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■△・武者修行(4)

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4月26日フランス時間で9:00(日本時間同日16:00)。千里3は工藤映玲南に連れられて、マルセイユ市内のサンベージュ体育館にやってきた。
 
ここは実質的にマルセイユ・バスケット・クラブの専用体育館となっている。朝から午後3時まで女子チーム、それ以降を男子チームが使うことになってはいるが、実際には境界線は曖昧で、女子選手の幾人かは、午後5時くらいまでは、男子選手のウォーミングアップの相手という名目で居残り練習をしているし、男子選手の中には1時頃から出てきて、女子選手の紅白戦に飛び入り参加してくる人もある。つまり1〜5時くらいは男女が入り乱れる時間帯である。練習中に男子と女子で身体の接触が生じることもあるが、お互いに全く気にしない。
 
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工藤さんが、向こうのキャプテンっぽい人とフランス語で話している。
 
千里3は小さい頃、友人のリサやその家族と会話するのにフランス語を覚えてはいたものの、どの程度実践で使えるかは微妙という気もしたのだが、一応ふたりの会話はだいたい把握できた。
 
キャプテンは言った。
「Tout d'abord, nous voulons voir vos faculte」(まずは君の腕前を見たいな)
 
そして千里にボールをかなり強い勢いで投げた。
 
千里は平然とした顔でそれを受け取った。
 
ドリブルして行って、スリーポイントラインの所に立つ。
 
撃つ。
 
入る。
 
選手達はじっと見ている。千里はゴールから落ちてきたボールをワンバウンドで掴むとまたスリーポイントラインの所までドリブルして行った。
 
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撃つ。
 
入る。
 
千里はこれを10回繰り返す。
 
1発も外れない。さすがに選手たちがざわざわと騒ぎ出す。
 
「Jouez avec moi」(私と遊ぼうよ)
 
と言って、180cmくらいの背丈の均整の取れた体格の黒人女子が出てきた。彼女は後で、エヴリーヌと名乗った。アフリカ系フランス人らしい。
 
彼女と1on1をやる。
 
千里の攻撃10回の内、彼女は1回だけ停めた。彼女の攻撃を千里は半分停めた。
 
「Jouez avec moi aussi」(私とも遊ぼうよ)
と言って、175cmくらいの白人のプレイヤーが出てきた。彼女は後でシモーヌと名乗った。
 
彼女との対決は、6:4でシモーヌの勝ちだった。千里はさすがフランスのトップリーグの選手は凄いと思った。
 
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最初にボールをパスしたキャプテン(後でオリビエと名乗った)が言った。
 
「うちのチームでシモーヌは5番目の選手、エヴリーヌは6番目の選手だ。シモーヌに負けて、エヴリーヌに勝ったから、君が今日から6番目だ」
 
エヴリーヌが「Oh!」と嘆くような声をあげる。
 
「でも1年後までに1番目になります」
と千里は言った。
 
「うん。私、そういう性格の子好きだよ」
とキャプテンは笑顔で言った。
 

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「君の名前は、これシサト・ムラヤマでいいの?」
と訊かれる。Chisato のChの音はフランス語ではシャ・シ・シュ・シェ・ショのように発音される。
 
「それでもいいですけど、長いからキュー(Queue)くらいで」
「ああ、その君の髪の毛、しっぽみたいだと思った!」
という声があがる。
 
しっぽはフランス語ではQueueである。
 
「そのしっぽ掴んだらファウルになるのかなぁ」
という声。
「そりゃホールディングだと思うけど」
とキャプテン。
 
「しっぽでもホールディングか」
「男の子のちんちん掴んでもホールディング」
「ちんちん掴んだらアンスポーツマンライクファウルが取られるかも」
「女子はちんちん無いから、どっちみちその反則は起きない」
 
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と何やらその後はあやしげな話になっていく。
 
ともかくも、千里3のこのチームでの名前はキューということになった。
 

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日本代表候補の第2次強化合宿は4月20-29日だったのだが、リオ五輪のメンバーは25日の練習から参加ということになっていた。そして最終日の29日にアメリカに遠征するメンバー15名が発表された。
 
この15名にはアメリカのWNBAに参加している花園亜津子は含まれていない。WNBAは5月から8月がレギュラーシーズンなので、シーズンの方を優先してくれということになっている。
 
むろん千里や玲央美、王子などは遠征メンバーに含まれている。
 
千里は
「やはり落雷事故の影響かなあ」
 
と言われるほど、スリーの精度が落ちて、1on1などの勝率も落ちていたのだが、それでも千里に1on1で1割以上勝てるのは、玲央美・絵津子・江美子くらいだし(広川キャプテンは23日の手合わせでは1回勝ったが、25日以降は全く勝てなくなった)、千里以上の精度でスリーを入れられる選手も居ない。
 
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ということで、何の問題もなく選ばれた。
 
それで千里(千里1)は29日に一時外出させてもらい、入院中の桃香に会ってきた。
 
「へー。やはりアメリカに行くのか」
「5月13日までなんだよ。でも何かあったらすぐ戻るからね」
「分かった分かった。行ってらっしゃい」
 
桃香も千里の言葉にどんなに矛盾が含まれていても気にしないだけの耐性ができてしまった!
 
フランスに行った後、アメリカに行くなら、次はオーストラリア辺りに行くと言ってくるかなぁ〜。
 

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それで4月30日。15名の日本代表候補のメンバーは11:10のダラス行きに乗り、半月間のアメリカ合宿に飛び立っていった。
 
なお、京平は千里1に『海外遠征中は大変だろうから来なくても大丈夫だよ』と言っておいた。すると千里1も『きーちゃんが大変だよね!』と言い、5月13日まで、千里1の京平とのデートはお休みとなった。
 
実際千里1の京平とのデート時間帯に設定しているAM2:00-3:00はアメリカでは昼の12:00-13:00に相当し、この時間帯に抜け出すのは困難である。
 
「さて、鬼の居ぬ間の洗濯かなあ」
と《きーちゃん》から報告を受けた千里2は大きく伸びをして、独り言を言った。
 
桃香の出産予定日は5月11日である。うまく千里1が帰国した後で産まれてくれると助かるんだけどなあ、と千里2と《きーちゃん》は話していた。
 
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4月29日。神奈川県の某自動車学校。
 
《せいちゃん》は22-23歳くらいの女の子に擬態して、宮田雅希の住民票を持ちこの学校に入校した。合宿コースで最短での免許取得を目指す。
 
当日は視力検査、写真撮影などをした上で、一時間シミュレーターで練習した後、実車に乗った。《せいちゃん》はマジで運転したことがないので、30km/h走行でも『きゃー』と悲鳴をあげたくなった。
 
《せいちゃん》が女子大生に擬態しているので、40代かなという感じの男性教官が妙に優しい。
 
「どこの出身?」
「京都府かな」
「へー。京都の生まれなんだ。年とか訊いたらセクハラになるかな?」
 
うん。セクハラだ、と思いつつ“真面目に”答える。
 
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「村上天皇が天徳歌合わせをお開きになった年に生まれましたよ」
ところがこの教官は村上天皇を知らないようだ!
 
「村上天皇?そんな人いたっけ?村上愛なら知ってるけど」
などと言っていた。
 

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合宿コースなので、20時に教習が終わるとバスで宿舎に移動して、夕食の後各自部屋に入る。《せいちゃん》は“女子”として登録されているので、当然女子扱いである。ここはどうもマンションを丸ごと借り上げて(買い取って?)宿舎としているようであるが、低層階を女子用、高層階を男子用として使っているようであった。《せいちゃん》は214号室を指定されていた。
 
相部屋である。
 
「こんばんは。宮田と申します。よろしくお願いします」
「こんばんは。佐倉です。よろしくお願いします」
 
相部屋になったのは40歳くらいの女性である。若い子でなくて良かったぁ!と《せいちゃん》は思った。
 
Jソフトに千里の身代わりで女子として勤務していて、女の子たちとおしゃべりするのにはかなり慣れたものの、さすがに至近距離で若い女性と共同生活した場合、理性をちゃんとキープできるか自信が無い。
 
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《せいちゃん》は一応健全(?)な1057歳男子である。
 
「女子大生さん?」
「はい。就職活動が始まるんで、その前に免許取っておかなくちゃと思って合宿コースに来たんですよ」
「なるほどー。私は離婚しちゃって、仕事探すのにやはり免許無いと仕事が限られるよなと思って取ることにしたんですよ」
「あらあ、大変ですね。お子さんとかは?」
「小学生の娘が2人いるけど、私が合宿に入っている間はその別れた旦那に預かってもらっている」
「へー。預かってもらえるなら、喧嘩別れとかじゃないのかな。あ、ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「いえ、いいのよ。離婚の原因はね、あの人が密かに女装しているのを知ったから」
 
「女装ですか?でも最近わりと多くないですか?」
と言いつつ、《せいちゃん》は冷や汗を掻いている。
 
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「女装だけならいいんですけどね〜。いづれは性転換手術を受けて女の子になりたいなんていうから、さすがに私は女の人とは結婚できないと言って別れることにしたんですよ」
「色々難しいですね」
 
「でも私と別れたら、即去勢して、おっぱいも大きくしてしまったみたい」
「あらら」
 
「あ、去勢って分かります?タマタマを取ることを去勢と言って、ちんちんまで取るのは性転換手術って言うらしいんですよ。私、その違いも知らなかった」
「ええ、その区別は聞いてます」
 
「最終的にはヴァギナも作って、ちゃんと男の人とセックスできるようにするらしいですね」
「まあ女になる以上、男の人とセックスできないと困るでしょうね」
「でも女とはセックスできなくなるわ」
「仕方ないですね」
 
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「あれって、タマタマを取ってから、ちんちんを取るらしいですね。ちんちんを先に取る人はあまりいないらしい」
「おしっこする時に邪魔になるからじゃないですか?」
「あ、そういうことか!」
 
「だから、タマタマを取っただけで、性転換手術はまだしてないから男なんでしょうけど、実際はあそこさえ見られなかったらむしろ女にしか見えないです。元々女装させたいくらい美形だなあとは思っていたんだけど、本当に女になりたかったとは思わなかった。結婚した頃は凄い美男子と結婚して羨ましいとか友人や親戚から言われたんだけど」
 
「美しすぎたのかな」
「そうかも。来年くらいまでには性転換手術も受けたいと言っている」
 
「ああ。でも結婚していたということは、女の人が好きなんでしょうね?」
 
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「そうみたい。自分はニューハーフのレスビアンだと言ってました。今でも私のこと好きだと言われたけど、私はレスビアンじゃないから、無理だと言った」
 
「なるほどですねぇ。でもそしたら今は女の人になってしまったお父ちゃんのところに娘さん2人はいるんですね。娘さんは普通にお父ちゃんと呼んでいるんですか?」
 
「あの人、私がいない所では結構娘たちに女装姿を曝していたみたい。だから娘たちはお父ちゃんが女の人の格好しているのは普通だと思っていたとか言うんですよね」
「最初から見てたら平気かも知れませんね」
「あの人、すね毛とかヒゲとか無いなあと思っていたんですけど、私と結婚する前に永久脱毛していたらしいです。女装しやすいようにそうしてたんですね。私、全然気付かなかった」
「まあ、男性として生活するのにも、すね毛は別に無くてもいいでしょうね。ヒゲもイスラムとかでなければ特に問題無いだろうし」
 
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《せいちゃん》はこの人、わりとぼんやりしたタイプなんじゃないかなという気がした。ということは自分の女装も多分ばれずに済む!
 
 
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