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(C)Eriko Kawaguchi 2017-03-20
表彰式が終わったサブ体育館の中から馬原先生が札幌駅に電話して運行状況を尋ねてみた。すると現在台風が接近中で今夜北海道を横断する見込みということで、留萌線(深川〜留萌〜増毛)は運休中、函館本線(函館〜札幌〜深川〜旭川)も遅れが出ており、こちらも運休すべきかどうか検討中、今乗車してもどこまで行けるか保証できないと言われた。台風が今夜中に通過してしまえば明日朝から線路を点検して問題無ければ明日は運行できるが、それも確約はできない、などといったことであった。
念のためバス会社にも電話してみたが、こちらは今日は午後から運休しているということであった。
それで教頭先生と電話連絡の上、札幌市内または近郊に宿泊しましょうということになった。函館本線が動いているから、留萌線との分岐点である深川まではいけるかも知れないが、深川で宿を探すよりは札幌の方がいいし、本当に深川まで行けるかどうかも怪しい。そして明日になればJRが動かなくてもバスなら動くであろう。急遽、教頭先生の方で空いている宿を探した所、幸いにも札幌近郊の江別市内で旅館を確保することができた。
「大部屋をひとつ確保したんだけどいいよね?」
と教頭先生。
「大丈夫です。女の子ばかりだから。まあ修学旅行気分ということで」
と馬原先生。
今いる会場まで送迎バスを運行してくれるということであったので、それを待つことにする。
「女の子だけで構成していると、こういう時便利ね」
「そうそう。男子が混じってたらどうしても2部屋必要になるもんね」
「そういう場合はやはり男子は野宿だな」
「結局男女差別か」
この時点では誰も千里の性別問題には気付いていない。そもそも馬原先生自身千里の性別のことを知らない。
表彰式が終わったのが14時で、馬原先生が教頭先生と話し合い札幌近郊に1泊することを決め、旅館が確保できたたのが14時半頃である。旅館の送迎バスは16時頃到着するということであった。
そこで馬原先生は部長の小野さんと、もうひとりしっかりしてそうな小春を指名して、タクシーで最寄りのしまむらまで往復させ、メンバー全員分の替えの下着を買ってきてもらうことにした(上着は元々札幌まで来る時に着ていたものが使用できる)。この費用は先ほどの教頭との会談で、教頭が個人的にポケットマネーで払ってくれることになっている(最終的にはまだ入院中であった校長先生が個人的に出してくれた)。
ふたりに買物に行ってもらっている間に、馬原先生は27人の児童全員の保護者に電話で連絡しては、交通機関が動かないので滞在延長になってしまう旨を説明し、理解を求めた。保護者の中には発生する費用の負担について心配する者もあったが、これについては馬原先生も現時点では何とも言えないと言わざるを得なかった。
「ああ、この天候では無理ですよね。お世話掛けます」
だけで終わってしまうありがたい親もあったが、10分近く話す羽目になる親もあり、先生も最後の方は精神的にくたくたになっていたようである。
「先生お疲れ様でした」
と小野部長など数人の部員が先生をねぎらった。
先生の電話連絡が終わったのはもう送迎バスが旅館に到着する頃であった。
「取り敢えずお風呂入ろう」
入浴は、先生を含めて29人一度にという訳にはいかないので、旅館側とも話し合って時間帯を3つ設定してもらい、6年生11人を先に入れて次に5年生8人、そして最後に4年生9人および馬原先生いう順序にした。
17:00-17:30 6年生
17:30-18:00 5年生
18:00-18:30 4年生
むろんその時間帯をN小で独占する訳ではなく、他のお客さんと一緒ではあるが、この比較的早い時間帯はあまり混まないので、そこに分散して入れようという意図である。
6年生は到着してすぐにお風呂ということで、結構慌ただしくなったが、4年生は1時間待ちである。泊まることになった大部屋で何となく4年生9人で集まっておしゃべりしていたら馬原先生が寄ってくる。
「今の6年生が卒業した後、5年生は阿部さんに合唱サークルに入ってもらってピアニストしてもらうことになったんだけど、4年生にもサブピアニストを作りたいのよね。地区大会の時とか焦ったもん。リサちゃんにお願いしようと思っていたんだけど、転校しちゃうでしょ。誰かいい子いないかな?」
阿部さんは地区大会の見学にも来ていたのだが、彼女もリサと同じでピアノはうまいのに歌はあまりうまくないという問題がある。それでピンチヒッターの歌唱にも参加しなかった。しかし合唱に興味はあるということで、ピアニストをすることになったらしい。
蓮菜は千里をチラッと見た。
「千里に弾かせる手もあるんですけどね。この子、正式にピアノ習っているわけじゃないけど、かなり弾くから。でも“ずっとソプラノの声が出続けるなら”歌の方に参加してもらった方がいいですもんね」
蓮菜は千里の《声変わり》が来るのではないかという懸念を込めているのだが、その意図は千里以外には伝わっていない。いや、千里にも伝わっているかどうか怪しい。
蓮菜は千里の「気付いてない」状態と「気付いていないふりをしている」状態の区別がつかないと、いつも思っていた。
千里はもし女優になったら(たぶん男性俳優にはならないだろう)、物凄い女優になるかもという気もする。
「あら、村山さんは歌が凄くうまいもん。ピアニストに使うと歌唱のパワーダウンになるからもったいないのよね。確かに非常時には頼むかも知れないけどね」
と馬原先生も蓮菜の懸念には気付かずに言う
結局、美那が2年生の時までピアノ習っていてその後も自宅の電子キーボードを弾いているということで、後で打診してみようということになった。
「男子でもよければ田代君はかなりうまい」
と千里は言う。しかし蓮菜は嫌そうな顔をする。蓮菜と田代君の2人は仲が良いのか悪いのか、さっぱり分からないとみんな思っている。
「男子だと着替えの時に1人離れていてもらわないといけないから、そういう時に連絡事項とかあった時に連絡漏れが発生しやすいと思うんだよね。それに今回みたいな事態があった場合も、男子が混じっていると面倒だもん」
と蓮菜。
「それはあるかもね。スカート穿いても問題ないような男子ならいいだろうけどね」
などと千里が言うと、穂花は思わず突っ込みたくなったが、やめておいた。今千里の性別問題を出すことは混乱を招くだけだ。でも千里、今日はお風呂とかどうするつもりだろう?と穂花は懸念した。
こないだの体育の時間はみんな千里のパンティに触っていたが、本当に女の子になる手術うけちゃったのだろうか。しかし本当に手術を受けたのなら、そのことが学校からも説明があり「女子の皆さん、仲良くしてやってね」とか言われるのではという気もしていた。現在の状態はみんなが面白がって千里を女子トイレに連れ込んだり、女子と一緒に着換えさせている状態だ。
ところで、4年生の9人というのは、1組の蓮菜・穂花・千里・小春・佐奈恵、2組の映子・紗織・美都・リサだが、この中で千里の性別のことを知っているのは“座敷童”の小春は別として、同じ1組の蓮菜・穂花・佐奈恵である。ただ、この中で蓮菜は千里が「女の子のふりをして行動する」ことをかなり許容しているし、佐奈恵の場合は、千里は既に手術して女の子になっているのではと思っている。
そういう訳で、実はいちばん微妙だったのが穂花だったのである。
千里と最も付き合いの長いリサは最初から千里を女の子と思い込んでいる。彼女は極端に勘が悪い。とはいっても、リサは小学1年の時から千里と付き合っており、何度も一緒にお風呂に入ったり、一緒にプールに行ったりしていて、千里の裸も幾度となく見ており、当然お股に何も付いてないのも見ているので、それで男の子と思えという方が無理な面もある。
ところで、佐奈恵が半ば信じているように、実は千里が○年生の○月にどこどこの病院で手術を受けて女の子になった、という噂は数種類の時期と場所のバリエーション付きで3年生頃から流布している。
・1年生の夏休みにアメリカの性転換で有名な病院で特例として手術した。
・1年生の冬休みにタイの性転換専門の病院で密かに手術した。
・2年生の夏休みに東京の大学病院で手術して男性器は除去し卵巣と子宮を移植した。
・2年生の冬休みに仙台の婦人科医院で手術して男性器は全部取って卵巣を移植した。
・3年生の春休みに盛岡の泌尿器科で手術して男性器を女性器に改造した。
・3年生の夏休みに札幌の総合病院で手術して妊娠も可能な完全な女の子になった。
・3年生の秋に旭川の美容外科で手術して戸籍上も女の子になった。
何となく手術を受けた時期が近くなるにつれ近い場所の病院で受けたことになっている傾向もあるようだ。多段階で受けたという説もいくつかある。
・1年生の入学式直前に旭川の外科医院で睾丸を取り、3年生の夏休みに札幌の大学病院で女の子の形にして戸籍も年末までに女の子に変更した。
・入園前に留萌市内で睾丸を取り、入学前に旭川でちんちんを取り、2年の時に札幌で女の子の形にし、3年の時に東京で卵巣と子宮を移植して、4年になる前に戸籍上も女の子になった。
・出産直後に分娩室内で睾丸を除去して出生届は女児で出した。入園前に旭川の病院で割れ目ちゃんを作り、2年の時に札幌の病院で膣と子宮を作り、3年の時に東京の大学病院で卵巣を移植した。
とにかく色々な噂があるものの、既におちんちんもたまたまも存在していないという点は一致している。実際千里のお股を見たことのある子はかなり居るものの、誰1人としておちんちんを見ていない。だから、既に無いのだろうというのは、かなり信じられているし、卵巣もあるらしいとか、実は赤ちゃんも産めるらしいというのもその中の半分くらいの子が信じている。
千里本人はその手の噂を肯定も否定もせず、聞いても笑っている。
「でもさすがに分娩室内でタマタマ除去はありえないでしょ?」
と千里も言った。
「いや時々あるらしいよ。女の子が欲しかったのに生まれた子が男の子だったら、出産後30分以内ならその場で睾丸もちんちんも取っちゃって出生届は女で出していいと、法的にも認められているらしい。親戚の同級生の叔母さんの友だちの友だちの友人夫婦に生まれた子をそれで女の子に変えて娘として育てたんだって。割れ目ちゃんは赤ちゃんの内に作ると型崩れするから小学生になってから作ったとか。そこ男の子ばかり4人生まれていたから5人目はとうとう女の子に変えちゃったらしい。でもその子凄い美人で、親も本人も女の子にして良かったと言ってるって」
「話があやしすぎる。そんな法律も無いし。もっとも男の兄弟ばかりで末っ子を女装させて育てるケースは割とあるけどね」
と千里は言う。
「それならちんちん取っちゃうケースもあるよ」
なお、「戸籍上も女の子になった」という噂が広まった発端は実は千里の持っている《自転車免許証》(学校で試験して発行しているもの)の性別が女の方に○が付いていたことである。これは4年生の一学期、千里のことを担任の我妻先生が女子と思い込んでいたので性別女で発行してしまったものを、先生が千里の性別に気付いた後も訂正するのを忘れていたからである。他に千里の診察券が女になっているのとか図書館のカードが女になっているのを見た子もいる。病院の診察券の性別というのはかなり強い証拠だ。
もっとも蓮菜などは「自転車免許証も図書館のカードも性別を男にしたら、絶対現場で揉める」と言っている。
しかしそういう訳で千里は今年の春以来、女子と一緒に身体測定を受けることを他の女子たちに許容されている状態である。但し千里は女子の先頭で受けさせ、千里が他の女子の下着姿を見ないように一学期の間は保健委員の蓮菜がコントロールしていた。
ただ、実際には千里は様々な機会にかなり多数の女子とお互いの下着姿を見せているし、千里の裸まで目撃した子も結構居るので蓮菜の配慮も今更な感はあった。