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■女たちの戦後処理(10)

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それで茨木市から貴司の住む豊中市まで移動する。ここのマンションの駐車場の暗証番号は知っているので勝手に開けて来客用駐車場に駐めさせてもらう。
 
《自分が持っている!?合鍵》で駐車場から館内へのドアを開け、まずはノートパソコンを手に持ち、由美を抱っこ紐で抱いて貴司の部屋まであがると(部屋のドアはインターホンで呼んで開けてもらった)、敵対的な視線を投げかけてくる美映さんに無防備な笑顔で挨拶して由美とパソコンを置き、再度車に行ってモバイルバッテリーやキーボードなどを持って上がってきた。
 
千里の荷物が多いので、美映がさすがに驚いている。
 
「何をなさってるんですか?」
「音楽関係の仕事なんですよ。締め切りが厳しくて」
 
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と言うと、何となく納得している。また今回、千里が赤ちゃん連れであったのも、彼女の敵視線の勢いを少し弱くしているようだ。
 
千里はこんな感じで、貴司と阿倍子さんの家庭にも随分と進入してたよなあと数年前のことを思い起こしていた。阿倍子は千里が入って行くと、何か悲しげな目をしていたが、美映は敵対的だ。性格の違いだなと思う。
 

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千里が赤ちゃん連れで西国三十三箇所・車中泊の旅をしながら、パソコンで仕事もしていると言うと「無茶すぎる!」と貴司は言い、充電されるまでの間でも寝た方がいいと言った。美映さんまで「赤ちゃんがつらいですよ」と言うので、来客用寝室に案内してもらい、布団を敷いて寝せてもらった。
 
確かにここまで疲れがたまっていたのでこれは助かった。
 
千里はこの部屋で随分貴司とセックスしたよな、などと思いながらも深い眠りに入って行った。
 
目が覚めたのは夜の11時である。ここに来たのが1時頃だったので10時間も眠ってしまったことになる。由美が泣くのも気付かないくらい深く眠っていて、美映さんが由美に何度かミルクをあげたというのを聞くと、
 
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「ありがとうございます!」
と感謝の言葉を述べた。由美にミルクをあげたことで、美映さん自身、こちらへの敵対心が弱くなったようである。
 
充電も終わっているので出発すると言ったのだが
「夜中にはお寺も開いてないでしょ?」
と言われるので、結局朝まで泊めてもらうことになる。
 
ただし千里は由美を寝せておいて、パソコンで曲の編集作業をひたすら続けた。貴司とこの部屋で過ごした時のことなど思い出していたら5曲目のモチーフが浮かんだので、とりあえずメロディーだけ入力した。
 

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美映さんが作ってくれた朝御飯まで頂いた。
 
台所で食器棚、米びつ、鉄のフライパン、圧力鍋などなどを目にする。これ全部自分が買った物だなと思うと、ちょっと楽しくなる。鉄のフライパンを使いこなしているというのは、美映さんはけっこう料理好きなのだろう。
 
貴司の奥さんということでなかったら、この美映さんとも私お友だちになってたかも知れないなという気がした。
 

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「川島さんでしたっけ?」
と美映が訊く。
 
「ええ。結婚したのでその苗字になりました。旧姓は村山なんですけど」
「村山千里だったのか!髪が短いから全然気づかなかった」
「最近なまってるなあと思って、5月に切っちゃったんですよ。この髪が元の長さに戻るまで自分を徹底的に鍛えようと思って」
「“世界の村山”がそういう気持ちなら東京オリンピックで日本女子は期待できるなあ。頑張って下さいね」
「東京オリンピックなんて、選ばれたらいいですけど」
「村山を選ばないなんてあり得ないですよ。でも村山千里が貴司の元カノとは知らなかった」
と美映はむしろ興奮しているようである。嫉妬心はどこかに行ってしまったようだ。
 
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「でも千里さん、貴司とどのくらい付き合ってたんですか?」
と美映さんが訊くのに対して、貴司は
「えっと・・・」
と口ごもったが、千里は笑顔で
「実質夫婦でした。籍は入れてなかったけど」
と答える。
 
「でも別れて長いんだよね?」
 
「阿倍子さんに私負けちゃったんですよ」
「あぁ・・・」
 
「だから私、細川さんが阿倍子さんと婚約して以降は、一度もセックスしてないですから」
「じゃ、古い話なんですね」
 
「はい。だから今は純粋に同窓生というだけの関係です」
と千里はにこやかに言う。
 

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千里が赤ちゃん連れであったこと。千里が由美に授乳している姿を見て、ママ同士の連帯感のようなものを感じたようであったこと(実際緩菜ちゃんのことも随分話した)、美映さん自身で由美にミルクをあげたこと、千里の位置付けが「現在の愛人」ではなく「別れた妻」であるようだと判明したことから、美映は昨日の夕方ここに千里が来た時よりは随分機嫌良く、千里たちを送り出してくれた。
 
車まで行く時に、千里が由美を抱いているので、パソコンを美映が、バッテリーやキーボードなどを貴司が持ってくれた。
 
「あ、千里さん、メールアドレスとか教えてもらっていい?」
「いいよ」
と言って、千里は美映とメールアドレスと電話番号を交換した。
 
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「あ、そうだ。細川君、もうすぐ30歳のお誕生日おめでとう」
と最後に千里は言った。
 
「ありがとう」と貴司
「あ、忘れてた!」と美映。
「私、もう細川君の奥さんじゃないから、誕生日プレゼントは美映さんからもらってね」と千里。
「うん。私が何かあげるよ」と美映。
 
それで取り敢えず千里は美映と握手した。
 
「私、昔、細川君と、細川君が30歳になっても独身だったら、もう一度結婚してあげるよと約束したんだけど、細川君も私も既婚だから、あの約束はキャンセルだね」
と千里が笑顔で言うと、貴司は何だか困ったような表情だったが、美映は何か考えているふうであった。
 
「じゃ行きます。ありがとうございました」
「お気を付けて」
 
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と3人とも笑顔で挨拶して千里は車を出発させた。
 

23日(日)は23番勝尾寺(箕面市)から始めて24番から27番までは兵庫県内を巡回していく。27番圓教寺(姫路市)はロープーウェイでの往復になるので、降りて来た時は、もうかなり太陽が低くなっていた。
 
食料を調達しようと思い、近くの大型ショッピングモールに移動した。
 
買物を終えて、車内で由美におっぱいをあげてから、気分転換にお茶でも飲もうかと思い、ノートパソコンをリュックに入れて(由美は抱っこ紐で前に抱いている)、店内を歩いていたら、バッタリと阿倍子・京平の親子に出会う。
 
「また会ったね!」
「こんにちはー!」
「わーい、ちさとおばちゃんだ!」
 
ちょっとお茶でもと言ったら、京平が
「ぼくトンカツ食べたい」
などと言い出す。
 
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「じゃ、おばちゃんがおごってあげようか」
と千里がいうと
「嬉しい!」
などというので、阿倍子は恐縮していたが、一緒にトンカツ屋さんに入った。千里は巡礼中なので、朝起きてから、その日のお参りが終わるまでの間は「なまぐさ」を控えるが、今日は終わった後なので食べても良い。
 

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京平が「ぼく、ろーすかつのおおもり、ピーチプリン、コーラ」などと言うのを阿倍子が困った風に聞いている。千里は「私たちはカツ盛り合わせ御膳でも取りましょうか?」と阿倍子に提案し、彼女も同意したのでそれでオーダーした。
 
「きょうはひとりだけなんですね?」
「ええ。今回は長旅なので、上の子はお留守番にしたんですよ」
 
「じゃ、お姉ちゃんはパパとお留守番なんだ?」
 
と言われるので千里は本当のことを言うことにした。
 
「実はこの子の父親は去年の7月に事故で亡くなったんです」
「え!?」
「だからこの子は父親の忘れ形見なんですよね」
「そうだったんですか!」
 
「それで一周忌を前に、この子の父親の菩提を弔うのに西国三十三箇所を車で回っている最中なんですよ。今日は姫路の27番圓教寺まで来た所で」
「わぁ」
「だから巡礼してるのがこの子で、私はその付き添い」
「へー!」
 
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「考えてみたら、私っていつも千里さんに助けてもらってたような気がして」
と阿倍子は言った。
 
「年賀状の宛名書き、毎年やってくれてたの千里さんだよね?」
「さあ」
 
「私凄い悪筆だし、貴司の字は問題外だし。でも宛名を印刷した年賀状は禁止だからさ。それで貴司が知り合いに頼むと言って持ち出して。それで、宛名だけじゃなくて、それぞれの人への手書きの一文まで添えてあった。なんでこれ書いてくれた人、私や貴司のこと、こんなに知ってるのよ?と思ったけど、あとで考えて、千里さんなら書けたと思い至った」
 
千里は微笑むだけで答えない。
 

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「私が病気で倒れて、貴司は遠征で出ている時に、千里さんが来て御飯作ってくれて、その日行くことになっていたプール教室にも千里さん、京平を連れて行ってくれたし」
 
「ご近所同士の助け合いみたいなもんだよ」
「でも千葉から大阪まで来てくれたんでしょう?」
「貴司はわりと、どうでもいい用事で私をよく大阪まで呼びつけてたんですよ。昔から」
「あぁぁ」
 
「夜通し車飛ばして来てみると、ユニフォーム破いてしまって。ちょっと縫ってくれない?とか」
「ひっどーい」
「当時は緋那さんと貴司を争っていた時期だったから、そのくらい緋那さんに頼んだら?と言ったら、緋那さん、裁縫だけは苦手で、以前頼んだら試合始まると同時にバラけて焦ったとか言ってた」
「あははは」
と笑ってから阿倍子はしんみりと言う。
 
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「でも当時は千里さんが来て私の看病してくれていても、貴司の愛人に世話されたくなーいと思ってた」
「まあ、貴司は女の感情分かってないから」
「うんうん」
「でも助かったことは助かった」
 

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「だけど一時期は、私と緋那さんと千里さんの3人で三つ巴の戦いだったよね」
 
「貴司って、実は決断力ないから、ちゃんと断り切れないんだよ。それどころか本命以外でもその場の雰囲気で口説いちゃうから」
 
「ああ、そんな感じ、そんな感じ」
「更に3人で争っていた時期にも、更にガールフレンド作ろうとしていた」
「有り得ないよね」
 
「特にニューハーフの幸子って子には、結構熱をあげてたよね」
と阿倍子。
「ああ、あげてた、あげてた。だから私が強制排除したんだよ」
と千里。
 
「ほほぉ、それは知らなかった」
「貴司の字を真似て書いたサヨナラの手紙渡したから」
「すっごーい。そこまで工作しちゃうんだ」
「ふふふ」
「でもだいたいニューハーフさんなんて論外だよね」
「そ、そうだね」
 
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と言いながら千里は内心焦る。いや多分貴司はニューハーフこそがストライクなんだ。
 
「その内、緋那さんが愛想尽かして脱落して、その勢いで私が婚約しちゃったけど」
と阿倍子。
 
「私は今でも実はまだ敗北してないつもり」
と千里。
 
「ふーん」
「まあ来月夫の一周忌だけど、あと1年経って三回忌終えたら、再度参戦するよ」
「美映さんと戦うつもりなんだ?」
「それがねぇ」
と千里は複雑な表情をした。
 
「戦う必要が無い気がする」
「どういうこと?」
「私にも分からない何かが起きそうなんだよね」
「ふーん。確かに千里さんって、昔から霊感少女みたいな雰囲気だった」
「それは小さい頃からそうだったんだよ」
「まあ、私は貴司と縒り戻すつもりないし、せいぜい頑張ってね」
「うん」
 
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京平たちと別れた後、夜間に宮津市まで移動し、24日は28番・成相寺(宮津市)、29番松尾寺(舞鶴市)と回った後、お昼前に琵琶湖の西岸・今津港まで行き、竹生島に渡る。ここの宝厳寺が30番札所である。先日自分の眷属とのコネクションを取り戻した時は長浜から渡ったのだが、今回は行程の都合で対岸の今津から渡ることになった。
 
4月に来た時はこの島の神社の方にお参りしたのだが、今回はお寺の方である。船着き場から、右手の階段を登ると神社、まっすぐ進むとお寺だが、観光客は大半がお寺の方に行く。今回は千里もその人の流れに沿って歩いていき、お参りをした。
 
25日(火)に残る3ヶ所を一気に回る。今津港に戻ってから道の駅で車中泊後、琵琶湖西岸を南下。琵琶湖大橋を渡って、琵琶湖東岸にある31番長命寺と32番・観音正寺(いづれも近江八幡市)を回る。その後80km近く走って、岐阜県揖斐川町の華厳寺に行く。ここが33番札所。西国三十三箇所の終点である。
 
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太一とお母さんの方も、既に秩父三十四箇所は終わっているということだったので、翌日善光寺に行って満行とすることにする。その日は中央道のSAで車中泊したが、ここで6曲目のモチーフを得た。
 

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女たちの戦後処理(10)

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