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■少女たちの代役作戦(11)

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そういう訳で千里は赤いスキー帽を持って来て、それをかぶって練習をした。もっとも千里は「小人その7」ということで、台詞は1つしか無い。それで暇なので、ついでで他の人の台詞も読んでいた。おかげで練習していた時に誰かが台詞に詰まると
 
「ほら、美味しいリンゴだろう?」
などと言ってあげていた。
 
「千里、プロンプターみたいだ」
「ぷろん・・?」
「劇団とかの公演では万一誰かが台詞忘れた時とかに、教えてあげる役目の人がいるんだよ」
「へー」
「千里、全部台詞覚えてるみたい」
「うん。こういうの覚えるの、私得意」
 
「千里、算数は苦手でも、こういうのは得意みたいね」
「うん。覚えれば済むものは私、わりと得意」
 
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やがて学習発表会の当日になる。
 
日曜なので、母も来ると言っていた。玲羅は笠地蔵に出ると言っていた。お地蔵さんの役らしい。千里は合唱をあまり見られたくない気はしたものの、まあいいかと思った。今更だし!
 
午前中に低学年の劇が1年1組から順に始まり3年2組まで行く。玲羅はしっかりお地蔵さんをしていた。もっともお地蔵さんが18人もいて、トリプルキャストのおじいさんが手分けして傘をかぶせていた。
 
やがて合唱サークルの歌の番である。
 
千里は音楽室で先日も着た、ペールピンクのチュニックとえんじ色のスカートの衣装に着替える。その着替え中に今回だけ参加した真由奈が言う。彼女は4年2組だが、3年生までは同じクラスだった。
 
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「千里って普通にそういう下着つけてるんだ?」
「何で?」
 
「そういう下着ってお母さんが買ってくれるの?」
「去年までは自分のお小遣いで買ってた」
「お小遣いでよく買えたね」
「お年玉とかもらったのをそういうのに使ってたんだよね」
「なるほどー」
「でも今年からお母さんが少し買ってくれるようになった。去年までは男の子の下着買ってたのをやめて女の子の下着買ってくれるようになったのよね」
 
「つまり諦められたんだな」
と隣で蓮菜が行った。
 
「でも男の子が女の子パンティ穿いたら、もっと膨れそうなのに千里のパンティには膨らみが全くない」
「え?パンティが膨れるってどうして?」
と千里が訊くと
 
「要するに、千里にはパンティを膨らませるようなものは付いてないのでは?」
と蓮菜が言い
「ほほぉ」
と真由奈は感心していた。
 
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「でもこれなら、千里、体育の時間も私たちと一緒に着替えられるのでは?」
「というか、千里が男子と一緒に着替えているのがやばい気がする」
「さすがに女子と一緒には着替えられないよ」
「ここにいるのは今女子ばかりだが」
「あ、そういえばそうだね」
「男子と着替えていて、何か言われない?」
「田代君から黒板の後ろで着替えろと言われて、そうしてる」
「なるほどねー」
「今度から体育の着替えは女子の方においでよ」
「いいのかなあ」
「誰も文句言わないと思うよ」
「むしろ今他の男子たちが困っていると思う」
 

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それで千里たちは着替え終わった後、軽く練習してから一緒に体育館に行く。ちょうど3年2組の劇が終わったところで、彼らが最後に整列して挨拶した後、5−6年生の男子数名と男性教師たちが劇の大道具を片付け、合唱用の壇を並べてくれた。
 
千里たちは低音部の子、高音部の子の順に入って行き、3列に並ぶ。千里は高音部の先頭付近で入って行く。結果的に中央付近に立つことになった。最後に入って来たリサは黄色いドレスを着ている。ドレスの黄色と彼女の黒い肌の対比がとても美しい。リサがピアノの所に座った後、馬原先生が登場して会場に向かって挨拶すると拍手が起きた。
 
歌うメンバーの方を向き直り指揮棒を構える。リサの方に向かって頷くと彼女のピアノ伴奏が始まる。前奏を4小節聴いた所で歌い出す。
 
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「はーるのー、うらーらーのー、すーみーだ〜がーわー」
 
ステージに立って歌いながら会場を見ていると、けっこう観客ひとりひとりの顔がしっかり見えるもんだなと千里は思った。しかし客席を見ている限り、母の姿は見ない。合唱に出ることも言っていないので、おそらく玲羅の出た劇を見たあと、4年1組の劇は午後だしということで、どこかに行っているのだろう。この格好を母に見られなくて良かったと千里は思った。
 
母も千里が女の子の服を着たがること自体は容認してくれるものの「世間体」なるものを気にしている感じだ。でも、そもそも私のこと女の子と思っている人が結構多いんじゃないかなあ、と千里は思う。
 

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『花』という曲は1番・2番・3番のメロディーが微妙に違う。日本語のイントネーションに合わせて変えたのではとか先生は言っていたが、イントネーションってあまり気にしたことないなあと千里は思う。
 
その曲が終わって次は『キタキツネ』になる。この曲ではソプラノの前列に立っていたコハルが前に出て行き、篠笛を吹く。それでざわめくような反応があった。しかし曲自体は、合唱をやる人以外にはあまり知られていないので、会場の反応が『花』に比べるとあまり良くない気もした。でも写真撮ってる人とかもいるし。つまり、私がスカート穿いている所の写真も残る訳か。。。。と思って見ていたら、放送委員長の鐘江さんがカメラを持って写真を撮り、そのあとこちらに手を振っていた。鐘江さんのことだから全体写真の他に私の拡大図まで撮ったかも知れないなと思った。
 
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最後に『妖怪たちのララバイ』を演奏する。コハルは隊列に戻り一緒に歌唱する。千里たちの世代にはあまり知られていないものの、親の世代にはわりと有名な歌のようで、客席のお父さん・お母さんたちの反応がひじょうに良かった。一緒に歌っている人たちもあったようである。
 
やがて演奏が終わり、指揮をしていた馬原先生が会場に向き直ってお辞儀をすると大きな拍手が送られた。拍手されるって何か気持ちいいなと千里は思った。
 

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合唱サークルの後は、先生たちの合唱、5年生保護者の合唱があって、その後お昼の休憩となる。各自教室に戻ってお弁当を食べる。保護者は体育館や理科室、家庭科室などで食べて下さいということであった。ちなみに今日のお弁当は千里が自分の分、玲羅の分、母の分と3人分作っている。中身は玉子焼き、竹輪の天ぷら、ジャガイモとニンジンの甘煮、などというリーズナブルなものだ。甘煮は昨夜の内に煮ておいた。玲羅は「ウィンナーか唐揚げが欲しい」と言ったものの「予算が無いからね」と言っておいた。
 
午後1番に4年1組の白雪姫の劇がある。それで千里たちは実は早めに教室に戻って、お弁当を食べていた。千里たち合唱サークルの演奏に参加した子は音楽室から教室に直行である。合唱の衣装から普段着に着替え、お弁当を食べたら劇の衣装というので慌ただしい。
 
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それで衣装に着替えようとしていた時のことであった。
 
「どうしたの?」
「優美絵ちゃん!?」
 
白雪姫役の優美絵が突然お腹を押さえて苦しみだしたのである。
 
「優美絵ちゃん、保健室に行こう」
と保健委員の蓮菜が声を掛けるが、本人は立てないようである。それで
 
「私が先生呼んで来る」
と言って千里が走って保健室に行く。
 
「それはいけない」
保健室の佐々木先生と、たまたま保健室にいた体育の桜井先生が来てくれた。我妻先生も玖美子が呼んできたので教室に駆けつけて来た。
 
「お弁当が当たったのかな」
「優美絵ちゃんのお母さんは?」
「体育館かも」
 
「誰か行って呼んできて。私が病院に運ぶ」
と言って桜井先生が優美絵を抱きかかえると、そのまま階下に降りていった。桜井先生は車で通勤しているので、自分の車で運ぶのだろう。我妻先生が体育館に行き、お母さんを探す。幸いにもすぐ見つかり、我妻先生の車で病院に向かうことになった。
 
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さて。
 
優美絵は白雪姫役であった。
 
「劇どうする?」
 
と4年1組の一同は顔を見合わせる。別途更衣室で着替えていた男子も入ってきている。
 
「誰か白雪姫の役を代わるしかないと思う」
とクラス委員の高山君が言う。
 
「衣装は着替える前だったんだろう?だったら他の女子の誰かが彼女の衣装を着て、代わりに白雪姫を演じる」
と佐藤君。
 
「でも誰ができる?」
と田代君が訊く。
 
蓮菜がおもむろに口を開いた。
 
「それは私もさっきから考えていたんだけど、3つ問題がある」
 
「3つ?」
「第1の問題。白雪姫は台詞が多い。みんな何となくは覚えているけど、全部空で言える自信のある子は居ないと思う」
 
「それは僕も考えたんだけど、プロンプターに誰か付けばいいと思う。白雪姫の立つ場所の近くで台本見ながら台詞を教える」
と元島君。
 
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「第2の問題。白雪姫はセリフも多いけど、動作も多い。ここで何する、ここで何するというのが結構多い」
「それもプロンプターの人が教えてあげよう」
 
「第3の問題。優美絵ちゃんは凄く細い。白雪姫の衣装は彼女に合わせて作られているから、入る子があまり居ない」
と蓮菜は言う。
 
「それなら入る子がやるしか無いと思う。入る可能性のあるのは誰だ?」
と高山君。
 
「じゃ、試してみるから、男子はちょっと出てて」
「分かった」
 

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それで男子にいったん教室の外に出てもらい(留実子も一緒に外に出て行った。実際留実子が優美絵のドレスを着られないのは明かである)、細そうな子が何人か試してみる。
 
「なんか白雪姫じゃなくてシンデレラの靴みたいな話だ」
 
などと言いながら数人が試してみたものの、誰も入らない。白雪姫の衣装はシフォンのドレスなのだが、ウェストが細く絞ってあるので、誰もその部分が通らないのである。
 
「ダメじゃん」
「優美絵ちゃん、細すぎるもん」
「時間があれば共布使って補正できるんだけど」
「もう時間が無いよ」
 
その時、ちらっと蓮菜が千里を見た。
 
「千里、あんたまだ試してみてない」
「私!?」
 
「あ、千里もしかして白雪姫の台詞、全部覚えてない?」
「覚えてはいると思うけど」
 
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「だったら代役には最適じゃん」
「え〜〜〜!?でも私は小人その7だし」
「そんなの誰か他の子でもできる。ちょっとこのドレス着てみてよ」
 
それで千里が着てみると、ややきついものの何とか着ることができた。
 
「ちょっときつい」
「他の子はきつい以前に入らなかった」
「千里は3月生まれだから、もともと成長が他の子より遅い問題もあるんだよね」
「背は高いけどね」
「背が高いのはお母さんゆずりでしょ? 千里のお母さんってバレーボールの全日本のメンバーだったんだっけ?」
 
何それ〜?そんな話は初耳だ。
 
「じゃ千里、白雪姫やってよ」
「私、男なのに白雪姫なんてやっていい訳?」
「誰も千里が男子だなんて思ってない」
「実際、もう性転換手術は済んでるんでしょ?」
「3年生の夏休みに札幌の病院で手術してきたんだっけ?」
 
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なんか私誤解されてる気がするなあ、とは思うものの実際もう時間が無い。ここは自分が白雪姫をやるしかないと千里は決断した。
 
「分かった。じゃ私が白雪姫するから、誰か小人7やって」
「私がやるよ」
と美那が言う。小人なので衣装は適当で良い。千里のスキー帽だけ借りてもう台本を読みながら体育館に向かう。
 

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