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「でもどちらも2人とも女の子だったんだね」
と千里の性別を知らないふたりの母・絵里が言う。
ちなみに、来里朱たちの父と、千里たちが又従兄妹になるので、来里朱たちは千里たちから見ると「又従姉妹違い(second cousin once removed)」の関係になる。
(この時期はお互いを知るよしもないが千里と青葉の関係も又従姉妹違いである。来里朱と青葉は三従姉妹になる)
「2人とも名前の真ん中に“里”の字が入っているんですね」
「うん。生まれた子供が男の子なら父ちゃんから1文字取って、女の子なら私から1文字取ろうと言ってたのよ。でも生まれたのが2人とも女の子だったから、2人とも私の絵里の里の字が入って、父ちゃんの名前の文字は残らず」
「私が性転換したら、父ちゃんの字を1文字もらってあげるけど」
「来里朱ちゃん、男の子になりたいの?」
「ちんちんは欲しい気もするけど、女の子のままの方がいい」
「ちんちん付けたまま女の子するのは難しいなあ」
と千里が言うと、玲羅が何だか悩んでいた。
「まあ取り敢えずちんちん付けたまま女湯に入ったら通報されるよね」
と美郷が言うと、玲羅はますます悩んでいた。
「あ、分かった、女湯に入る時は、ちんちん取り外せばいいんだよ」
と来里朱。
「ああ、そういう手はあるね」
と美郷。
「ちんちんってあると便利そうだしね」
と千里まで言っているので、玲羅はだんだん頭の中が混乱してきた。
法要はお昼少し前に始まった。
玲羅・真里愛・斗季彦の3人は光江さんが別室で見ていてくれる。つまり法要自体の出席者は14人である。
施主席の所には、天子・弾児・竜子・千里が就いた。
お坊さんを竜子さんが僧侶席に案内し、弾児さんが天子さんに代わって施主挨拶のメッセージを読み上げる。そしてお坊さんの読経が始まる。
これが30分以上掛かった!
今日のお坊さんはやる気満々だったようである。
その後、焼香となる。まずは施主席にいる4人が、天子、千里(長男武矢の代理)、弾児(次男)、竜子(長姉サクラの代理)、の順に焼香し、その後はもう適当に残りの人たちが焼香を済ませる。この焼香にだけは別室にいた光江さんと玲羅たちも参加した。斗季彦(3歳)の焼香は光江さんが代行したので光江さんは2度焼香している。
その後、お坊さんのお話があるが、これがまた話が長い。幽閉され食事も与えられていない頻婆娑羅(ビンビサーラ)王の所に韋堤希(いだいけ)夫人が全身に蜜を塗って訪れてそれを舐めさせ命を繋いで・・・とか何だかエロい話があって千里はちょっとドキドキして聞いていた。
その後、お墓に移動して納骨をし、ここでもお坊さんがお経を読むが、今度のは5分くらいで済んだ。お寺の建物内に戻って食事会である。
「そういえば葬儀の時に献花したのって、千里ちゃんと玲羅ちゃんだよね?」
と礼蔵さんが言う。
「え?そうだったんだっけ?美郷ちゃんと玲羅ちゃんかと思ってた」
と鐵朗さん。
「うん。司会者の人はそう言った」
「あの時、私もあらっ?と思ったのよ」
と絵里さん。
「あれ《ちさと》と《みさと》って名前の音が似てるからどこかで間違ってしまったみたい」
と光江さんが言う。
「村山の苗字を引き継いでいる女の子が、鐵朗さんとこの夏美ちゃん・秋恵ちゃん、春道さんとこの美郷ちゃん、そして武矢さんとこの千里ちゃんと玲羅ちゃんだけど、夏美ちゃん・秋恵ちゃんはもう大学生だから、美郷ちゃん・千里ちゃん・玲羅ちゃんの3人で、それで春道さんとこと武矢さんとこで1人ずつ、と計画したのよね」
と光江さんは補足して言う。
「まあ似た名前は間違えられやすい」
「うちの秋恵と礼蔵さんとこの晃子ちゃんが間違えられたこともあったね」
と克子さん。
「ああ、あったあった」
と竜子さん。
「僕と鐵朗さんとこの春貴(はるたか)君も間違えられたことある」
と春道が言う。
「あったねぇ」
と克子さん。
「いや近い親戚の名前とぶつからないようにというのは名前付ける時考えるんだけど、やはり又従兄弟くらいになると、気付かないよ」
「そういえば村山の苗字を引き継いでいる男の子はどれだけ居るんだっけ?」
「弾児さんとこの顕士郎君と斗季彦君、鐵朗さんとこの春貴君。この3人じゃないかな」
と光江さんが言う。光江さんはその時チラッと一瞬千里の顔を見た。
「じゃそのあたりに村山の苗字が引き継がれていく訳か」
という声が上がるが
「うちの春貴は、そこで終わりだから、顕士郎君たちに期待しておくわ」
と克子さんが言う。
「どうして?」
「もう子供作れなくなっちゃったから」
「病気か何か?」
「うーん。。。それが去勢しちゃったのよ」
「あら」
「恥を曝すようで気が咎めるんだけど、あの子、女の子になりたいらしい」
「ああ、そういうこと」
鐵朗さんが渋い顔をしている。父親としてはかなり不快なのだろう。
「小学生の頃からしばしば私や妹のスカートとかを勝手に着たりしてたのよね。若干お小遣いで自分用のパンティとか買っていたみたい。それで中学1年の夏に『ぼくはもう女の子の下着しか着ない』と宣言して」
「まあいいんじゃないの?」
「高校になるとブラジャーも着けてたし、大学にはスカート穿いてお化粧して通学しているし、女の子としてバイトしてるし」
「それ理解してもらって採用されたの?」
「たぶんバッくれているんだと思う。名前も春貴を『はるき』と読むことにしているみたい」
「いや、バッくれることができるのは、レベルが高い」
「男が女装した場合、半数は気持ち悪くなる。でも3割くらい気持ち悪くはないけど男にしか見えない人がいて、15%くらいは性別が曖昧な感じになる。そして残り5%女にしか見えない人がいる」
などと春道が言っている。
「ああ。確かにあの子はその5%かも」
「声はどうしてるの?」
「あの子の声、やや低い女の子の声にも聞こえるのよね〜」
「へー」
「それ、声が女の子の声にも聞こえるから、バイト先で女として通るんだろうね」
「かもね。それで20歳になったら即去勢しちゃったのよ。お金貯めて性転換手術も受けるつもりだって言ってる」
「克子さん、それは恥じゃ無いよ」
と絵里さんが言う。
「私もそう思う。それは立派なひとつの生き方だし」
と章子さんも言う。
「性転換手術した場合、戸籍の性別は変えられるの?」
と礼蔵さんが訊く。
「それは無理」
「あれは一種の美容整形のようなものだから」
「でも性転換して男の人と結婚する人もあるみたいですよ。戸籍上は婚姻届出しても却下されるから、あくまで内縁の夫婦だけど」
と光江さんは言いながら、千里をチラリと見た。
「ああ。でも元々の男女でも諸事情で籍が入れられなくて内縁状態を何十年と続けている人たちはいるよ」
と春道さんが言う。
「だけど、戸籍上の性別を変えられるようにしようという動きもあるみたいですよ」
と光江さんが言ったのには、千里も驚いた。
「外国では性転換したら、法的な性別を変えられる国がけっこう多いんですって。だから日本もそうしようということで、近い内に自民党内に勉強会ができるらしいですよ」
と光江さんは説明する。
(性別変更に関する自民党内の勉強会は2000年9月27日に第1回の会合が開かれた)
「へー」
「そういうことになったら画期的だね」
「反対意見も多いだろうけどね」
「ってか、俺は反対だなあ」
「でも当事者にとっては、物凄く大きな希望の光だと思う」
「だってほとんど女にしか見えない人を無理矢理男として扱うのは混乱の元だよ」
この場でも意見が分かれているものの、千里は早く、そういう法律ができるといいなと思った。
「ねえ、もしかして葬儀に春ちゃん来てなかったのは、そのせい?」
という声が出る。
「うん。実は揉めたのよ。自分は女性用の喪服を着て葬儀に出席したいというけど、あんたは一応男なんだから葬式の時だけでも男物の喪服を着なさいと言って。それで喧嘩になって、男物の服を着なきゃいけないというなら自分は葬式に出ないって言って。それで香典だけ私が持って来たのよ」
と克子さんは言う。
「それは可哀相だよ」
と竜子さんが言う。
「みんな認めてあげるからさ、一周忌の時は、女物の喪服を着せて、連れておいでよ」
と竜子さん。
「うん。それでいいと思う。女の子になった春貴を私も見たいよ」
と、じっと話を聞いていた天子さんが言う。
この天子さんの許容発言で、一気に場の空気は、春貴さんの女性喪服での法要参加を認める雰囲気になった。
「だけどさ。その法的な性別を変更できるようになった場合、春ちゃんの続柄はどうなる訳?」
と広康さんが質問する。
「今長男なのが長女になるんじゃないの?」
と竜子さん。
「でもそしたら、今長女ということになってる夏美ちゃんは?」
「あれれ?」
「どうなるんだろう?」
「ひとつずつ、ずれるのかしら?」
「じゃ長女の夏美ちゃんが次女になって、次女の秋恵ちゃんが三女に変更?」
「ドミノ倒しか?」
千里は自分の場合もどうなるのだろう?と思った。自分が法的に女性になって長女になると、今長女の玲羅が次女??
「それ、いっそ長女とか次女ってのは登録順ってことにしたら?」
と春道さんが提案(?)する。
「ほほお」
「最初に女子として登録されたのは夏美ちゃんなんだから、そのまま長女。秋恵ちゃんも次女。春貴(はるたか)君が法的に女性になって春貴(はるき)ちゃんになった場合は、生まれたのは早かったかも知れないけど、女性として戸籍に登録されたのは3番目だから、三女ということにする」
と春道さんはアイデアを説明する。
「それ結構合理的かも」
「人生のトータルは長くても、たぶん女としての人生の長さは、秋恵ちゃんより短いだろうしね」
「まあ性転換手術を受けた日が、女としての誕生日みたいなもんだもん」
「確かに確かに」
食事会が終わった後は、駅まで行く鐵朗さん・竜子さんの車に同乗させてもらって旭川駅まで行く。
「うちの晃子が、ミサトちゃんに会ったらよろしく、と言っていたけど、実際に美郷ちゃんと話したら、晃子とは関わりが無かったみたいで。きっと千里ちゃんのことだろうな」
と竜子さんが言う。
「お葬式の時、ジュースおごってもらいました」
「なんか凄く将来が楽しみな子だと言っていた。あなたの場合、大丈夫とは思うけど、変な合理主義にかぶれて自信を失わないようにすることと、おかしな宗教とかに引っかからないように気をつけたいね」
「よく分からなーい」
「うんうん。あんたのような子を利用しようとする悪い人っていくらでも居るから、気をつけてって言ってた。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してって」
「ありがとうございます」
と千里は答えた。
「必要無い時は、その能力を隠せたらいいんだけどね」
「へー」
千里がその能力を完璧に隠蔽できるようになるのは、4年後に美鳳と出会ってからである。