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「ところでまたアテンザ借りてきたんだな。信次君のムラーノでも良かったろうに」
と桃香が言ったので、千里は大告白をする。
「あのアテンザは私の車だよ」
「えーーー!?」
と桃香は驚く声を出すが、青葉は
「桃姉、知らなかったの?」
などと言う。
「以前使ってたインプレッサも、借り物って言ってたけど、本当はちー姉の車だよね?」
「そうそう。インプは6年間で20万km乗って、さすがにエンジンの調子とかがおかしくなってきたんで、アテンザに乗り換えたんだよ」
「20万kmって凄い」
「青葉のアクアも、かなりの距離乗ってるんじゃない?高岡と千葉をかなりの頻度で往復してるでしょ?」
「えへへ」
「じゃ、千里ってミラとインプなりアテンザを使い分けてたんだ?」
「うん。街乗りはミラ、インプやアテンザは遠乗り」
「アテンザがあるのなら、ムラーノはどうするの?」
「6月で車検切れだから廃車にしようと思う。信次と一緒にいる気持ちになれるからムラーノ使っていたんだけど、私は早月と由美のために巫女に戻る決心をしたから信次とはもうコネクションが切れてしまったんだよ。信次は私の守護にも入ってくれていたけど、追い出しちゃった形で。霊的に離婚したも同然。でも多分由美は守ってくれていると思う。そしてそうなると信次との想い出があるムラーノではなく、自分の車で走らないといけないんだよね」
青葉も朋子も頷いているが、桃香は
「そのあたりは良く分からんな」
と言っている。
「ちー姉、もしかして私、ちー姉の力量を読み誤っていたかも」
と青葉が言う。
「私はただの少しだけ霊感がある巫女だよ」
「いや、絶対嘘だ」
「まあ、千里は嘘つきだからなあ」
と桃香は言う。
「自分の性別のことではさんざん嘘ついてるし」
「ふふ」
「子供の人数でも嘘ついてるし」
「ふふ」
「中学1年から修士2年までずっと巫女してたことも黙ってたし」
「ふふ」
「霊感があるなんてのもきっと嘘だ」
「うん。私は桃香と同様、実は全然霊感が無い」
「それはとんでもない嘘!」
と青葉は言った。
「坂東三十三箇所巡りをしようかと思うの」
と康子は言った。
「良いことだと思います」
と千里は返事をした。
「ただ、あれってよく分からなくて。四国のお遍路はルートが確立しているみたいだけど、坂東三十三箇所って、本屋さんでガイドブック見てみたけど訳分からんと思った」
「四国のお遍路は、ほぼ順番通りに回ればいいんですが、坂東三十三箇所は順番とは関係無く、行ける所にダイレクトに行ってくればいいみたいですね。車があれば10日で回れるみたいですよ。全部日帰りで」
「千里さん付き合ってくれる?」
「もちろんです」
「それを信次の車の最後のお務めにしようかと思う」
「はい」
信次のムラーノは6月末で車検が切れるのである。千里は春頃から車検をするか廃車にするか悩んでいた。
実際の巡礼は5月下旬の土日を避けて2週間で行った。桃香に早月と由美を見てもらっていて、千里と康子が2人で出かけた。
「千里さん、茶道教室で出会った頃みたいな感じに戻ってる」
「私、由美たちを育てないといけないから、お仕事再開することにしたんです。でもそのためには、自分の感覚を取り戻す必要があったから、信次さんの妻を辞めてしまいました。今はただの由美の母親です。それで独身時代の雰囲気に戻ったんだと思います」
「信次との出会いで千里さんの人生を変えてしまったのだろうか」
「人生が変わるほどのものを恋愛と言うんだと私は思います」
「そうかもね。。。。私もそうだったなあ。。。」
「お母さんも、娘に戻るといいです」
「そうね、それもいいかな。息子たちのことは忘れて、4人の孫に会うのを楽しみにして、趣味に生きようかしら」
「それでいいと思います」
4人の孫というのは、千里の子供の由美・早月と、優子の子供の奏音、そして太一の子供の翔和である。(幸祐のことはまだ知らない)
巡礼はできるだけ各寺に近い駐車場に駐めるようにしたが、道が細かったりする場合は、遠くの駐車場に駐めてバスなどで移動した場合もある。各寺で千里たちは、鐘がある所では鐘を突いた後、ロウソクと線香に火を点けて供え、ふたりで一緒に般若心経を唱え、お寺の納経所に予め書いておいた心経を納めて御朱印を頂くということをしていった(そのため2人とも心経を33枚書いた)。心経を唱えるのは時間が掛かるので、他の参拝客の邪魔にならないよう、できるだけ端の方でしていた。
「千里さん、一周忌がすぎたら、桃香さんと結婚するの?」
「三回忌までは再婚のことは考えません」
「そう・・・・」
「それに桃香とは法的に結婚できないし」
「日本の法律って面倒ね」
「同性婚できる国もありますけどね。私、もしかしたら桃香以外の人と結婚するかも」
「誰か好きな人できた?」
「あ、いえ、今私、桃香以外の人と結婚するかもと言いましたね?」
「へ?」
「うーん。。。。私、誰と結婚するんだろ?」
「えーー!?」
桃香以外の人とはむろん貴司のことだが、取り敢えずここは誤魔化しておく。
車で回ってはいても、結構歩くのでなかなか疲れる。それでお茶などが飲めるところがあったら、しばしば入って休憩していた。なお、その日の巡礼が終わるまでは、なまぐさは口に入れないようにしていた。
「ね、千里さん。信次の三回忌が済んでから、千里さんが再婚する場合はね」
「はい」
「もし良かったら、由美の苗字はそのままにしてくれない?」
「いいですよ。川島由美のままにします」
「新しいお父さんと養子縁組しないと、相続権とかが無いけど」
「そんなお金持ちの玉の輿になるとは思いませんから、大丈夫です」
「そうね」
そういう訳で、1年後から千里と桃香が育てることになる4人の子供は全員苗字が違うということになるのである。
(篠田京平・高園早月・細川緩菜・川島由美)
6月上旬、千里は桃香・由美・早月と一緒に、都内K市にある政子の実家を訪問した。冬子と政子は都心のマンションに居ることが多かったのだが、現在冬子が精神的にお仕事ができない状態に陥ってしまっているため、4月から2人は政子の実家で、のんびりした生活を送っているのである。この日は冬子の姉の萌依も来ていた。萌依はおおきなお腹を抱えていた。
「ひたすら政子やお母さんたちの御飯を作って、あやめにお乳をあげてという生活も悪くないかなという気がしてる」
などと冬子は言う。
「ああ、主婦の喜びを覚えちゃったね」
と萌依は言うが
「いや、冬子さんは前から政子の主婦してた」
と政子のお母さんは言う。
「私、料理できないもーん」
などと政子は言っている。
「千里もお乳出るんでしょ? 赤ちゃんにお乳あげるのって凄く嬉しいと思わない?」
と冬子。
「うんうん。母親になれたんだ、というのが実感できるから」
と千里。
政子と冬子のファンの方から頂いたお菓子など開けて、のんびりとおしゃべりしていたら、そこに子供を3人(4歳・2歳・0歳)連れた山吹若葉がやってくる。
若葉の子供:−
冬葉(かずは)2014.11.23 遺伝子上の父:野村治孝
若竹(なおたけ)2017.03.11 父:紺野吉博
政葉(ゆきは)2018.10.11 遺伝子上の父:唐本冬子
(法律上の父は3人とも吉博で彼が認知し養子にしているので全員苗字は紺野)
0歳を抱っこ紐で抱いて、両手で4歳と2歳の手を握って、という方式である。若葉の家から政子の家までは数kmなので山吹家の運転手さんに送ってもらってやってきたらしい(若葉が自分で運転しようとしたらお母さんに止められたとか。若葉の運転する車に子供を乗せるなんて恐ろしすぎる)。
「若葉、育児係とかベビーシッターとか雇わないの?」
「うーん。家庭に他人を入れるの好きじゃないから」
「それはあるよねー」
と政子なども言っている。
若葉は和実と冬子の友人なので、クロスロードの集まりにもよく出ており、千里や桃香にもおなじみである。
「でも、なんかみんな赤ちゃん連れだね〜」
などと言って、おっぱいをあげながらおしゃべりは続く。
「私は小学校や中学校の頃に、たまにコスプレで男の子の格好とかしていた冬を見ているから、そうやって赤ちゃんにおっぱいあげてる冬を見ると、感無量だな」
などと若葉は言う。
「私、別に男の子のコスプレしてた訳じゃなくて、普通に男の子として通学してたんだけど」
「いや、冬は基本が女の子だから、男の子の格好してたのはコスプレ」
と若葉。
「ああ、冬は高校時代もよく学生服着て、男の子のコスプレしてたよ」
と政子。
「私、よくというか高校ではふつうに学生服を着てたけど」
と冬子は言うが
「だってこんな写真あるからね」
と言って、唐突に政子がみんなに見せる写真は、教室で女子制服を着て授業を受けている冬子の姿である。2007.12.18という日付が入っている。
「ああ、ちゃんと女子制服で授業受けてるんだ? 日付がデビュー前じゃん。冬って最初からこうだったんだ?」
と桃香。
「それ合成じゃないのー?」と冬子。
「いや、これが真実だ」と政子。
「実際、冬子は中学3年生頃以降は、女子制服を着て出かける時の方が多かったよ」
と萌依が証言する。
「千里も中学高校では女子制服で授業を受けてるよね?」
と桃香が訊くと
「桃香、私の写真、勝手に見たでしょ?」
と千里は言う。
「何のことだろう?」
「まあいいけどね」
「だけど、ここのところ赤ちゃんラッシュだよね〜」
「政子のあやめちゃんが2月生まれだよね」
「その子、父親は誰なの?有名な人?」
「内緒」
あやめの父親が誰かをこの時知っていたのは、この場に居るメンツでは冬子・千里の2人だけである。
「千里の由美ちゃんが1月生まれ」
「若葉の政葉(ゆきは)ちゃんが10月生まれ」
「和実の明香里ちゃんが3月生まれ」
「萌依さん、それ予定日はいつですか?」
「来月〜」
「明香里ちゃんの出生届って受け付けられたの?」
「通ったと言ってた。自分は実は半陰陽だったと説明したら受付てくれたらしい」
「でも妊娠出産したということは、あの子本当に半陰陽だったのでは?」
「むしろ本当は女の子なのを男だと嘘ついていたのかも知れない」
「あの子の実態はどうもよく分からない」
「和実本人は半陰陽というより、ハイティング陰陽かもって言ってた」
「何それ?」
「ハイティング代数というのがあるんだって。ファジーに似てるけど、もっと厳密な概念らしい。自分の性別はハイティング代数で表現できるかも知れないと言ってた」
「意味分からん」
と多くの声が出るが
「ああ、その可能性はあるかも」
と千里は言う。
「どういう意味?」
「正確には完備ハイティング代数 cHa だよ。一般に論理というとブール代数が有名だけど cHa はそれを拡張したもの。物事って真か偽と割り切れるものではなく混じっていることが多い。そういう状態を表現するのにcHaは自然なんだ。混じっているにも関わらず、論理式上は常に《真であるか偽であるかどちらかである》という命題が成立するから。だから性別がcHaなら、男と女が混じっているにも関わらず《男か女かどちらかである》というのが常に成立している」
と千里は説明するが
「よく分からん」
とみんなの声。