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■女の子たちの魔術戦争(5)

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2月。システムは安定していた。信次と千里は結婚式を目前にして衣装選びをしたり、披露宴に呼ぶ友人達のリスト作りなどをしていた。信次に会社から名古屋支店への転勤の話が出された。千里は会社を退職して名古屋に同行することにした。「そんな寂しいわあ」と康子は言っていた。本来は4月2日(月)付けの異動になる予定だったが、腫瘍の手術の件があったので、転勤は5月の連休明け、5月14日付けということになった。千里もその日で会社を退職することにした。
 
桃香はその頃から、科学関係のコラムを雑誌に書く仕事にありついていた。物理学や天文学に関して桃香が初心者向けに書いていたブログに雑誌社が注目し、うちの雑誌に記事を書いて欲しいと頼まれたのである。原稿料はわずかではあったが、切り詰めれば母娘2人くらい何とかやっていけるかもという気がした。「あとはパート探すからさ、今後のことは心配しないで」
と桃香は千里に言った。それでも千里が会社を退職する5月までは桃香の家の家賃・光熱費は千里の口座から引き落とすことで、ふたりは合意した。
 
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「ねえ、お母ちゃんが桃姉のこと心配してたよ。少しお金支援しようかって」
と就職活動を兼ねて遊びに来ていた青葉が早月をあやしながら言ったが、桃香は「うーん。どうにもならなくなったら頼むかも知れないけど、今の所千里とふたりで何とかなっているから」と桃香は青葉に言った。
 

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3月になった。千里は本当に忙しい日々を送っていた。5月で退職するということで、新規のプロジェクトからは外してもらい、稼働中のシステムのメンテや小さな改造などの仕事を主にやっていたが、結果的に様々な客先に出かけることになり、どこの顧客も千里を頼もしく感じてくれたようで、色々お呼びが掛かり、新しい案件の提案をしてくれと頼まれることも多々あった。5月で退職する予定なので自分は担当できないけどもと断った上で、たくさんシステムの企画書を書いた。3月だけで3件の新規受注を得た。
 
結婚式には信次側の親族・同僚、学生時代の友人、千里の母と妹、急遽参加してくれた叔母、千里の会社の同僚、そして大学時代の友人たちが出席して、華やかなものとなった。青葉は千里から借りた京友禅のシックな振袖を着て、そつなく司会をこなした。桃香は友人代表でスピーチをした。むろん太一と亜矢芽も信次の親族として参列した。信次の親族代表挨拶は康子の兄がしたが、千里の親族代表挨拶については千里の叔母が無難に務めてくれた。
 
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翌日は、信次側の親族はそのまま連チャンになって、太一の同僚や友人たち、亜矢芽の親族・同僚・友人たちが出席しての式となる。信次と千里は太一の親族として出席した。
 
その日の夜は場所を移して、太一夫妻・信次夫妻のふた組を雛壇に並べて、親族一同の内輪の宴会がおこなわれた。亜矢芽の親族も半分くらいが残って出席し、千里の母と妹も出席した。本来親族だけの集まりだったのだが、桃香は青葉を連れてちゃっかり出席していた。向こうの親族は千里の姉妹と思っていたようであった。ちなみに早月は、友人の朱音がその日は家で面倒を見てくれていた。
 
「だって青葉は千里の妹だから出席する権利あるでしょ。私は青葉の姉だからやはり出席する権利あるのよ」などと桃香は言っていた。
 
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4月になり、信次と千里は一緒に東北地方のある病院を訪れた。7年前の東日本大震災の爪痕がまだ残っていたが、各地で新しい家やビルの建築なども見かけ、確実に東北は復興してきていることをふたりは感じ取った。その病院も震災で被災し、新しく立て直したということで、真新しい建物である。ふたりは婚約者時代から何度もこの病院を訪れて院長と話をしているが、今回はいよいよプロジェクトの起動になる。
 
実際の体外受精は来週やるのであるが、今日はその前に代理母さんとの面会であった。ふたりは緊張したが、向こうがとても朗らかな感じの人で心がゆるんだ。30代の中国人女性で、自分の子供を既に3人産んでいて、それ以外に代理母も過去2回しているということだった。自分の子供は中国で母(子供達の祖母)に育ててられているらしく、彼女は日本に出稼ぎに来ているということだった。ずっと宮城県内のレストランでウェイトレスをしているらしい。出産前後は休業することになるので、代理母の報酬はその期間の生活費も含むものである。医師は代理母のプログラムについて双方の前で再度細かい問題をきちんと説明した。信次は一週間の禁欲をするよう言われていた。
 
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「一週間禁欲とかしたことないから自信無いなあ・・・」と信次は言っていた。ふたりは結婚以来毎日夜の営みをしていた。「私が我慢すればいいのかな。信ちゃん、ひとりではしてないでしょ?最近」「それはちーちゃんとしてるからひとりではしてなかっただけで」「まあ、頑張ろう」「うん」
 
千里は小学生の高学年の頃、オナニーというものを「発見」した頃はけっこうしていたものの、その後、女の子になりたい自分がこういうのをいじるのは、良くないと思うようになり、あまりしなくなっていた。それでも学校で男の子たちが毎日オナニーしているというのは聞いていたので、男の子って毎日しないと我慢できない生理現象のようなものなのかな、などとは思っていた。ただ自分では「我慢する」という経験が無かったので、どのくらい辛いのかなというのは、あまり想像できなかった。信次が夕食時などに明らかに淫らなことを考えている雰囲気だったりした時、少し慰めてあげようと思ってキスしたら「やめて、やりたくなっちゃうから」と言われ、キスも控えるようにした。
 
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一週間後、またあの病院を訪れる。千里も協力してふたりで信次の精液を採取したあと、信次がとてもすっきりした顔をしていたので千里は微笑んでキスしてあげた。桃香も来ているのだが病院の方針で当日は別行動して欲しいと言われていたので、この日は会わずじまいになった。しかし桃香はメールで逐次現況を伝えていたので、桃香が千里たちより早めに病院に入り、卵子の採取を受けていたのは分かっていた。受精はただちに行われ、別途待機していた代理母さんの子宮に入れる。医師の方針で子宮に入れる受精卵は1個のみなので、妊娠が失敗した場合は、再度やることになっていた。
 
信次の精子が桃香の卵子と受精させられたということを医師から聞いたとき、千里は軽い嫉妬を覚えたが、桃香だから許せるよねとすぐに思い直した。桃香とは結局翌日、千葉に戻ってから会い、3人で食事をした。
 
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翌週は信次の腫瘍の手術であった。千里は良性のものだから心配することはないとは言われたものの、いろいろ不安で有休を取りずっと付き添っていた。手術は成功ですと言われ、千里はほっとした。入院はその週いっぱいですぐに退院できたが、傷跡がけっこう痛むようだったので、結局翌週も一週間会社を休んだ。もっとも千里は退職までに片付けなければならない仕事が大量にあり、とても休んでおられず、「ごめんね」といって会社に出かけていた。
 
4月下旬、例の病院から、代理母さんの妊娠が成功したという連絡があった。これで自分も母かと千里は感慨深く思う。桃香が一足先に母親になったので千里も母親になりたいなと思っていたのであった。ただ千里の場合出産するのは代理母さんなので、いったん代理母さんの子供として届け出がなされる。それを特別養子縁組で、信次と千里の子供にするのである。手続きには1年ほど掛かるので、正式に自分がその子の法的な母親になれるのは今から2年ほど先ということになる。
 
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ゴールデンウィークは千里は休みたかったのであるが、仕事がそれを許してくれなかった。退職を目前にしても、書いてほしいと言われる企画書が多数あったし、過去のシステムのメンテなどもかなりあった。結局ゴールデンウィークはずっと会社に行きっぱなしで、自宅にも桃香の所にもいけずじまい。信次からさすがに文句を言われたが「ごめんね」とひたすら謝った。
 
しかし嵐のような大量の仕事をこなして5月14日、千里は会社を退職した。実は前日も徹夜で仕事をしていて、この日の朝やっと仕上げたのであった。千里は社長に「私みたいに性別変更した人を雇ってくれてたくさん仕事をさせてくれてありがとうございました」と言ったが社長は「まだ君は自分が性別を変更したことに負い目を持っているの?そんなこと気にすることはない。君はもう間違いなく女性なのだから、自分が女性であることに自信を持ちなさい」
と言った。千里はほんとうにそうだなと思い、社長に深くお礼をした。
 
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退職金はびっくりするくらいもらったので「3年しか勤めてないのに」と言ったが社長は「いや、その金額では全然足りないくらい会社に貢献してもらったから」
とにこやかに言っていた。千里は退職金の一部を桃香にお裾分けしようとしたが「何かの時のためにとっときなよ」と受け取りを拒否された。青葉に3割渡したら「ありがたくもらっておくね。結婚資金にしようかな」などと言っていた。彼女が無駄遣いする性格ではないのは知っているので千里は微笑ましく見ていた。
 
千里が退職した同日信次は名古屋支店に転勤になり、千里よりひとあし先に名古屋入りして、新しい職場での挨拶に回っていた。千里は会社での送別会などを終えて翌15日の朝に名古屋に行き、朝食を作って信次を会社に送り出した。前日14日の晩は桃香の家に泊まり、桃香と早月と束の間の触れ合いをしてきた。早月も1歳になっていたが、早月の遺伝子上の父が千里であることは千里は信次にも言っていない。「要するに隠し子だよな」と桃香は時々言っていた。
「私も千里の愛人だったりして」
「うーん。その説については後日検討するということで」
と千里は答えた。
 
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千里を送り出した桃香は、寂しいなという思いがした。これでしばらく千里とは会えない。千里が行く前に強引にでもHしちゃえば良かったかなという気もしたが、千里も配偶者のある身だ。あまり無茶はできないよなと思う。桃香はしばしば千里に「好きだよ」とは言ってきたが、千里は返事をいつも誤魔化していた。だから千里からの愛の言葉というものを聞いたことがない。キスして拒まれたことはほとんどないが、千里からキスされた記憶もほとんど無い。片思いのようなものだけど、千里が自分の愛を拒否はしていないことは感じていた。
 
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