[*
前頁][0
目次][#
次頁]
「ああ、私だって由美の遺伝子上の母親だから、私もこの子の法的な母になりたかったなあ」
「母親ふたり設定できないの、不便だよね」
千里は自分の乳首に吸い付きすやすやと寝ている由美を愛しそうに見ている。
最近活動が活発になり、今も積み木で遊んでいる早月についても、桃香・千里ともに「親」なのであるが、やはり法的な母親は1人だけなので桃香だけが母親になっている。「だからあいこだよ」と千里は言っていた。
いつか、日本でも同性婚が認められたら、千里を口説き落として結婚しちゃうのもありかな、と桃香は思う。そうすれば自分たちは4人家族になれる。現状は、桃香と早月の母娘・千里と由美の母娘の2世帯が同居している状態だ。(千里と由美の戸籍は康子の家の所に置いてある。住民票だけこちらに移した)
友人たちには、桃香とはただの同居だよ、などと千里は言っているが、気持ち的には同棲であることも認めてるのかなと桃香は思った。朱音たち友人はみな同棲とみなしている。時々「Hしない?」というのだが、千里は笑って逃げている。
ノックがあり、鍵が開く音がして、「こんにちは」と言って康子が入ってきた。子供が寝ているかも知れないので、ベルは鳴らさず勝手に鍵を開けて入ってくるというのが、千里・桃香・康子の間での約束になっている。
「由美ちゃん起きてるかな?」
「さっき寝ちゃったんですよ」
「あらあら。まあいいや、起きるまで待ってよ。あ、これおやつ」
「わあ、きれいな麩菓子!」
手の空いている桃香が煎茶を入れてきて、3人で生菓子を頂いた。
早月も康子になついているので、康子は早月を抱いてあやしていた。
早月へのお土産はウエハースである。
「でも最近、お義母さん毎日ですけど、交通費かかってません?」
「大丈夫、定期券買ったから」
「わあ!」
由美の生まれたのがちょうど信次が亡くなった半年後の同日ほぼ同時刻だったので「信次の生まれ変わりみたいな気もして」などと康子は言っていた。
千里はそのうち由美を抱いたまま眠ってしまった。桃香と康子は目で
シグナルを送って、早月を連れて奥の部屋に移動した。桃香がふたりに掛かるように薄手の毛布を掛けた。
「ねえ、桃香さん、ここだけの話」
「はい」
「もしかして千里さんと桃香さんって、恋愛関係?」
「そうですね・・・」
と桃香はうつむいて言った。
「私の永遠の片思いかも。私は実はレスビアンなんです。それで千里のこと好きだけど、千里はもともと恋愛対象は男性だから、私のこと恋人としては見てくれないの。あ、だから千里の愛は全部信次さんの所にありましたよ」
「そうだったんだ!ありがとう。じゃついでにもうひとつ。これ答えにくかったら答えなくてもいいから。早月ちゃんの父親って、まさか千里さん?いや、どう考えてもあり得ない気はするのだけど、何となく」
「千里が去勢する前に保存していた精子で私が妊娠しました。千里に
無理言って、精液保存してもらっていたんです。私、男の人とセックスできないし、たとえ人工授精でも男の人の精子を自分の体には入れたくなかったんだけど、千里は女の子だから千里の精子なら入れてもいい気がしたんです」
「ああ、だったら医学生がAIDの精子提供者になるのと同様ね」
「ええ、まさにそれです。理解してくださってありがとう。だから、早月の父親欄は空白ですし、千里が認知をすることはありえませんから。千里の子供は、信次さんとの子供の由美だけです」
「ありがとう。答えにくいこと教えてくれて。私もこのことは自分の
胸にだけ入れておくわ」
康子はきょとんとした表情でこちらを見つめる早月の頭を撫でている。
「でも桃香さんって・・・」
「はい?」
「なんだか千里さんのお母さんみたい」
「え!?」
「だって今千里さんのこと話してるの聞いてても凄く優しく慈しんでいる感じ」
「あはは、お姉さんみたいと言われたことはありますが」
「あ、ごめんなさいね」
「そうそう。○○建設が、今になって、御見舞い金って持ってきたのよ」
桃香は友人の弁護士に少し会社をつついてもらったのが効いたなと思った。
「いくら持ってきました?」
「それが400万なの。大金でびっくりしちゃった。一応預かったけど、もらっちゃっていいものなのかしら」
桃香は微妙な金額だなと思った。正式に労災に認定されていれば、その上に『1』が付いていてもおかしくない。
「せっかくだから、もらえるものはもらっておきましょう」
「そうね」
なお、多紀音が持ってきた80万に関しては千里と話し合った上で、多紀音にも電話で了承を取り、あしなが育英会に全額寄付していた。ただ呪いの話はさすがに千里には話していない。千里にはあくまで自分をかばって信次が死んだのが申し訳無いと言ってきた女性と伝えている。
「でも、私の家の住人もこの1年でほんとにころころ変わったわ」
「イベントが多すぎですね」
「全く。結婚2回、出産2回、離婚1回、葬式1回」
桃香は康子が最後に『葬式1回』と言う時にわずかながらためらったのに気付いた。ただ、それをこういうシチュエーションで言えるまで、気持ちが整理されたのだろうなと思った。
「たった1年でこれだけのことが起きる家って、そうそう無いわ」
「ほんとに」
「ねえ、桃香さん」
「はい」
「ここにいる私の孫は由美だけだけど、早月ちゃんも私の孫だと思っていい?」
「いいですよ。一緒に可愛がってください」
「ありがとう。私、この子たちの顔見ていたら、頑張らなきゃと思えるの」
「ええ、頑張っていきましょう。色々生きにくい世の中だけど、負けちゃだめ」
「ほんとにね」
しかし早月は康子の嫁の遺伝子上の子だから、実際孫と言ってもいいんだよね。桃香は思っていた。
でも親子って何なんだろう?と桃香は考えていた。
戸籍上の母、産んだ母、遺伝子上の母、育ての母・・・・・
いろいろな意味での親ってあるけど、結局はその子をちゃんと可愛がって育てる人こそが親なのではなかろうかと。千里がもっと精神的に落ち着いてきたら、1度聞いてみようかなとも思う。
トントンという可愛いノックがあった。桃香が行ってドアを開けに行くと果たして青葉だった。
「ただいまあ。由美ちゃんを見に来たよ」
と言って入ってくる。
「あれ・・・私寝てた」と言って千里が目を覚ました。
「あ、青葉おかえりー」
「わあ、この子?うーん。可愛い!目尻のあたりちー姉に似てない?」
「そ、そう?」
「はいはい、早月ちゃん。君とも遊ぶよ。ははあ、君妬いてるでしょ。ふたりのお母ちゃんが由美に取られた気がして」と早月とじゃれている。
「そうそう。富山の鱒寿司と金沢のあんころと買ってきたよ」
「わあ、どちらも好き」
桃香がお茶を入れて、4人で頂く。
由美は寝ていたが、青葉が膝にだっこして優しい目で見つめている。
千里の膝には代わりに早月が乗ってテーブルの上のレゴで遊んでいる。
「おお、この鱒寿司は私の好きな笹義ではないか」と桃香。
「うん。これ買ってから富山ICに乗った」と青葉。
「安全運転してる?青葉」と千里。
「免許取って以来無事故無違反だよ」と青葉は答えるが、無検挙・保険無使用というべきだよな、と桃香は突っ込みを入れたくなった。
「夜中ずっと走って、明け方SAで仮眠したら少し寝過ごしちゃった」
「睡眠は充分取った方がいいよ。寝不足はお肌にも良くないし」
「そういえば何となく聞きそびれていたけど、青葉さんって桃香さんの妹さん?」
「私の妹ですよ」「うん私の妹」と千里と桃香が同時に言った。
「ふたりとも私の姉です」と青葉はニコニコして言っている。
「アナウンサーを目指しているので、もし放送局とかにコネがありましたらよろしくです」などと付け加える。
「誰か知り合いがいなかったかしら・・・・・でも青葉ちゃん、お葬式の後で、長い数珠持ってうちの仏檀の前で般若心経と観音経、経本も見ずにあげてくれていたでしょう。なんか強烈に印象が残っていて」
「私、お経は得意なんです」
といって愛用の数珠をバッグから取り出して、康子に預けた。
「この数珠、持つとなんか暖かい感じがする」
青葉がニコリと笑う。
「1〜2年修行に行ったら住職の資格取れるんじゃない?なんて時々言うんですけどね。そういうの専門にやる気はないみたい」
「私8年前の東日本大震災で家族を失ったんです。友達もたくさん死んだし。それで供養にと毎日般若心経を読むのをはじめたんです」
「そうだったの。ごめんなさい」
「1日108遍とかやってたね」
「うん。今でも続けてるよ。こちらに来る途中も運転しながらずっと般若心経を唱えていた。中高生時代は主として通学時間を利用してたんだけど」
「それは凄い」
「ずっと唱えていると凄く集中力が高まるんですよね。だから私、集中力には自信があります。それで私がその般若心経を唱えた回数を数えるのに使っていたのがその数珠で、玉が108個あるんですよね。でもしばしばカウントが分からなくなって、まあ平均多分108回以上は唱えたよな、という感じで」
「そりゃ分からなくなるよ」と桃香。
「でもこれまでに多分30万遍近くは唱えている」
「凄いわね」
と康子は感心している。
「ねえ。もしよかったら、またあとでうちでお経あげてくれないかしら」
「ええ。あとで行きましょう」
「あの子、今天国でどうしてるのかしらって気になって」と康子が言うとワンテンポ置いて青葉が
「すごくきれいな状態ですよ」
と言った。斜め後ろの方に一瞬意識を集中していた雰囲気を桃香は感じた。
「信次さん、もともと寿命だったと意識していたようです。それで逝く前に助けられるだけの人を助けていこうとしたみたい。今も康子さんとちー姉と由美ちゃんを守ってくれているよ」
「青葉・・・・・」千里はその言葉に涙を流した。
「あ、三周忌済んだら結婚してもいいってちー姉に」
「それ今言わなくていい」と桃香がたしなめる。
「でも信次さん、幸せだったみたい。死ぬ前に可愛い奥さんと結婚できて生きているうちにはその顔まで見られなかったけど、子供も作ることができて、これでお母さんを少し安心させられたかな、なんて言ってますよ」
「あの子ったら・・・・」と康子も涙を浮かべる。
そうか。そういう意味では信次は人生の最後に最高の幸福を享受したのだろうかと桃香は心の中で思った。合理主義者の桃香はふだんは青葉のこの手の発言を信じていないのだが、この時だけは信じてもいい気がした。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
■女の子たちの魔術戦争(11)