広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■女たちの戦後処理(4)

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二見浦でかなり太陽が高くなるまで休んでから出発する。
 
紀勢自動車道をひたすら南下してお昼頃に紀伊半島の南端、串本に到達する。潮岬を見てから市街地に戻り、コンビニで休憩していた時、唐突にまたひとつ感覚を思い出した。
 
『たいちゃん、久しぶり』
『千里、久しぶり。でも私はいつも千里のそばに居たよ。私が言わないと千里って物忘れが酷いから心配してたよ』
『うん。ありがとう』
 
考えてみると私って小学生の頃は忘れ物の天才だったよなと思う。それが逆に「用意周到すぎる」と言われるようになったのは《たいちゃん》のお陰だ。
 
千里は一休みするとまた高速に戻り、和歌山に向かう。行き先に関しては九州へと走って行った頃は、半分勘・半分は占いで進行方向を決めていたのだが、伊勢で《りくちゃん》に逢った後は、ほぼ確信に近い進行方向選択ができるようになっていた。
 
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夕方、和歌山市の加太の浜に到着する。ここで日没を待つ。携帯の暦計算サイトでGPSを通知して得られた日没時刻は18:36である。
 
静かに春の太陽が沖ノ島の方角に沈んでいく。太陽が島影に沈みきった時、千里はまた忘れていた感覚をひとつ思い出した。
 
『いんちゃん、久しぶり』
『千里、久しぶり。ってか、私は本当はいつも千里のそばに居たよ』
『ごめんね。お話できなくて』
 

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その後、千里は阪和道・近畿道・名神・北陸道・のと里山海道・珠洲道路と夜通し走って、翌23日の朝に能登半島先端の禄剛埼(正確にはその後行った狼煙(のろし)の道の駅)で《きーちゃん》と出会う。
 
そして珠洲道路を戻ってから能越道・北陸道と走って、夕方、新潟県の五ヶ浜(佐渡島にとっても近い本土側の海岸)で《てんちゃん》とのコネクションを取り戻す。
 
北陸道に戻り、磐越道・東北道・三陸道と走り、24日朝、宮城県の牡鹿半島・鮎川港の近くで《こうちゃん》と巡り会った時は千里はほんとに泣いてしまった。
 
《こうちゃん》は悪戯好きで、しばしば千里の命令を無視して勝手なことをしたりもして、困ったちゃんではあっても、千里がいちばん頼りにしていた子でもあった。しかし鮎川に来るまで千里はその《こうちゃん》との想い出も全部忘れてしまっていたのである。
 
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少し休んでから、今度は東北道を南下し、圏央道・新東名と走って、その日の夕方、渥美半島(三河湾を作る半島の内右側。左側は知多半島)の先端、フェリーターミナルの所で《びゃくちゃん》と出会った。これで7人の眷属とコネクションを取り戻すことができた。
 

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『次の行き先分かる?』
と《りくちゃん》が訊くので千里は
 
『分かるよ』
と答え、カーナビを長浜のフェリーターミナルにセットした。
 
国道259号を戻り、東名・名神・北陸道と走る。途中のSAでぐっすりと寝て、翌25日朝、長浜ICを降り、フェリーターミナルに行って朝1番のフェリーで琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶじま)に渡る。ここの都久夫須麻神社にお参りしたところで、千里は一挙に4人の眷属との繋がりを取り戻した。《げんちゃん》《すーちゃん》《せいちゃん》そして眷属たちのリーダー《とうちゃん》である。
 
『みんなお帰り』
『千里、お帰り』
 
フェリーで長浜港に戻り、車の方に行く千里に、《りくちゃん》が声を掛ける。
 
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『まさかこれで全員とは思ってないよね?』
『まさか』
『次はどこに行くの?』
『どこにも行かないよ。だって、くうちゃんはいつでも私のそばに居るんだから。ね、くうちゃん?』
 
『千里、お帰り』
『ただいま、くうちゃん』
 
千里はこうして12人全員の眷属とのコネクションを回復した。
 

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『だけど、実は千里、どこにも行かなくても本当は全員とのつながりを取り戻すことはできたんだぞ』
と本来は寡黙な《くうちゃん》が言う。
 
『それ、今となっては分かるよ。でもそれぞれの鍵が開けやすい場所があるんだよ。びゃくちゃんは西方を司る四神だけど、酉ではなく申の方位に配置されているから、西南西に向けて伸びている半島の先端で日没時に見つけやすい。りくちゃんは卯の方位に配置されているから、日出が美しい場所で見つけやすい』
 
『確かに千里と一番関わっていたのが六合だから、最初に六合を見つけたんだろうな』
と《くうちゃん》が言うと
 
『俺もたくさん関わってるぞ』
と《こうちゃん》が文句を言う。
 
『六合は千里に良いことを教えて、勾陳は悪いことを唆すからな』
などと《くうちゃん》は楽しそうに言った。
 
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『だけど、千里、やっと巫女の力を取り戻したね』
とリーダー格の《とうちゃん》が言った。
 
『そして女に戻ったよね。一昨年の夏以来、私は妻だったから。でも、まだまだだよ。私は今名前も思い出すことのできない、あんたたちの御主人に会わなければならない』
 
『まあ千里は男には戻らないから心配するな』
と口の悪い《こうちゃん》は言う。
『もう私が男だったころの時間は残ってない?』
『それについては大陰に聞け』
 
《いんちゃん》が説明する。
 
『残ってないよ。もう全部消費した。おちんちん欲しい?』
『いらなーい!』
『男の子だった頃のこと思い出す?』
『それが全然分からない。私、おちんちんいじったことってあまり無かったし』
『まあ思い出す必要ないよ』
 
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桃香は千里が旅に出ている間にに、一度経堂のアパートに戻ると、こっそりと千里の机のいちばん上の引出を開けた。この引出はいつも鍵がかかっており、その鍵は千里が持っている。ふたりはもう8年間パートナーとしてやってきたが、基本的にお互いのプライバシーは守ることにしている。しかし、その件だけはどうしても自分の心が抑えられなかった。
 
先日千里の両親が来た時、千里は「4人の子供」と言った。4人って誰なんだ?と桃香は思った。早月・由美に、前から聞いていた京平君までは分かる。あと1人は誰なのだろう?
 
あの時、両親たちが帰った後、千里はこの引出の中から何か取り出して自分のパソコンで見ていた。桃香が声を掛けると、慌てたようにして、メモリーカードをここにしまって鍵を掛けた。それが気になって仕方がなかったのである。
 
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鍵自体は簡単なものなので、桃香の腕があれば、工具など使わなくてもハガキ1枚で開けられる。
 
引出の中に金色のリングの付いた携帯ストラップがあったのを見てドキッとする。自分も同じ物を持っている。但しリングの色は銀色である。信次君と交際し始めて以来取り外していたようだったが、捨てずにちゃんと取っていたんだなと思うと少し嬉しくなる。「指輪」もケースに入れて置いてある。
 
(この指輪は2012,9に桃香が千里に婚約指輪として贈った0.7ctダイヤのプラチナリング。結婚指輪も一緒に贈られたがそれは桃香に返却済み。婚約指輪はファッションリングとして持っておいてと言われ保管だけしている)
 
写真を納めた小さなアルバムがあるので見てみたらギクッとする。桃香が他の女の子といちゃいちゃしてる写真だ。かなり古いものから最近のものまである。げーっ。浮気がバレてる、と思って焦るが、元々千里と桃香が「結婚」した時、お互いに他にも恋人を作るのは自由と言い合っている。千里も信次君と結婚したが、桃香の恋人も千里は認識はしていたものの容認してくれていたのだろう。
 
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メモリーカードがある。こないだ千里が見ていたのはきっとこれだ。取り敢えずデータを自分のパソコンにコピーしてから戻し、引出は閉めて再度鍵を掛けた。
 
データの中身を自分のパソコンで見る。
 
中学高校時代の千里の写真が大量にある。どれも女子制服を着て写っている。まあ、こういう実態はだいたいバレてたんだけどね。しかしこんなにたくさん写真を持っていたのか。バスケをしている写真もある。格好良いなあ、と桃香はあらためて千里に魅力を感じた。賞状とかトロフィーを持った記念写真も、いくつもあった。女子選手たちの中に千里がいる。こんな写真隠さなくてもいいのに。
 
kyoというフォルダに入れられているが見たことのない子供の写真だ。生まれたてから、幼稚園くらいまで成長していく様が大量の写真に撮られている。日付を確認すると、生まれてすぐの写真は2015年6月だ。つまり今年で4歳になるのだろう。
 
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これが話にだけは聞いていた京平君なのかな?しかしこの写真の量を見ると千里は京平君にかなり会ってるぞ。いいのか?
 
もうひとつkanというフォルダに入れられた写真がある。こちらも生まれて間もない頃から成長してきている写真まで。日付でみると一番最近のはつい先週のタイムスタンプのもので、7-8ヶ月だろうか。女の子の写真だ。もしかしてこの子も貴司君の子供?もうひとり出来ていたとは知らなかった。だけど千里、他の女と結婚している彼氏の子供の写真とか見ていて、辛くならないのだろうか?と千里の気持ちが分からない気がした。
 
しかし、早月・由美に加えて、この2人が、千里が先日言っていた
「4人の子供」なんだろうなと桃香は納得した。
 
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もっとも桃香も小歌・小空の兄妹のことを千里に黙っているので、おあいこかなという気もする(桃香は小歌たちのことを2018.5に知った)。
 

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千里が眷属たちとの再会を果たし、名神・新東名を走って東京に戻ってきたのは(2019年)4月25日深夜であった。千里は江戸川区内の月極駐車場まで来た。。
 
眷属との再会の旅には信次の遺品となった日産ムラーノを使ったのだが、今度は自分の車であるマツダのアテンザ・ワゴンを使用する。ムラーノを使っていて、信次とのコネクションをいったん切らないと、自分の鍵を完全には開けられないことに気付いたのである。この車を動かすのは緩菜が産まれた時以来半年ぶりだ。バッテリーがあがってないか不安だったが、ちゃんと始動してくれた。
 
お昼過ぎ、福島県の田村市に、旧知の農業詩人・櫛紀香さんを訪ねる。突然の来訪に驚いておられたが、彼の所でお茶を頂いた時、唐突に「バスケットの1on1やりませんか?」と言うと、紀香さんは「だいぶやってないから、さびついてますよ」と言いながらも一緒に近くの体育館に行ってくれた。
 
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ボールを借りて対決するが、全て千里が勝つ。
 
「醍醐さん、強すぎ!さすがプロ」
「私、まだまだなまってる気がするんだけどね」
 
そんなことを言っていた時、
「お疲れ様」
と言って声を掛けてきた女性がいる。彼女は千里と紀香に1本ずつスポーツドリンクをくれた。千里は微笑む。
 
「こんにちは、府音さん」
 
府音さんは微笑んで千里に赤い珊瑚の珠をくれた。
 

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櫛紀香さんの所を辞して、国道288号を東行する。放射能の影響がまだ完全には消えてないので、この道路の一部は、通行証を持つ地元住民しか通れない道だが、検問所の警官は何も言わずに通してくれた。千里は自分が今、特別な力で動かされていることを再認識する。
 
そして国道6号との交差点の所で藻江さんと会う。福島第1からわずか4kmほどの地点である。藻江さんはオレンジ色のシトリンの珠を千里に渡した。
 
「こんな場所に居て大丈夫ですか?」
と千里は訊いた。
「私は浄化の力を持っているので、私のお仕事をしています。実際に作業しているのは日本中から集まって来た大量のボランティアの眷属さんで私はその指揮をしているだけだけど」
 
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「ご苦労様です」
 
藻江さんは藻塩作りの象徴だから、こういうお仕事はいちばん適しているのだろう。
 
「私、人間じゃないから放射能自体は平気ですよ」
と藻江さんが言うのに深く礼をして千里は北へ向かう。
 
海辺の方へ行く道を勘で辿り、浪江町の海岸で奈美さんに会う。奈美さんは黄色い琥珀の珠をくれた。国道6号に戻って更に北上し、南相馬市の原ノ町駅前で浜路さんを見る。浜路さんは緑色のエメラルドの珠をくれた。ここで日没となる。
 
闇が迫り来る中、名取市まで北上した所で磯子さんに会う。彼女は水色のアクアマリンの珠をくれたが「簡単にもらえるのはここまでですよ」と言った。
 
「ありがとうございます」と御礼を言って先に進む。
 
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仙台市内に住む親友の和実の家に寄る。
 
「あれ?千里、いらっしゃーい」
と、明香里におっぱいをあげていた和実が迎えてくれるが
 
「ごめん。寝せて」
と言うと、バタリとその場に横になり、熟睡する。
 
27日。早朝、まだ日が昇る前に起きると、自分が毛布と羽毛布団を掛けてもらっていることを認識する。まだ寝ているふうの和実の部屋の襖を少し開けて言う。
 
「和実、まだ寝てるよね? バタバタしてて悪いけど、私出るから」
 
すると和実は細く目を開けて言う。
「多分そうなるだろうと思って、おにぎり作っておいたから、持っていくといいよ」
 
「ありがとう」
「それから、千里、そのロケットの中に勾玉入れてるでしょ?」
「あれ?見た?」
「見なくてもそんな強烈なのは分かるよ。ロケットに入れておくのは正しい使い方じゃない。ゴム紐を通して左手首に掛けた方がいいから。そこにゴム紐用意しておいた」
 
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「ありがとう! 和実も巫女なんだね」
「時々ね。別口の5つの宝石の珠は私には使い方が分からない」
「うん。実は私も分からないけど、すぐ分かるだろうと思ってそのままにしてる」
 

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それで千里はロケットの中に入れていた白い勾玉を取り出すと、和実が用意してくれたゴム紐を通し、左手首に付けた。ロケットはバッグに入れ、おにぎりをもらって出る。
 
自分のアテンザに乗り車をスタートさせる。三陸道、そして県道2号を走って牡鹿半島の鮎川まで行った。車を駐めて渡し船に乗る。
 
つい数日前にここに来た時は、この鮎川の港で《こうちゃん》とのコネクションを回復させたのだが、今度は対岸の金華山まで渡る。そして金華山の黄金山神社に参拝し、更に何かに導かれるようにして、境内近くの某所に来た時、佳穂さんが姿を現した。「私を捕まえて」と言う。
 
千里は佳穂さんを追って、金華山の参道を何度も昇り降りするハメになる。我ながらなまってるなあと思った。しかし千里はここを越えて行かなければならない。30分くらいの「運動」の後、やっと佳穂さんは千里に捕まった。
 
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「問題。あなたの眷属の御主人の誕生日は何月何日?」
 
千里は少し考えてから答える。
「その人の名前も顔も今は思い出せない。でも誕生日は10月3日」
 
「正解。これをあげます」
と言って、佳穂さんは青いサファイアの珠をくれた。
 

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「でも何で今までもらった珠を身につけないの?パワーアップするのに」
などと言われる。
 
「すみません。どう身につければいいか分かりませんでした」
 
「あなたもまだまだね。この紐に通して首に掛けるといいよ」
と言って佳穂さんは紐を1本くれた。珠はもらった時は穴など開いてなかった気がしたのに、今見ると全部紐を通す穴が開いている。つまり自分が一定のレベルまで到達しないと、この穴は見えないんだろうなと千里は思った。珠をもらった順序に珊瑚・シトリン・琥珀・エメラルド・アクアマリン・サファイアと通して、首に掛けた。
 
「でも石を付けてなくても私を捕まえるのに30分も掛かるのは運動不足」
「修行しなおします」
「うん。毎日24時間くらい走りなさい」
「それ無茶です!」
 
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「でも昔はそのくらい身体を鍛えてたでしょ?」
「・・・・・」
「あれをしたから、千里は女の子になることができたんだよ」
 
「私に生理があるのはそのせいですか?」
「ああ、あれは瞬嶽さんの仕業。そういうの、私たち下っ端の神様はやっちゃいけないんだけどね。あの人、人間のくせに神様レベル以上の力を持ってたんだもん」
「たまにそういうとんでもない人がいるんでしょうね」
 
「千里も生きたまま山に籠もって200年くらい修行したら、瞬嶽さんのレベルに到達できるかもよ」
 
「さすがに私、200年生きる自信は無いです。それに、私、山に籠もって修行するより俗世間で赤ちゃん育てたいですし」
「まあ、それが千里の使命だからね」
「やはり、私、何かの使命があって動いているんですね?」
 
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「うん。でもそれは千里が死んでから100年くらい経たないと分からないだろうね」
「じゃ死んで100年くらい経ったら修行しようかな」
「それでもいいよ。予約入れておくから」
 
千里は佳穂さんに御礼を言って金華山を下り、渡し船で鮎川に戻った。
 
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