなので、性別が変わってもその愛は変わりません。ですから、結婚させてもらいたいと思っています」
と紀恵が言う。
「ほんとにいいんですか?」
と父が紀恵に訊く。
「ええ。赤ちゃんは望めないけど、仲良しだから一緒にやっていけると思います」
と紀恵が笑顔で言うと、それで父も
「まあ、お嫁さんがそう言うのなら、まあ認めてもいいかな」
と言い、何とか、性別変更と結婚のことを認めてくれた。
友人関係は片っ端から電話を掛けて、性別変更と結婚式を挙げることを言い、御祝儀は不要だから、良かったら出席して欲しいと言ってみた。遠くの人にはこちらで旅費も出すことを伝えた。
「女になっただとぉ〜〜〜!?」
と多くの友人が驚いたような声をあげる。
「お前、そんな趣味あったの?」
「まあ趣味というか生き方だけどね」
「その女になったというお前を見てみたい」
そんなことを言って、電話を掛けた友人のほとんどが出席に同意してくれた。
会社関係も部長に話してみたところ、部長自身と社長・専務・常務、それに同僚が男女15人ほど出席してくれることになった。紀恵も学生時代の友人数人、ネットの友人、そして何人か仲の良い同僚などを招待する。それで結局出席者は60人ほどに膨れあがってしまった。
今回、御祝儀は不要、持って来ても断ると宣言していたので、この費用を全部自費でまかなう必要があるが、持っていた自社株を部長にお願いして会社で買い取ってもらい、何とか費用を作った。
でも実際には「断るかも知れんが押しつける」と言って、御祝儀を押しつけてきた友人が結構居たし、部長と社長・専務・常務も「いいから取っておけ」と言って御祝儀を無理矢理置いていったので、結果的には結婚式・披露宴の費用の7割くらいは御祝儀でまかなえてしまった。
なお、同性婚になるが、打診してみたホテルは、最近はそういう事例も多いのでと言って、快く引け受けてくれた。そこと提携している神社の神職さんも「お互いが真に愛し合う気持ちがあるなら神様は祝福してくれます」と言って式を引き受けてくれた。
それでふたりは9月23日の秋分の日に結婚式を挙げた。