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■少女たちのドミノ遊び(8)

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「きゃー!」
という声が上がる。
 
千里が顔を上げると、ホールのガラスが割れ、雨風が強く吹き込んでいるのはいいのだが、大きな木が倒れ込んでいて何人かの身体のすぐそばまで来ていたのである。特に野田さんはすぐ頭上に木があって、もし姿勢を低くしていなかったら木が直撃していたかも知れなかった。腰が抜けて立てないようだったので小春が行ってハグしてあげたら、やっと動けるようになった。
 
「みんな怪我は無い?」
と馬原先生が声を掛けるが、先生自身の顔が真っ青である。
 
「大丈夫・・・かな?」
と言った声。
 
「みんな隣の人に怪我が無いか見てあげて」
と部長の小野さんが言う。
 
確かにこういう時は、みんな動揺しているので怪我していても自分ではすぐには気付かないこともある。
 
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千里は隣にいるリサ、蓮菜、穂花の手や足などを見、少し触ってみたりして骨折などしていないかチェックする。千里もリサや蓮菜から触られた。
 
「大丈夫みたいです」
という声があちこちであがっていた時、事務所の人が飛んできた。そして千里たちの所に大木が倒れ込んでいるのを見て、一瞬絶句した。
 
「みなさん、大丈夫ですか?」
「怪我は無いようです」
 
「でもずぶ濡れ」
 

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大会はいったん中断になる。
 
3番目に演奏していたT小学校は課題曲を歌った後、自由曲を歌っている最中だったものの凄まじい音がしたので悲鳴があがり、演奏が停まってしまった。そして千里たちは怪我はしていないものの、ずぶ濡れである。
 
事務局長の判断で、スタッフがN小およびその次に歌う予定で早めに楽屋口の所まで来ていて、やはり半数くらいがずぶ濡れになってしまったK小の生徒・先生の分の着替えを買いに行ってくれた。
 
そして事務局では急遽、各校の顧問を集めて、このあとどうするかを検討した。
 
かなりの交通費を掛けて来ている学校が多いので、このまま続けて欲しいという要望が多かった。N小とK小もぜひ続けて欲しいという要望を述べたので、協議終了後、30分置いて再開することにした。但しN小とK小は最後に回すことにする。歌っている最中だったT小学校についても結局演奏を課題曲からやり直すことにした。
 
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それで30分後には6番目に歌う予定だった小学校から再開する。また、小学校の部の演奏時間がずれ込むことが確実になったため、午後から予定されていた中学の部は1時間遅く始めることにした。そして小学の部の表彰式は(中学の部に早く会場を明け渡すため)着替えに使用していた隣の体育館で行うことになった。ただし、ここで着替えたい中学生女子もあるので、カーテンスタンドを並べて着替え用のスペースも確保した。
 

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N小の全員(児童28人+馬原先生)、K小で濡れてしまった子の内女子が隣の体育館のサブ体育館に行き、事務局の人が買ってきてくれた着替えを着る。K小で濡れてしまった子の中には男子もいたが、彼らは事務室で着替えるということだった。
 
全員濡れている制服、そして下着・靴下と靴を脱ぎ、バスタオルで身体や髪を拭く。さながらここは女湯の脱衣室かプールの女子更衣室である。
 
9月下旬の北海道はかなり寒い。その気候でずぶ濡れになったので、震えていた子もいた。暖房を入れてもらって、そこで待機していたのだが、着替えられるので、みんなホッとしておしゃべりが多くなっていた。K小の女子たちとも色々言葉を交わしていた。
 
千里も制服を脱ぎ、女の子シャツ、ショーツを脱いで身体をよく拭き、そして着替えのショーツと女の子シャツを着た。その上にポロシャツを着て、スカートを穿く。このポロシャツとスカートは統一感が出るように、白いポロシャツと青いスカートという、全て同色のものでそろえてくれていた。ユニクロで買ってきたようだが、事務局の人もご苦労様である。
 
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だいたいみんな着替え終わった所で穂花が「あっ」と言う。
 
「どうしたの?」
と蓮菜が訊く。
 
「千里が着替える所を見てなかった」
「何を今更」
 
「私の着替えている所見ても別に楽しくないと思うけど」
と千里。
 
「体育の時にも一緒に着換えてるじゃん」
「でも体育の時は下着までだよ」
 
「穂花って、レビアスンだっけ?」
「なんかそれ言葉が違う気がする」
「あれ?女の子が女の子好きになるのって何て言うんだっけ?」
 
「いや、千里はちょっとあれだし」
と穂花。
「別に私は普通の女の子だから着替えを見ても何も無いと思うよぉ」
と千里。
 
「うん。千里はたぶん普通の女の子なんだと思う。今全員フルヌードになっていたのに、誰も何も違和感を感じなかった。千里が普通の女の子でなかったらたぶんギョッとしていたと思う。誰も何も気付かなかったということは、千里にはおちんちんとかも無いし、普通の女の子だと思う」
と蓮菜が言うと
 
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「女の子におちんちんある訳ないじゃん」
などと言って千里が笑っているので、こいつ開き直ってるな、と蓮菜は思った。
 
「でも、シサト、キャンプの時も一緒にお風呂入ったよね?」
とリサが言う。
 
「ああ、そういえば浴室内で千里とおしゃべりした気がする」
と佐奈恵も言う。
 
「うーん。。。私、千里のことがだいぶ分かってきた気がする」
と穂花は腕を組んで言った。
 

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楽屋口側がガラスが大きく破損し、大規模な修理が必要な雰囲気である。その付近には近づかないようにと言われた。左側(下手側)のロビー自体が使えないので左側ロビーに直結する表玄関も閉鎖し、普段あまり使用しない右側(上手側)のサブ・ロビーと裏口を解放している。
 
それで楽屋側からステージへの出入口は使わず、客席からステージに登り降りする運用で行われた。千里たちが着替え終わって会場に戻った時は(本来の)8番目の学校が歌っていた。本来は8-10番目に登場するのは本命の学校である。千里たちは「さすが上手いね」などと言いながら聴いていたが、千里には彼女らが少し浮き足立っているように思えた。怪我人こそ奇跡的に出なかったものの、会場の外壁が大きく破損する事故が起きて、1時間以上演奏が中断した。集中が乱れてしまうのも無理は無い。
 
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10番目まで終わって、演奏中に事故が起きて中断したT小の番となる。
 
彼女たちの演奏はごく普通だった。落ち着いて歌うことができているようだった。異常な事態が起きてどうなることかと思ったのだろうが、彼女たちなりに開き直りができたのだろう。
 
T小の子たちの演奏が終わりステージを降りる。代わって千里たちN小の子たちがステージに上がった。
 
千里は今日のピアニストがリサで良かったかもと思った。リサは何事にも動じない性格である。部員たちの様子を見ていると、うまく気持ちを切り替えられた子とまだそわそわしている子が半々くらいである。本来のピアニストの鐙さんは・・・明らかに後者だ!
 
全員がステージ上に並ぶ。指揮台の所に就いた馬原先生がピアノの所に座るリサとアイコンタクトを取る。リサが前奏を弾き始める。体格が良く指の力も強いリサのパワフルな演奏に、みんなの気持ちが引き締まる。
 
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そして千里たちは歌い出した。
 
今年の課題曲はまるで練習曲のようなシンプルな曲である。シンプルすぎて特にAメロは感情が込めにくい感じもあるのだが、ここを千里たちは明るくはずむように歌って行った。
 
やがてスローなサビの部分に入る。リサのピアノは一転してソフトな弾き方になり、情感がこもり、まるですすり泣くかのように悲しい雰囲気の音を奏でる。それに合わせて千里たちも寂しく悲しい感じで歌う。そしてサビが終わると、また明るい感じのメロディーを歌う。
 
最後は元気に歌い上げた。
 

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歌い終わってお互い笑顔で顔を見合わせる。かなりうまく行った雰囲気である。ここで小春が篠笛を取り出して、前に出て行く。指揮台のそばまで行って立つ。馬原先生がリサと小春にアイコンタクトし、演奏を始める。
 
自由曲『キタキツネ』を歌う。
 
こちらは課題曲とはうって変わって、ひじょうに表情の豊かな曲である。情感を込めて歌う必要があるが、それだけみんなが乗ると質の高い演奏になる。今日はみんな乗っていた!さっきまで気持ちが浮ついていた子も、力強いリサのピアノを聴いて気持ちが引き締まったのである。
 
更に小春の篠笛が美しい彩りを添えている。
 
演奏はとても素敵なものになった。
 
歌い終わった時、思わず会場全体から凄い拍手が来た。
 
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馬原先生は笑顔で客席に向かい直ると深々とお辞儀をした。そして部員たちを促してお辞儀をし、ステージを降りた。
 

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千里たちの後、K小学校が歌って、小学校の部の演奏が終わる。
 
すぐに中学校の部の演奏が始まるので、小学生たちはすぐに会場を出て、隣のサブ体育館に移動した。
 
「なんか凄くうまく行った気がしない?」
「うん。最高の出来だった」
「みんな本番に強いなあ」
 
「本番に強い子がうまく分散して立っていた気がします。それで少しそわそわしていた子も何とかなった感じ」
 
「うまくしたら銀賞くらい取れませんかね?」
「取れるといいね」
「うん。サークル結成最初の年で道大会に出てこれたのも幸運だけど、それでもし入賞できたら、凄いよ」
 
千里たちはそんなことを言いながら待っていた。
 
本来小学校の部は午前中で終わるはずだった。それが事故のため時間が延びたので、お昼の用意をしている学校もなかった。それで主宰者から参加者全員におにぎりとお茶の差し入れがあった。
 
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ただ、根室から来たT小学校(事故の時演奏していた学校)は、帰りの電車が無くなるので、帰りますと言って先に帰ることになった。入賞していた場合は賞状などは郵送しますという話になったようだ。
 
(実際にはT小は電車が台風接近により途中の新得で運転打ち切りになってしまい、そこで一泊するハメになったらしい)
 

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そして1時間ほど経った所で、事務局の人がサブ体育館にやってきた。
 
「本来でしたら審判長から発表する所なのですが、審判団は現在中学の部の採点をしておりまして、代わって事務局長の私が結果を発表させて頂きます」
 
と事務局長さんはお断りを言った。
 
「まず銅賞。私立K小学校、根室市立T小学校、**町立**小学校」
 
代表者が出て事務局長さんから賞状をもらい拍手が起きていた。K小は千里たちの次の順番だった学校で半分くらいの児童があの事故でずぶ濡れになった学校、そしてT小は事故の時演奏中だった学校である。T小は電車の都合で帰ってしまっているので賞状を郵送しますと告げられた。
 
「銀賞。私立**小学校、私立**小学校」
 
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代表者が出て賞状と楯をもらっている。拍手が起きる。
 

「ああ、入賞ならずかあ」
と千里の周囲では声があがっていた。
 
「かなり出来が良かったから、銅賞かひょっとしたら銀賞くらい行くかと思ったんですけどねぇ」
 
「やはり道大会はレベルが高いね」
 
そんなことを言っていた時、銀賞を渡し終えた事務局長さんが
 
「では最後に金賞を発表します。金賞の学校は来月の全国大会に進出します」
と言う。
 
「金賞。留萌市立N小学校」
 
千里たちは顔を見合わせた。
 
そして次の瞬間、歓声があがった。
 
部長の小野さんが「リサちゃんおいで」と言って、リサを連れてステージに上がった。
 
金賞の賞状をあらためて読み上げた上で、賞状を小野部長が、トロフィーをリサが受け取った。ふたりともそれを高く掲げている。惜しみない拍手が会場全体から湧き上がった。
 
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