[*
前頁][0
目次][#
次頁]
10月になると確かに乳房が膨らみ始めた。お腹もけっこう出て来たので、僕はガードル式の腹帯をつけた。しかし10月も初旬頃はまだ僕の男性能力はあったので、理彩とは毎日のようにセックスしていた。
この大学1年の後期、理彩は毎日大学に出て行き、僕は毎日買い物して晩御飯を作っていたので、ちょっと新妻にでもなった気分だった。基本的に僕は家の中でじーとしていてもいいのだが、それではやはり気が滅入るし(ホルモンの関係でいわゆる「マタニティーブルー」になりやすいと言われた)、少し運動した方がお腹の子にも良いということで、僕は日中、図書館などに出かけて本を読み、その後買い物して家に帰るという生活をしていた。
「命(めい)は、私のお嫁さんみたい」
「けっこう、お嫁さんってのやってみたい気分」
「女物の服で出歩くの、少しは慣れた?」
「さすがに慣れた。今日は電車に乗ってたら、高校生の男の子から席を譲られたよ」
「そりゃ、妊婦は大事にしてもらえるからね」
「図書館ではどんな本、読んでるの?」
「世界の神話・伝説を読みまくってる」
「ああ」
「神婚伝説って、ほんとにたくさんあるんだね」
「たぶん実際にたくさんあったのよ、そういうのって」
「あと、経営学関係の本を読んでる」
「へー?それはまた何で?」
「うん、ちょっと思う所あってね・・・」
10月も下旬になると、さすがに、僕のおちんちんは立ちにくくなった。それでも刺激していると立つので、まだ僕たちはセックスを楽しむことができた。しかし11月になると、さすがになかなか立たなくなった。最後に僕たちがセックスをしたのは11月最初の日曜日だった。ふつうに刺激しても立たないので、理彩がフェラをしてくれたら、やっと立った。でもその日が最後だった。
それでも11月中旬くらいまでは、理彩に刺激されると立ちはしないものの射精だけはしていた。その後、射精ではなくても透明な液が出るという状態になったが、12月になると、その液さえも出なくなった。「逝く」感覚はあるものの、何も出てこないのである。病院の先生にチェックしてもらったら、睾丸内に生殖細胞が全く無くなっていると言われた。
「命(めい)、とうとう男の子じゃなくなっちゃったね」
「まあ、それは覚悟の上だったから」
「なんか私感動するよ。母って強いんだね」
「あ、それはそうかも。この子のためにと思うと何でも耐えられる感じ」
「命(めい)、私、命(めい)のこと好きだよ」
「僕も理彩のこと好きだよ」
僕たちはもう「結合」はできなくなったものの、毎晩お互いの性器を刺激していた。立たなくても刺激されると僕は気持ち良かったし、理彩も充分濡れていて僕は指で彼女のGスポットを刺激していた。僕の刺激の仕方が理彩に合っているようで、彼女は何度か潮吹きをした。
「私、命(めい)以外の子とでは潮吹きなんて経験できないよお。もし私が他の男の子と結婚しても、時々これしてよ」
「さすがにそれはできないよ。僕にこれしてほしかったら、僕と結婚してよ」
「ちぇっ、ケチ〜」
「僕と結婚してくれるんなら、浮気は認めてあげるよ。他の男の子との間に子供作ってもいいよ。それを僕との間の子供ってことにしてくれるんなら」
「それいいなあ。考えてもいいな」
「ただ、僕のおちんちんが最低立つくらいまで回復してからね。さすがに全然立たない状態じゃ結婚してなんて言えないからさ。僕もそこまでは何とかならないかと思ってるんだ。精子の生産能力は回復しないだろうけど」
「そうだね。バイアグラって手もあるよね」
その年、うちの村は近年稀にみる大豊作だった。神職さんと氏子代表がうちに来て、これも真祭がうまく行ったおかげですといって、謝礼金をくれた。父はその中身が100万円だったので、びっくりした。
「こんなにもらっていいんですか?」
「村がこれだけ潤ったのは久しぶりですから」
父はその場で「信じてもらえないかも知れないけど」と言い、僕が神の子を妊娠していることを語った。神職さんは男の子が妊娠なんて、何かの間違いではないかと思ったようだが、経緯を聞くに連れ「昔からある神婚伝説にそっくりですね」
と言う。
「そもそもこの村には過去にも男の子が神の子を産んだという伝説がありますし」
「でもよく産む決断をしましたね」
「命(めい)はそもそも死んだ状態で生まれてきた子で、自分がこの世に生を受けたこと自体が奇跡だから、こんなことになったのも、きっと自分の運命(さだめ)なのではと言って、産むことに決めたようです。男性機能は消失してしまったようですが、それは覚悟の上だと言っていました」
「そうですか。でもその生まれた子に興味があります。できたら、神社の跡取りにはできませんでしょうか?」
神職さんのところは娘さんが3人いるものの、男の子がいなかったので、どこかから婿さんをとって継いでもらおうかなどと言っていたのである。
12月24日、クリスマスイブ。僕と理彩はケーキを買ってきてささやかなお祝いをした。
「アルコールは良くないだろうから、シャンパンじゃなくてシャンメリーね」
「いや、僕そもそもあまりアルコール好きじゃないから」
「私はアルコール結構行けるけどなあ。水割り15杯飲んで平気な顔してたから驚かれたことあるけど」
「酒豪だなあ」
「でもキリストも神の子だよね」
「やはりあっちの方にも神婚伝説ってあったんだろうね」
「ギルガメッシュも神の子だよね。但し男の人と女神の間にできた子だけど」
「この子はどんな子になるんだろうね?」
「それだけどさ・・・昔からうちの村にある神婚伝説で生まれた子って、1年たった時に天に帰って行ったという話じゃん」
「この子も1年で天に帰っちゃうとか? それはちょっと寂しいなあ・・・」
「ねえ、命(めい)、クリスマスプレゼント代わりにお願いしていい?」
「なあに?」
「私と結婚して」
「え? だって、僕、今男の子じゃないし」
そもそもこの日は僕は白いワンピースを着ていたし、クリスマスだからといって乗せられてお化粧までしている。僕を乗せておいて理彩はスッピンだ。
「命(めい)のおちんちんが立たなくなってから、2ヶ月くらい、私たち夜の生活してきたけど、私ちゃんと気持ちいい思いできてるし、これなら、おちんちん別に立たなくても、あるいはもし命(めい)がその気になっちゃって、性転換手術受けちゃってもいいんじゃないかなって思った」
「しかし・・・」
「それにさ、私もまるで何かに導かれるように、命(めい)とこの子のお世話することになっちゃって。このまま、ずっとこの子のお世話をしてあげたい気分なのよね。だから、この子、私たちふたりの子供として育てようよ」
「でも、いいの? 理彩、他の男の子をもっと知りたいって言ってたし」
「そうだねぇ。命(めい)には黙ってたけど、8月以降も私、何度か男の子とデートしたのよね。セックスしちゃったこともあったし」
「それは気付いてたよ」
「そっかー。気付かれてたか。私ったら、毎晩命(めい)ともセックスしながら、他の男の子ともセックスして、我ながらふしだらな娘だなとは思ってたけどね」
「僕とのセックスは友だちとしてのセックスだって、理彩言ってたじゃん。だから、恋人として他の男の子とセックスするのは構わないと思うよ」
「嫉妬しない?」
「するよ」
「やはりするか!?」
「当然。理彩を抱いた他の男を殴りたい気分。でも理彩のすることは認めてあげる」
「じゃ、友だち感覚で私と結婚するのもいいよね?」
「確かに今はそういう友だちカップルっての、いるよね」
「うん。だから、私たちはあくまで友だち。でも夫婦でもあるの」
「いいよ。僕は理彩のこと大好きだから。ずっと一緒に暮らせるなら、こんな嬉しいことない」
「じゃ、これにサインして」
と言って、理彩は婚姻届を僕に見せた。理彩の分は署名捺印済みだ。
「用意がいいね。でも未成年だから、保護者の承認が必要だね」
「明日にも、それもらいに行ってくる」
僕は婚姻届に自分の署名・捺印をした。
年が明けて1月16日、僕たちは帝王切開で胎児を取り出すことにした。7月4日が受精日だったとすると1月16日で30週目に入る。お医者さんが強く勧めたし、理彩もそれが絶対いいと言ったので、僕としては月が満ちるまで待つつもりだったのだが、妥協してここで出産することにした。8ヶ月児になるが、8ヶ月児はよけい9ヶ月児より育つと昔から言われているし、今の医療技術であれば全然問題無い。
「ともかく、ここまで妊娠が維持できたのがほとんど奇跡です。この後、胎児は急速に大きくなります。不測の事態が起きる確率も高まります」
とお医者さんは言った。
「今の状態って、鉛筆1本の芯の先に爪先立ちであなたと赤ちゃん、ふたりの命(いのち)が乗っかかっているような状態ですよ」
そういう訳で僕は1月16日の朝から病院に入った。田舎から僕の母と理彩の母も出て来てくれた。ふつうに4人でおしゃべりしている内に時間となる。僕は手を振って手術室に入った。まず下半身麻酔を掛けられ、手術が始まる。お腹を切開され、赤ちゃんが取り出される・・・・・と思ったのに、まだ鳴き声が聞こえない。あれ?と思ったものの、すぐに鳴き声が聞こえて、僕は安堵した。全身麻酔に切り替えられ、僕は眠りの中に落ちた。
目が覚めると病室で、そばに理彩、それに僕と理彩の母がいた。
「赤ちゃんは?」
「保育器の中でよく眠ってるよ。男の子だよ」
「良かった。鳴き声が聞こえるのに時間が掛かったから心配だった」
「羊膜が凄く丈夫だったのよ。破るのに苦労したって」
「へー」
「経膣出産しても、きっと羊膜に包まれたまま出て来たろうって言ってた」
「羊膜に包まれたまま生まれてきた子は神様のお使いになるって言われるよね」
「そうそう。さすが神様の子供だよ。実際には子宮が無い分、身を守るために羊膜が厚くなったんだろうね」
「僕、お乳あげたい」
「まだ直接おっぱい吸えないだろうから、搾乳して哺乳瓶かな」
「うん。少し大きくなるまでは仕方ないね」
助産師さんに来てもらい、搾乳した。自分のおっぱいからお乳が出てくるって凄く変な感じ! 早くこれを直接飲ませてあげたいな、という気持ちになる。
「じゃ、これ赤ちゃんにあげてくるね」
「お願いします」
「私、付いてっていいですか?」と理彩。
「ええ、一緒にどうぞ」
「ああ、いいなあ」
「命(めい)も早く動けるようになるといいね」
「うん。まだ立ち上がる元気無い」
「あの子の名前だけどさ・・・」
夜になって、双方の母がホテルに帰り、僕と理彩だけになった時、理彩が切り出した。
「何て名前にする?」
「星(ほし)ってどうかな、と思ってる」と僕は言った。
「へー」
「この子妊娠した時に、星が輝いてお腹の中に飛び込んできた夢を見たんだよね」
「それって6週目の頃だよね。いわゆる胎児に魂が宿るといわれてる頃」
「それまでは赤ちゃんの素材なんだろうね。その頃、赤ちゃんになるんだろうね」
「いいんじゃない? 星って格好良い名前だと思う」
「じゃ、そうしようか」
翌日来てくれた双方の母に子供の名前は「星」にしたいと言って賛成してもらえた。
出生届を出すのに、少しお医者さんと揉めた。理彩は、どうせ男性が出産したという出生届は信じてもらえないと思うから、《父が命(めい)で、母が自分》という出生証明書を書いてくれないかと言ったが、そんな事実と異なることを書くことはできない、と医師は拒否した。
かなり揉めたあげく、ひとつの妥協案が出て来た。《母が命(めい)で父が理彩》という出生証明書ならどうだ? という案である。
「お役所ってアバウトだから、けっこう受け付けられそうな気がするんです」と理彩。「まあ、父親が誰かってのは信仰みたいなものですからね」と医師。
「そうですよ。母親が『あなたの子供よ』と言えば、男はそれを信じるしかないです」
「実際は、だいたい5人に1人は非配偶者の子供ではないかと言われてますね」
何となく理彩と医師は意気投合し、更に医学関係の話題でしばし盛り上がった上で、医師は《母:斎藤命・父:斎藤理彩》という出生証明書を書いてくれた。それと母子手帳を持って理彩は市役所に出生届を出しに行った。役場の人は特に何も言わずに受け付けてくれて、一週間もしない内に星はきちんと戸籍と住民票に記載された。戸籍上では、母:理彩、父:命 ということになっていた。戸籍係の人が、出生証明書の単純記載ミスと思って勝手に修正したのであろう。そして、出産一時金もちゃんと支給された。
僕たちはこの子のことを誰にも言っていなかったのだが、村では噂が広がったようで(噂の元として怪しいのはうちの父と理彩の父だ)、そこから春代と香川君が聞きつけて、病院に御見舞いに来てくれた。
「俺達にも黙ってるなんて水くさい」
と香川君に言われる。
「お前達、仲良かったもんなあ。でも赤ちゃん作るの、大学卒業してからにすれば良かったのに」
「あれ、でも何で命(めい)がベッドに寝てるの?」と春代。
「産んだのは僕だから」
「は?」
どうもふたりの所に話が届いた時には、僕が父で理彩が母という子供ができたという話になっていたようである。まあ、その方がノーマルだけどね。