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■女の子たちの魔術戦争(10)

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千里は9月に入ってから、頻繁に桃香の家に出てきて、桃香が仕事に出ている間、早月の面倒を見ていた。それから、前在籍していた会社の社長に連絡し、夫が亡くなってこちらに戻ってきたことを伝え、下働きでいいのでまた雇ってもらえないか打診してみた。「出戻らせてもらえたら退職金は返還しますから」
などと言ったが、社長は「いつでも戻っといで。仕事はたくさんあるから」と言った。「もちろん退職金はあげたものだから返す必要はないよ」とも言った。
 
千里は康子に、近く会社に復帰すること、通勤の便も考えて、しばらく桃香のところに身を寄せようと思うこと。そして1月に子供が生まれたら、桃香と一緒にその子を育てたいと言った。
 
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「桃香さんはあの子の・・・」
「そうなんです。遺伝子上の母親なんです。そして今まだ子供が2歳になってないので、1月の時点でもたぶんお乳が出てるって。だから母乳育児ができるんです」
「桃香さんとあなたが育てるのなら、私も安心だわ」
「こちらにも週末には戻って来ますから」
「うん、お願い。あなたがいなくなったら寂しくなっちゃう」
 
千里は10月7日に百ヶ日法要を済ませると、身の回りの荷物だけ桃香のアパートに持ち込み、10月15日(月)に会社に復帰した。復帰初日に「これだけ企画書を書いて」
といって塔のように資料を積みあげられ千里は「うっそー」と叫んだ。
 
あの子は忙しくしてあげないとね。哀しみを考える時間も無いくらい。と社長は心の中でつぶやいた。
 
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桃香はコラムの執筆をしながら、毎日ケーキ製造会社のパートに通っていた。パートに出る間は早月は託児所に預けていた。千里は毎日会社に出て行き、日々大量に与えられる仕事をこなしていた。週末には(休めたら)康子の家に行き過ごした。また毎週水曜日には茶道教室で千里と康子は会っていた。
 
失ったものも大きかったが、千里も康子も少しずつ日常生活を取り戻していった。
 
12月。太一が亜矢芽と離婚してしまった。千里はびっくりして康子の家に駆けつけた。「何があったんですか?」「いやあ。面目ない」と太一が恐縮している。
「俺の浮気が原因です。もう3度目だったので、許してもらえませんでした」
「だって結婚してからまだ半年ちょっとなのに・・・・」と千里は戸惑いを隠せない。「私も呆れたわ」と康子も匙を投げている様子だ。「ああん、翔和に気軽に会いに行けなくなっちゃったよ」と言っている。「一応、私はいつでも来て下さいねとは、言われたけど」
 
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12月26日(金)、桃香は子供の出産に備えてこの日限りでパート先を退職した。
 
世間的には年末年始の休暇に入ったが、千里はどうも正月が無いようであった。下手すると会社で年越しになりかねない状況だった。
 
12月30日、千里が会社に行っていて桃香が早月とふたりでアパートにいた時、ひとりの女性が千里を訪ねてきた。
「私、川島さんがこちらの支店に居た時の部下で・・・」
というその女性に桃香はピンと来たので
「千里はまだその手の話を聞ける状態に無いんです。よかったら私が代わりに聞かせてください」
「あなたは・・・・」
「千里の姉代わりみたいなものです」
「では、お姉さんにお話ししてから出発します」
桃香は多紀音を家にあげてお茶を出す。
 
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彼女が語った内容はだいたい桃香が推測していた通りだった。惚れ薬を信次に飲ませたのが事の発端だったというのは初耳であった。不妊魔法が自分に返ってきたという話には、『だって千里には女性生殖機能がそもそも無いからねえ』と内心考えながら聞いていた。その後に掛けていたという細かな多数の呪いは青葉が千里を守って跳ね返していたのだろう。
 
「あの時、信次さんに問い詰められて、つい逃げてしまって。その時私が危険な場所に逃げ込んでしまったものだから・・・・」
「私も胸騒ぎがして急いで名古屋に駆けつけたんだけど、その呪いって、凄まじく強烈だったんじゃないかな。だから、もともと術者も死を免れないものだったと思う。信次さんはたぶん、千里に降りかかった呪いを自分で引き受けるのと同時に、多紀音さん、あなたも守ってくれたんだよ」
多紀音は泣き出した。
「あなた、このあと死ぬつもりだったでしょ。でもね。信次さんが自分の命を代償にして、千里とあなたを救ったの。だから、あなたは生きなきゃいけない」
「やはりそうなんですね・・・・」
 
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桃香はしばらく多紀音が泣くに任せていた。早月は不思議そうな顔をしていたが、やがて多紀音の膝をパンパンと叩く。
「可愛い・・・・抱いていいですか?」
「いいよ。この子、けっこう人見知りするのに珍しいね」
「そうなんですか?」
多紀音はしばらく早月を抱いてあやしていた。早月がきゃっきゃ笑っている。
 
「ところで発端の惚れ薬の件だけどね」
「はい」
 
「気の毒だけど、その薬は効いてないよ」
「え?」
「あなたの話だと、その惚れ薬使ったのが7月頃なんでしょ?」
「はい」
「私が千里から、新規の企画で営業訪問している建設会社の担当者がなんか自分に好意のある視線を向けてるけど、どうしよう?なんて相談を受けたのそれより前の6月頃だもん」
「そんな・・・・・」
 
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多紀音は自分が信次に求愛した時、既に信次の心の中には千里がいたのだろうかなどと考えた。
 
「ね。私は宗教とか占いとかあまり信じないたちなんだけど」
「はい」
「こういう時、西国33ヶ所とか、四国88ヶ所とか、歩いて巡礼っての?するといいかもよ。信次さんの菩提を弔うことにもなるし」
「あ、私もちょっとお遍路のことは考えました」
「これからの季節、寒くなるから歩いてはしんどいかも知れないけど、とりあえず1度交通機関使ってまわってみて、春頃になったらあらためて歩いて回るのもいいかもね」
「私、四国に行ってみます」
「うん」
 
「もう死なないよね」
「実は7月から今まで3回自殺未遂して、1度はガス自殺しようとした所を偶然来た友人に止められました。でも、なんかこの子見てたら、やはり私は生きなきゃいけないのかな、って気がしてきました」
多紀音は早月を優しい視線で見つめている。
「うん。辛いけど、お互い頑張ろうよ」
「はい」
 
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多紀音はせめてものお詫びに自分の退職金を千里にあげたいといい、額面80万円の銀行振出小切手を差し出した。
「一応預かります。受け取るかどうかは千里がもう少し落ち着いてから相談して決めさせて下さい」と桃香は言った。
「はい」
桃香は預かり証を書いて自分の印鑑を押して多紀音に渡し、連絡用の電話番号を聞いた。多紀音は深々とお辞儀をして去っていった。

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千里は30日の日は帰らず、31日の23時頃になって帰宅し、そのままのびていた。「年越しそばくらい食べよう」と桃香が言い、ふたりで天麩羅そばを食べる。早月は寝ていた。新年の汽笛が鳴る。ふたりは「Happy New Year!」と言ってキスをした。千里は1月1日だけ休み、一緒におとそを飲んだ後、桃香の作った雑煮やおせちを美味しい美味しいと言って食べたり早月と戯れたりしていたが、2日からまた会社に出かけていった。
 
3日夕方、代理母さんが産気づいたという連絡を受けた。桃香は予め借りていた信次の遺品となったムラーノの後部座席に2つベビーシートを並べていたが、そのひとつに早月を乗せ、千里の会社まで行って千里を拾い、高速をひた走って、宮城の病院に駆けつけた。4日朝9時頃、女の子が生まれた。千里はその子に「由美」という名前を付けた。名前については信次と男の子ならこれ、女の子ならこれと話し合っていたものだと言った。夕方には康子も新幹線でやってきた。
 
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由美が生まれて5日後、代理母さんは(予定通り)消息を絶った。中国に帰国したはずである。桃香はムラーノの後部座席の2つのベビーシートに早月と由美を乗せて帰還した。ムラーノはこういう用途に使うためしばらく借りることにしていた。千里のミラではこういうまねはできない。
 
一方、医師は職権で由美の出生届を出し、弁護士の名前による家庭裁判所への就籍請求、また千里からの養子縁組届(書類は弁護士作成)も同時に提出された。市の担当者も家庭裁判所の事務官も、関わっている医師の名前を見て「またあの人ですか」と諦めに似た表情を浮かべた。「また何か新しい枠組みを始めたのかな?」などと言っていたが、『諦められて』いるせいか、市側は争う姿勢を見せず、出生届は受け付けられ、就籍許可は申請後10日でおりた。
 
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すぐに現地で就籍届を提出し、由美は単独の戸籍が作成されたので、この時点で由美は日本の国籍を取得した。養子縁組については争点が無いので問題無く受け付けられ、1月29日、由美は正式に千里の子供(養子)になった。
 
なお、千里が元男性であるため、一応調査官が桃香のアパートまで来たが、実際にはふたりで育てているし、生まれながらの女性である桃香が母乳をあげているのを見て安心した様子であった。更に桃香が自分は千里と学生時代は4年間共同生活した親友であり、由美の遺伝子上の母でもあり、自分もこの子の育児について永続的に責任を持つと言って念書も書いたので、調査官はそれを持ち帰った。
 

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