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■女の子たちの魔術戦争(8)

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お昼に青葉から電話が入った。経緯を説明すると青葉は泣いてしまった。
「あたしが守りきれなかったのね。ごめんなさい」
「何言ってんの。青葉が助けてくれたから、千里だけでも守れたんだから」
「うん・・・あ」
「ね。まだ何か起きるかも知れないからちー姉から絶対目を離さないで」
「分かった」
 
青葉との電話を切ったあと、病室の片隅に置かれた信次の携帯に着信があった。千里がぼーっとしているので桃香が代わりに取る。「もしもし。川島の友人ですが」
「え!?」桃香はその電話の内容に驚く。なんてこった。まだ危機は去ってなかったのか。「川島の者が取り込んでおりまして。恐れ入りますがこの件の連絡は私の携帯に頂けますか?」と桃香は千里たちのアパートの大家さんに言って電話を切った。
 
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「千里驚くなよ」
「なあに?」少しとろんとした目で千里が訊く。
「千里たちが住んでいた真下の部屋でガス爆発があってさ」
「え?」
「千里たちの部屋は粉々らしい」
「うそ」
「千里、アパートにいたら大怪我してたね」
「爆発のあった部屋の住人は?」
こういうのを心配するのが千里らしい。
「不在で無事。他の住人もみんなたまたま外に出ていたみたいで、この爆発で怪我した人は誰もいないみたい」
「よかったあ」
 
「何か大事な家財道具とかあった?」
「パソコンくらいかな・・・・写真データはハードディスクに入ってるからガス爆発くらいなら中身は大丈夫かも。一応バックアップを桃香の所に置いてるし。あと、私の着物はかさばるから、全部お義母さんの家に置いてきてたの」
 
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桃香は外出させたほうが少し気が紛れるのではないかと考え、いったん病院を出て、千里のアパートまで行き、ふたりでがれきの中から回収できる範囲のものを回収した。回収したものは千里のミラの車内に取りあえず放り込んだ。パソコンはひどく破損していたが、LAN対応のハードディスクは無事っぽかった。
「この中にデイリーバックアップがあるからデータ消失は最小限で済みそう」
と千里は言った。
郵便受けはアパートの玄関の所に集合式であったので無事だった。千里は中身を回収したが、あとで見ると言って桃香に手渡した。桃香はなにげなく、それを自分のバッグに放り込んだ。
 
桃香は青葉の講義が終わったかなという頃合いを見て電話をして、アパートで爆発事件があったことを伝えた。青葉は驚いていたが、「最後っ屁だね。それで終わったと思う」と言った。
「じゃ、もう安心?」
「呪いは終わったと思うけど、ちー姉の精神状態が心配。気をつけてあげて」
「うん。しばらく目を離さないよ」
 
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夕方くらいに康子が太一に付き添われてやってきた。その頃には千里もかなり落ち着いてきていたのだが、康子が来ると「ごめんなさい」と言ってまた泣き崩れてしまった。康子は先に泣かれてしまったのでただ涙を浮かべて息子の遺体を見つめていた。康子はアパートのガス爆発まであったと聞いて驚いていた。
 
翌日、高橋は女子社員から事情を聞いた結果を桃香に連絡してきた。結局会社側でもさっぱり分からないということであった。ただ浮気ではないということは本人が明言したということ。また自分が千里に呪いを掛けてしまったということを言っていたということであった。そして呪い返しできっと自分も死ぬ筈だったのに、それを信次がかばってくれたのだと言っていたと高橋は語った。桃香は全てがてんがいった。
 
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少し落ち着きを取り戻した千里が、昨日の朝、自分の体に何かがまとわりついている感じがしたこと。それを信次が取ってくれたことを語った。
「それでね桃香、もしかしたら信次さん、私の凶運を引け受けてくれたんじゃないかな。私哀しい。私が死んでれば問題無かったのに」
「それさ、信次さんが千里を守ってくれたということだよ。だから自分が死んでればよかったとか言っちゃダメ。千里はしっかり生きないと」
「うん」
千里はそう言うとまた泣き出してしまった。
「それに、あの後も信次さんの事故の連絡受けて、桃香と一緒に家を出たからアパートの爆発に巻き込まれなくて済んだんだよね」
「ほんとに千里守られているね」
「うん」
桃香は思った。この呪いは成就していたら、たぶん千里が死に、術者の子も死んでいたのではなかろうか。信次は多分ふたり分の命を引き受けたんだ。
 
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桃香と太一との話し合いで、信次の遺体は地元まで輸送して、向こうで葬儀をすることにした。信次のムラーノの荷室に遺体を乗せ、桃香と太一が交替で運転して、地元に戻った。後部座席に千里と康子を乗せた。
 
出発前に、ふと桃香は昨日つい千里から受け取った郵便物のことを思い出した。緊急のものが無いかだけチェックする。「至急・親展」と書かれた信次宛の封書があった。差出人を見ると、信次が4月に手術を受けた病院からである。。本来は千里に見せるべきものだが、今は無理だなと判断し、太一に声を掛けてふたりで開封した。それは信次の主治医の直筆の手紙のようであった。お電話がなかなかつながらないので手紙で失礼しますと断った上で、先日の手術で摘出した組織を念のため精密な検査をした所、良性と思われていた組織の中に一部悪性の腫瘍が混じっていたということで、他に転移している可能性もあるので、至急再検査を受けてほしいという手紙だった。ふたりは顔を見合わせた。
 
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「そういえば信次のやつ、ちょうど1年くらい前ですが、『余命診断』とかいうネットの占いをやったらしくてですかね」
「ええ」
「その時余命1年と出たらしいのですよ。ネットの占いなんて適当だよね、などと言っていたのですが」
「うーん」
「もしかしたら、信次のやつ、ほんとに命が残り少なかったのかも知れない」
 

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千里は葬儀の間もずっと泣いてばかりいた。一応喪主ではあるが実際の手配や指示は桃香が康子に意志確認しながら代行していた。北陸から駆けつけてきた青葉がずっと千里の手を握っていたが、ほんとに心配で目を離せない感じであった。康子はしばらく自分の所に置いておくと言った。
 
桃香は名古屋のアパートの解約手続きをしてきた。爆発による家財道具の損傷に関しては、大家さんのほうで爆発を起こした入居者との間で交渉し、補償金が取れたら振り込んでくれるということであった。
 
信次の会社のほうの死亡退職の手続きも千里に委任状を書かせて桃香が代行してきた。やはり労災は降りなかった。桃香は食い下がったが、難しい感じであった。
 
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高校時代のクラスメイトで弁護士になっている子に電話して状況を説明すると裁判すれば勝てるかも知れないとは言われた。ただ微妙ではあるので、数年にわたる訴訟を維持するだけの金銭的な余裕があるかどうか次第と彼女は言っていた。
 
桃香はもうひとつ面倒な交渉をしに東北に赴いた。あの病院で、依頼者の夫のほうが事故死したことを報告すると、医師は桃香の予想通り、今回の代理母のプロジェクトは中止すると告げた。ただちに代理母の中絶をおこなう、と。この病院があっせんしている代理母は、特別養子縁組を使うことが大前提である。特別養子縁組は通常の養子縁組より条件が厳しく、養親は法的な夫婦でなければならない。つまり今回信次が死亡したことで、千里は単独で生まれてくる子の母親になることはできなくなってしまった。
 
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特別養子を諦めて、普通の養子にする手はある。しかしそれをすると、その子の戸籍は、代理母さんの戸籍のほうにも残ってしまう。特別養子だから、産んだ母とは法的な関係が切れて、育てる親だけの子供になるのだ。代理母の契約で産んだ子との縁が完全に切れるようにすることが絶対条件として入っているので、こういう展開はまずいのである。
 
しかしこの子は信次の忘れ形見である。康子にとっても大事な孫である。また桃香自身にとっても自分の遺伝子を分けた子供である。そして、なんといってもその子は今代理母の胎内で生きているのだ。それをおとなの事情で抹消してなるものか。桃香は絶対にその子を守ろうと思い、どうしても千里の子供にできないなら最悪遺伝子上の母である自分の子供にしてもいいから何とか出産まで進めて欲しいと、必死で医師に食らいついた。あまりの必死さに根負けして医師は事情を代理母さんに説明すると約束した。
 
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桃香は直接代理母さんにもお願いしたいと言ったが、それは勘弁してということで、隣室での待機になった。代理母の潘さんは思わぬ状況に驚いていたが、普通の養子にしてもいいと言ってくれた。
 
「私も自分の子3人、代理母で2人子供産んで、この子6人目の子供です。自分の戸籍にいろいろ記載が残るのは気にしません。私もこの子を中絶するの嫌です。私だって、お腹に入れているこの子が可愛いんです」
 
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