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■△・武者修行(3)

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この日、千里3は桃香が居ないのならと思い、用賀のアパートの方に戻った。そしてフランスへの渡航の準備を始めたのだが、そこに《きーちゃん》がやってくる。
 
「千里、フランス渡航の件だけど」
「あ、ごめんごめん。連絡しておくの忘れた」
「向こうはさ、もう携帯電話のシステムが変わっているから、日本のガラケーは使えないんだよ」
「あ、そうなんだっけ!?」
 
このあたりは、コンピュータに弱い千里を騙すのは楽な所だ。
 
「だから、三宅先生から借りたAquosをメインに使いなよ」
「そうしようかな」
 
「それ静電気でトラブらないようにする仕掛け作ってあげるから」
「あ、できる?」
 
それで結局千里はアースを付けられてしまった!
 
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「こんなのつけて歩くの〜?」
「世界平和のためだよ」
 
具体的にはアース付きの靴を渡され、手首に付けたブレスレットからつながるアース線は服の中を通って靴のジョイントにつながっている。そこから地面に電気を導くようにしているのである。但し保安検査で引っかかるから、飛行機に乗る時は靴ごと預け荷物の中に入れておくように《きーちゃん》は注意していた。
 
ともかくもそれで《きーちゃん》は千里3のガラケー回収に成功したのである。アドレス帳は、その場でSDカードを利用してAquosの方にコピーしてあげた。また国盗りの端末登録も移行してあげたので、この後、国盗りは千里3が引き継ぐことになった。
 
「ところで私、京平に会いに行くのは何時にすればいいんだっけ?」
「当面フランスは夏時間だから、時差は7時間なんだよ。だからこないだ京平の希望で移動させた日本時間の14:00-15:00はフランスだと7:00-8:00だから、そちらの練習にはぶつからないよ」
 
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「凄い!じゃこちらは朝の7時から8時半くらいを空けておけばいいんだね」
「そういうこと」
 

《きーちゃん》が帰った後、千里3は新島さんに電話し、3ヶ月ほどフランスに行ってくるが、作曲の作業は普通にできるから、普通に仕事は割り振って欲しいと連絡した。また、フランスと日本では昼夜が逆で連絡が取りにくいかも知れないから、友人の天野貴子に仲介を頼んでいるのでといって《きーちゃん》のスマホの番号・アドレスも伝えておいた。
 
その後、同時期にスペインに行くことになった玲央美にも電話する。
 
「私も突然言われてびっくりした!」
と向こうも言っている。
 
「スペインとフランスと、お隣同士で、頑張ろう」
「じゃ7月か8月くらいに日本で再会だね」
 
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それで電話を切った。
 
ちなみに千里が掛けたのは、今日《きーちゃん》が“コピー”してくれたアドレス帳に登録されていた玲央美の電話番号である。
 

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そして4月25日(火)11時、千里3はチーム代表の坂口さんに見送られ、千里に同行して3ヶ月間様々な雑用などもこなしてくれることになったバスケット協会の工藤映玲南(くどう・えれな)さんという25-26歳くらいの女性と一緒に、エールフランス機で旅立った。
 
NRT 11:00(AF275 B77W)16:30 CDG
 
「じゃ工藤さん、しばらくよろしくお願いします」
「ああ、映玲南でいいですよ」
「じゃこちらも千里でいいですから」
「なんなら、略して《えっちゃん》でもいいですから」
「だったら、こちらはコートネームのサンで」
 
千里3が旅立っていくのを見送った“坂口さん”の所に《きーちゃん》が寄ってくる。
 
「お疲れ様」
「バレないかとヒヤヒヤだった」
「やはり千里3はバスケットは強いけど霊力は弱いみたい。だからこういうお芝居に気付かなかったんだろうね」
 
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「ということは結構なパワーのある千里1の対処が大変そうね」
 
千里2を100とすると1の霊力は30、3の霊力が10くらい、というのが《きーちゃん》の見立てであるが、今日の様子を見ていたら、もっと差があるのではと千里2は思った。
 
「まあね。それと夏以降の遭遇回避について作戦を練らないといけないけど」
「だけど私は15年ぶりくらいにまた、きーちゃんと一緒にお仕事できて嬉しいよ」
と《つーちゃん》は言った。
 
「私たち結構いいトリオだったよね」
 
なお、千里3が海外に出たので、しばらくの間、《きーちゃん》は様々な工作活動のために動き回るのに、アテンザを使用できることになる。
 
「なんなら、きーちゃん用にもう1台買おうか?」
と千里2は言う。
 
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「じゃ7月以降に」
「OKOK」
 

4月24日夕方の女子日本代表候補の集合には、当然千里1がミラに乗って出ていった。駐車場に駐めていたら、ランエボを乗り付けた江美子が
 
「あれ?千里の車が違う」
と言う。
「うん。アテンザを他の子が使ってたから、こちらに乗ってきた」
と千里は言っている。
 
江美子は誰かに貸したのが返却が遅れているのかなと思った。
 

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その日、アメリカのペンシルバニア州・フィラデルバーグに本拠地を置くWBCBL所属のフィラデルバーグ・スワローズ (PS Philadelburgh Swallows, or PSF Philadelburgh Swallows Feminine) のメンバーたちは暗い顔でアトキンス・コーチと話し合っていた。
 
チームの中心選手、ジュディが5月6日のシーズン開幕を前に足を骨折するという事態が起きた。昨シーズンはチーム得点の半分を取っていた選手である。残りの陣容では、かなり下位に低迷することは確実。あまり成績が酷いと、スポンサーに見捨てられてチーム消滅という危機さえもある。
 
WBCBLのチームはセミプロという微妙なポジションであることもあり、頻繁に活動停止あるいは消滅し、入れ替わりが激しい。リーグ戦でも途中で活動停止して不戦敗などというのが日常的に起きる。
 
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スワローズのスポンサーは地元の食品メーカーで、今の所は同チームがWBCBLで上位に定着しているので宣伝になるとみなされて支援してもらっているが、低迷したら簡単に休部にされそうである。
 
誰か強そうな選手でフリーの選手、特にWNBAに入り損ねたような選手はいないかと話したりし、ネットで検索もしてみるも、入ってくれそうな選手の心当たりがない。
 
ホントにどうしよう?
 
となっていた時のことであった。
 
体育館の入口から背の低い金髪の女性が入って来た。ここはスワローズの専用体育館という訳ではなく、公共の体育館なので、チームと無関係の人が入ってきても不思議ではない。
 
しかし選手達はなにげなく彼女の動きを見ていた。
 
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彼女は準備運動をした上で、ボールをドリブルしていき、ゴールからかなりの距離の所に立った。そして本当に美しい!と思うフォームでボールをシュートした。
 
ボールはきれいにゴールに飛び込む。
 
「おぉ」
という声が漏れる。
 
その女性はゴール下まで走っていき、ゴールの下に落ちてきたボールをワンバウンドでつかむと、再度遠くまでドリブルしていき、再度シュートする。また入る。
 
スワローズの選手たちが顔を見合わせる。
 
そしてこの後、この女性は10本連続でシュートを決めたのである。
 
キャプテンのリンダが思わず立って彼女の所に走り寄った。金髪なので白人かと思ったのだが、顔を見るとどうもアジア系っぽい。
 
「君、大学生?」
と少しゆっくりめの英語で尋ねる。
 
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「いいえ。私はもうマスターを卒業してから2年経ちます」
と彼女はわりと上品な発音の英語で答えた。
 
「どこかのチームに入っている?」
「地元のチームに入ってますがリーグ戦は秋からなので夏まではフリーですよ」
「だったら、夏までうちのチームに入らない?」
「それをお願いしようかと思ってきました。今のシュートは挨拶代わりです」
「ぜひぜひ歓迎!」
 
とリンダは言ってその女性と握手した。
 
「ちなみに女の子だよね?」
「あんまり自信無いけど、10年来の恋人は私を女だと思っているみたい」
「なら多分大丈夫だな」
 
「あなたは外国人ですか?」
とコーチが寄ってきて尋ねる。
 
「日本人です」
「ビザは?」
「B1ビザ(長期出張ビザ)を持っていますよ」
と言って、彼女はパスポートのビザのページを提示した。
 
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高額の報酬が支払われるWNBAに参加するにはスポーツ芸能就労ビザP1
(国際的に有名な選手ならO1が出る場合も)が必要なのだが、無報酬のWBCBLの場合は、単純な出張ビザで参加できるのである。実はWBCBLはそれによって世界中から「武者修行」したい女子選手を集めている。
 
なお、彼女が提示したパスポートでは黒髪長髪であるが、今金髪でショートなのは髪を切って染めたのだろうか。しかし顔つきは確かに同一人物である。
 
「B1ビザ持ってるなら即、参加できるじゃん!」
「その名前、チサト・ムラヤマでいいの?」
「それでいいですけど、武者修行中(I'm in errantry)なので登録名ヴィクトリアくらいで」
「おお!エラントリー!」
 
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「OKOK」
「地元のチームって日本の?」
「そうそう。日本の女子プロリーグ。給料は安いけどね」
「へー。日本にも女子のプロリーグがあるのか」
 
なおWBCBLの試合は午後が多いのと、体育館が比較的空いている!という理由でスワローズのチーム練習は平日朝9-12時(日本時間では22-25時)に行うということであった。
 
シーズンは5月6日に始まり、毎週(主として)土日に試合をして7月中旬までリーグ戦を行う。7月下旬に各地区ごとのプレイオフをして、8月上旬にその勝者が集まり全米・ファイナル・プレイオフが行われる。
 

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