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翌日、僕が女装をして、いつものファミレスで待っていると、理彩は9:50にやってきた。
「待たせた?」
「ううん。まだ時間前だし」
ケーキセットを頼み、食べながら話す。
「実はさ、僕5月から7月上旬に掛けて、恋人が出来ていたんだけど」
「ああ、やっぱり、あれ恋愛中だったのね。7月上旬に掛けてということは、もう別れたの?」
「来年の3月まで会えないと言われた」
「まあ、それは事実上のサヨナラだね」
「それで実は困ったことになってて」
「ん?」
「どうもね・・・妊娠しちゃったみたいで」
理彩は顔をしかめた。
「避妊してなかったの?」
「いや、まさか妊娠するなんて思いもよらなかったし」
「命(めい)のこと、私見損なったよ。セックスすれば妊娠の可能性あるんだから、ちゃんと付けるべきでしょ。命(めい)がそんな無責任とは思わなかった。で、彼女はどう言ってるの?産みたいのか、中絶したいのか?」
「あ、違う。妊娠したのは、相手じゃなくて、僕自身なんだよ」
「は?」
理彩は目をパチクリさせた。柳眉を逆立てた状態で目を開け閉めすると、物凄い美人だ。あらためて僕は何とかして彼女を自分のものにしたい気持ちになった。もし今の彼と別れてくれたりしたら、絶対獲得したい。いや、どちらかというと横取りしてでも獲得したい。
「今、僕のお腹の中に新しい命(いのち)が宿ってるんだよ」
「命(めい)、頭おかしくなった?」
「これ見てよ。今朝、妊娠検査薬を使ってみた」
僕はビニール袋に入れた妊娠検査薬のスティックを理彩に見せた。
「これ、命(めい)のを掛けたの?」
「そう。僕のおしっこを掛けた」
「男の子の場合も、これで判定できるんだっけ?」
「これが反応するということはhCGホルモンが存在しているということで。つまり胎盤が存在しているということで。それにこないだからずっと胃腸の調子が悪くて吐いたりしてたのって、つわりだと思うんだ」
「命(めい)って子宮があったんだっけ?」
「そんなものがあるとは思ったことないけど」
「だいたい、どうすれば妊娠するのさ?」
僕は5月から7月上旬にかけての毎晩のできごとを説明した。
「じゃ、恋人って、彼女じゃなくて、彼氏が出来たのか! 命(めい)ってバイだったっけ?」
「僕がバイなことは今更指摘しなくても知ってる癖に。でも女としてセックスするという事態は想像の範囲外だよ。どうも、ソーミーショーリョーの人みたいなんだよ。2月の真祭の時、そういえば『また会いたい』って言われたのよね」
「相手は神様か!」
「なんか、古事記の活玉依姫の話を思い出しちゃった」
「なんだっけ、それ?」
僕は三輪山の神様が、毎晩活玉依姫の元に通い、姫が神の子を妊娠した物語を語って聞かせた。
「その手の話はあちこちにあるよね。松浦佐夜姫の元に毎晩、愛しい彼に擬した神様がやってきたとか。でも神様なら性別くらい超越しちゃうのか」
「かも。僕も女の立場でたくさんセックス経験して、勉強にはなったけど」
「どうするの?でも」
「うん。どうしたらいいか、全く見当も付かない」
「とりあえず、産婦人科に行ってみようか?」
「えー?」
「だって、赤ちゃんできたら産婦人科だよ。診てもらって、それから産むか中絶するか考えてみようよ」
「神様の子供を妊娠したんだったら、中絶という選択はあり得ないと思う」
「じゃ産む気?」
「できたら産みたい気はする」
「でも多分、男の身体では妊娠が維持できないよ」
「神様の子供なら、何とかなる気がする」
「だいたいどこから産むのさ?」
「最後は帝王切開だろうね」
「うん。それしかないだろうね」
僕がひとりで産婦人科に行く勇気が無いというので、理彩が付き添ってくれた。結局女装のままである。僕も女装でたいがいの所に行った気もするが産婦人科に来たのは初めてだ。ふたりで診察室に入って行き、僕が妊娠したようだと告げると、最初医師は僕が男の子であることに気付かなかったようで、では見せて下さいという。しかし、僕が服を脱いで男の子であることに気付くと
「あんた、ふざけないで。精神科を紹介しようか?」
などと言われる。まあ、普通の反応だ。
「いや、ほんとうなんです。これを見てください」
と言って、僕が妊娠検査薬を使って陽性になっているのを見せると、何か腫瘍でもできているのかも知れないというので、真面目に僕の身体を検査してくれた。
「確かに妊娠してます。腹膜に胎盤ができてます。物凄く絶妙な場所で、もし子宮の無い人が妊娠できるとしたら、ここ以外あり得ないという最高の場所です」
「でも、何をしたらこんな事態になるんです? あなたの身体、見てみたけど、卵巣があるようには見えないし、受精卵を人工的にここに置いたりしない限り、こんなことにはならない筈です。でもあなたのお腹には開腹したような跡も見あたらないし」
「信じてもらえないと思うんですが、5月の中旬から7月の上旬に掛けて、自分が女の身体になって、男とセックスする夢を毎晩見ていたんです。自分の身体が女になっているという時点で、夢としか思えないのですが、物凄く現実感があったんですよね」
「エコー写真で見る限り、今、6週目くらいの感じですから、受精したのは7月上旬になりそうですね」
「その夢で彼と最後にセックスしたのが7月4日です」
「じゃ、その日が受精日ですね」
「産むとしたら予定日はどうなります?」
「うーんと。。。」
と言って医師はパソコンの画面を見る。
「予定日は3月下旬。27日くらいでしょう」
「あ」と理彩が声を上げる。
「その夢の中の彼が、次は3月に来ると言ったらしいんです。それって、もしかして自分の子供を見に来るということだったりして」
「なるほどね。たぶん、妊娠したから、来なくなったのかも知れないですね」と医師。「妊娠させるのが目的だったのよ、きっと」と理彩。
「まあ、妊娠ってのはする気がないと簡単にしてしまうものですが、しようとするとなかなかしないものだから、2ヶ月掛かったのでしょうね」と医師。
医師は僕たちの語る話を信用まではしないものの、何となく受け入れてくれるようで、僕たちは好感を持った。
「もし良かったら、出産までこちらの病院でお世話になれないでしょうか?」
「あんた、本当に産む気?」
「はい」
「男性の身体では妊娠が維持できないと思います。それに腹膜妊娠はとても危険です。命(いのち)に関わりますから、中絶を勧めます」
「何か異変があった場合は、飛び込んだら処置してもらえますよね?」
「ええ。ここは非常勤の医師も含めて24時間誰か1人は産婦人科医がいますから」
「じゃ、このまま妊娠が維持できてたら、そのままにしてもらえないでしょうか」
「分かりました。では来月までは毎週来て下さい。私が診察しますから、私がいる時間帯を受付で確認して予約を取ってもらえますか? 10月くらいになると安定期に入るから、月2回でいいです」
「お願いします」
「一応、男性でも腹膜妊娠可能だという説はあったのですが、その場合、妊娠の週数が進むにつれ、女性ホルモンが分泌され、おっぱいも妊婦のように膨らむと言われています。女性ホルモンの影響で、男性としては不能になる可能性が高いですが、それは構いませんか?」
「それは仕方ないですね。こんな奇跡みたいな子、行ける所まで行く末を見守りたいです」
「たぶん、妊娠が終わっても、男性としての機能は回復しませんよ」
「はい、それでいいです」
と僕は言い切った。
「ふーん。じゃ、とうとう男をやめる覚悟はできたんだ?」
と理彩は言った。僕たちは産婦人科を出たあと、一緒に昼食を取っていた。
「先のことは分からないけど、とにかく今はこの子優先」
「男性として不能になっちゃったら、もうセックスもしてあげられないね」
「今、すごーく理彩とセックスしたい」
「ふふふ。してあげようか?」
「え?だって○○君に悪いよ」
「実は昨日、○○とは別れた」
「えー!?」
「こないだから、ちょっとお互いに違和感を感じてたんだよね。昨日会って話していて、別れることになった」
「昨日用事があるって言ってたのは、それだったのか・・・・残念だったね」
「このタイミングで私がフリーになっちゃったのって、きっと命(めい)のサポートをするためという気がするよ。男の身で妊娠しちゃうなんて、多分、女性の協力がないと、社会的にもいろいろ困ったことが起きるよ」
「そうかも知れないね」
その日、僕たちは午後からホテルに行き、2月以来、半年ぶりのセックスをした。もちろん、ちゃんと避妊具を付けた。僕の妊娠に悪影響を及ぼしてはいけないというので、お腹に負担のかからない側位で結合した。それから2度目は今体内でどんどん分泌されているであろう女性ホルモン(特にプロゲステロン)の影響でやはり弱くなっているのか発射までは行けなかったものの、松葉の状態で結合して、逝くのに近い快感は得られた。
「命(めい)のおちんちんが立つ間は、セックスしてあげるよ」
「妊娠が進むと女性ホルモンがもっともっと分泌されるだろうから、もう立たなくなっちゃうんだろうね」
「ニューハーフさんで、女性ホルモンを飲んでる人って、女性ホルモン飲むのやめても、もう男性としての機能は回復しないらしいから、命(めい)もたぶんそういう状態になっちゃうよ」
「まあ、仕方ないね、それは」
「仕方ないって思えるんだね。やっぱり、命(めい)って実はおちんちん無くなってもいいとか、むしろ無くしたいって思ってない?」
「そんな気は無いけどなあ。でも、おちんちん使えなくなったら、もう理彩と結婚はできなくなっちゃうな。それが残念」
「私たちはずっと友だちだよ」
「ありがとう。とりあえずこの子が生まれるまではサポートして欲しい」
「うん」
病院から、住んでいる自治体の窓口で母子手帳をもらってきてください、と言われたので、市の健康福祉部に行き、もらおうとしたのだが、妊娠したのが自分だと言うと、ふざけないで、と言われて追い返されてしまった。まあ、普通、からかっているか頭がおかしいと思われるだろう。でも、病院の診断書持って行ったのに!
理彩に相談したら「ちゃんと女装して行った?」と訊かれる。
「えっと・・・・男装で行ったけど」
「それで妊娠したと言ったら、変な人と思われるよ。いいよ、私がもらってきてあげるから」
と言い、僕の住んでいる市の窓口に行って、僕の名前で母子手帳を交付してもらってきてくれた。
「ありがとう!助かる」
「こういう時『命(めい)』って名前は、男女の性別が曖昧だから便利だね」
僕は頷いた。それは昔から時々思っていたことである。
「だけど、その内、おっぱい膨らんでくるってお医者さん、言ってたから、きっとブラジャーが必要になるね」
「ブラジャー・・・・」
「今でも、いつも付けてるでしょうけど」
「いつもじゃないよお。女装で理彩と会う時くらいだよ」
「ふーん。それ以外では付けないの?」
「いや。。。。たまには付けるけど」
「この手のやりとり、いちいち面倒だから、ちゃんと自分はいつも女の服着てます、自分は女の子になりたいですと認めなさい」
「えっと」
「まあいいよ。今ブラのサイズなんだっけ?」
「A75だよ」
「今はそれでもカップが余ってるよね」
「うん」
「それがすぐAでは足りなくなるだろうね。Bになり、Cになり、Dになり、Hになり」
「DからいきなりHになるの?」
「そのくらい大きくなるかもよ。妊娠したら」
「ひゃー」
僕はちょっと頭がくらくらした。
「妊婦用の服とか、女性用しか無いから、お腹が大きくなってきたら、そういう服を着ないとね」
「それもなんか頭がクラクラするよ」
「でも、命(めい)は女物の服を着るのは平気だからいいよね? むしろ着たいでしょ」
「うん。まあ。でも妊婦服を着ることになるとは」
「じゃ、今日も練習で、ちょっと女の子の服を着ておこう」
「やっぱり、理彩と会えば結局女装させられるのか」
「練習だよ、練習。今日は少し大きめの服を買おうね」