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■女たちの戦後処理(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-08/2020-04-08改
 
この物語は「女の子たちの魔術戦争」の少し後のストーリーです。
 
2017年6月。26歳の千里は仕事絡みで川島信次という男性と知り合う。彼から執拗に求愛された千里は彼に自分が生まれた時は男の子であったことを告白するが、彼はそれでもいいから結婚してくれと言った。そんなのお母さんが許してくれないよと言ったものの、様々な偶然の作用などもあり、信次の母はふたりの結婚を認めてしまう。
 
千里としては諸事情(長年の思い人である貴司のこともまだ忘れられずにいたこと)で結婚などしたくなかったのだが、そこまで熱心に言われると、貴司が一向に阿倍子と離婚してくれないこともあり、この人と結婚してもいいかなという気持ちになってしまった。
 
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千里としては友人のつもりであるものの向こうはこちらを恋人とみなしている桃香にもおそるおそる話すと、他の女と結婚したいというのなら許さんが、男なら構わんなどと言うので、千里はこれを機に貴司への気持ちを断ち切ることにしようとも思い、結婚に踏み切った。
 
桃香は古い千里との約束(桃香が子供を産みたくなったら千里が精子を提供し、千里が子供を欲しくなったら桃香が卵子を提供する)にもとづき、千里たちのために卵子を提供してくれた。それで、その卵子と信次の精子により、代理母さんに子供を妊娠してもらった。
 
ところがその妊娠中に信次は事故により死亡してしまう。激しい悲しみに打ちひしがれる千里だったが、桃香による心の支え、そして生まれてくる子供を自分が育てなければという使命感などから、次第に立ち直っていく。
 
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そしてその千里の心の希望であった、信次の忘れ形見の女の子は2019年1月4日に生まれた。千里は生前信次とふたりで「男の子なら幸祐、女の子なら由美」と名前を決めていたので、この子には由美という名前を付ける。
 
本来は特別養子縁組で信次と千里の子供にする予定だったのだが、信次が亡くなっているので、その処理ができなかった。やむを得ず由美をいったん捨て子扱いにして、「川島由美」単独の戸籍を作った上で、千里の養女として入籍するというトリッキーなことをした。戸籍上は養女になっているし、由美の父親欄・母親欄はどちらも最初は空白ではあったが、千里は由美の法定代理人として、川島信次に対する死後認知の訴訟を起こし(父親が既に死亡している場合認知には訴訟が必要である)、信次の親である康子もその事実を認めたので父親欄は川島信次と記入されることになった。信次の兄の太一は前妻の子なので、由美は康子にとって唯一自分の遺伝子を引き継ぐ孫でもあった。
 
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千里は由美を、2017年5月10日に生まれた桃香の娘・早月と一緒に、桃香と2人で協力して育て始めた。
 

「青葉、アナウンサーの試験、東京キー局、大阪準キー局、名古屋局、全滅だったようだ」
と桃香は昨日母から聞いた話を千里にする。
 
「でもその付近はそもそも本命じゃないでしょ?」
「うん。狙い目はやはり石川か富山のテレビ局なんだよ。あの子は母ちゃんに恩義を感じているから、地元で就職したいみたい。しかし中央局を受けた経験と実績が役に立つようだ。特に東京の◇◇テレビは最終面接まで行ったらしいし」
 
「あれはあそこの取締役さんが元々青葉を知っているからそこまで残してくれたんだよ。でも実際の採用はひとりの取締役さんのコネだけでは無理だから」
と、このあたりの裏事情は芸能界に片足突っ込んでいる千里の方が詳しい。
 
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「でもキー局で最終面接まで行ったということ自体、地方局ではアピール材料になるよな?」
「なると思う」
 

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「だけど青葉、地元で就職しちゃったら、彪志君との関係はどうするんだろう?」
「彪志君はそれをやきもきしてるようだね」
「遠距離恋愛が続くことになるね」
 
「彪志君のお母さんは、去年は彪志君に見合いの話を持って来たりしてたな」
「それでちょっと青葉と彪志君が喧嘩してたよね。でもまあ、お母さんとしては一応青葉との交際を認めてあげてはいても、本音としては、性転換した女の子よりは、普通の女の子と結婚してくれないかな、というのも思っていると思うよ」
 
「まあ、それは仕方無いだろうな」
 
「お母さんは、青葉が向こうの実家を訪問する度に優しくしてくれるし、見合いの件では直接青葉に謝っていたけど、それでもやはり、心に引っかかるものはあるだろうね」
 
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「千里も青葉も、重たいものを背負ってるな」
と桃香は言った。
 

「えーーー!? 辞めたいって!?」
と千里の勤め先の社長は言って絶句した。
 
「大変、申し訳ありません。わがまま言って、こちらに復職させて頂いたのに。でも子育てが思った以上に大変で、やはり仕事との両立が辛いなと思って」
と千里はほんとに申し訳ないという顔で社長に言った。
 
千里はこの会社に大学院を出てすぐ2015年4月に入社した。しかし2018年5月に夫の信次が名古屋に転勤になったため、そちらに付いていくため退職した。しかしその信次が名古屋異動後2ヶ月、新婚わずか4ヶ月で死亡すると、当初はとにかくショックで何も手が付かなかったものの、百ヶ日法要が終わった所で、社長から声を掛けてもらったこともあり復職した。そして10月から12月まで忙しく設計や提案の仕事をしていた。
 
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「申し訳ないので、この3ヶ月間に頂いた給料も返上しますので」
「いや、それは返す必要は無い。ちゃんとお仕事してくれたんだから。だったらさ、嘱託ということにはできない?」
 
「臨時戦力的な感じですか?」
「うん。やはり、各々の企業の状況に即した提案ができる人材って少ないんだよ。今の社内見回してみても、それできる人は僕と専務以外では、**君と**君と村山君の3人だけじゃん」
「ええ、まあ」
 
千里は以前担当していた顧客などとの関係上、この会社には旧姓で勤務している。
 
「だから、システムの作り込みやカスタマイズには参加しなくてもいいから、提案書・企画書作りと、緊急事態が起きた時の対処の協力だけでもやってくれないだろうか」
 
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「提案に関しては、ある程度のお時間の余裕を頂けるのでしたらできると思います」
「うん。じゃ、それで頼むよ。報酬の計算方法については、ちょっとこちらで検討させて提案させてもらえる?」
「はい、それは社長にお任せします」
 

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ということで、千里は会社を(2019年)1月いっぱいで退職し2月以降はほぼ育児に専念することとなった。桃香も子育てのために12月一杯でパート先を退職している。
 
千里が勤め先を退職したという話を聞いた、信次の母・康子は驚き、
「あなたたち、生活費はどうするの?」
と訊くが、千里は
 
「前々からの貯金がありますから、1年やそこらはそれで何とかなります。実は、代理母の件を処理するために貯金していたのですが、その費用をお母さん(康子)に出して頂いたので、そのお金が使えるんですよ」
と説明した。
 
「だったら、○○建設がもってきた見舞金、千里ちゃんにあげるよ」
「いえ、それはお母さんが取っておいてください。お母さんもここ半年ほど、ほんとに大変だったでしょう? 私、自分がもうショックでとても周囲の人まで見ることができなくて、申し訳なかったです」
 
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千里は謝絶したものの、結局康子は見舞金の半額を千里に渡すと言い、即千里の口座に200万円振り込んでくれた。
 

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「いや、康子さんから頂いた200万円はほんとに助かるぞ」
と桃香は言う。
 
「私自身の貯金はほぼゼロだったし、千里も実際問題として、引っ越ししたり、結婚式したり葬式したりで、相当お金を使ったのではないのか?」
 
「まあ、御祝儀や見舞金やらもらったから、だいたいトントンかな。お墓作るのに払った300万くらいだよ。実質私が出したのは」
「お墓って、なんでそんなに高いの?」
「まあ権利ビジネスだね。あちらの世界の」
「それを売ってる人たちはあちらの世界の所有権を持ってるのか?」
「それは死んでみないと分からないね」
「どうもそういうのは好かん」
 
桃香は唯物論者なので、幽霊とかも信じないし、あの世なんて無いといつも言っている。
 
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「私が死んだときは死骸は生ゴミに出していいから」
などと桃香は言うが
「それ、死体遺棄で捕まるよ!」
と千里は答える。
 
「日本って面倒くさい国だな。よその国では人間の死体なんて、その辺にいくらでも転がっているというぞ」
「それ、どこの国よ!?」
 

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(2019年)3月17日。その日は信次との結婚1周年の日であった。本来なら、信次・由美と一緒にお祝いをするはずであった。その日少しボーっとしていたら、桃香がケーキを買ってきてくれた。
 
「紙婚式おめでとう」
「ありがとう」
 
桃香は千里にキスをした。ふたりがキスをしたのは(お正月の挨拶代わりのキスを除けば)千里が信次と婚約して以来のことである。千里がちょっと戸惑うような表情を見せると桃香は
 
「今のは信次君の代理」
と言うので、千里も微笑んで一緒にケーキを食べた。早月にも少し分けてあげると喜んで食べている。由美にはおっぱいをあげる。
 

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4月上旬、桃香と千里が住んでいるアパートに、思わぬ訪問者があった。
 
「お母ちゃん! お父ちゃん!? 玲羅!」
 
それは留萌に住む両親の武矢・津気子と、札幌で就職している妹の玲羅であった。母と妹は昨年の結婚式・お葬式にも来てくれたのだが、父と顔を合わせるのは、性転換手術を受ける前、2012年5月に会って以来、なんと7年ぶりである。
 
(その7年前は父が日本刀を抜いて千里を殺そうとして大騒動になったのである。実際には母がその刀の刃を内緒で落とさせていたので殺傷は困難だったらしい)
 
「千里、何してる?あがってもらいなさい」
と桃香が言うので、我に返って
「狭くて汚い所だけど、良かったら上がって」
と言って3人にあがってもらう。
 
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桃香がお茶を入れてくれた。
「これ、お持たせ(誤用)」
と言って、玲羅が《白い恋人》を出すので、早速開けさせてもらい、みんなで頂く。
 
由美はベビーベッドで寝ているが、早月は来客に興味津々という感じで、武矢の膝に寄って行く。父の顔が思わずほころぶ。
 
「あ、そうだ。お父ちゃん、大学院卒業おめでとう」
「うん、まあ、ありがとう。普通の人が2年で卒業する所を3年半掛かってしまったけど」
 
千里の父・武矢は中学を出たあとずっと漁船に乗って仕事をしていた。それで千里が高校に進学する時にその船が廃船になり失業した後、就職活動をしている中で自分の基礎的な学力の無さを痛感し、NHK学園の高校に入学した。千里に半年遅れで高校生になったのだが、その後、高校は3年で卒業したものの今度は放送大学に入り、大学を5年半で卒業、大学院(修士課程)卒業に3年半掛かった。しかしそれで晴れて千里と同じく修士となったのである。
 
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父は笑顔でまとまわりつく早月の頭を撫でながら
「えっと、この子がお前の子?」
と訊く。
 
「うーんと、そのあたりはとっても複雑なんだけど」
と千里は何から説明していいか悩む。
 
桃香が明解に言う。
「その子も、今ベビーベッドに寝てる子も、どちらも千里の子供、お父さんの孫ですよ」
 
「子供2人作ったんだっけ!?」
と父は驚いたように言う。
 
「今お父ちゃんにじゃれてるのが早月ちゃんだよね?」
と玲羅が言う。
「そうそう」と桃香。
「その子は、千里姉ちゃんを父親とする子供だよ」と玲羅。
「へ?」と父。
 
「そして、ベビーベッドに寝てるのが由美ちゃん。こちらは千里姉ちゃんを母親とする子供」と玲羅は言う。
 
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「お前、父親と母親の両方になってるの?」
「うん。でも、どちらもお父ちゃんの孫だよ」
 
「そうなのか・・・。なんか最近の遺伝子だのDNAだのは良く分からんけど、どちらも俺の孫か」
と言って、父は穏やかな顔で、早月とじゃれ合っている。
 

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