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■女たちの戦後処理(2)

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「俺、ついこないだまで知らなかった。俺が放送学園に通う費用、玲羅の高校大学の学費、そしてお前自身の高校大学の学費、全部、千里、お前が出してたんだって?」
 
千里は微笑む。その件は父が放送学園を修了するまで、絶対に父には言わないでくれと母に言っていたことである。
 
「たまたま、お金に余裕があったから、それを送金していただけだよ」
「ほんとに、お前には苦労掛けてたんだな」
「うまい具合にお仕事もらえていたからね」
 
「まあ、それでだな、千里」
と父は言う。
「うん」
と千里は答える。
 
「お前の勘当は解除するから」
と父は言った。
 
千里は思わず心が緩んだ。
 
「ありがとう」
 
「俺も男の女のという話はよく分からんけど、人はいろんな生き方があっていいのかも知れないと思ってな」
 
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それは千里の父がNHK学園とか放送大学学園などという特殊な学校に12年も通ったことで得られた人生観かも知れないと桃香は思った。あそこは実に様々な人たちが居たはずだ。おそらく千里の父のそれまでの常識から完璧に逸脱する学友たちが多数いたであろう。
 
しかし父が態度を変化させたのはそういうお金の問題を知ったことに加えて、やはり自分の孫の顔を見たいと思ったからなのだろう。
 
「まあ、それで遅ればせながら、これ」
と言って父は何だか何枚も封筒を出す。
 
「えっと、これが結婚祝い、これが旦那が亡くなったのの香典、これが子供が生まれたのの誕生祝い、だけど1人分しか持って来てなかった。もう1人分渡さなきゃかな?」
 
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「いいよ。気持ちだけで。これ1つで4人分ということにするから」
と千里は微笑んで言った。
 
「4人!?」
「お前、他にも子供いるの?」
 
「うーん。今のは聞かなかったことにして。2人と思ってていいよ」
と千里は微笑んで言った。
 

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早月と由美を信次の遺品となったムラーノの後部座席にセットしたベビーシート・チャイルドシートに乗せ、ムラーノの助手席に父が乗り、千里が運転し、また千里のミラは桃香が運転して、助手席に玲羅、後部座席に千里の母が乗って、全員で千葉に行き、康子の家を訪問した(到着した時はなぜか運転席が玲羅で助手席が桃香になっていた)。千里の父は、康子の前で、これまで不義理していたことを謝罪し、
 
「今後は娘とも、ちゃんとうまくやっていきますので」と言った。
 
千里の父が自分のことを「娘」と言ってくれたのは初めてだったので、千里は涙が出そうであった。
 
先程父が千里に渡した香典を仏前に供え、一緒に手を合わせた。
 
「信次さんに、生前にご挨拶できなくて、本当に申し訳ない」
と父。
 
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「いえ、今こうしてお参りして下さって、あの子もきっと喜んでいます」
と康子。
 
「青葉がいたらここでお経もあげてくれるんですけどね」
と千里が言うと
「でも姉貴、般若心経を暗誦できるよね?」
と玲羅が言う。
 
「私が唱えると、お経じゃなくて、祝詞になっちゃうんだよ」
と千里は言うが、康子がそれでもいいと言うので、千里は開き直って
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時・・・」
と般若心経を唱えた。
 
「いい供養になったと思いますよ。私もこの般若心経好き」
と康子は楽しそうに言った。
 
「なんか、かけまくもかしこき観自在菩薩の御前にて、 舎利子かしこみかしこみ申さく・・・って感じだよね?」
と玲羅が言う。
 
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「あははは」
 

4月の中旬、雨宮三森先生が千里を呼び出すので、千里は由美たちのお世話を季里子に頼んで、指定された料亭に出かけた。最近、おしゃれとかも全然してなかったなと思い、料亭という場所柄もあったので、千里は加賀友禅の訪問着を着て、きちんとメイクして出かけて行った。
 
案内されて部屋に行くと、雨宮先生の他に、千里の親友・蓮菜、Red Blossomのゆま、スターキッズの七星、スイート・ヴァニラズのElise, KARIONの和泉、ローズ+リリーのマリ、更に★★レコードの氷川係長と町添専務まで居る。
 
「おっ、千里ちゃん、素敵なお召し物」
とゆまさんから声が掛かる。しかし千里は
 
「これはどういうメンツですか〜〜〜?」
とほとんど戸惑うように言う。
 
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「千里、また曲書けそう?」
と最初に蓮菜(葵照子)から訊かれる。
 
「うん。去年の夏以来、とても曲とか書ける状態じゃなくなってたからね。ゆまさんには、ご負荷を掛けて済みませんでした」
と千里は謝る。
 
信次の突然の死以来、千里は全く作曲ができない状態になっていたが、その間も《醍醐春海》や《鴨乃清見》の曲が求められる。そこで昨年7月以降、醍醐春海・鴨乃清見の名前で発表されていた曲は、実は青葉やゆまが分担して書いてくれていたらしい。
 
「まあ、私が入院して書けなかった時期に、千里には私の代理で、神楽名義の曲を書いてもらっていたから、お互い様だよ」
とゆまは言う。「神楽」は鮎川ゆまがLucky Blossomの頃以来使っているペンネームである。それが誰かというのは公表していないが、ファンの間ではゆまであることが確信されている。
 
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「千里にはうちの名義でこれまで何度も曲を書いてもらってるしなあ」
とEliseも言う。スイート・ヴァニラズの曲のほとんどはElise作詞・Londa作曲で《スイート・ヴァニラズ作詞作曲》のクレジットにしているが、一部、実は千里・青葉の姉妹で書いたものがある。
 
青葉が書いたものはきちんと《大宮万葉作曲》とクレジットしているが、千里が書いたものは《スイート・ヴァニラズ作曲》のまま登録されている。この場合千里は印税の3割をもらい、残りを他のメンバーで分割している。これは千里が書く曲がまるで、EliseとLondaで書いた曲みたい(Londa以上にLondaっぽいとEliseは言っている)なので、その方が混乱が無いからと、千里、Elise、★★レコードの加藤次長の三者で話し合い、決めていることである。
 
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「こないだから何だか無性に曲が書きたくなってね。由美にお乳飲ませながら何曲か書いたんだよ。お乳飲ませてると何だかフレーズを思いつくんだよね」
 
と千里が言うと、政子が
「あ、私も、あやめにお乳飲ませてると、いろいろ詩を思いつくよ」
と言う。
 
「うむむ。そういうのは未体験の世界だ」
と七星さん。
「同じく」とゆま。
「右に同じ」と和泉。
 
「そのあたりが人によるんだろうなあ。私は子供と接している時間は何も思いつかない。私が詩や曲を書く時は子供は徳子(Londa)や亜矢(Anna:Eliseの妹)に見てもらっている」
とEliseは言う。
 

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「醍醐さん、その書いた曲、今見られる?」
と町添専務から尋ねられる。
 
「はい」
と言って千里はパソコンを開くと、最近書いた曲を1曲、MIDIで演奏した。
 
「戻ってるね」
と氷川係長。
 
「復調してる。行ける」
と七星さんが言う。
 
「あのぉ、何かお仕事ですか?」
 
「実はね」
と言って、町添さんはひじょうに厳しい顔で、事情を説明し始めた。
 

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昨年の春、作曲家の上島雷太が、不正な土地取引に関与していたとして摘発され、起訴猶予にはなったものの、道義的な責任を問われて無期限の音楽活動停止をすることになった。
 
それで困ったのが上島から楽曲の提供を受けていた歌手である。上島は多数の歌手・ユニットに年間1000曲近い楽曲を書いていたので、簡単に誰かが代替できるものではなかった。楽曲をもらえないと事実上の引退に追い込まれる歌手も出てくることが予想された。
 
それを救ったのが、ケイであると町添専務は説明した。上島雷太と関わりのある多くの作曲家が上島から楽曲をもらっていた人のために分担して曲を書いたのだが、皆本来の仕事をしながらだから、書ける曲数には限りがある。しかしケイはフル回転で曲を書き続け、その活躍により、上島の巻き添えで活動停止に追い込まれかねなかった多くの歌手たちが助かった。
 
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その上島も3月末で謹慎を解かれ、作曲活動を再開した。
 

「結局、ケイはこの1年間に何曲書いたの?」
と千里は政子に訊くと。
 
「700曲ほどだよ」
と氷川さんが代わりに答える。
 
「アンビリーバブル!」
 
「全く有り得ない創作量だよね」
と和泉も言う。
 
「ところがさすがのケイちゃんも、ちょっとハイペースで書きすぎたみたいでね。上島先生が復帰して、肩の荷が下りたと思ったら、今度は自分が書けなくなったと言っているんだよ」
と町添さん。
 
「えーー!?」
 
「なーんにも思いつかないらしい」
と政子。
「キーボードとか触ってても、既存曲にしかならないんだって」
と和泉。
 
「蔵田さんが2小節のモチーフ与えて、展開してみてといってやらせたらしいけど、それも既存曲そっくりになってしまったらしい」
とElise。
 
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「重症ですね。でも700曲も書いたら、基本的な音の組合せはもう使い尽くしてますよ。無調音楽なら書けるかも知れないけど」
と千里は言う。
 
「それが無調音楽で書いてみても仕上がったのはシェーンベルクのピアノ曲に酷似していたらしい」
と七星さん。
 
「かなりの重症ですね!」
 
「それでだね。上島先生ほどではないけど、ケイちゃんも年間100曲程度の曲をいつも書いててだね」
「それを歌っている歌手、ユニットがいると?」
「そうそう」
 
「その代替をみんなでしようという相談ですか?」
「そうなんだよ」
 
千里は頭を抱えて苦笑した。
 

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