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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-09/2020-04-08改
千里はもう行くべき場所が分かっていた。6人の《乙女》と会った。残りは2人だという認識をしていたが、その2人の名前をその時点では思い出せなかった。車は仙台方面に戻り、山形自動車道をひたすら走って、湯殿山に到達する。夕方「今日はこれが最後の参拝です」という声の中、奥の院に入ってそこの御神体に登った時、恵姫さんが居た。
「こんにちは、恵姫さん」
「こんにちは、千里ちゃん。私と一緒に月山に登らない?」
「そうなるのか」
《きーちゃん》に『私の車、月山8合目に回送しといてよ』と言う。
『了解』と言って、《きーちゃん》は千里から車のキーを受け取り、千里の代りにバスに乗って大鳥居の方に降りて行った。
日はもう暮れかかっているが、恵姫さんと一緒に、湯殿山と月山を結ぶ道を登って行く。この道は登るより降りるほうがずっと楽なので(まあ普通山道はそうである)、現代では月山八合目のレストハウスの所まで車で行き、そこから月山に登った後、湯殿山に降りてくる人が多いのだが、今日はそれを逆向きに登ることになるようである。江戸時代の松尾芭蕉などはこのルートで月山に登っており途中の道でかなり苦労したことを記している。
4月下旬の月山は雪の中である。恵姫さんはそこをかなりのハイペースで登って行く。しかも少し登ると日は落ちてしまい、どんどん周囲は暗くなっていく。が、千里は自分でも不思議なくらいパワーが出て、しっかり彼女に付いていくことができた。ここまでにもらった珠の作用なのだろうか。結局ちょうど深夜0時頃に、月山頂上まで到達することができた。
雪の中・まだ月も出ていない闇夜の月山神社でお参りする。
「ここに来たことあるよね?」
「名前が思い出せない、この子たちの御主人と一緒に何百回も参拝しました」
「でもこの向きは初めてでしょ?」
「ええ。いつも月山から湯殿山に降りて行ってたんです」
「ふふ。その記憶が戻って来たんだね」
「私、もしかしてそのことも忘れてた?」
「だと思うよ」
「恵姫さん、やはり巫女って恋をすると力を失うんですか?」
「そうだよ」
「私・・・本気で結婚してって言われて、凄く嬉しかったから・・・」
「あんた、実際、結婚なんてことは諦めてたでしょ?最初から」
「事実婚はできる自信あったけど、法的な結婚はできないと思ってた」
「千里みたいな子って、どうして男の子の身体に生まれちゃったんだろうね?」
「神様にも分からないんだったら、私には分かりません」
「だけど千里は恵まれているよ」
「だと思います」
「10代の頃、自分の意に反してどんどん身体が男になっていってしまったら、死にたくなってもおかしくない」
「実際たくさん自殺してると思います。でも、最近はそれで中学生でも女性ホルモンを処方してくれるケース結構増えましたね。でも、それって親に理解してもらえた、ごく一部の子だけです」
「多くの子は親に理解してもらえるどころか、殴られたりするし」
「私、殺されそうになったし」
「ふふふ。取り敢えず20年くらい修行したら、本当に赤ちゃんが産める身体にしてあげてもいいけど」
「48歳じゃ、さすがに子供産めません!」
「ふーん。その話も忘れているんだ」
「え!?」
「まあ徐々に思い出すといいよ」
恵姫さんは千里に紫色のアメジストの珠をくれた。これで珠は7つそろった。
「この後、どこに行けばいいか分かるよね?」
「分かります」
千里はそこから約2時間掛けて、月山8合目まで降りて行った。やっと東の空に細い月が昇ってきた。そこで車に乗ろうと思ったのだが・・・
雪の中である。
《きーちゃん》が
『除雪されてないからビジターセンターまでしか来られなかった』
と言うので
『了解。ありがとう。お疲れ様』
と言って、歩いて雪の中をビジターセンターへ降りて行く。15kmほどの行程なので、地面を歩くのであれば3−4時間で歩けるが、雪の中ではそうはいかない。やがて日が昇り、それがもう西に傾き始めた頃、千里はようやくビジターセンターにたどりつく。
普通の人なら、そもそも速攻で遭難するようなルートなのだが、千里は(その記憶はまだ曖昧だったが)この道をこれまで数百回歩いており、それで迷子にならずに歩くことができるのである。
ビジターセンターに駐めてあったアテンザ・ワゴンに乗り込み羽黒山有料道路を登って羽黒山の駐車場に駐め、三神合祭殿でお参りする。ここで日没になった。千里は夕闇迫る中、何かに導かれるようにして山の中に入っていく。そしてまた雪で覆われた山の中を何時間も歩き回った。滝があった。千里は服を脱ぐと、裸になって滝壺に入り、両手を組んで滝に打たれる。
暖かい! ちょっと硫黄の臭いもする。きっと温泉か何かがあって、その水が滝になっているのだろう。この時期はまだ凍結したままの滝も多い。
暖かい滝の水が身体に染みこんでいくような感覚がある。そして千里の身体の中に溜まったいろいろなものを洗い流してしまう。心が透明になる。ああ、この感覚、なんだか久しぶりな気がする。
千里は時間を忘れて滝に打たれていた。
やがて目の前に懐かしい人の姿を見る。
「ご無沙汰しておりました、美鳳さん」
と千里は滝から離れて挨拶した。星明かりに自分の女の肉体が光るような感覚があったのを千里は感じた。股間にはむろん変なものは付いておらず、左右の肉が合わさって作る筋がある。初めてここに来た頃はこの筋が偽物だったよなというのをふと思った。
「ご無沙汰、千里。あんた、ちゃんと巫女に戻ったよ」
美鳳に再会したのは29日0:00ジャスト。この日は信次が亡くなってから三百箇日の日であった。
美鳳さんが身体を拭く布を貸してくれたので、それで身体を拭く。美鳳さんから渡された新しい下着と巫女服を着る。それで一緒に神様が祀られている洞窟に行き、一緒に祝詞を唱えた。
「ここは何番目の洞窟か分かる?」
「28番目です」
「青葉はまだ18個までしかクリアしてないよ。全部で幾つあるかは分かる?」
「2310個」
「やはりあんた凄いよ。青葉はまだ108個までしか見えてない」
「青葉が修行した結果を私は全部受け取れるから、その競争は意味無いです」
「あはは、その仕掛けまで知ってるんだ?」
「だから私の力の7−8割は青葉が日々修行しているおかげなんです」
「7割までは無い。でもだから、あんたたちは良い姉妹なんだよ」
「私は青葉の蓄電池の管理者なんですよ」
「自ら発電している部分も大きいけどね。でも性転換手術を受けた時にもそれで回復したよね」
「あれは同じ日に手術を受けるという困ったことになったけど、菊枝さんが仲介してくれたんですよね。彪志君が起動エンジンになり、菊枝さんがポンプになって、私の蓄電池からエネルギーを吸い上げる。それで青葉は自分をヒーリングすることができたし、それである程度パワーを回復させた所で私自身まで回復させてくれた」
「あんたはヒーリングできないからね」
「あれは青葉が持つ独特の才能だと思います」
美鳳は頷いている。
「美鳳さん、たぶんこの子たちは絶対口を割らないだろうから、美鳳さん、良かったら教えてください」
「うん?」
「信次の死は避けられなかったのでしょうか? 私がもし巫女の力を持っていたら、助けることはできなかったでしょうか?」
「信次君はどっちみちあの日が寿命だったんだよ。事故に遭わなくても、あの日、午後に発作を起こして亡くなっていたんだ。事故は彼の死をわずかに5時間ほど早めただけ。癌がもう末期状態だったことは聞いてるでしょ?」
「遺体を検視した医師の検分書で見ました。私も康子さんもびっくりしたんですよ。なぜ春に手術を受けた時に気付かなかったんだろうと言って康子さんは医療過誤じゃないかって裁判起こそうかとも言ってましたが、私が止めました。裁判起こしても信次は帰って来ないから」
「あの癌は体質によっては無茶苦茶進行が速いのさ。特に糖尿とか高血圧を抱えている人は、発病してから1〜2ヶ月で亡くなる場合もある」
「そんなことを友人で医師の蓮菜も言ってました。ただ、彼、そんなに血糖値は高くなかったと思うんですよね」
「いや。充分高かったよ。まあそれ以外にも先天的なものも色々あったみたいだよ」
「・・・。そういえば私に呪いを掛けた女の子がいたみたいですが」
「今になるとそれが見えるね?」
「はい。あの時は私には呪いとか何とか全然見えませんでした」
「あの子は結局尼さんになったよ」
「そうですか・・・」
「お遍路を歩いた後、頭を丸めて、あるお寺で修行を始めた」
「重たいものを背負ってしまいましたね」
「もっとも、どっちみち、千里には呪いは利かなかったんだけどね。千里はそんな素人がにわか覚えの呪文で呪い殺せるほどヤワじゃない。たとえ巫女の力を失っていてもね。だから信次さんが事故で死んだのも実は呪いとは関係無いんだよ。ただの偶然だよ」
「そうなんですか・・・」
千里は美鳳が本当のことを言っているのかどうか判断に迷った。でもそう思っておいた方が、自分自身の心は軽くなる。だから美鳳はそう言ってくれているのかも知れないと、千里は思った。やはり死人貧乏だ。私は由美のためにも頑張らなければならない。
「まあ、アパートがガス爆発で破壊されたのは、呪いの効果だけどね」
「ああ・・・」
「素人の呪いなんて、そんなものさ。呪いのパワーというのは、本人がある程度修行してないと効力を発揮しない。特に強い呪いほどそうだよ。ペティナイフなら子供でも扱えるけど、牛刀を扱うには腕力がいるだろ? 自転車なら誰でも乗れるけど、F35ジェット戦闘機は厳しい訓練を受けたパイロットにしか操作できない。あの子は何の訓練もしていないのに、いきなりF35を操縦しようとしたんだよ。どうなるか、結論は見えてるだろ?」
「よく死にませんでしたね」
「信次さんが彼女がかぶるはずだった呪い返し、そしてお母さんの癌まで持って、あの世に行っちゃったからね。自分の寿命を5時間短縮する代わりに」
「じゃ、やはり信次がお母さんを救ったんですね」
「そうだよ」
「お母さんに教えてあげよう」
「でも、どうしていったん力を失った私にまた巫女の力を与えてくれたんですか?」
「千里には使命があるからさ」
「どういう使命なんですか?」
「その内分かるさ。そのためにも、また修行ちゃんとやろう」
「私、きついの嫌いなんだけどなぁ」
「あんたは昔からそうだったね」
美鳳は透明なダイヤの珠をくれた。千里の持つネックレスにこれで8つの珠が揃った。
赤い珊瑚、オレンジ色のシトリン、黄色い琥珀、緑色のエメラルド、水色のアクアマリン、青いサファイア、紫色のアメジスト、そして透明なダイヤ。
「この左手に付けてる勾玉はこのままでいいんですか?」
「うん。それはそこでいい」
「でも私、この珠の由来を知らないんです」
「ああ。まだそこまでは思い出せてないか。松浦佐用姫さんのお土産だね。千里がインターハイで唐津に行った時に頂いたんだよ。だから唐津で再活性化することができた。そして、それをずっと持っていたから、千里は眷属を見つけ、私たちを見つけることができたんだよ」
千里は唐津の方に向い深く頭を下げた。