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医師は隣室の桃香を呼び、今回は特別にふつうの養子で行くことにすると告げた。しかしこの子を無事千里の子として引き渡すにはいろいろ面倒な問題があった。その点を3人は話し合った。
日本は国籍が血統主義なので、外国人の母と日本人の父の間に生まれた子は父母が結婚しているか、父がその子を胎児認知していない限り、日本人として認められない。ところが代理母さんは結婚しているので、結婚している女性の胎内の子をその夫でない人が勝手に認知することはできない。
「しかし2003年にアメリカで代理母が出産したケースで、代理母の契約をもって胎児認知と同様とみなすという法務省の判断が出ているのです。ですから、この場合、それを裁判所に認めてもらえれば、この子は日本国籍を取得できます」
「それはよかった」
「ただ、そのあたりは微妙な所もあるので裁判やってみないと分からない」
「うーん」
「あと、ふつうの養子制度を使うとなると、相続権などの問題が生じます。うまれた子は実親と養親との両方の相続権を持つことになるので、あとで何か問題が発生した時にややこしいことになる危険があります」
「法律ってややこしいなあ」
「生殖医療の技術の進歩に法律が付いていってないのですよ。政治家だけでなく医療関係者の中にも代理母や体外受精に反対の立場の人も多いですしね」
「あの、先生」と潘さんが発言した。
「私、中国に帰っちゃったらダメですか?」
「え?」
「子供産んだらそのまま何もせずに中国に帰っちゃう」
「もしかして捨て子?」
「はい。うちの母からもそろそろこっちに戻ってこないかって言われてるんですよね。潮時かなという気もしていたので」
「そしたらどうなるんですか?」
「うーん。。。。ふつうの捨て子の場合、家庭裁判所に就籍許可を求めて戸籍を作成します。ただ代理母出産でその代理母が失踪してしまった場合は、ふつうは父親が出生届を出せばいいんです。ところがこのケースはその父親が存在しないので、ほんとに捨て子と同様の処理になるかも」
「でも、その子を養子にすればいいんですね!」
「確かにその場合は潘さんとの親子関係は発生しない」
「もしかしていいアイデアでは?」
「いやしかしそれはですね・・・・」
と医師は困惑したようであったが、確かに使える手かも知れないが問題が多すぎると言う。なお、ふつうは捨て子はいったん乳児院に収容されて、それから里親などを探すのだが、今回の場合は子供の父親の配偶者である千里に養育の意志があるので、乳児院を経ずそのまま引き渡して問題無いと医師は語った。
医師はふたりを連れて顧問弁護士のところを訪れ、この件について相談した。弁護士はその捨て子作戦がわりといいかも知れないなどと言った。結局このアイデアを基本に考え、もっといいアイデアが見つかったら方針変更することにした。
ともかくも子供の命が守れたことで桃香は満足であった。
信次の葬儀の翌週、太一の妻・亜矢芽が男の子を出産。翔和(とぶかず)と命名された。康子の顔に微笑みが戻った。千里も赤ちゃんの顔を眺めていると心がとても安らぐ思いがした。
桃香は千里と康子に代理母さんにはちゃんと予定通り子供を産んでもらえることになったことを報告した。法的な問題も説明したが「ごめん。今の私の頭では理解できない」と千里が言ったので、あとでまたゆっくり説明してあげることにした。しかし、ふたりとも本当に喜んでいた。そしてこの時、康子は千里と桃香に今まで秘密にしていたことを語った。
「これは実は信次も知らなかったことです。いづれ言うつもりだったのですがその前に逝ってしまった。以前、私は後妻で、太一も信次も前のお母さんの子だということを言ったと思うのですが」
「信次さんから、その前のお母さんにひどい虐待を受けてたというの聞きました」
「それ私にも少し原因があるんです」
「え?」
「私は亡くなった夫とは、前の奥さんが生きていた頃からずっと関係があったの。それで、太一のほうは本当に前の奥さんの子供なのだけど、信次は実は私が産んだ子なのよね」
「そうだったんですか!」
「昔はお役所もそのあたりけっこう適当だったから、信次も本妻さんが産んだ子として入籍された。でもその頃から子供への虐待が始まったみたいなの。信次だけじゃなくて自分の子供である太一へもなのだけど」
「あれ。そしたらもしかして、今代理母さんの胎内にいる子は」
「そう。私にとっては自分の遺伝子をつぐ唯一の孫になるの」
「でも康子さん」と桃香は言う。
「虐待が自分のせいだと思ったらダメです。虐待やってた本人が一番悪いし、それを止めきれなかった旦那も悪いです。康子さんは子供2人に優しく接してきたんだもん。誇るべきですよ」
康子は「ありがとう」と言って、頭を下げた。
桃香が朱音の所に早月を引き取りに行くと朱音は桃香の顔を見るなり言った。
「やっと戻って来たか、この育児放棄女め」
「ごめーん朱音、それから早月もごめんね」と言って早月の額にキスする。
「青葉ちゃんが来て少し早月ちゃんをあやしていったよ」
「あの子もとんぼがえりだったからね」
「でも美人になったね、あの子」
「うんうん。ほんと美人。あの子も千里の結婚に自分の将来を重ね合わせていたから、こういう事件が起きて、かなりショックだったみたい。気の強い子だから、表面には出さないけど。だけど、私も大変だったんだよ。10日ばかりの間に、名古屋に3回。宮城に1回。葬儀1件、誕生祝い1件。会社の幹部・不動産屋・葬儀屋・お寺・占い師・警察・病院2つ・弁護士2人と打ち合わせした。役場も何ヶ所行ったものやら。我ながらよくやったよ」
「まあ、桃香の奮闘も認めるが、赤ん坊2人抱えた私の奮闘も認めて欲しい」
「うん、認める。ほんと助かった」
「千里の様子どう?」
「少しは笑顔も見せるようになったけど、しばらくは再起不能だね。
来年赤ちゃんが生まれるというのが唯一の希望になっている感じ」
「途中経過聞いたけど、代理母さんが優しい人で良かったじゃん」
「うん、ほんとに」
8月21日が四十九日だったが実際の法事は19日の日曜に行われた。
葬儀の時は泣いてばかりで名ばかりの喪主だったが、今回は何とか頑張ることができた。来てくれた親族との会食で千里はみんなから「力落とさないようにね」
「辛いけど頑張ってね」と言われていた。もちろん桃香も会食に出席している。桃香は信次の親族たちからは千里の姉と思われているふしがあり「千里ちゃん元気づけてあげてね」などと言われた。
康子が桃香を呼び止めて言った。
「こんな場所で言うことじゃないけど、私の癌の病変が消えてしまっているって」
「わあ、良かったですね。治療が成功したんですね」
「ええ。ずっと一進一退だったのに急に。なんか、これもあの子が持って行ってくれたんじゃないだろうかという気がして」
「そうかも知れませんね」
と桃香は答えた。だとすると、信次はいったい何人の命を救って逝ったのか。
千里は動く気力も無い感じで、葬儀以来康子の家にずっと籠もりっきりで買物にも出ていなかったのだが、四十九日の法要を終え、納骨をすませたところで桃香は千里を自分の家に誘った。
早月が千里に寄ってくる。「わーい。早月ごめんね。しばらく来れなくて」
早月が千里の乳房を求めてくるので、ブラをめくって乳首を含ませる。
「きっとさ、早月は自分の親が分かるのさ」
「そうだよね。私頑張らなくちゃ。早月もいるんだもん」
「ねえ。千里。しばらくうちで暮らさない?いつまでも康子さんとこに居候するのも負荷になるし」
「うん。私も負荷になってるんじゃないかなって心苦しかったんだけど、私今仕事探したりする気力がまだ無くて」
「うちで早月のお世話してしばらくぼーっとしてるといいよ。私もパートに出る時に早月を託児所に預けなくても済むし。今パートで割といい給料もらってるし、コラムの原稿料もあるから、千里の食費くらいは出るよ」
「ありがとう。でもあと少し考えさせて」
「うん。遠慮しないでね」
「桃香相手に遠慮しない」
「よろしい」
「じゃ、ついでにもうひとつ」「うん?」
「1月に子供が生まれたら、ふたりで一緒に育てない?」
「ああ」
「まだまだ早月におっぱいあげてるからさ、たぶんその子が生まれた時点でも私のおっぱい出ていると思う。それになんてたって私はその子の遺伝子上の母親だからね。相性はいいはずよ」
「そうか。私達ふたりで、早月とその生まれてくる子のふたりを育てる訳か」
「そういうこと」
「分かった。乗った!その話」
「よし、頑張ろう」
「うん」
ふたりはハグして友情?を確認した。
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■女の子たちの魔術戦争(9)