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26日の朝、長野駅で、北陸新幹線でやってきた康子と太一を拾う。千里が長時間運転して疲れているはずということで太一が運転席に座り、康子が助手席、千里は後部座席でベビーシートの由美と並んで座り、善光寺に入った。
3人が各々書いた般若心経を納め、また一緒に唱えて巡礼の旅を終えた。
帰りは太一と千里が交代で運転して長野道・中央道を走って東京方面に向かうが、太一は
「千里さんは運転すごくうまいですね」
と言った。
「まあ毎年3万kmくらい走ってますから」
「それは凄い」
「信次さんが亡くなった年だけ、ほとんど運転もしていないんですよ」
「まあ仕方無いですね」
「だけど千里さんのお姉さんの桃香さんは・・・・」
「ああ、桃香はワイルドな運転しますよね」
「いや、信次の遺体をこのムラーノに乗せて名古屋から千葉に戻る時、桃香さんに1度運転してもらったんだけど、ひょっとして信次と一緒に三途の川を渡ることにならないか、とヒヤヒヤして」
「あはは。桃香の運転する車に平気な顔で乗るのは、同様にワイルドな運転をする数人だけみたい」
と言って千里はおかしそうにしていた。
東京に戻り、桃香も呼び出して一緒に夕食を取った後(桃香はアテンザに早月を乗せて来た)、アテンザに桃香・千里・早月・由美が乗り、ムラーノに太一と康子が乗って、各々の自宅に帰還した。
6月29日(土)、信次の一周忌法要を行った。
命日は7月4日なのだが、やはり土日でないと人が集まれないということから、この日程になった。
出席者は、親族としては喪主の千里に、母の康子、兄の太一、太一と信次の父の弟に当たる人と奥さん・息子、康子のお兄さん夫婦、それから留萌に住む千里の両親、札幌に住む妹の玲羅、旭川に住む叔母の美輪子夫妻、桃香、高岡から出て来た青葉と朋子に優子と奏音、都内に住んでいる千里の従姉の愛子夫妻といったメンツである。これに、太一の元妻である亜矢芽と息子の翔和も来てくれたので、千里は駆け寄って言葉を掛けた。
「来てくれてありがとう」
「まあ離婚で川島の家とは縁は切れてるけど、翔和にとっては叔父さんだから。私はその付き添い」
と亜矢芽は言っていた。
信次の友人たちでは、千葉支店に居た時の所長さん(長野に転勤になっていたのにわざわざ来てくれた)と千葉支店と名古屋支店での元同僚が2人ずつ来てくれていただけであった。信次は学生時代の友人とかも、あまり居なかったようである。
千里の友人では、現在嘱託扱いになっているソフト会社の社長さん、同僚のSE, 大学時代の友人である朱音・友紀・真帆たち、高校時代の友人である蓮菜・鮎奈・花野子たち、佐藤玲央美、以前やっていたバスケットのクラブチームの友人である麻依子・浩子・夏美たち、クロスロードの友人で小夜子・和実・冬子たち、と何だか、千里の友人は凄い数で、実際問題として出席者の過半数を占めていた。KARIONの美空もちらっと顔を出してくれたのだが、冬子とか花野子とかがいるのを見て驚いていた。
「ね、千里、私がお葬式に出席したこと覚えてる?」
と浩子に訊かれるが
「ごめーん。全然記憶に無い」
と千里は答える。
「なんか今にも消えてしまいそうな感じだったもんね、あの時」
と夏美が言う。
「だいたい結婚式にも呼んで欲しかったなあ」
と言われるが
「あれ、信次の友人を5人しか招待してなかったからさ。こちらだけたくさん招待したら悪いよなと思って、大学の同級生だけに絞らせてもらったんだよ」
などと千里は言っているが多くの友人は、千里が信次との結婚式にほとんど友人を呼ばなかった“理由を知っている”(知らないのは千里だけ!)
「じゃ次の結婚式の時は呼んで」
「次は無いよぉ!」
「いや、千里って恋人無くしたら、すぐ次作るタイプだから2年以内には結婚することを予言してあげるよ」
「じゃ、万一再婚したら呼ぶよ」
「よしよし」
会場は当初康子の自宅を考えていたものの、千里の友人が大量に来ることが判明した時点で、お寺に頼むことにしていた。
川島の家の事情が複雑で、信次はその寺で最初の仏になっている。またお墓も信次単独でのお墓である。朝から、康子・太一・千里&由美・桃香&早月、青葉に、優子&奏音、千里の両親に玲羅といったメンツでお墓に行ってお参りをしてきた。
その後、11時からお寺の本堂でお坊さんの読経、そして参列者の焼香が行われる。12時半くらいになって、お寺の別室に移動して、御斎(おとき:会食)をする。仕出し屋さんに頼んでいた料理を並べ、頂きながら、いろいろ語りあったのだが・・・・・。
この場に及んで、故人のことをよく知る人が居ない!ことが判明する。
「実はあまり兄弟仲がよくなかったので、あいつのことはあまりよく分からんのですよ」
と太一。
会社の元同僚も
「仕事はほんとに真面目にする男だったけど、実は個人的に話したことは全然無くって」
「飲み会とかに誘ってもいつも断られていたし」
といった状態。
所長さんまで
「与えられた仕事は黙々とするのですが、他の社員との交渉や依頼が下手で。それがもう少しできてたら、とっくに課長くらいになっていたんですけどね」
などと言っていた。
「喪主がこんなんで申し訳ないですが、電撃結婚に近くて、結婚前のデートは数回しかしてないし、結婚生活もあっという間だったし、その前半は私自身の仕事で忙しくて、まともに御飯も作ってあげられなくて何だか申し訳なくて」
と千里。
「ほんとに夫婦生活してたのって、名古屋に転勤してからの1ヶ月半だけだよね」
と桃香が指摘する。
「うん。だから何にもしてあげられない内に逝ってしまったから、それも悔やまれて」
と千里は言ったが
「たぶんどっちみち結婚生活は2年も続かなかったと思う」
などと太一が言う。
「あいつ、高校生の頃から彼女は作るものの、半年ともたなかったから。千里さんと婚約者時代を含めて1年続いたのが奇跡的」
と太一。
「あんたも女性関係が続かないよね」
と亜矢芽に言われて
「すまーん」
と太一は言っている。
「結局信次って、生まれてから亡くなるまで、ほとんど1人で生きていたのかも知れない」
と太一は言う。
「だから多分、ほんとに短い期間だったけど、信次さんのこといちばん良く知ってたのは千里ちゃんかも」
とお母さんは言うが千里は
「多分、優子ちゃんの方が私より知ってる」
と言った。お母さんの言葉はあくまで千里に配慮したもので、桃香や太一も多分千里が言った通りだろうと思った。
「そうそう。もう一周忌も来たし、千里さん、再婚してもいいからね」
とお母さんは言った。
しかし千里の最大の理解者である美輪子叔母が言う。
「千里、三回忌までは再婚は我慢しなよ」
「私もそのつもりだよ」
と千里は答えた。
「霊的には切れてしまって、今は私の守護霊集団にも居ないけど、三回忌までは私は他の男性とは結婚以前に、そういう関係も持たないつもり」
と千里。
「青葉」
「うん?」
「2月頃、信次さんが私や由美の守護をしていると言ってたけど、今は私の後ろには居ないでしょ?」
と千里は青葉に訊く。
すると青葉は困ったような顔をする。
「信次さん、由美ちゃんの後ろにも居ない。お母さんの後ろにも居ない」
と青葉。
「えー!?由美の後ろにも居ないの?」
と千里は少し驚いて言う。
「4月に高岡に来た時は居たけどいなくなってる。信次さんって、ひょっとして飽きっぽい人じゃなかったですか?」
と青葉が言うと
「うん!」
と康子・太一・優子に、元同僚の人まで言う。
「多分守護するの飽きちゃって、どこかに行っちゃったんだと思います。だから由美ちゃんは、千里姉ちゃんが守ってあげてよ」
「うん、分かった」
と千里は答えた。
「でも信次さんの女性関係ってどうやって破綻してたんですか?」
と桃香が尋ねると
「あいつ浮気性なんですよ。ひとのこと言えんけど」
と太一。
「こんな場で言うことじゃないと思うんだけど、あいつ結婚後も間違い無く浮気してましたよ」
と元同僚さんが言う。
「オナベ・バーのヒロシちゃんにもかなり熱上げてた」
「同僚の水鳥ちゃんとも怪しかった。ホテルにも数回行ったはず」
「まあ、さすがにオナベさんは本気じゃ無いだろ。あの子身体は女でも見た目かなり男っぽかったし」
「名古屋でもやってたのか。千葉でも一時オナベさんに熱あげてたよ。その子はチンコ付ける手術はまだだけど、男性ホルモン飲んでて生理停まってるから、やっても妊娠しないんだとか言ってた」
うーん。本当にそのヒロシちゃんってのが本命だったりして!?
しかしさすがに故人の浮気の話はまずいと思ったのだろう。元所長さんが「やめなさい」とたしなめた。
「私そんなの全然気付かなかった!」
と千里が言うと美輪子が
「本来の千里なら夫の浮気くらいすぐ気付いて現場に踏み込んだりしてたんだろうけどね」
と言う。
「ああ。お姉ちゃん、彼氏が浮気しようとしたら、それを毎回ことごとく潰していたよね。中学高校時代」
と玲羅も言った。
そんなことを言われて千里はつい、その浮気性な元彼・貴司のことを思い起こしてしまった。
一周忌の法要は集まってくれた人の会食の後、何人か自宅まできてお仏壇にあらためて線香をあげてくれた人もあった。その人たちとまた色々お話ししたりして夕方くらいまで掛かる。結局千里はその日は(むろん由美も一緒に)康子の家に泊まり、翌日東京に戻ることにした。
みんなが帰った後で、康子は床の間の掛け軸を交換した。
「その掛け軸、久しぶりに拝見しました」
と千里は言った。
水車のあるごく平凡な田舎の家が描かれている水墨画である。
「実は昔の友人が描いたものなの」
「女性ですよね?」
「うん。よく分かるね」
「タッチが凄く柔らかで、女性的だと思ったんです」
「もしかして太一さんのお母さんですか?」
「・・・・どうして分かるの?」
「そんな気がしました。でも、厳蔵さんの前の奥さんとは別の人ですよね?」
「なぜそういうことまで分かる?」
「私、巫女に戻っちゃったから」
「凄いね」
と言って、康子は他には誰も知らないことだけどといって、その話をしてくれた。
「厳蔵はとにかく浮気性で、いつも愛人が5−6人は居た。彼女、露菜と言ったんだけど、彼女もそのひとりで、太一を産んだんだけど、物凄い難産で太一を産むとすぐ亡くなってしまったんだよ。それで厳蔵さんは自分の子供として太一を入籍してしまった」
「でも太一さん、ひょっとして厳蔵さんの子供でもないですよね?」
「やはり?」
「不確かだったんですか?」
「実は当時、露菜は別の男とも同時に付き合ってて、本人もどちらの子供なのか分からないなんて言ってたんだよ。でも男の子だったから厳蔵は自分の跡取りに欲しかったんだと思う」
「ああ」
「厳蔵はB型、露菜はA型、太一はA型。露菜がもうひとり付き合っていた彼氏はAB型」
「血液型だけでは判断できないですね」
「それで太一を出生証明書偽造して厳蔵と真須美さんの子供として入籍したんだけど、当然真須美さんはお乳が出ない。それで、露菜の友人で、子供を死産したばかりだった私が代わりにお乳をあげに来てたんだよ」
「そうしている内に、厳蔵さんに口説かれちゃったんですか」
「口説かれたというかレイプされたというか」
「困った人ですね」
「全く。女はやっちゃえば、なびくと思ってるんだよ。ああいう男は」
誰かさんと誰かさんもそういう傾向あるなと千里はふと自分の周囲の人物のことを考えてしまった。むろん貴司と桃香である!
「じゃ太一さんと信次さんは乳兄弟なんですね」
「うん。実はそうなんだよ」
「真須美さんの子供虐待のきっかけは、やはり自分の子供ではない子供を2人も自分の子供として押しつけられたことなのかなあ・・・」
「千里さんは由美のこと可愛い?」
と唐突に康子は訊いた。
「え?なぜ?」
「だって由美は千里さんの子供じゃないのに」
「お乳あげていることで、自分の子供としての認識を強くしている面があるかも。それに私が愛した信次さんの子供だし、私の親友の桃香の遺伝子も引きついでいるし」
「親友というより夫婦よね」
「うふふ」
そして千里は遠くを見詰めるようにして言った。
「私自身が子供を産む能力がないから、その点が真須美さんとは事情が違うかも知れないですね」
「親子って凄く微妙だよね」