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■△・武者修行(6)

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桃香は(日本時間)5月9日のお昼過ぎ頃から、陣痛が始まった。
 
この知らせは、桃香に付いていた《きーちゃん》が、まず千里2に伝えた。
 
桃香に付いておく係は元々は女性眷属が交代で務めていたのだが、千里1の海外遠征で、病み上がりの千里に特に《びゃくちゃん》と《いんちゃん》は付けておきたかったこと、(増殖前の)千里が桃香に何かあったら天野貴子さんに連絡してと言ってアドレスを渡していたことから、《きーちゃん》が日本に残った方がいいだろうと《とうちゃん》が決めたのである。
 
それで《きーちゃん》が桃香のお世話係として日本に残り、また《せいちゃん》は運転免許取得でやはり日本に残って、他の9人が千里1に付いてアメリカに一緒に行っていたのだが、それはとても工作しやすい状況を意味した。
 
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千里2は元々毎日午後1〜3時くらいに桃香の所を訪問していたので、すぐ桃香の病院に入り、桃香を励ました。
 
「今の内に少し寝ておいた方がいいと思う」
「寝るって、痛いんだけど」
「実際に産む時はもっと痛くなるから」
「千里代わってくんない?」
「私は1度出産しているからね。今度は桃香の番だよ」
「やはり千里、出産しているのか?」
 
しかし実際桃香は眠ってしまった。桃香も神経が太いし合理主義者なので、今寝ておく必要があると理性で判断したら、その通り実行するのである。
 

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桃香が眠ったのを見て《きーちゃん》は千里2と話し合った上で、まず千里3に伝えた。日本の14時はフランスの朝7時である。
 
『いよいよ来たか。でも今日は1日練習があるから、練習が終わった後、そちらに転送してもらえない?』
『こちらは初産だし、1〜2日掛かると思うんです。ですから、いよいよという時に転送しますよ』
『そっかー。それがいいかな』
 
更に千里1にも連絡する。日本の14時はサンアントニオでは夜中の0時である。千里1はちょうど寝た所だったが、報せを聞き、様子を見に行くと言った。しかし《きーちゃん》はやはり、まだまだ時間が掛かるから、いよいよの時に転送すると言って、了承してもらった。
 
一方千里2は朋子にも連絡した。朋子はすぐそちらに向かうと言った。
 
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朋子と青葉は18:28東京着の新幹線で来るということであった。渋滞するのを見込んで17時前に《きーちゃん》に留守番を頼み、ふたりを迎えに行く。千里2は最近オーリスで桃香の病院まで往復していたので、そのままオーリスで東京駅に向かった。
 
「この車は初めて見た」
と青葉が言う。
 
「例によって借り物〜」
と千里。
 
「あんたいろんな車を借りてくるんだね」
と朋子が言っていた。
 
あきる野市まで走るが夕方でもあり、なかなか時間が掛かる。
 
「あの子はなんでこんな不便な病院に掛かった訳?自分のアパートからも遠いでしょ?」
と朋子が文句を言う。
 
「人工授精を長野の水浦産婦人科という所でして、ここがそこと提携関係にあるからなんですよ」
「へー!」
「まあ東京駅から来ると不便ですけど、ここの先生は大きな病院の産科部長をしてもいいくらいの名医です」
 
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「わぁ、そんな名医なら安心ね」
と朋子は名医と聞いて、一転して笑顔で言った。
 

大間産婦人科に到着したのは20時半である。
 
千里は《きーちゃん》から報告を受け、桃香は引き続き寝ていることを確認する。青葉と朋子をエレベータに乗せて病室に案内する。《きーちゃん》自身は青葉たちが来る前に階段で下のフロアに降りた。
 
「寝てるのね」
「結構痛いみたいですけど、まだ痛みも序の口未満だからというのでできるだけ体力を蓄えるのに寝ていた方がいいと先生がおっしゃったら、寝てしまいました」
 
「うん。寝られるなら寝ていた方がいい」
と朋子。
 
患者の実母が来たというので、赤木という名札を付けたベテランっぽい助産師さんが朋子にも状況を説明してくれた。それですぐに動く状況ではないということで、今夜はホテルで待機することにしてもらう。
 
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千里は青葉と朋子を車に乗せて駅近くのホテルに入る。チェックインして荷物を置いた後で、3人で一緒に近くのレストランに行った。
 
千里は青葉と朋子を先に席に座っていてと言うと、携帯を取り出し、スワローズのアトキンスコーチに電話した。こちらの21:30は向こうの8:30である。向こうの練習は9:00から始まる。
 
「ヴィクトリアです。大変申し訳ありません。親友に子供が産まれそうで、付いていたので今日の練習はお休みさせて頂けませんか?」
「ああ、いいよ。じゃ元気な赤ちゃんが生まれるといいね」
「ありがとうございます」
 
それで青葉たちの座っている席に行く。オーダーをした後で青葉から尋ねられた。
 
「ちー姉、バスケの練習の方はいいの?」
「うん。今日はお休みさせて下さいと連絡したよ」
と千里は答える。
「ああ、それを今電話していたのね」
と朋子は言った。
 
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晩御飯を食べた後は、2人をホテルに置き、千里は病院に戻った。
 
桃香は午前4時くらいに目を覚ました。傍の補助ベッドで寝ていた千里2も起きる。
 
「痛い」
と桃香は言っている。陣痛の間隔が短く、そして痛みも強くなってきたようだ。取り敢えずナースコールする。
 
「呼吸法思い出して」
と千里が言う。
 
「あっそうか」
 
桃香が「ヒー」「フー」と低い声を出しながら腹式呼吸をする。千里はお腹をさすってあげた。
 
若い助産師さんがやってきたが、ふたりの様子を見て
「うん、そんな感じで頑張りましょう」
と声を掛けて出て行った。
 

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やがて朝になる。
 
6時頃、千里3から《きーちゃん》に直信がある。
 
『そちらどう?』
『まだあと4−5時間掛かる感じです』
『だったら私今から少し寝るけど、いよいよの時は起こして』
『はい、そうします』
 
それで千里3は取り敢えず寝ることにした。
 
こちらの朝6時はフランスでは夜23時である。
 
朝御飯も来るが、さすがに食べるのは無理なようだ。千里も何も食べずに、ひたすらお腹をさすっている。
 
「千里それ疲れない?」
「桃香よりは楽」
「それはそうかも。こんなに辛いものとは思わなかった」
 
「まだまだ痛みは序ノ口だよ」
「やはりそうか」
「これから序二段になって、三段目、幕下と進んで」
「何の話をしている?」
「幕内、小結、関脇、大関、そして横綱になる」
 
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「済まん、もう少し楽しい話をしてくれ」
 
「序の口で女の子パンティを穿く」
「はぁ?」
「序二段でブラジャーをつける」
「へ?」
「三段目でスカートを穿いて」
「ほほお」
「幕下でお化粧して女装外出」
「ふむふむ」
「幕内で脱毛して」
「なるほど」
「小結で女性ホルモンを飲んでおっぱいを膨らます」
「おぉ」
「関脇で去勢して男の子は卒業」
「そこで卒業か」
「大関で性転換手術したら立派な女の子」
「横綱は?」
「卵巣と子宮を移植して子供も産めるようになる」
 
「もしかして千里ってその状態?」
「まさか。卵巣や子宮を移植しても拒絶反応が起きて定着しないと思うなあ」
 

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最初の頃は千里と与太話をしていて結構気が紛れていたのだが、次第にとてもそんな余裕が無くなってきたようである。それでも千里2は右手で桃香の手をにぎり、左手でお腹をさすりつつ、色々話してできるだけ桃香の気が紛れるようにしてあげていた。
 
7:30すぎ、朋子と青葉が来る。朋子が桃香のもう片方の手を取ってあげ、青葉が千里に代わって、お腹をさすってあげる。と同時に青葉はヒーリングもしてあげているようであった。それで朋子が「千里ちゃん、少し休んで朝御飯でも食べておいでよ」というので、千里2も少し休むことにする。それで
 
「じゃちょっと食事してくる」
と言って、部屋を出て行った。
 

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サンアントニオで合宿中の千里1はこの日は早めに練習を切り上げ、次の合宿地であるシアトルに移動することになる。サンアントニオ空港に移動して早めの夕食を取った。飛行機が18:59(=8:59JST)に離陸するので、千里1は空港の出発ロビーから桃香のスマホに電話してみた。桃香はたぶん取れないだろうが、誰かそばにいる人が取るだろう。
 
「あら?千里ちゃん」
という声は朋子である。
 
「桃香さんの様子はどうですか?」
「特に変わりは無いよ。私と青葉が付いているから、そちらは少しゆっくりしてきて」
「分かりました。しばらく通信途絶しますが、何かあったらメール下さい」
「あ、うん」
 

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しかし朝食に出た千里(千里2)は20分ほどで戻って来たので、朋子が
 
「あら、もう少し休んでいれば良かったのに」
と言った。千里2は明らかに疲労の顔を見せていた。明け方からずっと桃香を励ましつつ、お腹をさすっていたので、やはりかなり疲れている。それで千里もベッドのそばで少し休ませてもらっていた。
 
10時頃、破水が起きる。それで分娩室に行きましょう、ということになる。それでみんなで行こうとした所で桃香の携帯が鳴った。
 
千里(千里2)が「私が出る。みんな行ってて」というので、千里を置いて青葉や朋子は病室から出て行った。
 
それを見送って千里2がスマホの画面を見ると千里3からである。こちらの10時は向こうの午前3時だが、気になって起きたのであろう。
 
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《きーちゃん》が取った。
 
「千里さん、いよいよ分娩が始まります。こちらに来ますか?」
「ほんと?行く」
「でしたら準備があるので30分待ってもらえます?」
「分かった」
 
それで千里2はいったん部屋から出ると、そのまま分娩室に行った。朋子に「誰からだった?」と訊かれたので「お友達からです」と答えた。
 
初産でもあり、けっこう時間が掛かっているものの、お産は少しずつ進行していく。30分ほど経ったところで千里2は
 
「ごめん。ちょっと疲れた。すぐ戻る」
と言って、分娩室の外に出た。
 
そして千里2は、桃香が入院していた部屋の隣の部屋に入った。ここは空き室になっている。
 

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千里2がその部屋に入ったのを確認して、《きーちゃん》はフランス・マルセイユにいる千里3に声を掛けると、桃香の病室に転送した。
 
「すみません。人目の無い所で転送しないといけないので」
「ああいいよ」
 
それで千里3は
「その服はまずい」
と言われて、用意していた別の服(実は千里2が着ているのと同じ服である。この日のために2着同じ物を用意していた)に着替えた上で、《きーちゃん》に教えられて分娩室の中に入った。
 
この時間帯、もうひとつの分娩室でも別のお産が進行していて、そちらが逆子で難産になりつつあったこともあり、看護師さんや助産師さん、更には医師まで双方の分娩室に結構出入りしている。
 
用意していた“助産師の服”を着け、顔もマスクで覆った千里2は、助産師や医師の出入りのタイミングを見計らって桃香のいる分娩室に入った。
 
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