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■Shinkon(11)

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その後、半月ほど、僕は放心状態だった。
 
星がいなくなったのに、おっぱいは張る。理彩がみかねて乳を搾ってくれた。
「ねえ、もし星が帰って来た時のために、それ冷凍しておいてくれる?」
「うん。いいよ」と理彩は優しく言って、僕にキスをした。
「じゃ、冷蔵庫1台買っていい?」
「うん。2台でも3台でも買って」
「OK」
 
「しかし、赤ちゃんが突然いなくなったら、私たちが殺したかと思われたりしてね」
「あはは。その時は僕が殺したと言って警察に引き渡してよ。このまま死刑になっても構わないや」
「死刑になった後で、星が戻って来たら、寂しがるよ」
「そっかー」
 
その時期、僕はその星が戻ってくるかも、という可能性だけに賭けて生きていた気がする。もちろん家に祀っている分社には朝晩のお祈りは欠かさなかった。そのお祈りをしながら、お願い、星、帰って来て、と僕は祈っていた。
 
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その年の祈年祭。真祭の夜が明けた2月14日の朝、踊りは30分続いたという報告を神職さんから受けた。この時間なら、豊作とまで行かなくても、悪くはない出来になるだろう。
 
「きっと星が今の神様に干渉してるんだよ。先代の神様からも次の神様からも言われちゃ、今の神様もしゃーねーな、という感じになるんじゃない?」
「じゃ、星は頑張ってるんだね」
「うん。神様だもん。あの子は頑張る子だよ」
「そうだね」
 
それを聞いて僕は少しだけ元気が出た。
 

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そんな気分でいた17日の朝、僕が朝のお勤めをした後、理彩と一緒に朝御飯を食べていた時、突然、星の部屋にまた光の柱ができた。僕たちがびっくりして飛んで行くと、その光柱の中をゆっくりと星が降りてきて
「ただいま」
と言った。
 
「星?」
「帰って来てくれたの?」
「うん。本当は神様としては生まれて1年もたてば1人前だから、神様としての修行をしないといけないんだけど、お前のお父さん・お母さんが寂しがってるから当面は、ふたりの子供として人間の世界にいなさいって言われた。それで、祈年祭が終わった所で戻って来た」
 
「当面ってどのくらい?」
「そうだなあ。50年くらいかな。その間は、一応人間界にはいるけど、時々神様の国に行って修行もするね」
「嬉しい!」
僕は駆け寄って星を抱きしめた。
「お母ちゃん、ちょっと強すぎるよ」
 
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「星にとっては、命(めい)がお母さんなの?」と理彩が訊く。
「うん、そうだよ。僕を産んでくれた人だもん。よろしくね、お父さん」
「そうか!私がお父さんか。まあ、いっか。それで出生届出したしな」
 
「あ、それから、僕はふだんはふつうの赤ん坊の振りしてるから、こんなにことばをしゃべるのは特別な時だけね」
「うん、分かった」
 

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星が戻って来たと聞くと、双方の両親に神職さんも駆けつけてきてくれた。
 
双方の親は、星が天に帰ったことで本当に悲しがっていたので、また喜びようもひとしおであった。神職さんも微笑んで、星に向かって「よろしくお願いします」と言った。すると星はウィンクをした。神職さんが驚いて、「この子、言葉が分かるのでしょうか?」と訊く。
 
僕たちは「神様ですからね。分かるかも知れませんね」と言って微笑んだ。
 

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僕たちは理彩の排卵周期に合わせる形で、その年の6月下旬に、冷凍保存していた僕の精液を理彩の子宮に注入。妊娠に成功した。予定日は3月15日と言われた。その年の後期と翌年前期を休学するという魂胆である。
 
その子供は翌年無事産まれた。女の子で、名前は「月」とした。星と対になって夜空を守るというイメージである。
 
僕は理学部を卒業した後、名古屋商科大学大学院が大阪で開いている講座を受講し、ここに2年間通ってMBAの資格を取った。村で始めたい事業のために経営学を学んでおくのは必須と思ったからである。僕が大学院を卒業した年、理彩も医学部を卒業。医師の国家試験にも合格して、大阪市内の病院に勤め始めた。
 
僕の方はこれまで計画していた事業を実行に移すことにした。既に新しい桃の品種の開発は完了し(開発は最終的に5000万円掛かった)、村の何軒かの農家で試験的に育ててもらい、いろいろな人にも試食してもらって、かなり良い評価を得た。
 
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僕は大学3年の頃からせわしく村に足を運び、村の中で生育に適した場所にある農地(大半が実際には休作地)の所有者に掛け合い、売却または借地のどちらの契約でもいいので、そこで桃を育てさせて欲しいと交渉した。
 
大半の所有者が売却に応じてくれて、一部借地契約になった所もあわせて3年で1haの土地を3億円で獲得した。こんな資金が使えるのも、神様のお陰である。本当は4haにしたかったのだが、最初から広い面積で始めて失敗したら目も当てられないので、まずは1haから始めることにした。
 

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星が2歳の誕生日を迎えた時、僕に「お母ちゃん、誕生日プレゼントにパソコン3台買ってよ」と言った。
「3台?ノートがいいの?デスクトップ?」
「ノート3台がいい。最高速のCPUで。多分酷使するから、一流メーカーのにして」
「了解。光で接続する?」
「うん。できたらお母ちゃんたちが使ってる側と干渉しないように僕専用の回線にして欲しいんだけど」
「いいよ」
 
「それと、宝くじで当たった当選金の内、僕が当てさせた2億を自由にさせてくれない?」
「もちろん。あれは実質的にはお前のものだと思ってる」
「じゃ、お母ちゃんの名前で○○証券と○○証券に株式の口座、○○短資にFXの口座を作って」
「お前、株とか為替やるの?」
「神様といえども、相場の予測まではできないよ。でも人間よりは勘は強いから」
「へー、神様でも相場の先読みってできないのか!」
「もし失敗して資金無くしたらごめん」
「いいよ。そもそもお前が当てた宝くじだもん」
 
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そんな会話をして、僕はパソナニックの最新ノートパソコンを3台買って、星が操作しやすいように、座卓の上に三面鏡のような感じに3台並べた。星の希望で、各々のパソコンに、羊さんマーク、ライオンさんマーク、お猿さんマークのシールを貼り付けた。
 
羊さんは監視用、ライオンさんは勝負用、お猿さんは全体管理用だと言っていた。ライオンさんのマシンにだけマウスも接続した。この3台はLANで結び、新たに引いた光回線に接続した。またこの3台だけで共有するNASとプリンタも1台ずつ入れた。見てると星は器用にマウスやタッチパッドを使ってマシンを操作していた。でも夢中になって操作している風な時にそっと様子を伺うとキーボードが勝手に動いている時もあったので、マウス操作とかは人間に見せるためのものなのだろう。
 
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星が指定した証券会社には僕の名前で口座を開設し、星が当てた2億円の宝くじの内、5000万円ずつを3つの証券会社の口座に移動し、残りの5000万は万一追証などを払うハメになった時のために温存した。(移動は証券会社から吸い上げる形の移動なので、振込手数料などは不要であった。こんな大金を手数料無しで移動できるなんて、星に教えられないと、思いも寄らなかった)
 
星は大半の時間寝ているのだが、起き出すと周囲に僕と理彩(と月)以外の人がいないのを確認してから、パソコンを操作して、積極的に株を買い、またFXで通貨の交換を続けた。最初の1ヶ月で株に投入した資金1億を1億2000万に増やしFXも5000万を7000万に増やした。おお、さすが神様!と思っていたら、翌月「ぎゃー、御免なさい8000万すった」などと言って落ち込んでいた。
 
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はあ、神様でも相場で失敗するものなんだ、と僕は微笑ましく見ていた。
 
しかしその失敗が星にはかなり勉強になったようで、その後はそんなに大きな失敗もしないまま、1年後には資産を5億に増やしていた。僕らが事業を始める頃には、星が僕の名義で作ってくれた資産は30億を超えていたのである。星は株やFXの操作をすること自体が楽しそうなので、その資産の内20億を事業用に出資してもらい、残り10億で自由に星に遊んでもらうことにした。
 
星がFXなどをしていると、月が興味深そうにやってきて、邪魔するので「お母ちゃん、邪魔されたくないから、月にも専用のパソコン買ってあげて」と言う。それで月にもパソコンを1台買ってあげて、うさぎさんマークを貼ってあげたらまだまともに言葉もしゃべっていないのに、楽しそうに勝手にゲームサイトなどに接続して遊んだり、動画サイトを見たりしているようだった。自分達も結構子供の頃からパソコンで遊んでたけど、今はもうこんな遊び方が普通なんだな、と思って月を見ていた。
 
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「最初は毎年宝くじを当ててあげようかと思ったんだけどさ」
とある時、星は言った。
 
「毎年1等が当たるなんて不自然すぎるじゃん。2回連続まではいいけど。だから、僕が株とFXで増やすと提案したんだ。先代神様からは『いいけど、お前失敗したらどうすんの?』って、散々言われたけどね。いきなり8000万損した時は、あちゃーと思ったよ。でも、負けるものかと頑張った」
などと星は言っていた。
 
「そんなにお金があるんなら、お母ちゃんの性転換手術費用くらい出るよね」
などとある時、理彩が星に言った。
「あ、お母ちゃん、女になりたいなら手術なんか受けなくても、僕がいつでも女に変えてあげるよ。痛くないよ、多分」と星。
「いや、いい、そのつもり無い」と僕は拒否した。
 
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そんなことを言っていたら
「あ、月、男の子になりたーい」などと月が言い出す。
「いいよ、変えてあげようか」などと星が言うので
「だめ」と言う。
「そんな、簡単に人の性別変えたりしちゃだめ」
「だって本人が男の子になりたいって言ってるのに」
「それは余計なお世話。月がもし20歳になっても、男の子になりたいと言ってたら、男の子にしてあげて」
「了解。じゃ20歳になったらね」と星。
「つまんないなあ」と月。
 
神様を育てるのもなかなか大変である。
 
その日の夕方僕は何気なく棚の人形を見ていたら、博多美人の博多人形が立っていたはずの所に見慣れない黒田武士の博多人形が立っていた。どうも星のいたずらのようであった。神様もストレス解消が大変なんだなと苦笑した。(もちろんすぐ元に戻させた)
 
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村の土地に桃の木を植え、育てるために、僕たちは人を雇った。農協の人が村出身で都会に出ている人に声を掛けてくれて、農業経験のある人を中心に8人の男女を雇った。ここまでこの桃の試験栽培に協力してくれていた村の人が2人、また岡山県で桃の栽培の経験をしたことのある人が2人、それから過去に他県で有機無農薬栽培をしていた経験者が1人いた。残りの3人は実家の田畑の田植え・収穫を手伝ったりしていた程度の人である。
 
1haに植えられる桃の木はだいたい200本ほどである。5人もいればお世話できるとも思ったのだが、僕たちはこれを有機肥料・微農薬で育てたかったので(最初無農薬のつもりだったが、虫の付きやすい果実を無農薬は無謀すぎると言う農協の人の忠告に素直に従い、微農薬に切り替えた)、どうしても人手がいると思ったのである。彼らの給料も、また必要な器具などの類も星が作った資金のお陰で充分に支払うことができた。
 
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収穫した桃は、品質のいいのはそのまま出荷できるが、形の悪いものやサイズの足りないものは、缶詰にした方がいいと農協の人に言われて、そのための加工工場も建てた。また有機肥料・微農薬ということで管理が難しいので、植物の疫学に詳しい専門家を招いてスタッフ一同で勉強会をしたりもした。また微農薬は病害虫の発生をとにかく早く知ることが大事なので農園の見回りは人手でもしたし某大学で開発された巡回監視ロボットも導入して毎日巡回させた。果実の外見と透過光で病害虫を自動認識するほか、剪定した方が良さそうな箇所も教えてくれる優れモノである。
 
この事業は最初の1年は半ば手探りで試験的な稼働をした上で2年目、僕がMBAを修了した年に本格稼働した。1年目では単に「○○県産桃」とだけラベルを貼った状態で出荷していたのだが、2年目ではきちんとブランド名を付け、放送局や新聞などにも取材に来てもらったりして、広報活動に力を入れた。お陰で、このブランドの桃は大阪・京都方面でけっこう話題になり、東京方面からも引き合いが来て、4年目、僕たちは農地を4haに拡大した。
 
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更には自分たちでその桃を育てたいという人が村の中に出て来たので、充分な指導のもとで、それを許可したし、農協からの融資を僕たちが保証する形で資金援助をした。大半の人は微農薬でやる自信まで無いということだったので農薬は使った方がいいですよ、と言った。微農薬で作ってる自分たちの農園の桃はその農園名で識別できるから、気にすることもない。
 
そして僕たちの事業の成功に気をよくして、村に戻ってくる30〜40代の人が増えた。村は活性化し、新しい家もたくさん建ったし、近くにショッピングモールも出来た。僕たちに刺激されて、近隣の村でブランド物のミカンの事業化を試みる人が出たし、柿の事業化を試みる人も出た。
 

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