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■女たちの戦後処理(12)

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7月上旬。千里が信次と一緒に名古屋で住んでいたアパートの大家さんから、やっと爆発事故を起こした元住人から補償金が取れたという連絡があったので、千里は大家さんへの挨拶も兼ねて、早月・由美を桃香に任せてアテンザを運転し、単身名古屋に赴いた。
 
「時間が掛かって済みませんでした」
と駅のレストランで会った大家さんは謝り、補償金の小切手と名古屋までの往復交通費の封筒を千里に差し出した。千里は受け取りを書いて渡した。
 
「いや、この単位のお金を用意するのは大変でしょうから」
と千里は言うが
「それでも責任は果たしてもらわないといけないですから」
と大家さんは言う。
 
「大家さんも大変でしたよね。アパートは再建なさったんですか?」
「いやさすがに爆発事故の起きた跡地ではイメージが悪いので、あそこは今駐車場にしてます」
 
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「でもあの事故、怪我人が出なかったのだけが不幸中の幸いでしたね」
「全くです。でも川島さんは、あの日、御主人が亡くなったんでしたね」
「そうなんですよ。それで病院に急行していたから事故に巻き込まれずに済んだんです。死んだ夫に守ってもらった感じです」
 
「じゃ一周忌なんですね」
「はい。夫の実家の方で先週、法要を済ませました」
 
「しかしあの日はそれぞれの住人が別々の理由でみな外出してたんですよね。101号室の**さんは小学生のお子さんが具合が悪くなって迎えに行ってたし、102号室の**さんは先着5名様とかのを買いに出て、104号室の**さんは風邪で休んだ人の代わりを頼まれて急遽出かけた」
 
「へー」
「201号の**さんは幼稚園が臨時で休みになっていたお子さんが突然ナガシマスパーランドに行きたいと言い出したので一緒に出かけて、202号の**さんは実家から急な呼び出しがあって出かけて、203号のあなたはそういうことだし、204号の**さんは紛失したクレカを届けてくれた人があると警察から連絡を受けて取りに行って」
 
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「凄いですね!」
「事故を起こした張本人、103号室の**さんも唐突にパチンコしにいきたくなって出かけたらしいんです。その時、ちゃんとガスの元栓を確認してくれていたら、こんな事故にはならなかったんですけどね」
 
「ああ、元栓って、締めたかどうか気になった時はちゃんとしまっているのに、何も思わなかった時に限って閉め忘れているんですよ」
と千里は言った。
 

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大家さんと別れた後で千里は名古屋港に行き、そこで花束を海に投じた。合掌して般若心経を唱えた。
 
本当は信次が亡くなった場所に花を供えたかったが、あの建設会社とは縁が切れているので、そういうことを頼むこともできない。
 
『海をちょっと汚しちゃってごめんなさい』
『ここの土地神さまが空き缶拾いのボランティアしたら許してやるって言ってるよ』
『そう?』
 
それで千里が海岸近くで捨ててある空き缶・空き瓶を拾っていたら、浮浪者のような人がやってきて「この辺、俺の縄張りなんだけど」と言う。すると千里は「じゃ一緒に拾いましょうよ」と笑顔で彼に提案し、結局その人と一緒に1時間ほどでビニール袋5つ分の空き缶・空き瓶を回収した。
 
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少し彼の生活費になったかも知れない。千里はお昼御飯用に買っていたあんパンを彼と半分こして食べた。
 

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「だけどあんた良く見たら美人だね」
「ありがと。あなたも結構美男子だと思うよ。その髭剃ったら」
「いや、こういう生活してると、剃るのも面倒くさくて」
「夜寝る所はあるんですか?」
「暖かい間は公園で寝るから平気だよ」
「冬が大変ですよね」
「ああ。冬は弱い奴は死んじゃうよ。だけどあんた丈夫そう。路上生活できるよ、きっと。スポーツでもするの?」
 
まあ自分は山伏だから、路上どころか山中で生活してるしなと千里は思う。
 
「バスケットの選手だったんです。今は趣味で少し練習してる程度ですけど」
「バスケか・・・・。実は俺も高校時代はバスケやってて、インターハイにも出たんだよ」
「あら?私もインターハイ出ましたよ。ちょっと手合わせしません?」
 
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そういって千里は彼を駐車場まで連れて行き、車にいつも積んでいるバスケットボールを出して空気入れで膨らませると、彼と1on1をした。
 
「あんた強ぇ〜〜!」
「いや、あなたもかなり強いですよ。また練習してると勘を取り戻せると思う」
「そうだなあ・・・」
「このボールあげるから、少し頑張ってみません?」
「もらっちゃおうかな」
「うん」
 
それで千里は彼と握手した。
 
「握手してくれて感激」
「握手くらいしますよ」
「いや、俺たちがベンチに座った後、ウェットティッシュで拭いてから座る奴とか多い」
「潔癖症なだけでは。電車の吊革とかも拭いてからでないと触れないなんて人もいますよ」
 
彼は少し考えている風だった。
 
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「あんた何か悲しみを背負ってるみたいだけど、あんたなら乗り越えられるよ」
と彼が言ったので
「ありがとう。あなたも元気で。きっと未来は開けますよ」
と千里も言って、別れた。
 

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それで車に戻り、一休みしてから高速に乗ろうと思って、IC近くのマクドナルドに入った。フィレオフィッシュのセットを頼み、空きテーブルを探していたら
 
「あ、ちさとおばちゃーん」
という声を聞く。
 
振り返ると、京平とその母・阿倍子である。阿倍子も驚いてこちらに会釈する。
 
「なんか最近よく会うね!」
 
「どうしたんですか?」と千里。
「うん。父の七回忌で名古屋に来たんだよ」と阿倍子。
 
「あれ?阿倍子さんって名古屋の出身?」
「ううん。ずっと神戸。でも今母が名古屋に住んでいるので」
「へー」
 
なんか事情が複雑そうだが、立ち入ったことまでは訊かない。
 
「だけどお父さんの七回忌って去年じゃなかったの?」
「よく覚えてるね!」
「だって2012年に貴司と婚約したのに、お父さんが亡くなったから一周忌が終わるまでって結婚を延期したでしょ?」
「うん。でも去年は諸事情で法事ができなかったんだよ」
 
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諸事情ってつまりお金が無いということかな、と千里は思った。
 

神戸に新幹線で帰る予定と言っていたので、千里は車で来てるから神戸くらいよかったら送って行くよ、運賃は要らないよと言った。すると阿倍子も「お願いしようかな」というのでふたりをアテンザの後部座席に乗せた。由美用のベビーシートを取り外して荷室に置き、早月用のチャイルドシートに京平を座らせる。京平は最初は風景を楽しそうに見ていたが、すぐに眠ってしまう。
 
「こないだから立て続けに、貴司の元ガールフレンドに3人遭遇してね」
などと阿倍子は語り始めた。
 
「うん?」
「もう今となってはお互いにわだかまりも無いってことでいいよね、というので握手だけしといたんだけど」
 
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「阿倍子さんって平和主義者だ」
「うん。どちらかというと弱すぎるかも」
「でも私には勝ったから」
「あの時は何だか頑張れたんだよ。それにあれは貴司が私に同情してくれたのもあったと思う」
「同情?」
「あ。。。。その話、聞いてないのかな?」
「何だろう。私は貴司から阿倍子さんに関する話は何も聞いてないよ」
「そう・・・・」
 
「あいつは浮気性だけど、他のガールフレンドとのことは滅多にしゃべらないよ。それに誰に何を話したか、ほとんど混乱しないんだよね」
「それって浮気の天才ってことでは?」
「そうかもね〜」
 
阿倍子は少し考えている風だった。
 
「それでさ、私が会った3人がみな言ってたんだよ。貴司と今夜はセックスまで行くかな・・・という感じのデートの日に、待ち合わせ場所に私の姉という人が現れて『貴司には会わせられない。帰って』と言われて追い払われたって。だから結局貴司とは未遂に終わったんだって」
 
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「ふーん」
「で、私には姉なんて居ないんだけどね」
「ああ。1人っ子だったっけ?」
「うん。お兄ちゃんが居たけど小さい頃病気で死んじゃったんだよ」
「へー」
「お兄ちゃんの幽霊が女装してたんだったりして」
「まさか!?」
 
「それでさ。私の姉と自称した人物の風貌をさりげなく訊くと、髪が長くて、背が高くて、均整のとれた身体付きの和風美人って言うんだよね」
 
千里は運転しながらつい笑ってしまった。
 
「それって千里さんだよね?」
「私はライバルを可能な限り排除してただけだよ。でも美映さんは気付かなかった。もっとも私はあの時期、由美の父親と婚約中だったから貴司の動向には関心無かったし。公子さんは知ってたけどね」
 
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「私も公子さんに取られるかと思って不安だった!」
 

「美映さんはダークホースだったのかな」
「あの日突然、済まんと土下座されてさ。恋人を妊娠させてしまった。結婚したいから別れてくれって唐突に言われた時は、最初意味が分からなかったよ」
「酷い男だよね」
 
「だったら貴司の子供を既に産んでる私は何なのよーと思った。私京平作るのに死にたくなるほどの思いしたのにさ。それでこんな男だったのかと冷めちゃったから離婚に応じたんだけどね」
 
「百年の恋も冷めるかもね。そんな扱いされたら」
「千里さんはそんな扱いされたことない?」
 
「何度かあるけど、もう達観してるから」と千里。
「達観するほど酷い目にあってるのか」と阿倍子。
 
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「京平君の養育費とかどうしてたの?」
と千里は訊く。どうも阿倍子はかなり苦しい生活をしてるっぽいと感じていた。
 
「毎月10万くれる約束だった」
「うん」
「でも満額くれたのは去年の夏に緩菜ちゃんが生まれるまでだった」
「出産でお金かかるよね。じゃ、ちゃんともらえたのは半年間だけ?」
「そうなの。それでちょっと一時的に減額させてと言われて」
「うん」
 
「今年の1月からは全くもらってない。最近、あそこの会社不況みたいでさ」
「それは聞いてる。社長交代後急速に業績が悪化したみたい」
 
「給料もかなりカットされて、今スポーツ手当も出てないんだよ。去年のボーナスも出なかったらしくて住宅ローン抱えた社員が軒並み苦しんでるって」
「ああ、それは辛い」
 
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「でもあれ美映さんは最初のデートでいきなりホテルに行って、それで一発妊娠してしまったっぽい」
「貴司が避妊に失敗するのは珍しいよね。大きくなったらすぐ付けてくれるのに」
「多分ニードルワーク」
「なるほどー」
 
こんな会話を交わしつつ、千里は、こういうの桃香に聞かれるとやばいよなと思う。
 
「私があのマンションを出る時の引越も千里さん手伝ってくれたね」と阿倍子。
「貴司が自分が手伝うよりいいと思うからって呼び出したんだよ。私自身も結婚直前だったのに」と千里。
「女心に対するデリカシーの無い奴だ」と阿倍子。
「全く全く」と千里。
 
「千里さんが来て手伝うと言われて、またこいつに自分の心の領域を侵食されるのかと思ったけど、私、男の兄弟とか父親とかもいないし、母親だけじゃまるで戦力にならなかったから、あれも正直助かった」
 
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「正直知るかと思ったけどさ、京平に会いたくない?と言われたらノコノコと出て来てしまった。あいつずるいよ」
 
「・・・・・」
 
「私、やはり千里さんとはお友だちになれそうな気がする」
「私は阿倍子さんとお友だちのつもりだったよ」
「じゃこれからも仲良くしようよ」
「うん。仲良くしよう。ついでに京平君に会わせてくれたら私も嬉しい」
「・・・・やはり」
「え?」
「ううん。なんでもない」
と阿倍子は微笑んで言った。
 
 
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